【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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二人を乗せたクロが城のバルコニーに舞い降りると、イルカの部屋の中には黒髪の少年がいた。
着替え以外にも生活用品を色々と担当していたようで、バスルームに交換用のタオルなどを抱えて運び込んでいる。
サイとは違う少年だが、ならばこの子がサスケというもう一人の使い魔だろうかとイルカがじっと見つめると、少年がふいと顔を背けた。
「お帰りなさいませスケア様……と、イルカ様」
「ただいまサスケ」
スケアの返事を聞いて、やっぱりとイルカは得心した。
「あと一時間ほどで夕食になります。今日もプレイルームで夕食にするそうです」
それだけ早口で言うと部屋を出ていこうとするサスケを、イルカが呼び止めた。
「あっ、えっと、サスケ君? 俺の洋服とか用意してくれたんだろ、ありがとな」
するとサスケは振り向かずに「……いえ、仕事ですから」と小さく言うと、頭を下げて出ていってしまった。
「……嫌われちゃったかなぁ」
「違う違う、照れてるんだよ、サスケはナイーブだから。可愛いねぇ」
スケアがそう答えると、閉じられた扉の向こうから「可愛くなんかねぇ! です!」という怒鳴り声が聞こえた。
イルカとスケアは顔を見合わせて思わず吹き出した。
「ホントだ、可愛いなぁ」
「でしょ? さぁ、イルカはちょっと疲れたんじゃないかな。夕食まで少し横になってるといい。僕はカカシと話があるから」
そう言われてちょっと疲れた理由を思い出させられ、イルカは赤面した。
スケアは含み笑いをするとイルカにちょんとキスをしてから「じゃあ、あとで」と部屋を出ていった。
イルカはよたよたとベッドに向かって歩くと、ぼすんと腰かけてそのまま後ろに倒れこんだ。思ってたより疲れていたようで、横になると長々とため息をついた。
ここに――魔界に来てから、初めてちゃんと一人になった気がする。
あまりにも目まぐるしく色々な事が起きたせいか、一つ一つの事に対処しきれなくて流されてきてしまった。
ミズキのこと。
スケアのこと。
魔界のこと。
そして……カカシのこと。
自分よりも年下に見えるが、魔物の年齢など分からない。
イルカは目を閉じてカカシの顔を思い浮かべた。
今朝からほとんど目が合ったこともないが、夕べはずっと触れ合っていた。スケアのように甘さは溶けてなくても、声や手は優しかった。
素っ気ないようでいて、どこか見守られているような気もする。火の粉をまとったあの男からも、翼を広げて庇ってくれた。その後はさりげなくイルカから話題と関心を逸らしてくれた。
その優しさはスケアのものと根本が似ているように思える。
外見は全く違うのに。
……違うのか?
イルカは不意に気付いた。
右目が緋色、右側だけに生えた角のスケア。
左目が緋色、左側だけに角の生えたカカシ。
鏡に写したような姿の二人はいったいどういう関係なんだろうと考えたところで、イルカの意識は眠りに沈んだ。
水底から浮かび上がるように目覚めると、ちょうど覗きこんでいたサスケと目が合った。
パッと飛び退いたサスケが目を逸らして「いくら呼んでも起きなかったから……」と呟く。
テンゾウのことを思い出して一瞬身構えたが、相手はまだ少年だ。年齢は分からないが。
イルカは肩の力を抜いて立ち上がると、こちらをチラチラと見ていたサスケとまた目が合った。
「……あっ、もしかして人間が珍しいのか?」
「っ、そ……んなこともないけど。こんな間近で見るのは初めてだ……です」
開き直ったのか、サスケがまともに見上げてくる。
「……あんまり俺たちと変わんねぇな」
「角はないけどな!」
イルカがにかりと笑うと、サスケもニヤリとした。
「角がない魔物もいるぜ……いますよ」
慣れない敬語を一生懸命に使うサスケが可愛くて、イルカは吹き出しそうになるのを堪えた。
「なぁ、そんな年も変わんないだろうし、敬語じゃなくていいよ」
「そういう訳にはいかない、です。イルカ様はテンゾウ様のお客様ですから。俺……私は見習い修業中なので、失礼があると降格になってしまうんです」
「そっか、見習い中じゃしょうがないか。頑張れよ!」
ポンポンと頭を撫でると、サスケはまた顔を背けてしまったが、手を払うようなことはしなかった。
「じゃあサスケ君、プレイルームまで案内してもらってもいいか?」
サスケはくるりと体を反転させると、客に背を向けたことに気付いて慌てて半身に戻し、「ご案内致します」と小さな声で呟いた。
プレイルームって何だろうと思いながらサスケの後を着いていくと、階段を降りてすぐのその部屋の中は、中央に鎮座している立派なビリヤード台が真っ先に目に入った。
暖炉の前にはゆったりとしたソファーとローテーブルが置かれ、壁にはダーツボードが架かっている。ローテーブルの上にはチェスの駒が並べられ、再開されるのを待っていた。
どうやらプレイルームとは室内ゲームをするための部屋らしい。
壁際のサイドボードやキャビネットに並べられた様々なボードゲームやワインをきょろきょろ見回していると、「こっちだよイルカ」と部屋の奥からスケアの声がかかった。
大きめの円いテーブルには、既にスケアとカカシとテンゾウ、それにサイが席に着いている。
