【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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 ここは新宿。
 繁華街を外れると意外にも小綺麗なマンションや店が立ち並ぶ、その一角にある一軒の喫茶店。カフェではなく、喫茶店。
 『喫茶カカイル♥アイ』
 なぜそんな名前なのかは誰も知らない。
 大柄で人を威圧する鍛え上げられた体躯、ほぼスキンヘッドにサングラスで口髭をたくわえたマスターに訊ねられる者もいない。ただ、恐らく喫茶店を営む二人の名前の一部が由来ではないかとは皆秘かに思ってはいる。そして『♥アイ』は愛ではないか、とも。
 マスターの名は伊集院イルカ。
 スキンヘッドといってもつるつるであるべき頭頂部には、なぜか一部分だけ黒髪が残されており、きりりと一つに結い上げてあった。
 来歴も不明、強面で無愛想だがいつの間にか喫茶店のマスターとして街に馴染み、旨い珈琲と癒しのひとときを客に提供している。

 開店時間は新宿という立地に相応しく昼前だが、店内には準備に忙しく立ち働くジーンズにエプロン姿の大柄な女性の姿があった。
 緩やかなウェーブがふわりと背に流れる白銀の髪に白磁を思わせる肌、左目を縦に貫く傷痕はその美しさを全く損っていない。
 損っているのは、ひとえにその言動だった。
「はぁ……昨日のイルカはかわいかったなぁ♥あんなことまでしてくれちゃうなんて♥イヤイヤ言っても淫乱なんだから♥今日は階段で後ろから突っ込んじゃおっかなぁ♥ムフフ~♥♥♥」
 効率よくモップをかけながら猥褻な一人言を呟く声は、魅力的ではあるが明らかに男のものだった。
 一見美しい女性に見える銀髪の男はミキカカシ。
 国籍は不明だが立派な男性で喫茶店のウェイトレス(?)、そしてイルカの恋人だ。
 カカシがなおも猥褻な一人言を垂れ流してると、奥の住居スペースに繋がる階段からお揃いのエプロンを靡かせたイルカが、サングラス越しにも分かる恐ろしい形相で駆け降りてきた。
「カカシィ! てめぇ俺のパンツどこやった⁉ 洗濯籠に入ってないぞ!」
「知らな~いよ。シーツの隙間にでも入っちゃったんじゃない?」
「こないだも俺の脱いだパンツ盗っただろうが! いい加減にしろこの変態!」
 イルカはどこに隠し持っていたのか、おもむろにバズーカを担いでカカシに向けた。
 対するカカシは喫茶カカイル♥アイとロゴの入ったエプロンの胸元を押さえ、スッとモップを構えて身を引いた。
「……そこか。五秒やる。さっさと出せ。洗濯が終わらねぇだろうが!」
 ファイブ、フォー、とフランス語訛りの発音で数えたところでイルカの指がトリガーにかかる。発音が英語寄りでないのは、外人部隊で長らく傭兵稼業をしていたせいだ。とはいえイルカに限っては、英語も流暢とは言い難かったが。
 ワン、のカウントダウンと共に二人の緊張感が高まると急に店の外が騒がしくなり、まだ鍵のかかったままの扉がガチャガチャと鳴らされた。
「おーい、開けてくれってばよ!」
「まだ開店時間じゃないだろうが。少しは忍耐ってものを覚えろウスラトンカチ」
「なんだと⁉」
「ちょっとナルト、やめなさいよ! サスケ君が怪我したらどうするの!」
 店先で騒いでいるのは常連(常連客ではない)の近所の小学校に通う子供たちだった。
 イルカはバズーカと殺気を引っ込めて鍵を開けると、「お前ら学校はどうした?」と子供たちに声をかけて招き入れた。
