【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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阿吽の門を抜けて一直線に続く木ノ葉の里の大通り。
そこを闊歩する一人の男がいた。
がっしりと大柄な筋肉質の体躯にエレガントな真っ白いロングのワンピース、亜麻色をしたストレートの長い髪をなびかせ、がつがつと靴音を響かせて歩いていく。
靴音がものすごい音を立てているのは、十センチはあろうかというハイヒールを履いているからだ。
顔には褐色の肌を生かした芸術的ともいえるメイクを施してあり、その両手にはいかにも高級そうなブランドの紙袋をいくつも提げている。
それでも生物学上は男と言い切れるのは、大きく開いた胸元から明らかに鍛え上げられた胸筋が覗いているせいだった。
彼の――いや、彼女の――やはり彼と言うべきか。
(暫定的に)彼の異様な風体と威風堂々とした歩みは異様な風体の多い忍の里にあっても目立っていて、それなりに人通りの多い夕方の時間帯なのに皆が道を開け、注目の的になっていた。
そんな中で真っ直ぐ前を向いて歩いていた彼の目が見開かれ、不意に足が止まる。
「イルカちゃん!」
豊かなバリトンで呼びかけられ、銀髪の支給服の男と連れ立って喋っていたイルカが振り返った。
「闇夜(あんや)じゃないか、久しぶりだな!」
闇夜と呼ばれた男は両手いっぱいの紙袋をガサガサといわせながら、破顔したイルカの前に駆け寄った。
「ちょうど良かったわ、実家で例の物を調達してきたから渡しに行こうと思ってたのよ……っと、お邪魔だったかしら」
闇夜はイルカの隣にさりげなく距離を詰めて立つ男を、意味ありげにちらりと見た。
イルカはその視線に苦笑し、構わないというように手を振った。
「相変わらず鋭いなぁ。こちらはカカシさん、俺の、こ……こいび……ぉ、付き合いしてる人だから。ここで渡してくれていいよ」
「あら! イルカちゃんにもとうとう⁉」
今にも羽ばたきそうなまつ毛をバサバサとさせ、闇夜は遠慮なくカカシをじろじろと見た。
カカシも「どーも」とやる気のない挨拶をしながら、闇夜と呼ばれた男をじろじろと見返す。
そんなカカシを目線で軽く咎めると、イルカは闇夜の手にしている中から天道虫の絵がプリントされている萌木色の小さい紙袋を指した。
「今回も大量だなぁ、俺のはこれか? ありがとう、いつも悪いな。おじさんとおばさんは元気だったか?」
「そりゃもう元気よぉ。イルカちゃんに会いたがってたわ。せっかく綺麗なお肌してるのに全然お手入れしないんだからって、コキシネルエクセレントオイルも入れてたわよ。ほら、今度こそちゃんと使ってね」
闇夜は天道虫の紙袋を引っ張り出すと、イルカに押し付けた。
イルカは中身を確認すると、「ああ、うん、そのうちな」と力なく笑った。
「じゃあ私、これから研究室に直行だから。また今度ゆっくりね! 彼氏の話も聞かせてちょうだいね!」
そう言って闇夜はまた高らかにハイヒールの音を響かせ、本部棟へと去っていった。
風になびく髪を見送って振り返ると、イルカは嫉妬深い恋人の無言の圧にため息をついた。
そしてカカシの聞きたいであろう事を端的に並べ立てる。
「闇夜は装備研究開発部で変装の第一人者なんですよ。だから定期的に都に資材調達に行ってるんです。それに実家が天道虫本舗という老舗の化粧品屋で、うちも代々お世話になってるんです。あと闇夜には可愛い『彼女』がいますからね、変な心配は無用です」
「…………おしろい」
ぼそりと呟いたカカシの予想外の言葉に、イルカはギクリとした。
「その天道虫の紙袋から白粉の匂いがする。オイル『も』入れてたってことは『例の物』の方が白粉でしょ? イルカは白粉なんてアカデミーでも受付でも使わないよね。それなのに代々お世話になってるって、今でも?」
抑揚のない言葉が淀みなくカカシの口から流れ出す。
そして天道虫の紙袋をじっと見ていたその声が、一段と低くなった。
「……その白粉、どこの女にあげてるの」
カカシの詰問にイルカは驚いて反論しようとしたが。
何かを言いかけてから口を閉じ、いったん目を伏せてしばらく考え事をしてから、一人頷いて口をきゅっと引き結び。
意外なことに柔らかい笑みを浮かべた。
「さすがの嗅覚ですね。その話はここでは何ですから、うちでしましょう。カカシさんに見せたいものもあるし」
浮気の影を問いつめていたはずが話の展開についていけず、先にスタスタと歩き出したイルカの後をカカシは慌ててついていった。
イルカは中忍アパートに到着すると、手を洗ってから卓袱台の上に天道虫の紙袋を置いて机に向かった。
カカシもそれにならって手甲を外してから手を洗い、イルカが机の一番下の引き出しを開けるのを黙って見守る。
「解」
イルカが引き出しにかけられていた結界を解いた。
そして高級な壺でも入っていそうな、大きめの木箱を取り出す。