本来はカードが並べられるであろう卓上の中心には、銅製の寸胴鍋がでんと置かれて湯気を立ち上らせていた。
「うわぁ、シチューだ!」
思わずイルカが歓声を上げるとテンゾウが微笑んだ。
「うちのコックは優秀ですよ。さぁ、みんな揃ったから食べましょう」
一緒に席に着いたサスケがパンの籠を回す。
皮にこんがりと焼き目の付いた山盛りのチキンとシチュー、チーズを乗せて焼かれた野菜を前にして、イルカの腹がぐうっと鳴る。
隣のスケアがフッと笑って「ほら、早く食べなよ」とシチューをよそってくれた。
テーブルの上の皿がほとんど空になると、サスケが席を立って部屋の隅にある扉を開き、何かをワゴンに乗せて運んできた。
「今日は三種のベリーのタルトとシャンパンのシャーベットです」
「うわぁ、すっげぇなぁ! うまそう!」
イルカが立ち上がってデザートの皿を並べるのを手伝おうとすると、サスケに目で止められた。
それでこれも修業のうちかと思い当たったイルカは、大人しく席に着くと口を開いた。
「こんなうまい物をこうやってみんなで食べられるのは、ホントに幸せだよなぁ。城ってもっとこう、豪華な長~いテーブルでちゃんと食事するのかと思ってたから」
すると向かい側のテンゾウが穏やかに笑って「そういう時もありますよ」と答えた。
「ですがカカシ様が形式張った食事を好まれないので。普段はこうして、気軽にみんなで顔を合わせての食事になってるんですよ」
意外に思ったイルカがスケアと反対側の隣を見ると、カカシが肩をすくめた。
「ごはんは皆で食べた方が美味しいでしょ」
イルカはバイト先の寮の狭い部屋で食べる、味気ないコンビニ弁当を思い出した。
こういう小さな幸せを共感できるのが嬉しくて、ついカカシの肩をバンバンと叩いてしまった。
「そうだよな、そうだよな! あー、俺ここに住みたいなぁ!」
「もう住んでるでしょ?」
え、とイルカがスケアを見ると、不思議そうな顔で見返された。
「違うの?」
イルカは咄嗟に言葉に詰まった。
ここは魔界でイルカは人間で、自分には住んでいた世界がある。いずれ帰るものとばかり思っていたが、違ったのだろうか。
「……スケア。それはイルカが決めることだってさっきも言っただろ。その顔の所有印も仮初めのものだって、お前も分かってるはずだ」
カカシの声が静かに響いた。
「ええ~、今だってここに住みたいって言ってたじゃない。ねぇ、イルカ?」
イルカはやはり答えることができなかった。
身体を開かれたり差し出したり、他にも多少危ない目にも遇ったけど、快適だし食べ物は美味しいし、スケアはとても優しい。
だがここは魔界で、自分は人間で。
シャーベットが溶け始めても、イルカの頭の中はぐるぐると渦を巻いたままだった。
食事の後スケアと少しビリヤードをやってみたが、長い棒に振り回されてるみたいで上手くプレイできなかった。
だがカードを取り出したテンゾウがロッキングチェアで一人酒を舐めていたカカシも誘って四人でのポーカーは、初めてにしてはなかなかの腕前だと褒められた。
スケアに渡されたコインの中で一際大きな金色の物には、長い黒髪の男の凛々しい横顔が彫られている。
「なぁ、これって魔界のお金?」
「そうだよ、これは金貨で一番高い百ソウル。アスタロトって奴が目印なんだ」
「金貨って金でできてんの?! アスタロトって王様とか?」
すると黙ってカードを睨んでいたテンゾウが口を挟んできた。
「アスタロト様は大侯爵ですね。王の次の次の階位になるんですが、人気のある方なので金貨では最も流通しているんですよ」
「あいつは外面がいいから。まぁ、実際いい奴ではあるね。食えないとこはあるけど、そうじゃなきゃ上には立てないからな」
珍しくカカシが饒舌に語ったので、イルカはついまじまじと見てしまった。
「……何?」
「あ、いや、ずいぶんそのアスタロー? って人を気に入ってるんだなって」
「アスタロト。……なんで俺が奴を気に入ってると?」
そう問われると、イルカにもよく分からなかった。ただ、アスタロトの事を語っているカカシの口調からそう感じただけだったのだ。
「う~ん、なんとなく?」
カカシが眠たげだった目を見開き、イルカを見つめる。
間近で綺麗な顔をまともに向けられ、今度はイルカの方が先に目を逸らしてしまった。
「ふぅん? なんとなく、ね」
カカシの視線が頬に当たるが、どうしてもそちらを見られなくて。
その後イルカはひたすらにカードをじっと睨んでいた。
最下位は逃れたものの低迷したままカードの輪から脱け出して、イルカは一足先に自室に引き上げてきた。
一杯だけ呑んだ魔界特製の氷酒がほどよく回り、眠くなったのだ。
シャワーを浴びた後チェストを漁ってみるとパジャマらしき物があったので、それに着替えてベッドに大の字になる。
ふと目を上げるとベッド脇の観葉植物が気になって、イルカは起き上がると鉢をずりずりと引きずって窓際へと遠ざけた。テンゾウは命令しない限りは動かないと言っていたが、やはり不安だった。
バスルームで土に汚れた手を洗って戻ると、ソファーの側にカカシが立っていた。
「体調はどう?」
「えっ、あ、大丈夫。ちょっと眠いだけ」
びっくりして跳ね回る心臓を抑えるように胸に手を当てながらイルカが答えると、カカシは「そう」と呟いて。
次の瞬間にはイルカの目の前に立っていた。
少し下から見上げてくる真っ直ぐな視線にたじろぐと、目線が合わないことに気付いた。どうやらカカシは顔の中心の一文字の傷痕をじっと見つめているようだ。