 ナルトとサスケは小突き合いながら、そこに続いてサクラが店内に入り、定位置のカウンターに腰を落ち着ける。
「じっちゃん家の三代目がまた家出したってばよ!」
「どうせお前がまた窓を開けっ放しにしたんだろうウスラトンカチ」
「なんだと⁉」
「もうっ、止めなさいよ! あのねイルカさん、今日は始業式だから早いのよ」
 サクラの返事にイルカは小さく頷くと、カウンターの内側に入ってコーヒーサイフォンのセットをしながら口を開いた。
「いつ・誰が・どこで・なぜ・どのように。5W1Hで簡潔に、だ」
 素っ気ない問いかけだが、子供たちはイルカが自分たちを子供扱いせず、真っ向から向かい合ってくれることをちゃんと知っている。
 ナルトとサスケは5W1Hという耳慣れない単語にきょとんとしていたが、この中では一番賢く思慮深いサクラがそれに答えた。
「ナルトの家の三代目って猫が、昨日の朝から行方不明なんだって。三代目を逃がしちゃうのはこれで四回目で、次やったらナルトと三代目の部屋を交換するってお爺ちゃんに言われてるのよ」
「三代目の部屋って、居間の猫タワーだってば……」
「ん~、惜しい。最後に見たのはいつか、どこか、逃げたと思われる原因が抜けてるよ」
 冷蔵庫からシフォンケーキを取り出して生クリームを乗せていたカカシが口を挟む。
 さすがに詳しいことは聞いてないのか、サクラが横に顔を向けるとしょんぼりしたナルトが答える。
「…………おととい勝手口の窓を開けっ放しにしたってばよ」
「フン、やっぱりなウスラトンカチ」
「あのねぇサスケ、お前は語尾にウスラトンカチを付けないと喋れないの?」
 カカシが苦笑しながらシフォンケーキを三人の前に置くと、イルカもその隣にコーヒーカップを並べた。
「わぁ、かわいい! うさぎと桜の花びら!」
 目敏くサクラがカップの中を覗いて歓声を上げ、ナルトとサスケも自分のカップを覗き込む。
「俺のはラーメンだってば! スッゲェ!」
「……トマトの妖精か?」
 カップの中にはミルクで絵が描かれており、三人の子供たちは夢中で眺めたり、そっと息を吹きかけて絵を揺らしたりしている。その様子に僅かに口元を緩めたイルカが、ナルトに短く問いかけた。
「……で、お前はどうしたい?」
 ナルトはハッと顔を上げ、イルカのサングラスを真っ直ぐ見返した。
「三代目を見付けたい。部屋を交換するのもやだけど、俺のせいで寒いのに風邪引いたらかわいそうだ」
「そうか、ならば手伝おう」
 イルカは間髪入れずに返し、ナルトの頭を肉厚な手でポンと撫でた。
「マジで⁉ サンキューだってばよ!」



 ランドセルをカタカタ鳴らしながら去っていく三人の背をイルカが見送っていると、カカシが隣に並んだ。
「イルカは甘いねぇ」
「ナルトが猫タワーで寝起きできるとは思えないからな」
 カカシはブハッと吹き出し、そりゃそうだと呟いた。だがカカシが言っているのは猫探しのことだけではない。学校帰りに寄り道してくる三人の子供たちに、イルカはしょっちゅう先ほどのようにドリンクやケーキ等を無償で提供していた。ナルトやサスケが夜遅く来店した時には、おにぎりやオムライスとスープを出すこともある。サクラと違い、二人は親がいなかった。ナルトは実の祖父ではないヒルゼンという老人と二人暮らし、サスケは年の離れた兄と暮らしているので、夕飯が一人という時にふらりとここに立ち寄るのだ。
 一人ぼっちの食事は寂しいからな、とイルカは言う。
 そんなイルカを指して言った「甘いねぇ」には詰る響きは欠片もなく、むしろ言葉以上に甘やかさを含んでいた。
「猫探しは今夜?」
「そうだな」