そこに何らかの結界が張ってあったのは知っていたが、てっきり父母の遺品や写真など大事な物があるのかと思っていたカカシは、その箱と白粉に何の関係があるのかと訝った。
イルカはその木箱を持って卓袱台の上にコトンと置くと、カカシに悪戯っぽい目を向けた。
「これが白粉をあげてる相手です」
「………は?」
この木箱の中に女が? ととっさに睨み付けるが、まさかという気持ち半分で、もしかしたら何かの術で小さくしてるのか口寄せかもしれないと、額宛を上げて両目で木箱の気配を探る。
するとイルカがくすくすと笑い出した。
「すみません、カカシさんが俺の浮気を疑うもんだから、ちょっと意地悪して……ちゃんと説明しますね。だからその写輪眼はしまって下さい」
そして紙袋から『天道虫本舗 最高級白粉』と書かれた容器を取り出し、台所から細長いスプーンを持ってくると、並べて卓袱台に置いた。
「さて、どう話したもんですかね……百聞は一見にしかず、まずはこれを見てもらいましょうか」
イルカは木箱の留め金を外し、蓋を開けてカカシの方に向けた。
「ご紹介しましょう。俺の口寄せのケサランパサランです」
カカシが覗き込むと、中にはふわふわの白い毛玉が大小二個、ぽふりと鎮座している。
「ケサランパサラン?」
「ケサランパサランです」
イルカはにこにこしながらおうむ返しをするばかりなので、カカシはもう一度箱の中のふわふわを見て、それからイルカを見た。
「………これと白粉に何の関係が?」
嘘は突拍子もないほど、逆に信憑性が増す。
装備部の闇夜とかいう男、その化粧品屋に代々お世話になっているというからには、カカシの知らない親の代からの許嫁でもいるのではないか、それを隠すためにまさか白粉をはたいてこの毛玉を白くしてるとでも言うのかと、カカシはわずかな動揺も見逃さないようにイルカの顔を見据える。
だがイルカはちっとも気にしてない風で、白粉の容器を開けると内蓋をそっと外し、スプーンですくうと木箱の中に落とした。
「ほぉらラランとパラン、ごはんだぞ~」
「ごは……ん? この毛玉のごはん⁉ 白粉が??!!?!」
「カカシさん、しぃーっ! この子たちがびっくりするでしょうが。白粉も飛んじゃいます!」
「アンタね、茶番もいい加減にしなさいよ! 毛玉に白粉のごはんって何のおままごと……あ」
カカシの優秀な忍の眼とさらに高性能な写輪眼は、周辺視野のわずかな動きも見逃さなかった。
大小の白い毛玉たちが、落とされた白粉に向かって動いていたのだ。
二人がじっと見守る中、毛玉たちは白く細い毛を震わせながらゆっくりと移動し、小さな山になった白粉に覆い被さるようにしてさらに大きく震えた。
「今日は新鮮な白粉だからうまいだろ。良かったなぁ、ラランにパラン」
呑気に声をかけるイルカを尻目に、カカシは写輪眼をぐるりと回した。
毛玉をチャクラか何かで動かしている気配もなく、『それ』は確かに生き物だった。
心拍もチャクラも感じられないが、白粉を嬉しそうに貪ってるそれ――ケサランパサランは、確かに生き物だった。
とすると、カカシがまずやるべき事は一つ。
「イルカ……浮気を疑ってごめんなさい」
その謝罪に対し、イルカは鷹揚に笑って返す。
「いや、俺も秘密にしてたことに変わりはありませんから」
「秘密って、さっき口寄せって言ってたよね。このケサランパサランは秘密の口寄せなの?」
するとイルカは木箱の中に目をやったが、今度はその視線に小さな痛みが入り交じった。
「このケサランパサランは、うみの家に代々伝わっている口寄せです。俺は父から、父は母――俺の祖母から受け継いだみたいですね。正確には口寄せというより、幸運を引き寄せるあやかしとでも言いましょうか」
そう言っていったん木箱の蓋を閉じると持ち上げ、箱の底を見るように促した。
カカシが底を覗き込むと、そこには墨筆で
うみのかいゆ
うみのイッカク
うみのイルカ
と名前が並んでいた。
二人の名は掠れて薄まり、イルカの名だけ濃くはっきりと書かれているのが時の流れを感じさせ、もの哀しさを呼び起こす。
「元々は祖母……俺も会ったことはないんですが、かいゆさんが子供の頃に捕まえたそうです。その頃は一匹だけでした。綺麗な物を見付けたと両親に見せたら、これはケサランパサランじゃないかと」
それで両親と一緒に生態を文献などで色々調べ、持ち主に幸運をもたらすこと、桐の箱に空気穴を開け無添加の白粉を与えて育てること、雌雄同性体なので増えることもある等々を知って、大事に飼うことにした。
時々白粉を与えて毎日のように話しかけ、可愛がって育てていたら、ある日いきなりケサランパサランがかいゆに話しかけてきた。
実際には直接頭の中に声が響くようだったのだが。
『お前に幸運をもたらそう。
困った時は私を呼びなさい。
ただしそれは人の一生に一度だけ。
この事は身内以外には誰にも言ってはいけない』
その一生に一度きりの幸運のことを、かいゆは二十年後に思い出した。
そして忍だった夫の命を救うために使った後は、イッカクへと受け継がれたのだ。
イッカクは妻のコハリと一緒にやはり可愛がって育ていたのだが、ある時イルカが行方不明になった。