「悪かったね。スケアが勝手に付けて」
「……これって何かマズイのか?」
するとカカシは眉をしかめ、「まずくはない。でも……」と言い淀んだ。
「スケアのエナジーを埋め込んであるから、人間界に戻った時にそっちにいる魔物が興味を持つかもしれない。いずれ薄まるから大丈夫だとは思うけど、イルカの意思を確かめずに付けて悪かった」
まるで自分の身内が何か粗相をしたかのような言い方だ。
思いきって二人の関係を聞こうとイルカが口を開くと、カカシの指が伸びてきて傷痕に触れた。
そこからじわりと熱が生まれ、皮膚の表面から奥へと染み込むような感触が広がる。
「今俺が考えてること分かる?」
「え? う~ん、さっきのシチューをもっとおかわりしたかったなぁとか? ……そんなん超能力者でもないのに分かる訳ないじゃん」
「それはイルカが今考えてることでしょ」
カカシがふっと目元を緩めて微笑った。
「今のは分かったよ。コイツ食いしん坊だな、だろ」
イルカが口を尖らせると、カカシは肩を揺らして笑い始めた。
いつも無表情か眠そうな顔しかしていなかったカカシの笑顔に、胸がどくんと跳ねる。さっきの驚いた時とは違う跳ね方な気がするが、その笑顔はイルカの心を強く捉えた。
「……もっとそうやって笑えばいいのに」
思わず口にすると、カカシが首を傾げる。
「カカシは笑ってた方がいいよ。その方が、えっと……可愛い?」
「なんで疑問系なのよ。それに、か、可愛いとか褒め言葉じゃないし」
「他にぴったりくるのが思い付かなかったんだよ」
カカシは不満そうにぶつぶつ言いながら後ずさったが、耳がほんのりと赤く染まっていた。
魔物でも照れると赤くなるんだなぁとイルカがぼんやり眺めていると、何かを思い出したのかカカシが「あ」と声を上げた。
「今夜も魔染めしなきゃと思ってたけど、思ってたより元気そうだから明日でも大丈夫だね。スケアと交合したからかな」
少し考えて『こうごう』の意味が理解できると、イルカは「え、わ、なんで?!」と自分の身体を抱きしめて無意識に防御の体勢になった。
「そりゃ分かるよ。イルカの中からスケアのエナジーを感じるからね。じゃあ明日また、おやすみ」
そう言うとカカシは部屋を出ていった。
一人残されたイルカは、どこかからスケアの匂いでもするのかと自分の匂いを嗅いだりしていたが、たまらなくなって「うわぁぁあああ」と叫びながらベッドに走ってダイブする。
枕に顔を埋めてうー うーと唸っていたが、ふとカカシの言葉を思い出した。
部屋に来たのは魔染めをするためだったらしい。すると『明日また』とは挨拶ではなく、例の行為のことを言うのではないか。
夕べは意識がはっきりした時には既に始まっていたし、眠ってしまったのか意識を失ってしまったのか終わった記憶も無かった。
だが今度は違う。
魔界の瘴気に身体を馴染ませるためとはいえ、これから何をするか、されるのかはっきり分かった状態でしなければならないのだ。先ほど可愛らしく耳を赤くしていた、あのカカシと。
イルカは足をばたつかせ、枕にうー うーと唸ってをいつまでも繰り返していた。
次の日はスケアとサスケと連れ立って、城下の朝市へと顔を出してみた。
普段はサスケやコック達が仕入れに行くらしいのだが、スケアが街の様子も見られるし面白いよとイルカを誘い、一緒に行くことになったのだ。
大通りの両脇には様々な露店が並び、子供から大人まで一様に声を張り上げて売り買いをしている。
「ずいぶん賑わってるんだなぁ!」
「ここはテンゾウの領地だからね。珍しい野菜や植物や薬草がいっぱいあるから、色んな所から買い付けに来るんだよ」
オレンジ色をした大きなキャベツのような野菜を前に、サスケが店主と交渉していた。
薬草屋の軒先に吊るされた喋る草が面白くて眺めていると、店主が「おや、人間だよ珍しい。何かお探しかね? この水魚草なんかどうだい?」と声をかけてくる。
人間と言われたことにどう答えるべきか迷っていると、スケアが横に並んで「イルカが人魚になったら綺麗だろうね」と代わりに答えた。
「人魚になれんの? 面白そう!」
「ほんの少しの間だけだけどね。水系の力が使えない魔族用なんだよ」
「へぇ~、魔法って何でもできる訳じゃないんだなぁ」
「そりゃあね」
スケアが苦笑した。
魔力を使えるといっても、属性や階級など色々と制約があるようで万能ではないらしいと、イルカは認識を改めた。だがよく考えたら、人間を蛙に変えたり杖から放った火の玉で攻撃したりなど、魔法らしい魔法を誰かが使っているところは見てない気がする。ビックリ人間みたいな火を吐く男――カカシの幼馴染みのオビ何とかというのはいたが。
乾燥させた水魚草の葉を買っていたスケアにそれを言うと、スケアは声を上げて笑った。
そして声を潜めてイルカに耳打ちする。
「真っ先に体験してるじゃない。ほら、カカシと」
真っ先にカカシと体験したことを思い出したとたん、カカシの「明日また」という言葉が甦った。
突然真っ赤になって唇を噛みしめたイルカに、スケアが怪訝な顔を向ける。
「そんなになるほどのことだった?」
「ぇあ? うんっ、いや違うけど! 何でもない!」
くるりと背を向けたイルカに、何かがドンとぶつかった。
「あっ、すみません!」
「俺、いや私の方こそすまな……すみません。買い出しは終わりました、スケア様」
