【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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カカシとスケアが図書室で文献探しをサイに手伝わせていると、テンゾウが侯爵の会合から帰ってきた。
「ここにいらしたんですか。相変わらずみんなカカシ様を連れてこいって煩かったですよ」
「や~だよ、侯爵の会合に爵位のない俺が顔を出す謂れはないでしょ。それにめんどくさい」
「そう仰ると思って、カカシ様はまだ療養中と言ってありますよ」
スケアが「療養中ねぇ」とくすくす笑う。
するとテンゾウは「あぁ、そうでした」とジャケットの胸ポケットから小さな赤い竜を取り出した。
「オビラプトゥール様から伝言竜が届いてました。先日の非礼を詫びるおつもりでしょうかね」
「アイツはそんな殊勝な奴じゃないでしょ。スケア、ちょっと聞いといて」
スケアは小さな竜を受け取ると、手のひらに乗せて竜の鼻先に指を近付ける。竜は目をぱちりと開けてその匂いを嗅ぐと、オビラプトゥールの声で喋り出した。
『よぉカカシ。今日はちゃんと手土産を持ってきたからな。代わりにお前の可愛いペットを土産に貰っていく。返してほしけりゃ俺と闘り合いに来るんだな!』
その後は高笑いが響き、唐突にそれが止むと竜は口と目を閉じた。
カカシが分厚い文献から顔を上げ、スケアの方に鋭い視線を向ける。
「イルカは?」
「ランチの後は中庭で庭師と話していたようだけど……」
テンゾウがサイに「探してきて」と命ずると、サイは一つ頷いて図書室を飛び出していった。
「……オビトの奴!」
「どうするの?」
スケアが片眉を上げて問うと、カカシは「行くよ。しょうがないでしょ」と大きくため息をついた。
「ですがカカシ様……そのままでは」
「オビトの所に行ってから考えるよ。スケア、クロを呼んで」
「りょーかい」
軽く返事をしたスケアとカカシをテンゾウは厳しい表情で交互に見たが、何も言わなかった。
だがスケアを見る時だけ、その顔には何かを堪えるような悲痛なものが滲んでいた。
竜の姿をしたオビラプトゥールの片腕に抱えられ、イルカは空を飛んでいた。
クロの背に乗っていた時よりも遥かに速く上空を飛んでいるので、景色を楽しむ余裕などない。顔に切りつけるように風が当たるので目をぎゅっと閉じて顔を覆っていると、途中でぐにゃりと自分が歪んだような感覚があった。
それからしばらくして羽音が変わり、どこかに降り立ったのか軽い衝撃が伝わる。イルカが恐る恐る目を開けてみると、そこは見たことのない城のバルコニーだった。
両開きのガラス扉を開けて出迎えた男が「おかえりなさいませ、オビラプトゥール様」と恭しく頭を下げる。
その男は長い髪が縦半分に黒と赤に分かれ、赤い方の顔の半分には金属製の仮面を着けていた。もっとも、仮面などなくとも露わになった顔も無表情なままだったが。
「ハヤセ、城の結界を最大限にしておいてくれ。カカシには無駄だろうがな」
「かしこまりました。カカシ様がおいでになられるならば、酒宴のご用意でも致しましょうか」
「いやいい。だがここには案内してやってくれ」
再び頭を下げる男の脇をすり抜け、イルカを脇に抱えたまま人型に戻ったオビラプトゥールが室内に入った。
「もう下ろしてくれよ!」
「あぁ、悪いな。軽くて忘れてた。お前ちゃんと食ってるか?」
そう言われてイルカの正直な腹がぐぅと鳴る。
昼はカカシの脚に気をとられて満腹になるまで食べられなかったが、それにしてもどれだけ飛んでいたのだろうか。
オビラプトゥールはイルカの腹の虫の音を聞いて、「なんだ、腹が減ってるのか。今何か用意させよう」と笑って卓上のベルを鳴らした。
「帰って食べるから大丈夫です。それじゃ」
イルカが扉の方に向かおうとすると、オビラプトゥールは片眉を上げる。
「帰るってテンゾウの城にか? そりゃ無理だな。ここは第二十階層だからお前一人じゃ帰れないぞ」
「………え?」
「さっき階層を越えただろう。気付かなかったのか?」
空を飛んでいた時、途中で自分の身体が歪むような感覚があったが、あれが階層を越えたということだったのか。
テンゾウの城は確か第十五階層だったはずだ。
どうやって階層を越えて帰ればいいのか、階段みたいにひたすら登っていけばいいのだろうか。まだよく知らない魔界で、気軽に城を出て一人で出歩いたことをイルカは激しく後悔した。誰にも言わずに出てきてしまったから、スケアも心配しているに違いない……たぶん。
それにオビラプトゥールはカカシと何か確執があるようだった。
うまくいけばアイツと闘り合えるかもと言っていたが、先ほどの男は酒宴を用意するかと聞いていたところをみると、そこまで深刻な関係ではない気もする。
イルカがぐるぐると考えているとノックの音が響き、先ほどとは違う男が扉を開けて頭を下げた。
オビラプトゥールはその男に向かって「コイツに何か食うもんを用意してやれ」と命ずると、イルカに向き直った。
「心配しなくてもカカシが迎えに来るさ。さっき使いをやったからな。今のアイツは俺みたいに階層移動が早くないから時間かかるぞ。それまで飯でも食って待ってろよ、ほらそこに座れ」
と黒革のソファーセットにどかりと腰かけ、向かいを指した。
これから事態がどうなるか分からないなら腹ごしらえはしておいた方がいいと、イルカはおとなしく腰かける。
オビラプトゥールは尊大だが悪い人ではなさそうだ。少なくともカカシに悪意を持っているという感じはなく、子供のケンカの延長のような付き合い方なのかもしれない。