その際に三代目を頼ってもなかなか見付からず、思い余ってケサランパサランを呼び出した。
するとイルカは木ノ葉の上忍の子供を拐って殺戮の道具として育てる抜け忍の組織から奇跡的に救出された。組織の者たちが海を渡る前の一時的なアジトで全員ひどい食中毒を起こしていたために、捜索隊が追い付き発見できたのだ。幸いにも拐われた子供たちは、弱らせるためか水だけで食事を与えられてなかったので無事だった。
イルカも抵抗した時に見せしめにと付けられた、鼻を横切る怪我だけで済んだのだ。
そこまで話すと、イルカは一息ついた。
「ケサランパサランがもたらすのは幸運なので、口寄せても直接助けてくれる訳じゃないんだそうです。ただ、その時に困ってる事が良い方向へ向かうようにしてくれるみたいです……まさに幸運としか言えない状況で」
神妙な顔でじっと聞き入っていたカカシは、静かにイルカを抱き寄せた。
もしその時イルカが救出されていなければ、二人が出会ったのはカカシの任務の時だったかもしれなかった。
――カカシが狩る対象として。
無言できつく抱きしめるカカシをイルカはぎゅっと抱き返すと、ぽんぽんと背を叩いた。
そしてしんみりとしてしまった空気を切り替えるよう、ことさら明るい声で話しかけた。
「もう大丈夫ですから、ね。ケサランパサランは口寄せできるのは一生に一度だけど、普段はこうやってごはんをあげたりできるんですよね。すんごいふわふわなので、子供の頃にはよく撫で回したり一緒に遊んでたんですよ。カカシさんも触ってみます?」
そう言ってイルカはまた木箱の蓋を開け、中から大きい方のケサランパサランを取り出した。
仮にも幸運をもたらすあやかしをそんな気軽に触っていいのだろうかという疑念がよぎるが、イルカがにこにこしながら差し出しているので、カカシはおっかなびっくり手を伸ばした。
その手の平に、イルカはいとも無造作にケサランパサランをぽんと置く。
「う………わぁ……」
柔らかな毛が手の平にしっとりと吸い付くように、広げた指まで包み込んでふわりと覆った。
反対側の手でそっと撫でると、今まで触れたことのない何物とも違う極上の毛並みに思わずため息が零れる。
「ね? すんごいふわふわで気持ちいいでしょう?」
「これは……癖になりそうだぁね」
毛玉は掌をほぼ覆い隠すほどの大きさなのに、ほとんど重さを感じなかった。
無心に撫でていると、なんだかゆるりと気持ちがほどけていくようだ。
イルカが隣から手を伸ばして指先で撫で始めると、毛玉がふるふると震え出した。やはり主のイルカに撫でられると嬉しいのかと思っていると、イルカが恐ろしいことを言い出した。
「ラランは人慣れしてるから色々やっても平気なんですけど、パランはまだ子供なのか、放り投げたりするとびっくりして箱に戻っちゃうんですよね」
「えっ、投げたりしてるの⁉ 幸運のあやかしを⁉」
「子供の頃はよく一緒に遊んでたんですよ。投げ上げて空中でキャッチするとか。今はさすがにやりませんけど」
イルカが照れ臭そうに笑うが、そういうことじゃない。
家に代々伝わるという幸運をもたらすあやかしをそんな扱いでいいのか、たとえ毛玉でも命の恩人とも言える物に……とカカシの胸の内に色々な思いがぐるぐると渦巻いたが。
嬉しそうに撫でるイルカと、それを受け入れるかのように震える毛玉を見ていると、これでいいのかもと思い直す。
子供の頃から一緒に育っていたのだから、イルカにとってはケサランパサランはペットのようなものなんだろう。口寄せといってもカカシの忍犬のように任務に同行する訳でもないので訓練する必要もなく、日々を共にするだけの生き物だ。
ちょっと変わったペットの毛玉たち。
そこでふと、カカシは気付いた。
「ねぇイルカ、ケサランパサランは身内以外に知られたらどうなるの?」
「さぁ? それは聞いたことないんですけど、消えちゃうとかですかね」
カカシは手の上の毛玉を見た。
ケサランパサランはとても軽いが、消えてはいない。
それどころか手の止まったカカシに、もっと撫でろとでも言うようにもふもふと毛玉を押し付けてきている。
「あ、もしかして厳しい制約じゃないとか? 闇夜はこのこと知ってるの?」
「闇夜も家の人もケサランパサランのことは知らないですよ。ただ白粉をずっとお願いしてるだけで。ラランは昔から天道虫本舗の白粉が一番好きみたいなんです。なぁ、ララン~♪」
違う、そうじゃなくて、とカカシは頭を抱えたくなった。
カカシが聞きたいのは、身内以外に知られてはいけないのに、なぜイルカはケサランパサランのことを教えてくれたのかということだった。
身内とはすなわち伴侶、配偶者、家族ということだ。
(イルカは俺のことを……身内と思ってくれてるのか)
一言そう聞けばいいのに、柄にもなく動悸息切れ眩暈発汗に襲われ、カカシは思わずぎゅっとケサランパサランを握ってしまった。
すると毛玉がいきなり手を飛び出し、カカシの顔にぼふっと体当たりをしてきた。
「ぶふっ! ごめんなさい!」