イルカとぶつかったのはインパラだった。インパラにしては黒っぽいし、言葉を話してはいるが。
だがその喋り方と内容は――
「もしかして、サスケ君?!」
「そうだ、です。この姿の方がたくさん運べるし、速いので」
インパラといってもまだ成獣ではないのか、体格も小さめで角も短い。
背の振り分け籠には野菜や肉類が詰め込まれており、首からは財布が下がっている。すらりとした体躯に不似合いともいえるピンクの財布を下げたおつかいの姿が可愛らしくて、イルカは思わずサスケの頭を撫でてしまった。
サスケは相変わらずそっぽを向いているが、イルカの手を避けずおとなしく撫でられていた。
するとスケアがイルカの身体を抱き込んで、インパラから引き剥がす。
「じゃあサスケは先に帰ってて。僕たちはゆっくり帰るから」
「またスケアは……サスケ君、気を付けてな!」
「分かりました。それでは」
インパラの姿をしたサスケはちょこっと頭を下げ、身軽に駆けて去っていった。
「なぁスケア、あれも魔法?」
「ううん、魔法っていうかもう一つの姿かな。魔力の高い者ほど人型をとるんだよ。普段はその方が場所を取らないし省エネだからね。逆に低すぎると人型はとれないから、獣型のままか獣の部分がどこかに残るんだ」
それを聞いてイルカの脳裏に浮かんだのは、カカシの獣のような脚だった。
魔染めをできるほどの力を持っているのに、獣の部分を残した魔物。そのちぐはぐさは何故なのか。
それを考えていたら、あることに気付いた。
もしかしたらスケアも何か他の姿になれるのではないか、と。そう訊ねてみると、スケアは悪戯っぽく笑って片目を瞑った。
「ふふっ、それはまだナイショ」
二人でのんびりと城に戻ると、ちょうど昼食の時間だった。
今度は中庭のガゼボで、スケアとカカシと三人での食事になった。
イルカがちらちらとカカシの脚を盗み見てしまったのはやむを得ないだろう。普段はカチカチと爪音を立てて歩くのに、時としてとても静かにイルカのそばに忍び寄る、獣の脚。
形状から何の動物か判断できないかと、イルカは気もそぞろに足元ばかりを見ていた。
「……何? 今さら人の脚ばっかり見て。気持ち悪いの?」
「や、ごめん、違うよ!」
「カカシが何の獣型か気になるんじゃない? イルカは動物好きみたいだから」
スケアがくすくすと笑う。
「なんだ、そんなこと。……じゃあ教えない」
「えええ~! カカシもかよ……」
イルカは肩を落とすとがっくりと下を向いてしまったので、カカシがうっすらと微笑んだのは見逃してしまった。
昼食が済んだあと、「午後はのんびりしてて」とスケアに言われたので、イルカはそのまま中庭を見て回っていた。
庭師が剪定しているところで少し話し込んだりしているうちに、彼の首に巻かれたタオルを見てふと昨日の泉でスケアが干していたハンカチのことを思い出した。
あのハンカチはまだ干したままになっているのではないか。
泉は近寄らなければ大丈夫だろうとイルカは判断して、散歩ついでに取ってきてあげようと庭師に別れを告げ、城の門へと向かった。
記憶を辿って歩いていき、揺れる木々と挨拶を交わしてしばらく進むと泉の畔に着いた。
低い位置に伸びた枝にハンカチはまだ掛かったままだったので、それを取って畳むとポケットにしまう。
するとバサバサと羽音が響き、辺りが暗くなった。
もしかしてあの白い烏がまた来たのかと、イルカは「クロ?」と呼びかけて見上げると。
「俺はそんなチンケな名前じゃないぞ。オビラプトゥールだ、人間」
赤黒い竜が舞い降り、火の粉が弾ける長衣をまとった人へと姿を変えた。
「あ、すみません、スケアの使い魔の烏と間違えて……オビ、オビトールさん」
「オビラプトゥールだ!」
がっと開いた口から炎を吐いて、オビラプトゥールが吼えた。
イルカは慌てて飛び退くとハンカチを干してあった木の陰に隠れ、そっと顔だけ出して話しかける。
「えっと、それはちょっと言いづらいかなって……人間にはない、格好いい名前だから」
「格好いい……そうか、そうだな、人間にはこんなイカした名前はないからな。それじゃしょうがないな、お前は許してやろう」
とたんにうんうんと頷いて機嫌の良くなったオビラプトゥールを見て、イルカは内心単純で面白い魔物だなぁと思ったが、顔には出さないように気を付けた。
するとオビラプトゥールは辺りを見回し、空気の匂いを嗅ぐような仕草をした。
「人間……イルカといったか。今日はアイツは一緒じゃないのか?」
「アイツ? カカシのことですか?」
「カカシもだ。スケアと二人。せっかく今日はうちの銘酒を手土産に持ってきてやったのに、どっちもお前と一緒じゃないのか。……ほぉう、ふむ。これはいいぞ」
その言葉によく見ると、オビラプトゥールの手には酒瓶が握られていた。
瓶の中で青い炎が揺らめいている不思議な酒だったが、それよりもオビラプトゥールの顔に浮かんだ不穏な笑みの方がイルカには気になった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るので……二人とも城にいると思うから、どうぞお先に」
「いや、一緒に行こうぜ。ただし、行き先は俺の城だ」
いつの間にか背後に立っていたオビラプトゥールが、イルカの身体を抱え込む。
「ちょっ、離せ!」
「手土産を持ってきてやったんだから、俺も手土産を貰ってくとしよう。うまくいけばアイツと闘り合えるかもしれん……」