イルカは今までの断片的な会話からそう判断すると、口を開いた。
「オビラ、オビ、えっと、オビトール……さん」
「ああいいよ、お前はもうオビと呼べ」
「すみません……あの、オビさんはなんでそんなにカカシと戦いたいんですか? カカシの方が全然弱いって自分で言ってたけど」
するとオビラプトゥールは驚いたように目を見開き、「そうか、コイツは知らないのか……」と呟いた。
「カカシは強いぞ。あんなことさえしなきゃ俺より全然強い。テンゾウが言ってた通り、本来なら魔王クラスのはずなんだ。ここじゃ強さがそのままステータスに繋がるからな」
「あんなことって?」
オビラプトゥールはイルカをじっと見つめた。
今まで気付かなかったが、彼は左だけが渦を巻いたような不思議な目をしている。その渦の中からブルーグレーの瞳が、イルカのことをじっと見返してきた。
「カカシは自分の魂を削ってスケアを創ったんだ」
「………え?」
「そんなことすりゃ魔力が大幅に減るからな。しかもスケアの方に大部分を分けちまったみたいだし。だから今は弱いんだ。だいたい魂からとはいえ、女でもないのに魔物を新しく生み出せるなんて王クラスじゃなきゃできないんだよ。それをアイツはあっさりやりやがって……」
その後もぶつぶつ言うオビラプトゥールの言葉は、イルカの頭には入らなかった。
カカシが自分の魂から魔物を創った――
人間ではあり得ないことだが、魔物だからの一言でそれはなんとか飲み込める。
それにスケアが元々カカシの魂だったという部分は、驚きながらも色々と腑に落ちるものがあった。
鏡に写したかのように左右対称の角と目の色。
スケアの行動を身内のように謝るカカシの言動。
ストレートなスケアと一見分かりにくいカカシの、表現の仕方は違っても根源は同じものに思えるイルカへの優しい態度。
スケアの優しさに惹かれながらもカカシのことが気になっていたのは、ある意味当然のことだったのかもしれないと、イルカは驚きのあまりぽかんと開いていた口を閉じた。
そこではたと気付く。
カカシは今は弱いと知っているのに、なぜオビラプトゥールは執拗に挑発するのか。こうしてイルカを拉致するような真似をしてまで。
そういえばオビラプトゥールは、なぜカカシと戦いたいのかの質問に直接的には答えていなかった。
イルカがもう一度それを問おうとすると、ノックの音がして男が「お待たせ致しました」とワゴンを押してきた。
そして二人の間のテーブルに料理の乗った皿や赤い酒の入ったデカンタなどを幾つか並べ、静かに去っていく。皿に乗せられたサンドウィッチや果物、何かの腿肉の焼いたものはやはり人間の食べ物に似て、イルカの腹がもう一度鳴った。
「ほら食えよ。テンゾウのところもなかなかだが、うちには勝てんぞ」
「……いただきます」
イルカがサンドウィッチを手に取ってかぶりつくと、オビラプトゥールもグラスに酒を注いで呑み始めた。
サンドウィッチには分厚いハムとチーズが挟んであり、スパイスが効いていて美味しかった。イルカが二つ目を取ると、「な、うまいだろ?」とオビラプトゥールが子供のような笑顔を向ける。イルカは口を一杯にしながら何度も頷いた。
三つ目と何かの腿肉を腹に収めた後で改めてカカシと戦いたがる理由を問うと、オビラプトゥールはグラスの中の赤をじっと見つめた。
「……魔界には九人の魔王がいる。魔界大九柱と呼ばれてる奴等だ。そのうちの一人が死んで、今は柱が一つ空いてるんだ」
イルカの脳裏に、金貨に彫られた黒髪の横顔が浮かぶ。
確かアスタローみたいな名前で、大公爵だとテンゾウが教えてくれた男。
大公爵とかその上の九人の魔王など、イルカにはまるで遠い世界の話だった。
「俺はそこにカカシを据えたい。本来のアイツなら、きっとなれるはずだ」
本来のアイツとは、スケアを創る前のカカシのことだろう。
だが魂を削ってしまったのだから、魔王になどなれるのだろうかと疑問に思うと、それが顔に出ていたらしい。
オビラプトゥールが言葉を続けた。
「戻せばいいんだよ、スケアをカカシに」
「そんなことができるんですか? でもスケアは? スケアはどうなるんだよ」
「そりゃ消えるっていうか、カカシに吸収されるさ。元々アイツの一部なんだからな」
「そんな……!」
イルカは思わず立ち上がった。
テーブルが揺れてデカンタが倒れ、赤い酒が服に跳ねかかったが、それにも構わずイルカはテーブルをバンと叩いた。
「元はカカシの一部って言ったって、スケアはスケアじゃないか! それにカカシは魔王になりたがってるのか?!」
「なりたがってないから逃げ回ってるんだろ。カカシは本来俺と同じ公爵だったが、真の実力は隠してたと誰もが知っている。それに力もだが、人格も誰よりも魔王に相応しいと俺は思っているんだ。本気の俺と闘えば今のアイツは元に戻らないと勝てないからな。……それがカカシと闘り合いたい理由だよ、人間」
「そんな自分勝手な!」
「今の魔界を知らないくせに、お前こそ勝手だろう。王の座が空席になると魔界が荒れる。俺は平和主義なんだよ。だからこそカカシには、何としても魔王になってもらわないと困るんだ。テンゾウの奴もアスタロトも表立ってはアイツに言ってないだろうが、同じ気持ちだと思うぜ」
魔界を知らないと言われると、イルカには返す言葉が見つけられなかった。
だがイルカには分からないが、カカシにはスケアを創ったそれなりの理由があるのだろう。スケアだって一人の人格を持つ魔物だ。それを全て無視してカカシを魔王にしたがるのは、たとえ魔界の平和の為とはいえ納得できるものではなかった。
しかも今は自分が戦う為の理由にされている状況だ。