反射的に毛玉に謝ると、ラランはもう卓袱台の上に乗っていた。
顔に当たった時の感触もまたとても気持ちが良く、頬擦りしたくなったがそれは後回しと、カカシはイルカの手を取った。
何となくだが、ケサランパサランは強く握ったことを怒ったのではなく、肝心なことを言えないカカシに喝を入れてくれた気がしたのだ。
カカシは大きく息を吸ってから、喉の奥に留まっていた言葉を押し出した。
「イルカ、あの、俺にケサランパサランのことを教えてくれたってことは、その……俺を身内と思ってくれてる、そういう風に思っちゃっていい、の?」
するとイルカは目を見開いて、何を今さらという顔でカカシを見返した。
「もちろんですよ、そのつもりで見せたんですから。浮気疑惑を解消するためじゃないですからね」
「うっ、それはごめんって。でも俺、その、嬉しくて……」
カカシは感極まってイルカを抱き寄せるとキスをした。
何度も啄むようなキスをすると、イルカが柔らかく微笑みながらキスを返す。
その額に額を合わせ、カカシははぁっと息をついた。
「……イルカはズルいなぁ。普段は全然好きって言ってくれないくせに、ここぞって時にこうやって俺を骨抜きにするんだから」
「それはその……言わなくても伝わってるかと。でもそうですね、俺ももうちょっと頑張ります」
イルカが後ろめたそうに俯くと、はにかんだように目を上げた。
その黒い瞳に映るカカシも、自分で直視するのがいたたまれないほど弛んだ顔をしている。
ケサランパサランはやはり幸運をもたらすあやかしなんだ、とカカシは唐突に確信した。
こんな風にイルカに幸せそうな顔をさせているのは自分の存在だが、人の縁などどう転がるか分からない。それこそ幼い頃に誘拐され、木ノ葉に害を為すイルカと相まみえていたかもしれなかったのだから。
だが二人の関係が続くならば、イルカにはケサランパサランを継がせることもできない。継がせるような子供を得ることはないのだから。
分かってはいたことだが、急に現実を突き付けられたようでカカシの抱きしめる腕が緩んだ。
するとイルカが呟いた。
「このままこいつらを口寄せることなく、ずっと過ごせるといいですね」
ケサランパサランを口寄せるということは、それだけ危機的状況に陥ってることになる。
イルカの性格を思うと、恐らくイルカがケサランパサランを呼び出すのはカカシ、或いは誰かの、もしくは里の危機になるだろう。
二人の子供以前に、自分たちは明日をも知れない身なのだ。
それでもケサランパサランを継ぐ未来を思い描けたことに、カカシは内心驚いた。
『遠く未来を見ながら、地に足をしっかり付けて日々を過ごす』
機械的に任務をこなし刹那的に生きてきたはずなのに、いつの間にイルカの生き方が自分に染み込んでいたのだろうかと、頬を緩めてもう一度イルカを抱きしめる。
子供は得られなくとも、里にはたくさんの子供たちがいる。
明日をも知れない身だからこそ、目の前の一つひとつを大切にして未来に繋げていけばいいのだと思い直した。
「うん、きっと大丈夫。俺たちがそういう未来を作っていけばいいんだから」
「カカシさん……」
すると二人のぴたりと合わさった体の、少しだけ隙間の空いた首元に毛玉たちが飛び込んできた。
「ララン、パラン! そうだよな、お前たちも一緒だぞ」
イルカが嬉しそうに二匹の毛玉をもふもふと撫で回した。
それを見たカカシにふと悪戯心が沸き、毛玉ごとイルカを抱き上げると天井近くまで放り投げた。
うわわっと悲鳴を上げながらもしっかり毛玉たちを掴んでいるイルカを、飛び上がってキャッチしてから畳に音もなく着地する。
「ほんとだ。楽しいねぇ、この遊び」
イルカがまじまじとカカシを見つめ、それから笑い声を上げた。
大きい毛玉はことさらにふるふると震えたが、小さい方はやはりぽんと飛び跳ねて木箱に戻ってしまった。
それを見送った二人は、顔を見合わせてまた笑う。
それは確かに、家族ならではのひとときだった。
数年後――
イルカは里民やアカデミーの子供たちと共に、火影の顔岩の所にある避難所の中にいた。
里長を始めとする主だった忍は皆、それぞれの戦地に向かっていた。
カカシも連合軍の部隊長として戦地の中心地に赴いていることだろう。
一介の中忍に詳細が知らされることはなかったが、それでもイルカには分かった。
今がその時だと。
「ケサランパサラン、うみのイルカの許に来てくれ」
厳重な結界が幾重にも覆う避難所の薄明かりの中、大小の毛玉がふわりと宙に浮かぶ。
イルカは二匹の毛玉に順繰りに声をかけ、そっと撫でた。
「ララン、パラン。呼んじまってごめんな。でも助けてほしいんだ。あの人の……カカシさんが護ってるものを。それが何だか、お前たちには分かるよな」
ケサランパサランがふるりと震える。
「頼んだぞ」
二匹の毛玉はもう一度震えると、その姿がふっとかき消えた。
イルカはケサランパサランのいた宙を見つめながら、一人呟いた。
「俺たちみんなで未来を作る……そうですよね、カカシさん」
そして目を閉じるとぐっと両手を握りしめ。
