【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
↑new ↓old
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※ ひとめぼれタイフーン!の二人の、その後のお話です。未読でもそんなに問題ないです!
ふぐりおとし
俺はうみのイルカ、四十二歳。
有り難いことに木ノ葉隠れの里忍者学校の校長を拝命している。
籍は入れてないが事実婚の伴侶もいる。先代火影、六代目のはたけカカシさんだ。
ナルトも無事七代目に就任し、なんやかんやあっても里は平和になった。
俺の最愛の人がIQ200の頭脳と卓越した政治的手腕と、戦忍時代からの人脈をフル活用してその道筋を付けてくれた。
俺たちに子供はいないがナルトとヒナタが二人の子宝に恵まれ、幸運にもお祖父ちゃん役を味わえている。
つまり俺は、両手に抱えきれないくらいの幸せを手に入れたわけだ。
人間ってやつは、一旦手にしたものはなかなか手離せないもんだ。
それがずっと焦がれ望んでいたものなら、なおさら。
それがどれだけ大切なものでも、どれだけ大切にしようとも、この手から容易に、一瞬で滑り落ちていくものと知っているからこそ何としてでも手離したくないと思ってしまう。
そして忍ってやつは、意外と験を担ぐ人種だ。
これもまた人智の及ばない事例を見たり聞いたりすることが多いからだろう。些細な勘に始まり、超自然的な体験など枚挙にいとまがない。
他人の影を踏まない、任務出立の前は下足を右から履く、星占いのラッキーカラーを必ず身に付ける。
こういった験担ぎは、過酷な任務をこなす上忍ほど真剣に行っている。それを笑う忍など一人もいない。
髪の毛ひとすじほどの差で明暗を、もっとはっきり言うと命を分けられる事を実体験として知っているからだ。
ずいぶんべらべらとまくし立ててしまったが。
これだけ流暢に事例を並べ立ててるのは、俺が四十二歳になったからだ。
もう一度言う。
四十二歳になった。
つまり、男の大厄だ。
カカシさんの時は普通に木ノ葉神社で厄払いの御詣りを済ませ、恙無く一年を過ごせたんだけど。
今年になって眉唾物の厄落としの新情報を聞いてしまった。
『ふぐりおとし』
俺はこれを実行するための正当性を、自分に必死に言い訳していた。
――丑三つ時のふぐり神社の境内で。
ふぐりおとしとは本当にふぐりを――その、あれ……アレだ、玉――を落とす訳ではない、もちろん。履いていた下履き、というか褌を落とすのだ。
夜中に寺社の境内で誰にも見られないよう褌を落としてくると、厄落としをしたことになるのだという。
褌というだけあって、この厄落としはずいぶん昔から言い伝えられているらしい。褌を日常的に履いているような人種は、現代ではかなり偏っているだろう。
だが俺はたまたま愛用者だった。
一枚しか持っていないが、年始めや気合いを入れたい日には褌を着用する。褌の紐をきりりと締め上げると、気持ちもぴりっと締まるのだ。それに褌を締めるのは、実は父ちゃんやじっちゃんの影響もあった。
だから褌を締めるのには抵抗がないのだが、落とすのはやっぱり躊躇してしまう。
いい年したおっさんが!
由緒ある神社の境内で!
締めていた褌を落とす!