「これは俺たちの『仕事』?」
 カカシの重ねた問いにイルカが少し躊躇う。
「……依頼人がいない。俺の個人的な趣味だ」
「なぁに言ってんのよ、それなら俺も行くに決まってんじゃない。俺の趣味はイルカだからね~」
 キャッキャッとはしゃいだカカシが、イルカの逞しい腕に抱き付く。
 するとイルカの表情は一切変化は無かったが、スキンヘッドが茹だって天辺から湯気が立ち昇った。
「ふふふ、かぁわいい~♥」
 真っ赤になった頬をカカシが指でつつくと、今にも沸騰したヤカンのようにピーーーっと笛が鳴りそうだ。
「客だ。カウンターの上を片付けるぞ」
 イルカがつっけんどんに腕を払うと、カカシは「はいはい」と返事をしてカウンターを出た。
 ドアベルがカランカランと軽やかに鳴る。
「いらっしゃいませ」
 トレイを持ったカカシが、今日一番の客に声をかけた。



 喫茶カカイル♥アイの裏口から夜陰に二つの影が滑り出る。
 二人とも黒い作業着のような服に身を包み、黒のミリタリーコートを羽織って黒いニット帽を被っていた。コートは米軍の払い下げなのでファッション感覚の一般的な物とは一線を画しており、内ポケット等には様々な得物が忍ばせてある。長らく戦場に身を置いていた二人には、たとえ日本にあっても丸腰で生活するのは不可能に近かった。
 唯一の愛嬌というか実用一辺倒の全身の例外はイルカのニット帽で、天辺近くにはご丁寧に穴が空いており、そこからぴょこんといつものポニーテールが飛び出している。このニット帽はカカシの手編みで、それに限らずイルカの身に付ける物にはカカシお手製の物が多い。ミリタリーコートはさすがに無理だったが、コートの裏地の裾には案山子とイルカの刺繍が可愛らしく踊っている。
 二人ともこれから銀行強盗にでも向かうかのような出で立ちだが、カカシの手にはナルトから聞いた三代目が普段食べているカリカリと、またたびをまぶした煮干しの入った袋が握られていた。
「ナルトと住んでるお爺ちゃんって猿飛組の三代目でしょ? あの子はまだよく分かってないみたいだけど。飼い猫に三代目って名付けるなんて悪趣味だぁね」
「よく分かってないのは別宅に住まわせてるからだ」
「ああ、そういうこと……裏の世界に染まらせないための配慮が、結果的にナルトを孤独にしちゃってるのね」
「そのための三代目だろう。ヒルゼンは彼なりによくやってる。行くぞ」
 イルカはその大柄な体格からは考えられないほど静かに、滑らかに素早く歩き出した。体にぴたりと張り付いた服の布地が、獲物を狙う獣を思わせる筋肉の動きを明確に写し出す。カカシはしばらく後ろからそれを眺めて楽しんでいたが、イルカの姿が音もなく路地から消えたところで後を追った。

 ごみごみとした住宅街の一角に建つ古ぼけた一軒家。
 そこがナルトとヒルゼンの、そして三代目の住処だった。ナルトから聞いた訳ではないが、その程度の情報なら入手するのは二人にはごく容易い。
 『喫茶カカイル♥アイ』のアイは愛などではなくプライベートアイ、つまり探偵という意味だからだ。
 大っぴらに宣伝している訳ではないが、知る人ぞ知るという裏の世界では有名な二人。新宿界隈を根城にしている同業者ももう一人いるが、そちらは何とかハンターなどと呼ばれ更に物騒な深奥に生息している。
 イルカとカカシはアパートから少し離れた物陰から勝手口を窺った。
 素人目には分からないが、家の斜め前に路上駐車している一台の黒い車、そして隣のアパートの一階から鋭い監視の目が五つある。護衛がこれだけいるということは、今夜はヒルゼンが別宅にいるのだろう。