深く深く震える息を吐くと目を開き、力強い歩みで子供たちの所へと戻っていった。
【完】
そこを闊歩する一人の男がいた。
がっしりと大柄な筋肉質の体躯にエレガントな真っ白いロングのワンピース、亜麻色をしたストレートの長い髪をなびかせ、がつがつと靴音を響かせて歩いていく。
靴音がものすごい音を立てているのは、十センチはあろうかというハイヒールを履いているからだ。
顔には褐色の肌を生かした芸術的ともいえるメイクを施してあり、その両手にはいかにも高級そうなブランドの紙袋をいくつも提げている。
それでも生物学上は男と言い切れるのは、大きく開いた胸元から明らかに鍛え上げられた胸筋が覗いているせいだった。
彼の――いや、彼女の――やはり彼と言うべきか。
(暫定的に)彼の異様な風体と威風堂々とした歩みは異様な風体の多い忍の里にあっても目立っていて、それなりに人通りの多い夕方の時間帯なのに皆が道を開け、注目の的になっていた。
そんな中で真っ直ぐ前を向いて歩いていた彼の目が見開かれ、不意に足が止まる。
「イルカちゃん!」
豊かなバリトンで呼びかけられ、銀髪の支給服の男と連れ立って喋っていたイルカが振り返った。
「闇夜(あんや)じゃないか、久しぶりだな!」
闇夜と呼ばれた男は両手いっぱいの紙袋をガサガサといわせながら、破顔したイルカの前に駆け寄った。
「ちょうど良かったわ、実家で例の物を調達してきたから渡しに行こうと思ってたのよ……っと、お邪魔だったかしら」
闇夜はイルカの隣にさりげなく距離を詰めて立つ男を、意味ありげにちらりと見た。
イルカはその視線に苦笑し、構わないというように手を振った。
「相変わらず鋭いなぁ。こちらはカカシさん、俺の、こ……こいび……ぉ、付き合いしてる人だから。ここで渡してくれていいよ」
「あら! イルカちゃんにもとうとう⁉」
今にも羽ばたきそうなまつ毛をバサバサとさせ、闇夜は遠慮なくカカシをじろじろと見た。
カカシも「どーも」とやる気のない挨拶をしながら、闇夜と呼ばれた男をじろじろと見返す。
そんなカカシを目線で軽く咎めると、イルカは闇夜の手にしている中から天道虫の絵がプリントされている萌木色の小さい紙袋を指した。
「今回も大量だなぁ、俺のはこれか? ありがとう、いつも悪いな。おじさんとおばさんは元気だったか?」
「そりゃもう元気よぉ。イルカちゃんに会いたがってたわ。せっかく綺麗なお肌してるのに全然お手入れしないんだからって、コキシネルエクセレントオイルも入れてたわよ。ほら、今度こそちゃんと使ってね」
闇夜は天道虫の紙袋を引っ張り出すと、イルカに押し付けた。
イルカは中身を確認すると、「ああ、うん、そのうちな」と力なく笑った。
「じゃあ私、これから研究室に直行だから。また今度ゆっくりね! 彼氏の話も聞かせてちょうだいね!」
そう言って闇夜はまた高らかにハイヒールの音を響かせ、本部棟へと去っていった。
風になびく髪を見送って振り返ると、イルカは嫉妬深い恋人の無言の圧にため息をついた。
そしてカカシの聞きたいであろう事を端的に並べ立てる。
「闇夜は装備研究開発部で変装の第一人者なんですよ。だから定期的に都に資材調達に行ってるんです。それに実家が天道虫本舗という老舗の化粧品屋で、うちも代々お世話になってるんです。あと闇夜には可愛い『彼女』がいますからね、変な心配は無用です」
「…………おしろい」
ぼそりと呟いたカカシの予想外の言葉に、イルカはギクリとした。
「その天道虫の紙袋から白粉の匂いがする。オイル『も』入れてたってことは『例の物』の方が白粉でしょ? イルカは白粉なんてアカデミーでも受付でも使わないよね。それなのに代々お世話になってるって、今でも?」
抑揚のない言葉が淀みなくカカシの口から流れ出す。
そして天道虫の紙袋をじっと見ていたその声が、一段と低くなった。
「……その白粉、どこの女にあげてるの」
カカシの詰問にイルカは驚いて反論しようとしたが。
何かを言いかけてから口を閉じ、いったん目を伏せてしばらく考え事をしてから、一人頷いて口をきゅっと引き結び。
意外なことに柔らかい笑みを浮かべた。
「さすがの嗅覚ですね。その話はここでは何ですから、うちでしましょう。カカシさんに見せたいものもあるし」
浮気の影を問いつめていたはずが話の展開についていけず、先にスタスタと歩き出したイルカの後をカカシは慌ててついていった。
イルカは中忍アパートに到着すると、手を洗ってから卓袱台の上に天道虫の紙袋を置いて机に向かった。
カカシもそれにならって手甲を外してから手を洗い、イルカが机の一番下の引き出しを開けるのを黙って見守る。
「解」
イルカが引き出しにかけられていた結界を解いた。
そして高級な壺でも入っていそうな、大きめの木箱を取り出す。
そこに何らかの結界が張ってあったのは知っていたが、てっきり父母の遺品や写真など大事な物があるのかと思っていたカカシは、その箱と白粉に何の関係があるのかと訝った。
イルカはその木箱を持って卓袱台の上にコトンと置くと、カカシに悪戯っぽい目を向けた。