カカシが応じるか分からないとはいえ、なんとかオビラプトゥールを説得しようと必死に考えていると、彼の視線を感じた。
イルカが目を合わせると、オビラプトゥールもゆっくりと立ち上がる。
「お前を連れてきたくらいじゃ弱いかもしれないな。アイツはお前にずいぶん執着してるみたいだが……もう一押し、確実な理由を作っておくべきか」
その目が暗い光を帯びたのを見てイルカは後ずさったが、ソファーにぶつかって座り込んでしまった。
オビラプトゥールは一旦壁際のチェストに向かって引き出しから何かの小瓶を取り出すと、テーブルを回ってイルカの前に立った。
「これを飲め。その方が楽だぞ」
何をするのに楽だというのか。
イルカは時折この男が見せた酷薄な表情を思い出す。いくら悪い人ではなさそうに見えたとはいえ、それはカカシたち魔物に対してだ。イルカにまでそれを期待するのはあまりにも愚かな判断だろう。……もう今さらだが。逃げようにも逃げる場所もなく、両腕を振り回して抗っても形ばかりに過ぎない。
オビラプトゥールは難なくイルカを抑え込むと、あごを掴んで口をこじ開け、その中に小瓶の中身を流し込んだ。
イルカはむせて咳き込んだが、幾分かの液体を飲んでしまった。
その様子をオビラプトゥールは観察するように見ている。
「媚薬なんか使い道はないと思ってたが、何でもとっとくもんだな。お前はアイツのペットなんだろ? こうして苦しそうにしてるところなんか、なかなかそそるじゃないか」
唇の端を持ち上げてオビラプトゥールはイルカを見下ろすと、おもむろにイルカの着ているニットの裾を掴んで頭から引き抜いた。
「アイツがお迎えに来るまで、お楽しみといこうぜ」
カカシとスケアは白い巨大な烏の背に乗り、赤銅色に染まった空をひた駆けていた。
今はカカシがクロの主たるハーネスの手綱を握っている。
スケアはその後ろに座って緊迫感のない顔で遠くをぼんやり眺めていたが、不意に立ち上がり口を開いた。
「僕はもう十分楽しかったよ」
その声が聞こえているだろうカカシは無言だった。
「カカシに戻ってもイルカを愛する気持ちはきっと残るだろうね。でも……それはカカシもだよね?」
「まだお前を統合するか分からないんだから、そういうこと言わないでよ。オビトだってどう出るかは未知数だ」
スケアはカカシの風に乱れた髪をかき上げてやると、片側だけの角に触れて微笑んだ。
「イルカを連れ去るくらいなんだから、オビトは今度こそ本気だよ。それより僕を統合した後のことも、今のうちにちゃんと考えておいた方がいい。こんなの所詮その場しのぎだって分かってたでしょ」
「俺は時間が欲しかったんだよ。欲を言えばずっとこのままでいられる時間がね……それもオビトの出方次第だ。まずはイルカを取り戻すよ」
「僕はイルカさえいれば何もいらない。スケアでいても……カカシ、お前の中にいても。だからあとは任せるよ」
スケアはカカシの肩をぽんと叩くと、前方を見据えるカカシと同じ方向に目を向けた。
「イルカは僕らの光だ。カカシも魔染めの前に魂を覗いたんだから分かってるよね」
「……そうだね。今は孤独に塗り潰されてるけど、本来のイルカの本質は光だ。愛し愛されることで、最大限に輝く光」
「僕はそれを見たいんだよ。願わくば、その光が僕に向けられるところをね。だから頼んだよ、カカシ」
二人と一羽の目前に階層を分ける境界の坑が迫る。
階層を越える時の五度目の体の中身がずれるような感覚をやり過ごすと、そこはオビラプトゥールの統治する第二十階層だった。
――あつい。
体の内側に燻るような熱がこもって、イルカの息が上がる。
ソファーに投げ出された腕も足もだるく、覆い被さったオビラプトゥールの忙しなく動く手を払いのけることは叶わなかった。
だがしかし、媚薬と言われたがスケアの体液とはだいぶ反応が違う気がして、イルカは訝しんだ。あの何もかもどうでもよくなるような、切羽詰まった欲望は全く湧かなかった。オビラプトゥールにあちこち撫でられたり舐め回されたりしても、大型犬にそうされているのと変わらない。
「こんなことして、楽しいんですか!」
掠れた声で問いかけると、イルカのズボンのファスナーに手をかけていたオビラプトゥールが顔を上げた。
「楽しくはないな。でもカカシとこうやってたんだろ? ていうかアイツもよく勃ったな」
「カカシは……っ、それよりもう止めて他のこと考えましょうよ。ほら、カカシと戦う時の戦略とか……うわっ」
オビラプトゥールが下着の上からイルカの萎えた陰茎をきゅっと握った。
「おっかしいな、媚薬が効いてるのに全然勃ってないじゃないか。おい、もっといやらしく誘えよ。じゃないと俺もやる気がしないぞ」
「いやらしくなんて誘えるか! だいたい俺は男とヤる趣味なんかねぇ!」
「俺だってない!」
「じゃあ俺たち何やってんだよ!」
「知るか!!」
二人は顔を突き合わせて睨み合っていたが、オビラプトゥールがため息をついて起き上がった。
「………だな。もう止めよう。めんどくさくなってきた。カカシも惚れてるとはいえ、よくやるよな」
「惚れ……っ?!」
首から上をぶわっと紅潮させたイルカを見下ろすと、オビラプトゥールは目を見開いた。
「気付いてなかったのか? お前もたいがいだな。アイツがお前を見る時の目付きなんて、完全に惚れてる奴のものだったろうが」
呆れたように肩を竦められても、イルカには全く分からなかった。
だってカカシはいつも無表情で……と思い返すと、不意に昨夜のカカシの顔が浮かぶ。イルカの「可愛い」と言った言葉にはにかむように顔を背けた、カカシの赤く染まった耳。
「でも……スケアが俺を好きだって」