「……面倒だな」
「顔が笑ってるよ。ナルトが叱られてるところ想像してんじゃないの?」
 イルカの表情は全く変わってないように見えたが、些細な変化でもカカシには隠せない。イルカはちょっとばつの悪い顔をすると、「ガキは叱られないと学ばないからな。叱ってくれる大人がいるのはいいことだ」と、今度は優しい笑みを浮かべた――もちろん、それもカカシにしか判別できないが。

 二人は現場の観察を終えると、その場を少し離れてスマホのマップを開いた。画面にはナルトの家を中心に半径一キロ程度の地図が表示されている。
「三代目は牝猫だ。家猫なら行動範囲は一日辺り二十~百メートル。時期的には少し早いが、発情期かもしれんな」
「そうすると捜索範囲をもうちょっと広げないとかな……あれ、この建造物は神社?」
 二人は顔を見合わせた。
 寺社仏閣の境内には猫がつきものだ。位置的にもナルトの家から五百メートル強と少し遠いが、発情期で雄に誘われたと推測すると今の段階では最も可能性が高い。イルカは画像フォルダを開いて、ナルトの持っていた三代目の写真を撮影したものを確認する。
「強そうだよね。ナルトもよく本気で泣かされてたって言ってたし」
「強くて美人。最高の組み合わせだ」
「それって俺のこともって自惚れてもいい?」
「……急ぐぞ」
 返事はなくとも夜目にも分かるほど赤面した上に否定されなかったカカシは、機嫌良くイルカの後を着いていった。



 地図で確認した神社の側まで来ると、イルカに続いてカカシも足を止めた。
「おかしな空気だな」
「明らかにね」
 二人は阿吽の呼吸で境内にするりと忍び込むと、新宿の街中にあるとは思えないほど鬱蒼と繁った木々の合間に身を潜める。すると本殿とは別に片隅にぽつんと建つ小さな祠の前で、胡散臭い風体の男二人と若い男二人が向かい合っていた。
 男たちは周囲を気にしながら低い声で言い合っているが、その警戒態勢が逆に目立つ要因となり、こうしてカカシとイルカの注意を引いてしまっている。
「おい、なんでわざわざ呼び出した? ブツはちゃんと送っただろうが」
「や、だからさぁ、メッセでも言ったじゃん? どうしても見てもらいたいもんがあるって」
「実際に顔を合わせなきゃ安全な取引なんだよ。マジで危ねぇ橋を渡るだけの価値があるもんなんだろうな」
 若い男のリーダー格らしき男が、へっぴり腰でポケットに手を突っ込んだ。途端に胡散臭い年上の男たちに緊張が走る。
 その様子を見守っていたイルカはため息をついた。
「早く終わってくれないと猫が探せんな」
「どう見ても素人の集まりだもんねぇ。騒ぎになると猫も移動しちゃうし……どうする?」
「できればこのまま退いてほしいかな」
 気配もなく突然背後からかけられた声に、二人は驚くこともなく返す。
「お前の案件か……リョウ」
「まぁな。イルカ、久しぶり」
 リョウと呼ばれた軽薄そうな黒髪の男はイルカにだけ、へらっと笑いかけた。
「お前が退けばいいでしょヤマト! こっちはここじゃなきゃダメなの! あと気安くイルカって呼ぶな!」
 抑えた声で噛み付いたカカシに、リョウが肩をすくめる。
「傭兵時代のコードネームで呼ばないで下さいよ。今は冴羽テンリョウです。あと今は先輩……じゃないやミキでしたね、奇遇だなぁ。猫探ししてるのか?」
 リョウはまたも親しげにイルカに訊ねる。
「そんなもんだ。お前は?」
「僕はあっちの若僧君、ニット帽被った方のお守り。ちょっとお姉様に頼まれちゃってね、弟が胡散臭いグループに関わってるみたいだから助けてくれって」