そんな不敬が許されていいものだろうか。
そこで我が身を振り返っていた訳だ。
俺がどれだけ今手にしているものが大切で、どれだけ手離したくないかを。
この厄落としを教えてくれたヤマトさんも言っていたじゃないか。
年のせいか、年々この手から零れるものの一つひとつが堪えるんですよねと。
不敬といっても俺がそう感じるだけで、神社側では推奨している行為らしく、木ノ葉寺社総覧を調べたらふぐり神社の説明文にふぐりおとしが載っていた。
俺が知らなかっただけで、ふぐり神社は由緒ある厄落としの神社みたいだった。
とにかくここまで来たんだ。正々堂々と厄落としをしようじゃないか。
忍らしく、誰にも見つからないように。
俺は一つ息を吐くと、木立の陰からお社の正面へと跳んだ。
お社の正面は参道から鳥居、階段まで遮るものが何もない。
人目を憚るので柏手も打たず、ポーチを探ってから用意してきた千両札を一枚、賽銭箱に落として参拝する。大厄なので一応奮発したつもりだ。
それから裏手に回り、あらかじめ外しやすくした褌の紐を引くと、するりと忍服のウエストから抜き取った。
普段はあまり着ることもなくなった忍服だが、やっぱり忍ぶ時にはこちらの方が馴染みがいい。
今この手の中にある褌は、闇夜に浮かぶ白だ。
ここで見付かったらご破算になるので、もう一度念入りに周囲の気配を窺う。
今夜はバッティングは無さそうだ。
実は先週のカカシさんの不在時にも気合いを入れて来たんだが、先客がいて諦めたのだった。アカデミーの校長たる者がふぐりおとしを……などと噂になってはまずいので、早々に退散したが。
下手に待機時間があると余計なことを考えてしまうので、今夜こそ完遂しないと精神的にもたない。
ふぐりおとしは妙齢の男にとっては、下手な任務より緊張するものだった。
索敵を済ませると俺は目を開け、目星を付けていたお社の土台の白っぽい石の前に褌を落とすと、一気に木立を渡って敷地の外に跳んだ。
心の中でふぐり神社の宮司さんを始め、色々な人に詫びながら。
きっと早朝の清掃の時に褌は回収され、御焚き上げだか何だかをされるのだろう。
どうか巫女さんなど女性の目には触れませんようにと願いながら、一気に軽くなった足取りで、薄い三日月の下をカカシさんの居ない自宅へと向かった。
すっかり晴れやかな気持ちで眠っていたら、不意に布団を持ち上げられる気配がした。
冷えきった体が横になっていた俺を覆い、冷たい手が俺の腹に添えられる。
どうやらカカシさんが帰宅したらしい。
冬のカカシさんはいつも冷えていて、俺で暖を取るのだ。
俺はおかえりなさいと言ったつもりだったが、むにゃむにゃと言う呟きにしかならなかったようだ。
密やかな含み笑いのあと囁かれた「おやすみ、イルカ」の言葉を最後に、俺の意識はまた眠りに沈んだ。
次の日の朝、玉子の焼ける匂いで目が覚めた。
もうすぐカカシさんが起こしにきてくれるだろうと、目を閉じたまま数分の贅沢を味わう。
きっかり五分後、カカシさんがベッドのスプリングを鳴らしながら囁きかけてきた。
「おはよう、イルカ。朝ごはんできたよ」
そしておはようのちゅうが頬に落とされる。
俺が朝食を作る時はもっとがさつに、布団を引っぺがして叩き起こすんだが、カカシさんはいつもこれだ。
朝イチから語尾にハートを飛ばしまくる低音腰砕けボイスは、正直腰にくるんだけどな。ちゅうも恥ずかしいからやめてくれと何年も言ってたが、いい加減諦めた。だが、俺は甘く優しいおはようで起こしてもらってるんだぞ! と自慢したい気もあるから複雑なところだ。
俺は「カカシさん、おはようございます」と素っ気なく挨拶を返して体を起こしたが、それもいつものことなのでカカシさんは気にせず、今度は俺の頭の天辺にちゅうをして鼻唄を歌いながら台所に戻っていった。
顔を洗ったり着替えたりと手早く支度を済ませてテーブルに着くと、どんぴしゃのタイミングで飯と味噌汁が置かれる。
玉子焼きだとばかり思っていた物は、なんと目玉焼きだった。
カカシさんは玉子焼き派だから、目玉焼きなんて絶対作ってくれないのに。
皿を持ち上げると俺好みの半熟になった黄身の部分がぷるりと揺れ、THE 完璧 オブ 目玉焼きだと主張してくる。
「うっわぁ、これはうまそうですね! ありがとうカカシさん!」
「どういたしまして。さ、熱いうちに召し上がれ」
「いただきます!」
俺はその目玉焼きをつやつやと輝く白米の上にそっと乗せ、醤油を回しかけた。
中心部分に箸を入れると、程よく半熟になった黄身がとろりと広がる。
ちらりと横目でカカシさんを見ると、ご機嫌な様子で自分の玉子焼きを頬張っていた。
――そう、カカシさんは今日はとってもご機嫌なのだ。