「だから言っただろ、スケアはカカシの魂の一部だって。スケアがお前にご執心ってことは、カカシも同じなんだよ」
今度はイルカが目を見開く番だった。
二人が元々一人の魔物とは聞いたが、まさか気持ちまで同じとは。
突然もたらされた事実にイルカが現状も忘れて固まっていると、オビラプトゥールがソファーから数歩離れて立った。
胸の前で指を並べて二本立て、何かの呪文を詠唱しながらその指先で大きく楕円を描く。
すると周囲の空気がビシッと揺れ、イルカとソファーを含む空間が丸ごと切り取られたかのように何かで囲われた。
一見して何も変わらないように見えるが、目を凝らすと微妙に歪んだ膜のようなものがある。イルカが触れようとするとその膜に弾かれ、それ以上手を伸ばすことはできなかった。
「無駄だよ人間、それは次元結界だ。これを使える奴は魔界でも限られていてな、俺が解除するか俺を倒さない限りそこからは出られんよ。音と映像はちゃんと伝わってるだろ? お前はそこでおとなしく成り行きを見てろ」
「なんでこんなことを!」
オビラプトゥールは片眉を上げ、イルカの背後のバルコニーに通じるガラス扉を指した。
「アイツのおでましだからな。事が済むまでお前にはそこにいてもらう」
イルカが振り返ると、先ほどの次元結界が張られた時とは比べ物にならないほど激しく空気が揺れているのか、視界に入った物全ての輪郭がぶれ、何かが割れるような音が響いた。
と同時にガラス扉が開かれ、スケアが飛び込んでくる。
「イルカ!」
スケアはオビラプトゥールには目もくれず真っ直ぐイルカへと向かってきたが、周囲を覆う次元の歪みに気付くと足を止めた。
イルカはスケアの姿を目にしたとたん、オビラプトゥールの思惑を思い出した。
「スケア、ダメだ、来るな! 帰ってくれ! アイツはカカシを王にしたいんだ! その為にスケアを……」
「大丈夫だよイルカ、すぐ終わらせるからね。一緒に帰ろう」
よろよろと立ち上がり、次元結界の膜に両手を突いて必死に言い募るイルカを遮ると、スケアは優しく微笑みかけた。
その脇をすり抜けたカカシはちらりとイルカに目をやり、オビラプトゥールの前に立った。
「伝言は受け取ったけど、手土産を貰った覚えはないな。だからイルカは返してもらうよ。その前に一つ聞くけど」
オビラプトゥールより華奢で背丈も及ばないカカシの体から、周囲を威圧するオーラが立ち昇った。
その声が一段低くなり、笑みを浮かべてはいるが剣呑な目付きで眼前の男を睨む。
「……イルカの服が乱れてる理由を聞こうか」
ハッと気付いたイルカが自分を見下ろすと、上半身は裸でズボンのファスナーも開いたままだった。
オビラプトゥールが、じりと後ずさる。
一触即発の空気に、イルカは慌てて口を挟んだ。
「違うよ、媚薬は飲まされたけど効かなくて、スケアの催淫作用とは全然違ってて! だから何もされてないんだ!」
「「媚薬?」」
カカシとスケアの声が重なると、二人は顔を見合わせて何故か吹き出した。
「媚薬って昔俺があげたやつ? まさかホントに使うと思わなかったよ」
「あれはただの酒だよ。火竜ともあろうお前が匂いで気付かなかったの?」
「よっぽど切羽詰まってたんだねぇ、オビト君は。……でも『媚薬』をイルカに使おうとしたのはいただけないなぁ」
二人は代わる代わる口にすると、オビラプトゥールににこりと微笑みかけた。
カカシがだらりと下げていた右手を持ち上げる。
「穏便に済ませようと思ってたけど、気が変わった。……オビト、望み通り叩きのめして塵にしてやるよ」
オビラプトゥールの顔に抑えがたい恐怖と――歓喜の色が入り交じる。
「は……ははっ、やっとその気になったかカカシ!」
牙を剥き出しにして咆哮する様は、まさに魔物のそれだった。
空気が弛んだと思った矢先の急展開で、恐れていた事態にイルカは「待って、ダメだカカシ! スケア!」と結界の膜を叩いた。
いや、叩こうとした手は、ずるりと力なく膜の上を滑り落ちていった。
それに引きずられるように、体も膜にもたれて膝から崩れていく。
「イルカっ?! なんで腐敗紋が……!」
スケアの言葉に自分の体を見ると、赤黒い紋様があちこちに浮かび上がってきていた。
そういえば昨夜は魔染めをしていないんだったな、とイルカは思い当たった。本来なら今夜するはずだったのだから。
カカシもそれに気付いたらしく、眉間に皺を寄せて厳しい顔つきになる。
「のんびりしてられないみたいだね。オビト、急いでけりを着けさせてもらうよ」
そう言うと、持ち上げた右手をスケアの方に伸ばした。
掌から白い光が生じ、それが徐々に強く大きくなって青白い火花を散らしながら二の腕まで覆っていく。
バチバチと音を立てる輝きにイルカが思わず見惚れていると、スケアが膜越しに話しかけてきた。
「また会おうね、イルカ」
その一言で我に返ったイルカは、スケアが何をしようとしているのか気付いた。
「ダメ、やだ……」
すがり付こうとしたが、指先が膜の表面を引っ掻くばかりでスケアには届かない。
スケアはイルカのその手に、膜越しに手を重ねた。
そして結界膜に一つキスをすると微笑み、立ち上がってカカシの元へ向かう。
「スケア、スケア……!」
今やカカシの右腕全体を覆い、イルカの悲痛な叫びをかき消すほどヂヂヂヂッと大きな音を立てる光に、スケアが左手を伸ばす。
更に光は膨れ上がり、二人の半身を呑み込んでいく。
それはまるで、本当に魔法を見ているようだった。
だがイルカの目に最後に写ったのは、光の中へ消えていくスケアがイルカに向けて優しい笑みを浮かべ、呟いた言葉だった。
激しい音に遮られて耳には届かなかったけれど。
唇のかたどった言葉は、確かにイルカに伝えていた。