 そう言って鼻の下を伸ばしたリョウの頭を、カカシがボカッと殴り付けた。
「またどうせ巨乳美人のお姉様なんでしょ! どうでもいいからあいつら連れて早く退いてくんない⁉ イルカにその汚らわしいもんを見せるな!」
 リョウの股間は比較的ゆとりのあるズボンを穿いているにも関わらず、もっこりと膨らんでいた。
「いやぁ、だってすんごいロケットおっぱいで! くだらない依頼だったけど、僕ちゃん思わずもっこりOKしちゃった♥」
 だらしなく緩んだ顔を晒したリョウの目が、不意に鋭く絞られた。
「あ~、それはまずいな若僧君。ビビりだと思ってたけど、やっぱりか」
 年上の男たちに恫喝されて追い詰められたのか、ニット帽を被った若者はダウンコートのポケットからやけに大きなナイフを取り出して鞘から引き抜いた。コンバットナイフと呼ばれるそれは軍や警察向けで素人が扱いきれる物ではないが、その分見た目が脅威的でもある。案の定年上の男たちは過剰に反応し、同じく胸の内ポケットから何かを取り出した。その手に握られているのはS&Wコンバットマグナムのエアガンだ。こちらは実戦向きの銃ではないが、殺傷能力を持つよう違法改造を施してあるのが一目瞭然で、間違ってもナイフを持つ手が震えているような若者に向けるようなものではない。
「これだから素人は……」
 黙って成り行きを見守っていたイルカが、舌打ちをしてカカシにアイコンタクトを送った。
 するとカカシが猫のような軽やかさで塀に飛び乗り、そこから派手な音を立てて傍らの杉の枝に飛び移って男たちの注目を集める。その隙にイルカは若い男たちに駆け寄るとナイフを取り上げ、一人を軽々と肩に担ぎ上げてからもう一人を脇に抱えて戻ってきて、そのまま境内の外へと素早く駆け抜けていった。残された動揺を隠しきれない男たちの足元に、カカシは懐から抜いた銃で数発撃ち込み足止めの牽制をかける。
 その様子をリョウはピュウと口笛を吹いて「相変わらず息がぴったりだなぁ」などと感心して傍観している。
「お前の案件だろうがふざけんな行くぞっ」
 一息に捲し立てたカカシが塀の外側に飛び降り、先を走るイルカを追った。
 それにジャケットの裾を翻したリョウが手ぶらで続く。
「言い忘れたけど、あのバックには暁組がいるみたいなんだよね~」
 のんびりした口調でとんでもない事を告げるリョウに、カカシとイルカは目を吊り上げた。
「それを先に言え!」
「ヤマト~~~お前覚えてろよ!」
 暁組は薬物取引で最近急速に新宿界隈で名を売っているヤクザだ。
 ネットを利用して、中高生どころか小学生にまで薬物を売り付けるえげつないやり方に、新宿を縄張りにしている同業者からも反感を買っていた。
「ってことは……」
 ちらりと振り返ったカカシの後方からパシュッ パシュッと音が発せられ、すぐ脇を何かが連続して掠める。
「ご丁寧にサイレンサー付きの銃だな」
「うわ、いかにもな構成員も来てるじゃない。下っぱだけじゃなかったの⁉」
 カカシたちを追ってくる黒塗りのセダンの窓から、円筒形のカバーを筒先に嵌めた銃がこちらに向けて突き出されている。新宿とはいえ住宅街で銃を持ち出すとは正気の沙汰ではない。ひょっとするとこれはもっと大きな背景があるのではないかと、カカシはリョウを睨み付けた。だいたい、リョウがお守りをしているはずの若者はイルカが運んでしまっている。偶然とはいえ否応なく巻き込まれて、リョウには後で絶対に高級焼き肉を奢らせようとカカシは胸の中で誓った。
 その耳に、昔馴染んだピンを外す微かな音が響いた。
 ――手榴弾だ。