そして俺はその理由を知っていた。
カカシさんは、俺の一枚しかない貴重な褌を手に入れたのだ。
昨夜、ふぐり神社で。
昨夜はカカシさん不在の隙を狙っていたと言ったが、それはカカシさんのわざと作った隙だった――俺をふぐりおとしに行かせるための。
そもそもヤマトさんが、俺に厄落としの話を持ちかけてきた事から仕込みだったはずだ。
ヤマトさんが実際にふぐりおとしをしたかどうかは分からないが、あのしみじみとした『年々この手から零れるものが堪えるようになった』発言からすると、厄落としはしてるかもしれない。
そしてその話を聞いた俺が寺社総覧を調べることも織り込み済みだったのだろう。木ノ葉寺社総覧は去年発行の最新の物から、一刷前のにすり変わっていた。カカシさんが資料室に入室した痕跡はなかったが。
なぜそれを知っているかというと、厄落としについて先月調べたばかりだったからだ。
最新版のふぐり神社の記載は、時代を考慮したのか『厄落とし』に変わっていた。
だがカカシさんの関与を確信したのは、一度目のふぐりおとしの時だった。
この時は突発でカカシさんにほぼ任務のような接待が入ったのだ。
それを聞いて急きょ決行を決めたのだが、その時の神社にいた先客。てっきり厄落としにきた同輩だと思い込んで、現場を見てはまずいと慌てて帰ってしまったが。
後からよく考えてみると、彼はとても四十代とは思えなかった。たぶん暗部だろうからなんとなくだが、チャクラが若かった気がしたのだ。
恐らく同じように焦ったカカシさんが護衛の一人を妨害に寄越したのだと思うが、きっと詳しい内容を聞かされず、ただ俺が現れたら気配を洩らせとだけ言われたのではないだろうか。
この違和感と、先日の寺社総覧からヤマトさんの登場まで遡って色々考えた……というかすぐに分かったが。
カカシさんの狙いは『俺の脱ぎたてほやほやの褌』だ。
一緒に暮らして干支も一巡り以上したというのに、カカシさんの俺のパンツへの執着はいまだ衰えを見せない。
俺が一枚しか持ってない褌は、きっと俺のパンツマニアのカカシさんにとっては垂涎の逸品なんだろう。
ただ、一枚しかないがゆえに今まで遠慮してきたのが、何かの拍子にふぐりおとしの話を聞いて一生に一度の勝負に出た。
なにしろ男の大厄は四十二歳だけ、これを逃すと次の厄年は六十代になってしまうし、大厄でもないのでふぐりおとしをするとは限らないのだ。
だがこれだけ真剣に厄落としをしようと決めたのだから、俺も譲れないところだった。
確実に褌を境内に落とし、なおかつカカシさんにも褌を拾わせてあげるためのふぐりおとし。ネックはどちらも脱いだ褌でなくてはならないということだったが。
俺は二度目の決行の前に密かにふぐり神社を下見して計画を練った。
――そして満を持して迎えた昨夜。
準備万端でふぐり神社に現れたのは、カカシさんだけではなかった。
俺は出かける前に今日一日締めていた新品の黒い褌を外し、忍服のポーチにしまった。そして改めて手持ちの褌を身に付ける。今度はすぐほどけるような締め方で。
お社の裏手で落としてきた真っ白な褌はこちらだった。
ではポーチにしまった褌はどうしたかというと、これも落としてきたのだ……賽銭箱の裏側に。
お賽銭を入れる際に出したのはお札だけではなかった。
お社の正面は見晴らしがよく、カカシさんが真後ろから俺を見張るとは考えられないという下見の際の判断で、本当のふぐりおとしはここに決めたのだ。
それから裏手に回り、いかにも褌を落としますという体で夜目に映える真っ白な褌を落としてきた。カカシさんは釣られてくれるだろうかという不安も少しはあったが、これで拾ってもらえなくても褌を二枚落としてきただけのこと。神様も宮司さんもおっさんの褌など二枚もいらないだろうが、ふぐりおとしの作法には反してないと思うのでそこは許してほしい。
褌も厳密には締めてきたものを落としたわけではないが、一応丸一日使用していたし、作法にもその場で締めてきた褌を外して落とすとは書いてなかったので大丈夫だと思う。
果たしてカカシさんはご機嫌な様子で今朝を迎えている。
これは間違いなく、俺の脱ぎたてほやほやの褌を手に入れたのだ。
そして俺もまたご機嫌だった。
厄落としを完遂した上に、カカシさんの宿願を叶えてあげられたから。
たかが褌、パンツごときと侮ってはいけない。
彼がこれほど長年執着し集めてきたのだから、きっと何かの拠り所なんだ。俺にはさっぱり理解できないが。
収集した俺のパンツは隠れ家に術をかけてまで保管してあるらしいが、俺は一度も見たことはない。見る必要もないと思っている。
男には聖域ってもんが必要、だろ?