『愛してる』
と。
そしてカカシとスケア二人の全ては、直視できないほどの眩い光に包まれた。
「ここにいらしたんですか。相変わらずみんなカカシ様を連れてこいって煩かったですよ」
「や~だよ、侯爵の会合に爵位のない俺が顔を出す謂れはないでしょ。それにめんどくさい」
「そう仰ると思って、カカシ様はまだ療養中と言ってありますよ」
スケアが「療養中ねぇ」とくすくす笑う。
するとテンゾウは「あぁ、そうでした」とジャケットの胸ポケットから小さな赤い竜を取り出した。
「オビラプトゥール様から伝言竜が届いてました。先日の非礼を詫びるおつもりでしょうかね」
「アイツはそんな殊勝な奴じゃないでしょ。スケア、ちょっと聞いといて」
スケアは小さな竜を受け取ると、手のひらに乗せて竜の鼻先に指を近付ける。竜は目をぱちりと開けてその匂いを嗅ぐと、オビラプトゥールの声で喋り出した。
『よぉカカシ。今日はちゃんと手土産を持ってきたからな。代わりにお前の可愛いペットを土産に貰っていく。返してほしけりゃ俺と闘り合いに来るんだな!』
その後は高笑いが響き、唐突にそれが止むと竜は口と目を閉じた。
カカシが分厚い文献から顔を上げ、スケアの方に鋭い視線を向ける。
「イルカは?」
「ランチの後は中庭で庭師と話していたようだけど……」
テンゾウがサイに「探してきて」と命ずると、サイは一つ頷いて図書室を飛び出していった。
「……オビトの奴!」
「どうするの?」
スケアが片眉を上げて問うと、カカシは「行くよ。しょうがないでしょ」と大きくため息をついた。
「ですがカカシ様……そのままでは」
「オビトの所に行ってから考えるよ。スケア、クロを呼んで」
「りょーかい」
軽く返事をしたスケアとカカシをテンゾウは厳しい表情で交互に見たが、何も言わなかった。
だがスケアを見る時だけ、その顔には何かを堪えるような悲痛なものが滲んでいた。
竜の姿をしたオビラプトゥールの片腕に抱えられ、イルカは空を飛んでいた。
クロの背に乗っていた時よりも遥かに速く上空を飛んでいるので、景色を楽しむ余裕などない。顔に切りつけるように風が当たるので目をぎゅっと閉じて顔を覆っていると、途中でぐにゃりと自分が歪んだような感覚があった。
それからしばらくして羽音が変わり、どこかに降り立ったのか軽い衝撃が伝わる。イルカが恐る恐る目を開けてみると、そこは見たことのない城のバルコニーだった。
両開きのガラス扉を開けて出迎えた男が「おかえりなさいませ、オビラプトゥール様」と恭しく頭を下げる。
その男は長い髪が縦半分に黒と赤に分かれ、赤い方の顔の半分には金属製の仮面を着けていた。もっとも、仮面などなくとも露わになった顔も無表情なままだったが。
「ハヤセ、城の結界を最大限にしておいてくれ。カカシには無駄だろうがな」
「かしこまりました。カカシ様がおいでになられるならば、酒宴のご用意でも致しましょうか」
「いやいい。だがここには案内してやってくれ」
再び頭を下げる男の脇をすり抜け、イルカを脇に抱えたまま人型に戻ったオビラプトゥールが室内に入った。
「もう下ろしてくれよ!」
「あぁ、悪いな。軽くて忘れてた。お前ちゃんと食ってるか?」
そう言われてイルカの正直な腹がぐぅと鳴る。
昼はカカシの脚に気をとられて満腹になるまで食べられなかったが、それにしてもどれだけ飛んでいたのだろうか。
オビラプトゥールはイルカの腹の虫の音を聞いて、「なんだ、腹が減ってるのか。今何か用意させよう」と笑って卓上のベルを鳴らした。
「帰って食べるから大丈夫です。それじゃ」
イルカが扉の方に向かおうとすると、オビラプトゥールは片眉を上げる。
「帰るってテンゾウの城にか? そりゃ無理だな。ここは第二十階層だからお前一人じゃ帰れないぞ」
「………え?」
「さっき階層を越えただろう。気付かなかったのか?」
空を飛んでいた時、途中で自分の身体が歪むような感覚があったが、あれが階層を越えたということだったのか。
テンゾウの城は確か第十五階層だったはずだ。
どうやって階層を越えて帰ればいいのか、階段みたいにひたすら登っていけばいいのだろうか。まだよく知らない魔界で、気軽に城を出て一人で出歩いたことをイルカは激しく後悔した。誰にも言わずに出てきてしまったから、スケアも心配しているに違いない……たぶん。
それにオビラプトゥールはカカシと何か確執があるようだった。
うまくいけばアイツと闘り合えるかもと言っていたが、先ほどの男は酒宴を用意するかと聞いていたところをみると、そこまで深刻な関係ではない気もする。
イルカがぐるぐると考えているとノックの音が響き、先ほどとは違う男が扉を開けて頭を下げた。
オビラプトゥールはその男に向かって「コイツに何か食うもんを用意してやれ」と命ずると、イルカに向き直った。
「心配しなくてもカカシが迎えに来るさ。さっき使いをやったからな。今のアイツは俺みたいに階層移動が早くないから時間かかるぞ。それまで飯でも食って待ってろよ、ほらそこに座れ」
と黒革のソファーセットにどかりと腰かけ、向かいを指した。
これから事態がどうなるか分からないなら腹ごしらえはしておいた方がいいと、イルカはおとなしく腰かける。
オビラプトゥールは尊大だが悪い人ではなさそうだ。少なくともカカシに悪意を持っているという感じはなく、子供のケンカの延長のような付き合い方なのかもしれない。
イルカは今までの断片的な会話からそう判断すると、口を開いた。
「オビラ、オビ、えっと、オビトール……さん」
「ああいいよ、お前はもうオビと呼べ」
「すみません……あの、オビさんはなんでそんなにカカシと戦いたいんですか? カカシの方が全然弱いって自分で言ってたけど」