 厄介者になった関係者をまとめて消し飛ばそうという魂胆にしても、あまりにも乱暴すぎる。
「ドルフィン!」
 カカシの口から咄嗟に出たのは、傭兵時代のイルカのコードネームだった。
 本名を明かしてもらえたのは、除隊しても帰る場所もない身寄りのないカカシに、イルカが俺の故郷――日本へ一緒に帰るかと誘ってきた時。戦闘態勢に切り替わった脳は今でもイルカのことをドルフィンと認識している。
 誰よりも命を預けるに相応しい、そしてこの身に代えても命を救いたい唯一の存在。
 カカシはコートの内側のバンドに留めてあったクナイを握り、投げ付けられた手榴弾を弾き返す。そして更に二本、続けざまにクナイを投げ打った。一本目は車の進行方向の地面に突き立て、二本目で手榴弾の軌道を下方に変えて地面に転がす。
 ゴロゴロと転がった手榴弾は、一本目のクナイにぶつかって止まった――ちょうど車が通りかかる寸前のタイミングで爆発するように。
 五人の後方で爆発が起き、イルカとリョウは若者二人を、カカシはそのイルカを庇うように転がり伏せた。
 リョウが胸元からコルトパイソンを引き抜きながら、すかさず立ち上がる。
「奴等を殺さないでくれて助かったよ」
「殺した方が後が厄介だ」
 答えたイルカも懐から銃を引き抜いて構える。
 リョウたちが静かな緊張感に満ちた目で見守っていると、車のボンネットから黒い煙が上がり、中から男たちがよろよろと出てきた。だが戦闘できるような状態ではないらしく、皆一様に倒れ込んだりうずくまったりしている。 
「あとは冴子が何とかしてくれるかな。いやぁ、巻き込んで悪いね~」
 またへらへらと締まりのない顔に戻ったリョウが、懐に銃を戻しながら二人に笑いかけた。
「もういいのか?」
 問いかけたイルカの声に被さるように、パトカーのサイレンが鳴り響く。
「一応冴子にも連繋プレー頼んどいたからな。あとは警察にお任せして、僕ちゃんはお姉様のところにこいつを届けに行かなきゃ。むふふふふふ!」
 三日月型になった目でさも嬉しげに言うと、リョウは爆風で転がった若者二人を紐で縛り上げた。その様子をやれやれといった体でカカシとイルカは見下ろす。
 その時、遠くから土煙が上がってこちらに向かって来るのに三人は気付いた。続けて地獄の底から響くような、おどろおどろしい叫び声にも。
「リョォォォォオオオオオオオオオ!」
「ヤバいサイ香だ! なんでバレたんだ⁉ ほらお前ら寝てないで逃げるぞ!」
 ドドドドドドドド怒怒怒怒怒怒怒怒ッと怒りを込めた足音と共に、凄まじい殺気が近付いてきた。
 短い黒髪の、色白で端正な顔立ちの青年。
 その表情は、驚くほどに嘘臭い笑顔だった。
 それでいて物凄い殺気を撒き散らしながら、百トンと書かれた巨大なハンマーを掲げたまま走ってきて、カカシとイルカの脇を暴風のようにすり抜けていった。
 ――嘘臭い笑顔のままで。
「ヤマトの奴、こっそり依頼を受けたんだな。それにしてもサイ香ちゃんはいつ見ても怖いなぁ」
「そうか? 俺は何かを企んでる時の、笑顔のお前の方が怖いぞ」
 うっかり溢したイルカを、カカシはにんまりとした笑顔で見返す。その目の奥には、いつでもスタンバイしてる無尽蔵の性欲の炎が揺らめいていた。
「……ダメだ。まだ猫を見付けてない。神社に戻るぞ」
「じゃあその後は? まだ夜はこれからでしょ? ねぇ、イルカ~♥」
 追いすがるカカシを引きずるようにしてズンズン歩くイルカの、ニット帽の天辺からは湯気がぽっぽっと上がっていた。



 二人がそっと境内に足を踏み入れると、一見猫などどこにもいないように見える。