それに男たるもの、最愛の人の願いくらい叶えてやれなくてどうする。
それがたとえ俺の脱ぎたて褌だとしても、カカシさんが本当に欲しいならくれてやる。
俺のパンツに関しては、なぜかこっそり手に入れることに幸せを見いだしてるみたいだから、こんなまだるっこしい手順を踏むことになったが。それでカカシさんが幸せなら俺も幸せだ。
「今日は真っ直ぐ帰れるの?」
味噌汁をごくんと飲み込んだカカシさんが、上目使いに訊ねてくる。
俺は頭を切り替え、今日一日のスケジュールをさらった。
「えーと、職員会議があるけど、そんな遅くならないと思います」
「そ。じゃあ今日は俺が晩ごはん作るね」
「あっ、俺あれ食いたいです。こないだ言ってた白菜と豚のミル、ミルクオーレじゃなくて……」
「ミルフィーユ鍋ね、りょーかい」
カカシさんが俺を見て目を細めた。
これだけ長く一緒にいるんだから、言葉がなくとも分かる。
弓なりになった目が、緩んだ頬と口元が、俺のことを可愛い、愛してると言っている。
あー、チクショウ。
俺もそんなアンタが大好きだよ、愛してるよ、なかなか言えねぇけど!
カカシさんと違って、いつまでも愛の言葉をさらっと言えない俺でも、今日は別だ。特別なんだ。
巷はバレンタインとやらで、チョコを渡すとそれが愛の告白の代わりになるという。
豪勢なチョコは今年も恥ずかしくて買えなかったが、カカシさんはきっと喜んでくれるだろう。褌ほどではないにしても。
それでもちょっとそわそわしてきたので、俺は一言だけ口にした。
「楽しみにしてます……してて下さいね」
カカシさんが目を見開き、それからほわりと笑って頷いた。
まるで、両手に抱えきれない幸せを手にしたかのように。
【完】
ふぐりおとし
俺はうみのイルカ、四十二歳。
有り難いことに木ノ葉隠れの里忍者学校の校長を拝命している。
籍は入れてないが事実婚の伴侶もいる。先代火影、六代目のはたけカカシさんだ。
ナルトも無事七代目に就任し、なんやかんやあっても里は平和になった。
俺の最愛の人がIQ200の頭脳と卓越した政治的手腕と、戦忍時代からの人脈をフル活用してその道筋を付けてくれた。
俺たちに子供はいないがナルトとヒナタが二人の子宝に恵まれ、幸運にもお祖父ちゃん役を味わえている。
つまり俺は、両手に抱えきれないくらいの幸せを手に入れたわけだ。
人間ってやつは、一旦手にしたものはなかなか手離せないもんだ。
それがずっと焦がれ望んでいたものなら、なおさら。
それがどれだけ大切なものでも、どれだけ大切にしようとも、この手から容易に、一瞬で滑り落ちていくものと知っているからこそ何としてでも手離したくないと思ってしまう。
そして忍ってやつは、意外と験を担ぐ人種だ。
これもまた人智の及ばない事例を見たり聞いたりすることが多いからだろう。些細な勘に始まり、超自然的な体験など枚挙にいとまがない。
他人の影を踏まない、任務出立の前は下足を右から履く、星占いのラッキーカラーを必ず身に付ける。
こういった験担ぎは、過酷な任務をこなす上忍ほど真剣に行っている。それを笑う忍など一人もいない。
髪の毛ひとすじほどの差で明暗を、もっとはっきり言うと命を分けられる事を実体験として知っているからだ。
ずいぶんべらべらとまくし立ててしまったが。
これだけ流暢に事例を並べ立ててるのは、俺が四十二歳になったからだ。
もう一度言う。
四十二歳になった。
つまり、男の大厄だ。
カカシさんの時は普通に木ノ葉神社で厄払いの御詣りを済ませ、恙無く一年を過ごせたんだけど。
今年になって眉唾物の厄落としの新情報を聞いてしまった。
『ふぐりおとし』
俺はこれを実行するための正当性を、自分に必死に言い訳していた。
――丑三つ時のふぐり神社の境内で。
ふぐりおとしとは本当にふぐりを――その、あれ……アレだ、玉――を落とす訳ではない、もちろん。履いていた下履き、というか褌を落とすのだ。
夜中に寺社の境内で誰にも見られないよう褌を落としてくると、厄落としをしたことになるのだという。
褌というだけあって、この厄落としはずいぶん昔から言い伝えられているらしい。褌を日常的に履いているような人種は、現代ではかなり偏っているだろう。
だが俺はたまたま愛用者だった。
一枚しか持っていないが、年始めや気合いを入れたい日には褌を着用する。褌の紐をきりりと締め上げると、気持ちもぴりっと締まるのだ。それに褌を締めるのは、実は父ちゃんやじっちゃんの影響もあった。
だから褌を締めるのには抵抗がないのだが、落とすのはやっぱり躊躇してしまう。
いい年したおっさんが!