するとオビラプトゥールは驚いたように目を見開き、「そうか、コイツは知らないのか……」と呟いた。
「カカシは強いぞ。あんなことさえしなきゃ俺より全然強い。テンゾウが言ってた通り、本来なら魔王クラスのはずなんだ。ここじゃ強さがそのままステータスに繋がるからな」
「あんなことって?」
オビラプトゥールはイルカをじっと見つめた。
今まで気付かなかったが、彼は左だけが渦を巻いたような不思議な目をしている。その渦の中からブルーグレーの瞳が、イルカのことをじっと見返してきた。
「カカシは自分の魂を削ってスケアを創ったんだ」
「………え?」
「そんなことすりゃ魔力が大幅に減るからな。しかもスケアの方に大部分を分けちまったみたいだし。だから今は弱いんだ。だいたい魂からとはいえ、女でもないのに魔物を新しく生み出せるなんて王クラスじゃなきゃできないんだよ。それをアイツはあっさりやりやがって……」
その後もぶつぶつ言うオビラプトゥールの言葉は、イルカの頭には入らなかった。
カカシが自分の魂から魔物を創った――
人間ではあり得ないことだが、魔物だからの一言でそれはなんとか飲み込める。
それにスケアが元々カカシの魂だったという部分は、驚きながらも色々と腑に落ちるものがあった。
鏡に写したかのように左右対称の角と目の色。
スケアの行動を身内のように謝るカカシの言動。
ストレートなスケアと一見分かりにくいカカシの、表現の仕方は違っても根源は同じものに思えるイルカへの優しい態度。
スケアの優しさに惹かれながらもカカシのことが気になっていたのは、ある意味当然のことだったのかもしれないと、イルカは驚きのあまりぽかんと開いていた口を閉じた。
そこではたと気付く。
カカシは今は弱いと知っているのに、なぜオビラプトゥールは執拗に挑発するのか。こうしてイルカを拉致するような真似をしてまで。
そういえばオビラプトゥールは、なぜカカシと戦いたいのかの質問に直接的には答えていなかった。
イルカがもう一度それを問おうとすると、ノックの音がして男が「お待たせ致しました」とワゴンを押してきた。
そして二人の間のテーブルに料理の乗った皿や赤い酒の入ったデカンタなどを幾つか並べ、静かに去っていく。皿に乗せられたサンドウィッチや果物、何かの腿肉の焼いたものはやはり人間の食べ物に似て、イルカの腹がもう一度鳴った。
「ほら食えよ。テンゾウのところもなかなかだが、うちには勝てんぞ」
「……いただきます」
イルカがサンドウィッチを手に取ってかぶりつくと、オビラプトゥールもグラスに酒を注いで呑み始めた。
サンドウィッチには分厚いハムとチーズが挟んであり、スパイスが効いていて美味しかった。イルカが二つ目を取ると、「な、うまいだろ?」とオビラプトゥールが子供のような笑顔を向ける。イルカは口を一杯にしながら何度も頷いた。
三つ目と何かの腿肉を腹に収めた後で改めてカカシと戦いたがる理由を問うと、オビラプトゥールはグラスの中の赤をじっと見つめた。
「……魔界には九人の魔王がいる。魔界大九柱と呼ばれてる奴等だ。そのうちの一人が死んで、今は柱が一つ空いてるんだ」
イルカの脳裏に、金貨に彫られた黒髪の横顔が浮かぶ。
確かアスタローみたいな名前で、大公爵だとテンゾウが教えてくれた男。
大公爵とかその上の九人の魔王など、イルカにはまるで遠い世界の話だった。
「俺はそこにカカシを据えたい。本来のアイツなら、きっとなれるはずだ」
本来のアイツとは、スケアを創る前のカカシのことだろう。
だが魂を削ってしまったのだから、魔王になどなれるのだろうかと疑問に思うと、それが顔に出ていたらしい。
オビラプトゥールが言葉を続けた。
「戻せばいいんだよ、スケアをカカシに」
「そんなことができるんですか? でもスケアは? スケアはどうなるんだよ」
「そりゃ消えるっていうか、カカシに吸収されるさ。元々アイツの一部なんだからな」
「そんな……!」
イルカは思わず立ち上がった。
テーブルが揺れてデカンタが倒れ、赤い酒が服に跳ねかかったが、それにも構わずイルカはテーブルをバンと叩いた。
「元はカカシの一部って言ったって、スケアはスケアじゃないか! それにカカシは魔王になりたがってるのか?!」
「なりたがってないから逃げ回ってるんだろ。カカシは本来俺と同じ公爵だったが、真の実力は隠してたと誰もが知っている。それに力もだが、人格も誰よりも魔王に相応しいと俺は思っているんだ。本気の俺と闘えば今のアイツは元に戻らないと勝てないからな。……それがカカシと闘り合いたい理由だよ、人間」
「そんな自分勝手な!」
「今の魔界を知らないくせに、お前こそ勝手だろう。王の座が空席になると魔界が荒れる。俺は平和主義なんだよ。だからこそカカシには、何としても魔王になってもらわないと困るんだ。テンゾウの奴もアスタロトも表立ってはアイツに言ってないだろうが、同じ気持ちだと思うぜ」
魔界を知らないと言われると、イルカには返す言葉が見つけられなかった。
だがイルカには分からないが、カカシにはスケアを創ったそれなりの理由があるのだろう。スケアだって一人の人格を持つ魔物だ。それを全て無視してカカシを魔王にしたがるのは、たとえ魔界の平和の為とはいえ納得できるものではなかった。
しかも今は自分が戦う為の理由にされている状況だ。
カカシが応じるか分からないとはいえ、なんとかオビラプトゥールを説得しようと必死に考えていると、彼の視線を感じた。
イルカが目を合わせると、オビラプトゥールもゆっくりと立ち上がる。