そう言うとオビラプトゥールは酒瓶を投げ捨てて竜の姿に身を変え、イルカを軽々と掴んで空へと飛び立った。
着替え以外にも生活用品を色々と担当していたようで、バスルームに交換用のタオルなどを抱えて運び込んでいる。
サイとは違う少年だが、ならばこの子がサスケというもう一人の使い魔だろうかとイルカがじっと見つめると、少年がふいと顔を背けた。
「お帰りなさいませスケア様……と、イルカ様」
「ただいまサスケ」
スケアの返事を聞いて、やっぱりとイルカは得心した。
「あと一時間ほどで夕食になります。今日もプレイルームで夕食にするそうです」
それだけ早口で言うと部屋を出ていこうとするサスケを、イルカが呼び止めた。
「あっ、えっと、サスケ君? 俺の洋服とか用意してくれたんだろ、ありがとな」
するとサスケは振り向かずに「……いえ、仕事ですから」と小さく言うと、頭を下げて出ていってしまった。
「……嫌われちゃったかなぁ」
「違う違う、照れてるんだよ、サスケはナイーブだから。可愛いねぇ」
スケアがそう答えると、閉じられた扉の向こうから「可愛くなんかねぇ! です!」という怒鳴り声が聞こえた。
イルカとスケアは顔を見合わせて思わず吹き出した。
「ホントだ、可愛いなぁ」
「でしょ? さぁ、イルカはちょっと疲れたんじゃないかな。夕食まで少し横になってるといい。僕はカカシと話があるから」
そう言われてちょっと疲れた理由を思い出させられ、イルカは赤面した。
スケアは含み笑いをするとイルカにちょんとキスをしてから「じゃあ、あとで」と部屋を出ていった。
イルカはよたよたとベッドに向かって歩くと、ぼすんと腰かけてそのまま後ろに倒れこんだ。思ってたより疲れていたようで、横になると長々とため息をついた。
ここに――魔界に来てから、初めてちゃんと一人になった気がする。
あまりにも目まぐるしく色々な事が起きたせいか、一つ一つの事に対処しきれなくて流されてきてしまった。
ミズキのこと。
スケアのこと。
魔界のこと。
そして……カカシのこと。
自分よりも年下に見えるが、魔物の年齢など分からない。
イルカは目を閉じてカカシの顔を思い浮かべた。
今朝からほとんど目が合ったこともないが、夕べはずっと触れ合っていた。スケアのように甘さは溶けてなくても、声や手は優しかった。
素っ気ないようでいて、どこか見守られているような気もする。火の粉をまとったあの男からも、翼を広げて庇ってくれた。その後はさりげなくイルカから話題と関心を逸らしてくれた。
その優しさはスケアのものと根本が似ているように思える。
外見は全く違うのに。
……違うのか?
イルカは不意に気付いた。
右目が緋色、右側だけに生えた角のスケア。
左目が緋色、左側だけに角の生えたカカシ。
鏡に写したような姿の二人はいったいどういう関係なんだろうと考えたところで、イルカの意識は眠りに沈んだ。
水底から浮かび上がるように目覚めると、ちょうど覗きこんでいたサスケと目が合った。
パッと飛び退いたサスケが目を逸らして「いくら呼んでも起きなかったから……」と呟く。
テンゾウのことを思い出して一瞬身構えたが、相手はまだ少年だ。年齢は分からないが。
イルカは肩の力を抜いて立ち上がると、こちらをチラチラと見ていたサスケとまた目が合った。
「……あっ、もしかして人間が珍しいのか?」
「っ、そ……んなこともないけど。こんな間近で見るのは初めてだ……です」
開き直ったのか、サスケがまともに見上げてくる。
「……あんまり俺たちと変わんねぇな」
「角はないけどな!」
イルカがにかりと笑うと、サスケもニヤリとした。
「角がない魔物もいるぜ……いますよ」
慣れない敬語を一生懸命に使うサスケが可愛くて、イルカは吹き出しそうになるのを堪えた。
「なぁ、そんな年も変わんないだろうし、敬語じゃなくていいよ」
「そういう訳にはいかない、です。イルカ様はテンゾウ様のお客様ですから。俺……私は見習い修業中なので、失礼があると降格になってしまうんです」
「そっか、見習い中じゃしょうがないか。頑張れよ!」
ポンポンと頭を撫でると、サスケはまた顔を背けてしまったが、手を払うようなことはしなかった。
「じゃあサスケ君、プレイルームまで案内してもらってもいいか?」
サスケはくるりと体を反転させると、客に背を向けたことに気付いて慌てて半身に戻し、「ご案内致します」と小さな声で呟いた。
プレイルームって何だろうと思いながらサスケの後を着いていくと、階段を降りてすぐのその部屋の中は、中央に鎮座している立派なビリヤード台が真っ先に目に入った。
暖炉の前にはゆったりとしたソファーとローテーブルが置かれ、壁にはダーツボードが架かっている。ローテーブルの上にはチェスの駒が並べられ、再開されるのを待っていた。
どうやらプレイルームとは室内ゲームをするための部屋らしい。
壁際のサイドボードやキャビネットに並べられた様々なボードゲームやワインをきょろきょろ見回していると、「こっちだよイルカ」と部屋の奥からスケアの声がかかった。
大きめの円いテーブルには、既にスケアとカカシとテンゾウ、それにサイが席に着いている。
本来はカードが並べられるであろう卓上の中心には、銅製の寸胴鍋がでんと置かれて湯気を立ち上らせていた。
「うわぁ、シチューだ!」
思わずイルカが歓声を上げるとテンゾウが微笑んだ。
「うちのコックは優秀ですよ。さぁ、みんな揃ったから食べましょう」