「これが白粉をあげてる相手です」
「………は?」
この木箱の中に女が? ととっさに睨み付けるが、まさかという気持ち半分で、もしかしたら何かの術で小さくしてるのか口寄せかもしれないと、額宛を上げて両目で木箱の気配を探る。
するとイルカがくすくすと笑い出した。
「すみません、カカシさんが俺の浮気を疑うもんだから、ちょっと意地悪して……ちゃんと説明しますね。だからその写輪眼はしまって下さい」
そして紙袋から『天道虫本舗 最高級白粉』と書かれた容器を取り出し、台所から細長いスプーンを持ってくると、並べて卓袱台に置いた。
「さて、どう話したもんですかね……百聞は一見にしかず、まずはこれを見てもらいましょうか」
イルカは木箱の留め金を外し、蓋を開けてカカシの方に向けた。
「ご紹介しましょう。俺の口寄せのケサランパサランです」
カカシが覗き込むと、中にはふわふわの白い毛玉が大小二個、ぽふりと鎮座している。
「ケサランパサラン?」
「ケサランパサランです」
イルカはにこにこしながらおうむ返しをするばかりなので、カカシはもう一度箱の中のふわふわを見て、それからイルカを見た。
「………これと白粉に何の関係が?」
嘘は突拍子もないほど、逆に信憑性が増す。
装備部の闇夜とかいう男、その化粧品屋に代々お世話になっているというからには、カカシの知らない親の代からの許嫁でもいるのではないか、それを隠すためにまさか白粉をはたいてこの毛玉を白くしてるとでも言うのかと、カカシはわずかな動揺も見逃さないようにイルカの顔を見据える。
だがイルカはちっとも気にしてない風で、白粉の容器を開けると内蓋をそっと外し、スプーンですくうと木箱の中に落とした。
「ほぉらラランとパラン、ごはんだぞ~」
「ごは……ん? この毛玉のごはん⁉ 白粉が??!!?!」
「カカシさん、しぃーっ! この子たちがびっくりするでしょうが。白粉も飛んじゃいます!」
「アンタね、茶番もいい加減にしなさいよ! 毛玉に白粉のごはんって何のおままごと……あ」
カカシの優秀な忍の眼とさらに高性能な写輪眼は、周辺視野のわずかな動きも見逃さなかった。
大小の白い毛玉たちが、落とされた白粉に向かって動いていたのだ。
二人がじっと見守る中、毛玉たちは白く細い毛を震わせながらゆっくりと移動し、小さな山になった白粉に覆い被さるようにしてさらに大きく震えた。
「今日は新鮮な白粉だからうまいだろ。良かったなぁ、ラランにパラン」
呑気に声をかけるイルカを尻目に、カカシは写輪眼をぐるりと回した。
毛玉をチャクラか何かで動かしている気配もなく、『それ』は確かに生き物だった。
心拍もチャクラも感じられないが、白粉を嬉しそうに貪ってるそれ――ケサランパサランは、確かに生き物だった。
とすると、カカシがまずやるべき事は一つ。
「イルカ……浮気を疑ってごめんなさい」
その謝罪に対し、イルカは鷹揚に笑って返す。
「いや、俺も秘密にしてたことに変わりはありませんから」
「秘密って、さっき口寄せって言ってたよね。このケサランパサランは秘密の口寄せなの?」
するとイルカは木箱の中に目をやったが、今度はその視線に小さな痛みが入り交じった。
「このケサランパサランは、うみの家に代々伝わっている口寄せです。俺は父から、父は母――俺の祖母から受け継いだみたいですね。正確には口寄せというより、幸運を引き寄せるあやかしとでも言いましょうか」
そう言っていったん木箱の蓋を閉じると持ち上げ、箱の底を見るように促した。
カカシが底を覗き込むと、そこには墨筆で
うみのかいゆ
うみのイッカク
うみのイルカ
と名前が並んでいた。
二人の名は掠れて薄まり、イルカの名だけ濃くはっきりと書かれているのが時の流れを感じさせ、もの哀しさを呼び起こす。
「元々は祖母……俺も会ったことはないんですが、かいゆさんが子供の頃に捕まえたそうです。その頃は一匹だけでした。綺麗な物を見付けたと両親に見せたら、これはケサランパサランじゃないかと」
それで両親と一緒に生態を文献などで色々調べ、持ち主に幸運をもたらすこと、桐の箱に空気穴を開け無添加の白粉を与えて育てること、雌雄同性体なので増えることもある等々を知って、大事に飼うことにした。
時々白粉を与えて毎日のように話しかけ、可愛がって育てていたら、ある日いきなりケサランパサランがかいゆに話しかけてきた。
実際には直接頭の中に声が響くようだったのだが。
『お前に幸運をもたらそう。
困った時は私を呼びなさい。
ただしそれは人の一生に一度だけ。
この事は身内以外には誰にも言ってはいけない』
その一生に一度きりの幸運のことを、かいゆは二十年後に思い出した。
そして忍だった夫の命を救うために使った後は、イッカクへと受け継がれたのだ。
イッカクは妻のコハリと一緒にやはり可愛がって育ていたのだが、ある時イルカが行方不明になった。
その際に三代目を頼ってもなかなか見付からず、思い余ってケサランパサランを呼び出した。