 だがイルカは辺りをぐるりと見渡し、足音を断って社殿に近付くと腹這いになって縁の下を覗き込んだ。
 そこにはぼんやりと白い影が小さくうずくまっている。騒ぎから逃げ遅れたのか、三代目は家猫だから咄嗟に恐怖で身が竦んでしまったのかもしれない。
 その姿を確認して立ち上がったイルカが背後のカカシにハンドサインを送ると、カカシは静かに社殿の反対側に回る。そして同じように腹這いになると、白い影に向かって素早く匍匐前進していった。いきなり現れた人間が恐ろしい勢いで自分に向かってくるのを見て、白い影は慌てて低い姿勢で反対側に飛び出していった。
 それを待ち構えていたイルカは、またしてもどこから取り出したのかバズーカを構えている。走り出してきた白い猫に向かってバズーカを撃つと、筒先から黒っぽい塊が飛び出し、空中でネットがパッと広がると猫を包み込んで地面に縫い付けた。今回は猫の保護ということで、いつものバズーカではなく捕縛用の網が飛び出す投網式のネットランチャーを持参したのだ。
 興奮してる猫はお互いに危険だ。イルカはネットに包まれて暴れている猫の背後から近寄ると、ネットごと持ち上げて持参したキャンバスバッグに優しく入れる。猫はしばらく暴れていたが、暗くて狭い場所にやや落ち着きを取り戻したのか、低い唸り声を上げるだけになった。
「どう? これは三代目で合ってる?」
 戻ってきたカカシと共に、スマホを開いて画像と見比べる。
「間違いないな」
「じゃあこの子をナルトに届けて依頼は完了ね。あー、もう今回はヤマトのせいで滅茶苦茶だった!」
 憤慨するカカシにイルカは「そう言うな。長い目で見ればお互い様だからな」と苦笑を返した。
 同じ縄張りで似たような業種を営む、かつての外人部隊の仲間だった男、冴羽テンリョウ。戦争から遠ざかって久しいこの国で、まだ戦っている者たちは確かに存在しているのだ。それは単純に連帯感と言うには、世の中の裏側ばかり見すぎてきた三人には甘っちょろくて頷けないのだが。
 それに似た何かは、共通認識として皆秘かに持ってはいるのだ。言葉にしては決して認めないけども。
「今日は疲れちゃったな~! 癒してもらわないと明日もバリバリ働けないな~!」
 カカシが駄々っ子のように言い募るが、慣れているイルカは綺麗に無視してバッグを抱えて歩き出していた。
「でもイルカも疲れちゃったよね?」
 イルカはやはり無視してズンズンと歩き続ける。
「……ねぇ、ぐっすり眠れるとっておきのマッサージ、してあげようか」
 突然声色を変え耳元で低く囁かれる言葉に、イルカの足取りが一瞬揺らいだ。
 だがすぐに持ち直し、何事もなかったように歩き始める。両手で抱いたキャンバスバッグからは、まだ低い唸り声が時折漏れ出ていた。カカシはそれにチラリと目をやると、更に声を落とす。
「猫の発情期は春だけど、人間は年中無休だもんね。イルカの発情スイッチ、あとで押してもいい?」
 今度こそイルカの足がぴたりと止まる。
 かと思うと、まるで競歩の如く物凄いスピードで猛然と歩き始めた。
 だがカカシは捕食者の眼でしっかりと見ていた。
 サングラスに隠されたイルカの目元が羞恥と、他の何かでほんのりと薄桃色に染まったのを。
「ちょっとイルカ、置いてかないでよ!」
 既にだいぶ遠ざかってしまった大きな背中を、慌ててカカシは追いかける。
 イルカが向かう所ならいつでも、何処にでもカカシは着いていくのだ。
 ――たとえそこが地獄の涯底でも。
 それが二人の望む生き方なのだから。



                    【完】




表紙絵 祓華さん