「お前を連れてきたくらいじゃ弱いかもしれないな。アイツはお前にずいぶん執着してるみたいだが……もう一押し、確実な理由を作っておくべきか」
その目が暗い光を帯びたのを見てイルカは後ずさったが、ソファーにぶつかって座り込んでしまった。
オビラプトゥールは一旦壁際のチェストに向かって引き出しから何かの小瓶を取り出すと、テーブルを回ってイルカの前に立った。
「これを飲め。その方が楽だぞ」
何をするのに楽だというのか。
イルカは時折この男が見せた酷薄な表情を思い出す。いくら悪い人ではなさそうに見えたとはいえ、それはカカシたち魔物に対してだ。イルカにまでそれを期待するのはあまりにも愚かな判断だろう。……もう今さらだが。逃げようにも逃げる場所もなく、両腕を振り回して抗っても形ばかりに過ぎない。
オビラプトゥールは難なくイルカを抑え込むと、あごを掴んで口をこじ開け、その中に小瓶の中身を流し込んだ。
イルカはむせて咳き込んだが、幾分かの液体を飲んでしまった。
その様子をオビラプトゥールは観察するように見ている。
「媚薬なんか使い道はないと思ってたが、何でもとっとくもんだな。お前はアイツのペットなんだろ? こうして苦しそうにしてるところなんか、なかなかそそるじゃないか」
唇の端を持ち上げてオビラプトゥールはイルカを見下ろすと、おもむろにイルカの着ているニットの裾を掴んで頭から引き抜いた。
「アイツがお迎えに来るまで、お楽しみといこうぜ」
カカシとスケアは白い巨大な烏の背に乗り、赤銅色に染まった空をひた駆けていた。
今はカカシがクロの主たるハーネスの手綱を握っている。
スケアはその後ろに座って緊迫感のない顔で遠くをぼんやり眺めていたが、不意に立ち上がり口を開いた。
「僕はもう十分楽しかったよ」
その声が聞こえているだろうカカシは無言だった。
「カカシに戻ってもイルカを愛する気持ちはきっと残るだろうね。でも……それはカカシもだよね?」
「まだお前を統合するか分からないんだから、そういうこと言わないでよ。オビトだってどう出るかは未知数だ」
スケアはカカシの風に乱れた髪をかき上げてやると、片側だけの角に触れて微笑んだ。
「イルカを連れ去るくらいなんだから、オビトは今度こそ本気だよ。それより僕を統合した後のことも、今のうちにちゃんと考えておいた方がいい。こんなの所詮その場しのぎだって分かってたでしょ」
「俺は時間が欲しかったんだよ。欲を言えばずっとこのままでいられる時間がね……それもオビトの出方次第だ。まずはイルカを取り戻すよ」
「僕はイルカさえいれば何もいらない。スケアでいても……カカシ、お前の中にいても。だからあとは任せるよ」
スケアはカカシの肩をぽんと叩くと、前方を見据えるカカシと同じ方向に目を向けた。
「イルカは僕らの光だ。カカシも魔染めの前に魂を覗いたんだから分かってるよね」
「……そうだね。今は孤独に塗り潰されてるけど、本来のイルカの本質は光だ。愛し愛されることで、最大限に輝く光」
「僕はそれを見たいんだよ。願わくば、その光が僕に向けられるところをね。だから頼んだよ、カカシ」
二人と一羽の目前に階層を分ける境界の坑が迫る。
階層を越える時の五度目の体の中身がずれるような感覚をやり過ごすと、そこはオビラプトゥールの統治する第二十階層だった。
――あつい。
体の内側に燻るような熱がこもって、イルカの息が上がる。
ソファーに投げ出された腕も足もだるく、覆い被さったオビラプトゥールの忙しなく動く手を払いのけることは叶わなかった。
だがしかし、媚薬と言われたがスケアの体液とはだいぶ反応が違う気がして、イルカは訝しんだ。あの何もかもどうでもよくなるような、切羽詰まった欲望は全く湧かなかった。オビラプトゥールにあちこち撫でられたり舐め回されたりしても、大型犬にそうされているのと変わらない。
「こんなことして、楽しいんですか!」
掠れた声で問いかけると、イルカのズボンのファスナーに手をかけていたオビラプトゥールが顔を上げた。
「楽しくはないな。でもカカシとこうやってたんだろ? ていうかアイツもよく勃ったな」
「カカシは……っ、それよりもう止めて他のこと考えましょうよ。ほら、カカシと戦う時の戦略とか……うわっ」
オビラプトゥールが下着の上からイルカの萎えた陰茎をきゅっと握った。
「おっかしいな、媚薬が効いてるのに全然勃ってないじゃないか。おい、もっといやらしく誘えよ。じゃないと俺もやる気がしないぞ」
「いやらしくなんて誘えるか! だいたい俺は男とヤる趣味なんかねぇ!」
「俺だってない!」
「じゃあ俺たち何やってんだよ!」
「知るか!!」
二人は顔を突き合わせて睨み合っていたが、オビラプトゥールがため息をついて起き上がった。
「………だな。もう止めよう。めんどくさくなってきた。カカシも惚れてるとはいえ、よくやるよな」
「惚れ……っ?!」
首から上をぶわっと紅潮させたイルカを見下ろすと、オビラプトゥールは目を見開いた。
「気付いてなかったのか? お前もたいがいだな。アイツがお前を見る時の目付きなんて、完全に惚れてる奴のものだったろうが」
呆れたように肩を竦められても、イルカには全く分からなかった。
だってカカシはいつも無表情で……と思い返すと、不意に昨夜のカカシの顔が浮かぶ。イルカの「可愛い」と言った言葉にはにかむように顔を背けた、カカシの赤く染まった耳。
「でも……スケアが俺を好きだって」
「だから言っただろ、スケアはカカシの魂の一部だって。スケアがお前にご執心ってことは、カカシも同じなんだよ」
今度はイルカが目を見開く番だった。
二人が元々一人の魔物とは聞いたが、まさか気持ちまで同じとは。