するとイルカは木ノ葉の上忍の子供を拐って殺戮の道具として育てる抜け忍の組織から奇跡的に救出された。組織の者たちが海を渡る前の一時的なアジトで全員ひどい食中毒を起こしていたために、捜索隊が追い付き発見できたのだ。幸いにも拐われた子供たちは、弱らせるためか水だけで食事を与えられてなかったので無事だった。
イルカも抵抗した時に見せしめにと付けられた、鼻を横切る怪我だけで済んだのだ。
そこまで話すと、イルカは一息ついた。
「ケサランパサランがもたらすのは幸運なので、口寄せても直接助けてくれる訳じゃないんだそうです。ただ、その時に困ってる事が良い方向へ向かうようにしてくれるみたいです……まさに幸運としか言えない状況で」
神妙な顔でじっと聞き入っていたカカシは、静かにイルカを抱き寄せた。
もしその時イルカが救出されていなければ、二人が出会ったのはカカシの任務の時だったかもしれなかった。
――カカシが狩る対象として。
無言できつく抱きしめるカカシをイルカはぎゅっと抱き返すと、ぽんぽんと背を叩いた。
そしてしんみりとしてしまった空気を切り替えるよう、ことさら明るい声で話しかけた。
「もう大丈夫ですから、ね。ケサランパサランは口寄せできるのは一生に一度だけど、普段はこうやってごはんをあげたりできるんですよね。すんごいふわふわなので、子供の頃にはよく撫で回したり一緒に遊んでたんですよ。カカシさんも触ってみます?」
そう言ってイルカはまた木箱の蓋を開け、中から大きい方のケサランパサランを取り出した。
仮にも幸運をもたらすあやかしをそんな気軽に触っていいのだろうかという疑念がよぎるが、イルカがにこにこしながら差し出しているので、カカシはおっかなびっくり手を伸ばした。
その手の平に、イルカはいとも無造作にケサランパサランをぽんと置く。
「う………わぁ……」
柔らかな毛が手の平にしっとりと吸い付くように、広げた指まで包み込んでふわりと覆った。
反対側の手でそっと撫でると、今まで触れたことのない何物とも違う極上の毛並みに思わずため息が零れる。
「ね? すんごいふわふわで気持ちいいでしょう?」
「これは……癖になりそうだぁね」
毛玉は掌をほぼ覆い隠すほどの大きさなのに、ほとんど重さを感じなかった。
無心に撫でていると、なんだかゆるりと気持ちがほどけていくようだ。
イルカが隣から手を伸ばして指先で撫で始めると、毛玉がふるふると震え出した。やはり主のイルカに撫でられると嬉しいのかと思っていると、イルカが恐ろしいことを言い出した。
「ラランは人慣れしてるから色々やっても平気なんですけど、パランはまだ子供なのか、放り投げたりするとびっくりして箱に戻っちゃうんですよね」
「えっ、投げたりしてるの⁉ 幸運のあやかしを⁉」
「子供の頃はよく一緒に遊んでたんですよ。投げ上げて空中でキャッチするとか。今はさすがにやりませんけど」
イルカが照れ臭そうに笑うが、そういうことじゃない。
家に代々伝わるという幸運をもたらすあやかしをそんな扱いでいいのか、たとえ毛玉でも命の恩人とも言える物に……とカカシの胸の内に色々な思いがぐるぐると渦巻いたが。
嬉しそうに撫でるイルカと、それを受け入れるかのように震える毛玉を見ていると、これでいいのかもと思い直す。
子供の頃から一緒に育っていたのだから、イルカにとってはケサランパサランはペットのようなものなんだろう。口寄せといってもカカシの忍犬のように任務に同行する訳でもないので訓練する必要もなく、日々を共にするだけの生き物だ。
ちょっと変わったペットの毛玉たち。
そこでふと、カカシは気付いた。
「ねぇイルカ、ケサランパサランは身内以外に知られたらどうなるの?」
「さぁ? それは聞いたことないんですけど、消えちゃうとかですかね」
カカシは手の上の毛玉を見た。
ケサランパサランはとても軽いが、消えてはいない。
それどころか手の止まったカカシに、もっと撫でろとでも言うようにもふもふと毛玉を押し付けてきている。
「あ、もしかして厳しい制約じゃないとか? 闇夜はこのこと知ってるの?」
「闇夜も家の人もケサランパサランのことは知らないですよ。ただ白粉をずっとお願いしてるだけで。ラランは昔から天道虫本舗の白粉が一番好きみたいなんです。なぁ、ララン~♪」
違う、そうじゃなくて、とカカシは頭を抱えたくなった。
カカシが聞きたいのは、身内以外に知られてはいけないのに、なぜイルカはケサランパサランのことを教えてくれたのかということだった。
身内とはすなわち伴侶、配偶者、家族ということだ。
(イルカは俺のことを……身内と思ってくれてるのか)
一言そう聞けばいいのに、柄にもなく動悸息切れ眩暈発汗に襲われ、カカシは思わずぎゅっとケサランパサランを握ってしまった。
すると毛玉がいきなり手を飛び出し、カカシの顔にぼふっと体当たりをしてきた。
「ぶふっ! ごめんなさい!」
反射的に毛玉に謝ると、ラランはもう卓袱台の上に乗っていた。
顔に当たった時の感触もまたとても気持ちが良く、頬擦りしたくなったがそれは後回しと、カカシはイルカの手を取った。