一緒に席に着いたサスケがパンの籠を回す。
皮にこんがりと焼き目の付いた山盛りのチキンとシチュー、チーズを乗せて焼かれた野菜を前にして、イルカの腹がぐうっと鳴る。
隣のスケアがフッと笑って「ほら、早く食べなよ」とシチューをよそってくれた。
テーブルの上の皿がほとんど空になると、サスケが席を立って部屋の隅にある扉を開き、何かをワゴンに乗せて運んできた。
「今日は三種のベリーのタルトとシャンパンのシャーベットです」
「うわぁ、すっげぇなぁ! うまそう!」
イルカが立ち上がってデザートの皿を並べるのを手伝おうとすると、サスケに目で止められた。
それでこれも修業のうちかと思い当たったイルカは、大人しく席に着くと口を開いた。
「こんなうまい物をこうやってみんなで食べられるのは、ホントに幸せだよなぁ。城ってもっとこう、豪華な長~いテーブルでちゃんと食事するのかと思ってたから」
すると向かい側のテンゾウが穏やかに笑って「そういう時もありますよ」と答えた。
「ですがカカシ様が形式張った食事を好まれないので。普段はこうして、気軽にみんなで顔を合わせての食事になってるんですよ」
意外に思ったイルカがスケアと反対側の隣を見ると、カカシが肩をすくめた。
「ごはんは皆で食べた方が美味しいでしょ」
イルカはバイト先の寮の狭い部屋で食べる、味気ないコンビニ弁当を思い出した。
こういう小さな幸せを共感できるのが嬉しくて、ついカカシの肩をバンバンと叩いてしまった。
「そうだよな、そうだよな! あー、俺ここに住みたいなぁ!」
「もう住んでるでしょ?」
え、とイルカがスケアを見ると、不思議そうな顔で見返された。
「違うの?」
イルカは咄嗟に言葉に詰まった。
ここは魔界でイルカは人間で、自分には住んでいた世界がある。いずれ帰るものとばかり思っていたが、違ったのだろうか。
「……スケア。それはイルカが決めることだってさっきも言っただろ。その顔の所有印も仮初めのものだって、お前も分かってるはずだ」
カカシの声が静かに響いた。
「ええ~、今だってここに住みたいって言ってたじゃない。ねぇ、イルカ?」
イルカはやはり答えることができなかった。
身体を開かれたり差し出したり、他にも多少危ない目にも遇ったけど、快適だし食べ物は美味しいし、スケアはとても優しい。
だがここは魔界で、自分は人間で。
シャーベットが溶け始めても、イルカの頭の中はぐるぐると渦を巻いたままだった。
食事の後スケアと少しビリヤードをやってみたが、長い棒に振り回されてるみたいで上手くプレイできなかった。
だがカードを取り出したテンゾウがロッキングチェアで一人酒を舐めていたカカシも誘って四人でのポーカーは、初めてにしてはなかなかの腕前だと褒められた。
スケアに渡されたコインの中で一際大きな金色の物には、長い黒髪の男の凛々しい横顔が彫られている。
「なぁ、これって魔界のお金?」
「そうだよ、これは金貨で一番高い百ソウル。アスタロトって奴が目印なんだ」
「金貨って金でできてんの?! アスタロトって王様とか?」
すると黙ってカードを睨んでいたテンゾウが口を挟んできた。
「アスタロト様は大侯爵ですね。王の次の次の階位になるんですが、人気のある方なので金貨では最も流通しているんですよ」
「あいつは外面がいいから。まぁ、実際いい奴ではあるね。食えないとこはあるけど、そうじゃなきゃ上には立てないからな」
珍しくカカシが饒舌に語ったので、イルカはついまじまじと見てしまった。
「……何?」
「あ、いや、ずいぶんそのアスタロー? って人を気に入ってるんだなって」
「アスタロト。……なんで俺が奴を気に入ってると?」
そう問われると、イルカにもよく分からなかった。ただ、アスタロトの事を語っているカカシの口調からそう感じただけだったのだ。
「う~ん、なんとなく?」
カカシが眠たげだった目を見開き、イルカを見つめる。
間近で綺麗な顔をまともに向けられ、今度はイルカの方が先に目を逸らしてしまった。
「ふぅん? なんとなく、ね」
カカシの視線が頬に当たるが、どうしてもそちらを見られなくて。
その後イルカはひたすらにカードをじっと睨んでいた。
最下位は逃れたものの低迷したままカードの輪から脱け出して、イルカは一足先に自室に引き上げてきた。
一杯だけ呑んだ魔界特製の氷酒がほどよく回り、眠くなったのだ。
シャワーを浴びた後チェストを漁ってみるとパジャマらしき物があったので、それに着替えてベッドに大の字になる。
ふと目を上げるとベッド脇の観葉植物が気になって、イルカは起き上がると鉢をずりずりと引きずって窓際へと遠ざけた。テンゾウは命令しない限りは動かないと言っていたが、やはり不安だった。
バスルームで土に汚れた手を洗って戻ると、ソファーの側にカカシが立っていた。
「体調はどう?」
「えっ、あ、大丈夫。ちょっと眠いだけ」
びっくりして跳ね回る心臓を抑えるように胸に手を当てながらイルカが答えると、カカシは「そう」と呟いて。
次の瞬間にはイルカの目の前に立っていた。
少し下から見上げてくる真っ直ぐな視線にたじろぐと、目線が合わないことに気付いた。どうやらカカシは顔の中心の一文字の傷痕をじっと見つめているようだ。
「悪かったね。スケアが勝手に付けて」
「……これって何かマズイのか?」
するとカカシは眉をしかめ、「まずくはない。でも……」と言い淀んだ。