由緒ある神社の境内で!
締めていた褌を落とす!
そんな不敬が許されていいものだろうか。
そこで我が身を振り返っていた訳だ。
俺がどれだけ今手にしているものが大切で、どれだけ手離したくないかを。
この厄落としを教えてくれたヤマトさんも言っていたじゃないか。
年のせいか、年々この手から零れるものの一つひとつが堪えるんですよねと。
不敬といっても俺がそう感じるだけで、神社側では推奨している行為らしく、木ノ葉寺社総覧を調べたらふぐり神社の説明文にふぐりおとしが載っていた。
俺が知らなかっただけで、ふぐり神社は由緒ある厄落としの神社みたいだった。
とにかくここまで来たんだ。正々堂々と厄落としをしようじゃないか。
忍らしく、誰にも見つからないように。
俺は一つ息を吐くと、木立の陰からお社の正面へと跳んだ。
お社の正面は参道から鳥居、階段まで遮るものが何もない。
人目を憚るので柏手も打たず、ポーチを探ってから用意してきた千両札を一枚、賽銭箱に落として参拝する。大厄なので一応奮発したつもりだ。
それから裏手に回り、あらかじめ外しやすくした褌の紐を引くと、するりと忍服のウエストから抜き取った。
普段はあまり着ることもなくなった忍服だが、やっぱり忍ぶ時にはこちらの方が馴染みがいい。
今この手の中にある褌は、闇夜に浮かぶ白だ。
ここで見付かったらご破算になるので、もう一度念入りに周囲の気配を窺う。
今夜はバッティングは無さそうだ。
実は先週のカカシさんの不在時にも気合いを入れて来たんだが、先客がいて諦めたのだった。アカデミーの校長たる者がふぐりおとしを……などと噂になってはまずいので、早々に退散したが。
下手に待機時間があると余計なことを考えてしまうので、今夜こそ完遂しないと精神的にもたない。
ふぐりおとしは妙齢の男にとっては、下手な任務より緊張するものだった。
索敵を済ませると俺は目を開け、目星を付けていたお社の土台の白っぽい石の前に褌を落とすと、一気に木立を渡って敷地の外に跳んだ。
心の中でふぐり神社の宮司さんを始め、色々な人に詫びながら。
きっと早朝の清掃の時に褌は回収され、御焚き上げだか何だかをされるのだろう。
どうか巫女さんなど女性の目には触れませんようにと願いながら、一気に軽くなった足取りで、薄い三日月の下をカカシさんの居ない自宅へと向かった。
すっかり晴れやかな気持ちで眠っていたら、不意に布団を持ち上げられる気配がした。
冷えきった体が横になっていた俺を覆い、冷たい手が俺の腹に添えられる。
どうやらカカシさんが帰宅したらしい。
冬のカカシさんはいつも冷えていて、俺で暖を取るのだ。
俺はおかえりなさいと言ったつもりだったが、むにゃむにゃと言う呟きにしかならなかったようだ。
密やかな含み笑いのあと囁かれた「おやすみ、イルカ」の言葉を最後に、俺の意識はまた眠りに沈んだ。
次の日の朝、玉子の焼ける匂いで目が覚めた。
もうすぐカカシさんが起こしにきてくれるだろうと、目を閉じたまま数分の贅沢を味わう。
きっかり五分後、カカシさんがベッドのスプリングを鳴らしながら囁きかけてきた。
「おはよう、イルカ。朝ごはんできたよ」
そしておはようのちゅうが頬に落とされる。
俺が朝食を作る時はもっとがさつに、布団を引っぺがして叩き起こすんだが、カカシさんはいつもこれだ。
朝イチから語尾にハートを飛ばしまくる低音腰砕けボイスは、正直腰にくるんだけどな。ちゅうも恥ずかしいからやめてくれと何年も言ってたが、いい加減諦めた。だが、俺は甘く優しいおはようで起こしてもらってるんだぞ! と自慢したい気もあるから複雑なところだ。
俺は「カカシさん、おはようございます」と素っ気なく挨拶を返して体を起こしたが、それもいつものことなのでカカシさんは気にせず、今度は俺の頭の天辺にちゅうをして鼻唄を歌いながら台所に戻っていった。