何となくだが、ケサランパサランは強く握ったことを怒ったのではなく、肝心なことを言えないカカシに喝を入れてくれた気がしたのだ。
カカシは大きく息を吸ってから、喉の奥に留まっていた言葉を押し出した。
「イルカ、あの、俺にケサランパサランのことを教えてくれたってことは、その……俺を身内と思ってくれてる、そういう風に思っちゃっていい、の?」
するとイルカは目を見開いて、何を今さらという顔でカカシを見返した。
「もちろんですよ、そのつもりで見せたんですから。浮気疑惑を解消するためじゃないですからね」
「うっ、それはごめんって。でも俺、その、嬉しくて……」
カカシは感極まってイルカを抱き寄せるとキスをした。
何度も啄むようなキスをすると、イルカが柔らかく微笑みながらキスを返す。
その額に額を合わせ、カカシははぁっと息をついた。
「……イルカはズルいなぁ。普段は全然好きって言ってくれないくせに、ここぞって時にこうやって俺を骨抜きにするんだから」
「それはその……言わなくても伝わってるかと。でもそうですね、俺ももうちょっと頑張ります」
イルカが後ろめたそうに俯くと、はにかんだように目を上げた。
その黒い瞳に映るカカシも、自分で直視するのがいたたまれないほど弛んだ顔をしている。
ケサランパサランはやはり幸運をもたらすあやかしなんだ、とカカシは唐突に確信した。
こんな風にイルカに幸せそうな顔をさせているのは自分の存在だが、人の縁などどう転がるか分からない。それこそ幼い頃に誘拐され、木ノ葉に害を為すイルカと相まみえていたかもしれなかったのだから。
だが二人の関係が続くならば、イルカにはケサランパサランを継がせることもできない。継がせるような子供を得ることはないのだから。
分かってはいたことだが、急に現実を突き付けられたようでカカシの抱きしめる腕が緩んだ。
するとイルカが呟いた。
「このままこいつらを口寄せることなく、ずっと過ごせるといいですね」
ケサランパサランを口寄せるということは、それだけ危機的状況に陥ってることになる。
イルカの性格を思うと、恐らくイルカがケサランパサランを呼び出すのはカカシ、或いは誰かの、もしくは里の危機になるだろう。
二人の子供以前に、自分たちは明日をも知れない身なのだ。
それでもケサランパサランを継ぐ未来を思い描けたことに、カカシは内心驚いた。
『遠く未来を見ながら、地に足をしっかり付けて日々を過ごす』
機械的に任務をこなし刹那的に生きてきたはずなのに、いつの間にイルカの生き方が自分に染み込んでいたのだろうかと、頬を緩めてもう一度イルカを抱きしめる。
子供は得られなくとも、里にはたくさんの子供たちがいる。
明日をも知れない身だからこそ、目の前の一つひとつを大切にして未来に繋げていけばいいのだと思い直した。
「うん、きっと大丈夫。俺たちがそういう未来を作っていけばいいんだから」
「カカシさん……」
すると二人のぴたりと合わさった体の、少しだけ隙間の空いた首元に毛玉たちが飛び込んできた。
「ララン、パラン! そうだよな、お前たちも一緒だぞ」
イルカが嬉しそうに二匹の毛玉をもふもふと撫で回した。
それを見たカカシにふと悪戯心が沸き、毛玉ごとイルカを抱き上げると天井近くまで放り投げた。
うわわっと悲鳴を上げながらもしっかり毛玉たちを掴んでいるイルカを、飛び上がってキャッチしてから畳に音もなく着地する。
「ほんとだ。楽しいねぇ、この遊び」
イルカがまじまじとカカシを見つめ、それから笑い声を上げた。
大きい毛玉はことさらにふるふると震えたが、小さい方はやはりぽんと飛び跳ねて木箱に戻ってしまった。
それを見送った二人は、顔を見合わせてまた笑う。
それは確かに、家族ならではのひとときだった。
数年後――
イルカは里民やアカデミーの子供たちと共に、火影の顔岩の所にある避難所の中にいた。
里長を始めとする主だった忍は皆、それぞれの戦地に向かっていた。
カカシも連合軍の部隊長として戦地の中心地に赴いていることだろう。
一介の中忍に詳細が知らされることはなかったが、それでもイルカには分かった。
今がその時だと。
「ケサランパサラン、うみのイルカの許に来てくれ」
厳重な結界が幾重にも覆う避難所の薄明かりの中、大小の毛玉がふわりと宙に浮かぶ。
イルカは二匹の毛玉に順繰りに声をかけ、そっと撫でた。
「ララン、パラン。呼んじまってごめんな。でも助けてほしいんだ。あの人の……カカシさんが護ってるものを。それが何だか、お前たちには分かるよな」
ケサランパサランがふるりと震える。
「頼んだぞ」
二匹の毛玉はもう一度震えると、その姿がふっとかき消えた。
イルカはケサランパサランのいた宙を見つめながら、一人呟いた。
「俺たちみんなで未来を作る……そうですよね、カカシさん」
そして目を閉じるとぐっと両手を握りしめ。
深く深く震える息を吐くと目を開き、力強い歩みで子供たちの所へと戻っていった。
【完】
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