「スケアのエナジーを埋め込んであるから、人間界に戻った時にそっちにいる魔物が興味を持つかもしれない。いずれ薄まるから大丈夫だとは思うけど、イルカの意思を確かめずに付けて悪かった」
まるで自分の身内が何か粗相をしたかのような言い方だ。
思いきって二人の関係を聞こうとイルカが口を開くと、カカシの指が伸びてきて傷痕に触れた。
そこからじわりと熱が生まれ、皮膚の表面から奥へと染み込むような感触が広がる。
「今俺が考えてること分かる?」
「え? う~ん、さっきのシチューをもっとおかわりしたかったなぁとか? ……そんなん超能力者でもないのに分かる訳ないじゃん」
「それはイルカが今考えてることでしょ」
カカシがふっと目元を緩めて微笑った。
「今のは分かったよ。コイツ食いしん坊だな、だろ」
イルカが口を尖らせると、カカシは肩を揺らして笑い始めた。
いつも無表情か眠そうな顔しかしていなかったカカシの笑顔に、胸がどくんと跳ねる。さっきの驚いた時とは違う跳ね方な気がするが、その笑顔はイルカの心を強く捉えた。
「……もっとそうやって笑えばいいのに」
思わず口にすると、カカシが首を傾げる。
「カカシは笑ってた方がいいよ。その方が、えっと……可愛い?」
「なんで疑問系なのよ。それに、か、可愛いとか褒め言葉じゃないし」
「他にぴったりくるのが思い付かなかったんだよ」
カカシは不満そうにぶつぶつ言いながら後ずさったが、耳がほんのりと赤く染まっていた。
魔物でも照れると赤くなるんだなぁとイルカがぼんやり眺めていると、何かを思い出したのかカカシが「あ」と声を上げた。
「今夜も魔染めしなきゃと思ってたけど、思ってたより元気そうだから明日でも大丈夫だね。スケアと交合したからかな」
少し考えて『こうごう』の意味が理解できると、イルカは「え、わ、なんで?!」と自分の身体を抱きしめて無意識に防御の体勢になった。
「そりゃ分かるよ。イルカの中からスケアのエナジーを感じるからね。じゃあ明日また、おやすみ」
そう言うとカカシは部屋を出ていった。
一人残されたイルカは、どこかからスケアの匂いでもするのかと自分の匂いを嗅いだりしていたが、たまらなくなって「うわぁぁあああ」と叫びながらベッドに走ってダイブする。
枕に顔を埋めてうー うーと唸っていたが、ふとカカシの言葉を思い出した。
部屋に来たのは魔染めをするためだったらしい。すると『明日また』とは挨拶ではなく、例の行為のことを言うのではないか。
夕べは意識がはっきりした時には既に始まっていたし、眠ってしまったのか意識を失ってしまったのか終わった記憶も無かった。
だが今度は違う。
魔界の瘴気に身体を馴染ませるためとはいえ、これから何をするか、されるのかはっきり分かった状態でしなければならないのだ。先ほど可愛らしく耳を赤くしていた、あのカカシと。
イルカは足をばたつかせ、枕にうー うーと唸ってをいつまでも繰り返していた。
次の日はスケアとサスケと連れ立って、城下の朝市へと顔を出してみた。
普段はサスケやコック達が仕入れに行くらしいのだが、スケアが街の様子も見られるし面白いよとイルカを誘い、一緒に行くことになったのだ。
大通りの両脇には様々な露店が並び、子供から大人まで一様に声を張り上げて売り買いをしている。
「ずいぶん賑わってるんだなぁ!」
「ここはテンゾウの領地だからね。珍しい野菜や植物や薬草がいっぱいあるから、色んな所から買い付けに来るんだよ」
オレンジ色をした大きなキャベツのような野菜を前に、サスケが店主と交渉していた。
薬草屋の軒先に吊るされた喋る草が面白くて眺めていると、店主が「おや、人間だよ珍しい。何かお探しかね? この水魚草なんかどうだい?」と声をかけてくる。
人間と言われたことにどう答えるべきか迷っていると、スケアが横に並んで「イルカが人魚になったら綺麗だろうね」と代わりに答えた。
「人魚になれんの? 面白そう!」
「ほんの少しの間だけだけどね。水系の力が使えない魔族用なんだよ」
「へぇ~、魔法って何でもできる訳じゃないんだなぁ」
「そりゃあね」
スケアが苦笑した。
魔力を使えるといっても、属性や階級など色々と制約があるようで万能ではないらしいと、イルカは認識を改めた。だがよく考えたら、人間を蛙に変えたり杖から放った火の玉で攻撃したりなど、魔法らしい魔法を誰かが使っているところは見てない気がする。ビックリ人間みたいな火を吐く男――カカシの幼馴染みのオビ何とかというのはいたが。
乾燥させた水魚草の葉を買っていたスケアにそれを言うと、スケアは声を上げて笑った。
そして声を潜めてイルカに耳打ちする。
「真っ先に体験してるじゃない。ほら、カカシと」
真っ先にカカシと体験したことを思い出したとたん、カカシの「明日また」という言葉が甦った。
突然真っ赤になって唇を噛みしめたイルカに、スケアが怪訝な顔を向ける。
「そんなになるほどのことだった?」
「ぇあ? うんっ、いや違うけど! 何でもない!」
くるりと背を向けたイルカに、何かがドンとぶつかった。
「あっ、すみません!」
「俺、いや私の方こそすまな……すみません。買い出しは終わりました、スケア様」
イルカとぶつかったのはインパラだった。インパラにしては黒っぽいし、言葉を話してはいるが。
だがその喋り方と内容は――
「もしかして、サスケ君?!」
「そうだ、です。この姿の方がたくさん運べるし、速いので」