顔を洗ったり着替えたりと手早く支度を済ませてテーブルに着くと、どんぴしゃのタイミングで飯と味噌汁が置かれる。
玉子焼きだとばかり思っていた物は、なんと目玉焼きだった。
カカシさんは玉子焼き派だから、目玉焼きなんて絶対作ってくれないのに。
皿を持ち上げると俺好みの半熟になった黄身の部分がぷるりと揺れ、THE 完璧 オブ 目玉焼きだと主張してくる。
「うっわぁ、これはうまそうですね! ありがとうカカシさん!」
「どういたしまして。さ、熱いうちに召し上がれ」
「いただきます!」
俺はその目玉焼きをつやつやと輝く白米の上にそっと乗せ、醤油を回しかけた。
中心部分に箸を入れると、程よく半熟になった黄身がとろりと広がる。
ちらりと横目でカカシさんを見ると、ご機嫌な様子で自分の玉子焼きを頬張っていた。
――そう、カカシさんは今日はとってもご機嫌なのだ。
そして俺はその理由を知っていた。
カカシさんは、俺の一枚しかない貴重な褌を手に入れたのだ。
昨夜、ふぐり神社で。
昨夜はカカシさん不在の隙を狙っていたと言ったが、それはカカシさんのわざと作った隙だった――俺をふぐりおとしに行かせるための。
そもそもヤマトさんが、俺に厄落としの話を持ちかけてきた事から仕込みだったはずだ。
ヤマトさんが実際にふぐりおとしをしたかどうかは分からないが、あのしみじみとした『年々この手から零れるものが堪えるようになった』発言からすると、厄落としはしてるかもしれない。
そしてその話を聞いた俺が寺社総覧を調べることも織り込み済みだったのだろう。木ノ葉寺社総覧は去年発行の最新の物から、一刷前のにすり変わっていた。カカシさんが資料室に入室した痕跡はなかったが。
なぜそれを知っているかというと、厄落としについて先月調べたばかりだったからだ。
最新版のふぐり神社の記載は、時代を考慮したのか『厄落とし』に変わっていた。
だがカカシさんの関与を確信したのは、一度目のふぐりおとしの時だった。
この時は突発でカカシさんにほぼ任務のような接待が入ったのだ。
それを聞いて急きょ決行を決めたのだが、その時の神社にいた先客。てっきり厄落としにきた同輩だと思い込んで、現場を見てはまずいと慌てて帰ってしまったが。
後からよく考えてみると、彼はとても四十代とは思えなかった。たぶん暗部だろうからなんとなくだが、チャクラが若かった気がしたのだ。
恐らく同じように焦ったカカシさんが護衛の一人を妨害に寄越したのだと思うが、きっと詳しい内容を聞かされず、ただ俺が現れたら気配を洩らせとだけ言われたのではないだろうか。
この違和感と、先日の寺社総覧からヤマトさんの登場まで遡って色々考えた……というかすぐに分かったが。
カカシさんの狙いは『俺の脱ぎたてほやほやの褌』だ。
一緒に暮らして干支も一巡り以上したというのに、カカシさんの俺のパンツへの執着はいまだ衰えを見せない。
俺が一枚しか持ってない褌は、きっと俺のパンツマニアのカカシさんにとっては垂涎の逸品なんだろう。
ただ、一枚しかないがゆえに今まで遠慮してきたのが、何かの拍子にふぐりおとしの話を聞いて一生に一度の勝負に出た。
なにしろ男の大厄は四十二歳だけ、これを逃すと次の厄年は六十代になってしまうし、大厄でもないのでふぐりおとしをするとは限らないのだ。
だがこれだけ真剣に厄落としをしようと決めたのだから、俺も譲れないところだった。
確実に褌を境内に落とし、なおかつカカシさんにも褌を拾わせてあげるためのふぐりおとし。ネックはどちらも脱いだ褌でなくてはならないということだったが。
俺は二度目の決行の前に密かにふぐり神社を下見して計画を練った。