突然もたらされた事実にイルカが現状も忘れて固まっていると、オビラプトゥールがソファーから数歩離れて立った。
胸の前で指を並べて二本立て、何かの呪文を詠唱しながらその指先で大きく楕円を描く。
すると周囲の空気がビシッと揺れ、イルカとソファーを含む空間が丸ごと切り取られたかのように何かで囲われた。
一見して何も変わらないように見えるが、目を凝らすと微妙に歪んだ膜のようなものがある。イルカが触れようとするとその膜に弾かれ、それ以上手を伸ばすことはできなかった。
「無駄だよ人間、それは次元結界だ。これを使える奴は魔界でも限られていてな、俺が解除するか俺を倒さない限りそこからは出られんよ。音と映像はちゃんと伝わってるだろ? お前はそこでおとなしく成り行きを見てろ」
「なんでこんなことを!」
オビラプトゥールは片眉を上げ、イルカの背後のバルコニーに通じるガラス扉を指した。
「アイツのおでましだからな。事が済むまでお前にはそこにいてもらう」
イルカが振り返ると、先ほどの次元結界が張られた時とは比べ物にならないほど激しく空気が揺れているのか、視界に入った物全ての輪郭がぶれ、何かが割れるような音が響いた。
と同時にガラス扉が開かれ、スケアが飛び込んでくる。
「イルカ!」
スケアはオビラプトゥールには目もくれず真っ直ぐイルカへと向かってきたが、周囲を覆う次元の歪みに気付くと足を止めた。
イルカはスケアの姿を目にしたとたん、オビラプトゥールの思惑を思い出した。
「スケア、ダメだ、来るな! 帰ってくれ! アイツはカカシを王にしたいんだ! その為にスケアを……」
「大丈夫だよイルカ、すぐ終わらせるからね。一緒に帰ろう」
よろよろと立ち上がり、次元結界の膜に両手を突いて必死に言い募るイルカを遮ると、スケアは優しく微笑みかけた。
その脇をすり抜けたカカシはちらりとイルカに目をやり、オビラプトゥールの前に立った。
「伝言は受け取ったけど、手土産を貰った覚えはないな。だからイルカは返してもらうよ。その前に一つ聞くけど」
オビラプトゥールより華奢で背丈も及ばないカカシの体から、周囲を威圧するオーラが立ち昇った。
その声が一段低くなり、笑みを浮かべてはいるが剣呑な目付きで眼前の男を睨む。
「……イルカの服が乱れてる理由を聞こうか」
ハッと気付いたイルカが自分を見下ろすと、上半身は裸でズボンのファスナーも開いたままだった。
オビラプトゥールが、じりと後ずさる。
一触即発の空気に、イルカは慌てて口を挟んだ。
「違うよ、媚薬は飲まされたけど効かなくて、スケアの催淫作用とは全然違ってて! だから何もされてないんだ!」
「「媚薬?」」
カカシとスケアの声が重なると、二人は顔を見合わせて何故か吹き出した。
「媚薬って昔俺があげたやつ? まさかホントに使うと思わなかったよ」
「あれはただの酒だよ。火竜ともあろうお前が匂いで気付かなかったの?」
「よっぽど切羽詰まってたんだねぇ、オビト君は。……でも『媚薬』をイルカに使おうとしたのはいただけないなぁ」
二人は代わる代わる口にすると、オビラプトゥールににこりと微笑みかけた。
カカシがだらりと下げていた右手を持ち上げる。
「穏便に済ませようと思ってたけど、気が変わった。……オビト、望み通り叩きのめして塵にしてやるよ」
オビラプトゥールの顔に抑えがたい恐怖と――歓喜の色が入り交じる。
「は……ははっ、やっとその気になったかカカシ!」
牙を剥き出しにして咆哮する様は、まさに魔物のそれだった。
空気が弛んだと思った矢先の急展開で、恐れていた事態にイルカは「待って、ダメだカカシ! スケア!」と結界の膜を叩いた。
いや、叩こうとした手は、ずるりと力なく膜の上を滑り落ちていった。
それに引きずられるように、体も膜にもたれて膝から崩れていく。
「イルカっ?! なんで腐敗紋が……!」
スケアの言葉に自分の体を見ると、赤黒い紋様があちこちに浮かび上がってきていた。
そういえば昨夜は魔染めをしていないんだったな、とイルカは思い当たった。本来なら今夜するはずだったのだから。
カカシもそれに気付いたらしく、眉間に皺を寄せて厳しい顔つきになる。
「のんびりしてられないみたいだね。オビト、急いでけりを着けさせてもらうよ」
そう言うと、持ち上げた右手をスケアの方に伸ばした。
掌から白い光が生じ、それが徐々に強く大きくなって青白い火花を散らしながら二の腕まで覆っていく。
バチバチと音を立てる輝きにイルカが思わず見惚れていると、スケアが膜越しに話しかけてきた。
「また会おうね、イルカ」
その一言で我に返ったイルカは、スケアが何をしようとしているのか気付いた。
「ダメ、やだ……」
すがり付こうとしたが、指先が膜の表面を引っ掻くばかりでスケアには届かない。
スケアはイルカのその手に、膜越しに手を重ねた。
そして結界膜に一つキスをすると微笑み、立ち上がってカカシの元へ向かう。
「スケア、スケア……!」
今やカカシの右腕全体を覆い、イルカの悲痛な叫びをかき消すほどヂヂヂヂッと大きな音を立てる光に、スケアが左手を伸ばす。
更に光は膨れ上がり、二人の半身を呑み込んでいく。
それはまるで、本当に魔法を見ているようだった。
だがイルカの目に最後に写ったのは、光の中へ消えていくスケアがイルカに向けて優しい笑みを浮かべ、呟いた言葉だった。
激しい音に遮られて耳には届かなかったけれど。
唇のかたどった言葉は、確かにイルカに伝えていた。
『愛してる』
と。
そしてカカシとスケア二人の全ては、直視できないほどの眩い光に包まれた。
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