インパラといってもまだ成獣ではないのか、体格も小さめで角も短い。
背の振り分け籠には野菜や肉類が詰め込まれており、首からは財布が下がっている。すらりとした体躯に不似合いともいえるピンクの財布を下げたおつかいの姿が可愛らしくて、イルカは思わずサスケの頭を撫でてしまった。
サスケは相変わらずそっぽを向いているが、イルカの手を避けずおとなしく撫でられていた。
するとスケアがイルカの身体を抱き込んで、インパラから引き剥がす。
「じゃあサスケは先に帰ってて。僕たちはゆっくり帰るから」
「またスケアは……サスケ君、気を付けてな!」
「分かりました。それでは」
インパラの姿をしたサスケはちょこっと頭を下げ、身軽に駆けて去っていった。
「なぁスケア、あれも魔法?」
「ううん、魔法っていうかもう一つの姿かな。魔力の高い者ほど人型をとるんだよ。普段はその方が場所を取らないし省エネだからね。逆に低すぎると人型はとれないから、獣型のままか獣の部分がどこかに残るんだ」
それを聞いてイルカの脳裏に浮かんだのは、カカシの獣のような脚だった。
魔染めをできるほどの力を持っているのに、獣の部分を残した魔物。そのちぐはぐさは何故なのか。
それを考えていたら、あることに気付いた。
もしかしたらスケアも何か他の姿になれるのではないか、と。そう訊ねてみると、スケアは悪戯っぽく笑って片目を瞑った。
「ふふっ、それはまだナイショ」
二人でのんびりと城に戻ると、ちょうど昼食の時間だった。
今度は中庭のガゼボで、スケアとカカシと三人での食事になった。
イルカがちらちらとカカシの脚を盗み見てしまったのはやむを得ないだろう。普段はカチカチと爪音を立てて歩くのに、時としてとても静かにイルカのそばに忍び寄る、獣の脚。
形状から何の動物か判断できないかと、イルカは気もそぞろに足元ばかりを見ていた。
「……何? 今さら人の脚ばっかり見て。気持ち悪いの?」
「や、ごめん、違うよ!」
「カカシが何の獣型か気になるんじゃない? イルカは動物好きみたいだから」
スケアがくすくすと笑う。
「なんだ、そんなこと。……じゃあ教えない」
「えええ~! カカシもかよ……」
イルカは肩を落とすとがっくりと下を向いてしまったので、カカシがうっすらと微笑んだのは見逃してしまった。
昼食が済んだあと、「午後はのんびりしてて」とスケアに言われたので、イルカはそのまま中庭を見て回っていた。
庭師が剪定しているところで少し話し込んだりしているうちに、彼の首に巻かれたタオルを見てふと昨日の泉でスケアが干していたハンカチのことを思い出した。
あのハンカチはまだ干したままになっているのではないか。
泉は近寄らなければ大丈夫だろうとイルカは判断して、散歩ついでに取ってきてあげようと庭師に別れを告げ、城の門へと向かった。
記憶を辿って歩いていき、揺れる木々と挨拶を交わしてしばらく進むと泉の畔に着いた。
低い位置に伸びた枝にハンカチはまだ掛かったままだったので、それを取って畳むとポケットにしまう。
するとバサバサと羽音が響き、辺りが暗くなった。
もしかしてあの白い烏がまた来たのかと、イルカは「クロ?」と呼びかけて見上げると。
「俺はそんなチンケな名前じゃないぞ。オビラプトゥールだ、人間」
赤黒い竜が舞い降り、火の粉が弾ける長衣をまとった人へと姿を変えた。
「あ、すみません、スケアの使い魔の烏と間違えて……オビ、オビトールさん」
「オビラプトゥールだ!」
がっと開いた口から炎を吐いて、オビラプトゥールが吼えた。
イルカは慌てて飛び退くとハンカチを干してあった木の陰に隠れ、そっと顔だけ出して話しかける。
「えっと、それはちょっと言いづらいかなって……人間にはない、格好いい名前だから」
「格好いい……そうか、そうだな、人間にはこんなイカした名前はないからな。それじゃしょうがないな、お前は許してやろう」
とたんにうんうんと頷いて機嫌の良くなったオビラプトゥールを見て、イルカは内心単純で面白い魔物だなぁと思ったが、顔には出さないように気を付けた。
するとオビラプトゥールは辺りを見回し、空気の匂いを嗅ぐような仕草をした。
「人間……イルカといったか。今日はアイツは一緒じゃないのか?」
「アイツ? カカシのことですか?」
「カカシもだ。スケアと二人。せっかく今日はうちの銘酒を手土産に持ってきてやったのに、どっちもお前と一緒じゃないのか。……ほぉう、ふむ。これはいいぞ」
その言葉によく見ると、オビラプトゥールの手には酒瓶が握られていた。
瓶の中で青い炎が揺らめいている不思議な酒だったが、それよりもオビラプトゥールの顔に浮かんだ不穏な笑みの方がイルカには気になった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るので……二人とも城にいると思うから、どうぞお先に」
「いや、一緒に行こうぜ。ただし、行き先は俺の城だ」
いつの間にか背後に立っていたオビラプトゥールが、イルカの身体を抱え込む。
「ちょっ、離せ!」
「手土産を持ってきてやったんだから、俺も手土産を貰ってくとしよう。うまくいけばアイツと闘り合えるかもしれん……」
そう言うとオビラプトゥールは酒瓶を投げ捨てて竜の姿に身を変え、イルカを軽々と掴んで空へと飛び立った。
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