――そして満を持して迎えた昨夜。
準備万端でふぐり神社に現れたのは、カカシさんだけではなかった。
俺は出かける前に今日一日締めていた新品の黒い褌を外し、忍服のポーチにしまった。そして改めて手持ちの褌を身に付ける。今度はすぐほどけるような締め方で。
お社の裏手で落としてきた真っ白な褌はこちらだった。
ではポーチにしまった褌はどうしたかというと、これも落としてきたのだ……賽銭箱の裏側に。
お賽銭を入れる際に出したのはお札だけではなかった。
お社の正面は見晴らしがよく、カカシさんが真後ろから俺を見張るとは考えられないという下見の際の判断で、本当のふぐりおとしはここに決めたのだ。
それから裏手に回り、いかにも褌を落としますという体で夜目に映える真っ白な褌を落としてきた。カカシさんは釣られてくれるだろうかという不安も少しはあったが、これで拾ってもらえなくても褌を二枚落としてきただけのこと。神様も宮司さんもおっさんの褌など二枚もいらないだろうが、ふぐりおとしの作法には反してないと思うのでそこは許してほしい。
褌も厳密には締めてきたものを落としたわけではないが、一応丸一日使用していたし、作法にもその場で締めてきた褌を外して落とすとは書いてなかったので大丈夫だと思う。
果たしてカカシさんはご機嫌な様子で今朝を迎えている。
これは間違いなく、俺の脱ぎたてほやほやの褌を手に入れたのだ。
そして俺もまたご機嫌だった。
厄落としを完遂した上に、カカシさんの宿願を叶えてあげられたから。
たかが褌、パンツごときと侮ってはいけない。
彼がこれほど長年執着し集めてきたのだから、きっと何かの拠り所なんだ。俺にはさっぱり理解できないが。
収集した俺のパンツは隠れ家に術をかけてまで保管してあるらしいが、俺は一度も見たことはない。見る必要もないと思っている。
男には聖域ってもんが必要、だろ?
それに男たるもの、最愛の人の願いくらい叶えてやれなくてどうする。
それがたとえ俺の脱ぎたて褌だとしても、カカシさんが本当に欲しいならくれてやる。
俺のパンツに関しては、なぜかこっそり手に入れることに幸せを見いだしてるみたいだから、こんなまだるっこしい手順を踏むことになったが。それでカカシさんが幸せなら俺も幸せだ。
「今日は真っ直ぐ帰れるの?」
味噌汁をごくんと飲み込んだカカシさんが、上目使いに訊ねてくる。
俺は頭を切り替え、今日一日のスケジュールをさらった。
「えーと、職員会議があるけど、そんな遅くならないと思います」
「そ。じゃあ今日は俺が晩ごはん作るね」
「あっ、俺あれ食いたいです。こないだ言ってた白菜と豚のミル、ミルクオーレじゃなくて……」
「ミルフィーユ鍋ね、りょーかい」
カカシさんが俺を見て目を細めた。
これだけ長く一緒にいるんだから、言葉がなくとも分かる。
弓なりになった目が、緩んだ頬と口元が、俺のことを可愛い、愛してると言っている。
あー、チクショウ。
俺もそんなアンタが大好きだよ、愛してるよ、なかなか言えねぇけど!
カカシさんと違って、いつまでも愛の言葉をさらっと言えない俺でも、今日は別だ。特別なんだ。
巷はバレンタインとやらで、チョコを渡すとそれが愛の告白の代わりになるという。
豪勢なチョコは今年も恥ずかしくて買えなかったが、カカシさんはきっと喜んでくれるだろう。褌ほどではないにしても。
それでもちょっとそわそわしてきたので、俺は一言だけ口にした。
「楽しみにしてます……してて下さいね」
カカシさんが目を見開き、それからほわりと笑って頷いた。
まるで、両手に抱えきれない幸せを手にしたかのように。
【完】
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