【Caution!】

こちらの小説は全て作家様の大切な作品です。
無断転載・複写は絶対に禁止ですので、よろしくお願いします。
★エロし ★★いとエロし!
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こちらは如月の既刊『いいこ、いいこの子守唄』のスピンオフ小説です。
死の森に生息するクロキバオオカミの乳飲み仔を、イルカ先生がカカシさんと協力して同居しながら育てるというお話の続き、というか合間に起きたことです。
いいこいいこの本やサンプルを読まなくても問題なく楽しめると思うので!
気になる方は既刊のサンプルをどうぞ! pixiv
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当作品はスピンオフ小説のためネタバレに近い描写もありますが、ご了承の上お読みくださいませ。
予習したい方もそうでない方も心の準備はよろしいでしょうか?
それでは物語へどうぞ!





 イルカ先生の口寄せ



 ポンポが居なくなって数年。
 互いの喪失感を埋めるように共に暮らし、今ではカカシにとってイルカは唯一無二の人になっていた。
 二人が共に暮らし始めて何度目かの夏が過ぎ、木ノ葉の里に冬が近付いた頃、演習場の近くで一匹の仔犬が保護された。
 雪のように真っ白い毛と赤い目が可愛らしい仔犬は、まだ目が開いて間もない乳飲み子だった。
 近くに親犬も見つからず、ひとまず犬塚家に引き取られたが、その仔犬は犬ではなかったのだ。


 任務帰りでくたびれたカカシは、任務受付所でお目当てのイルカに会うことができず、この日は少々落胆していた。
 同じ家に住んでいるのだから、帰宅すれば会えるのだが、せっかくだから帰りに一緒に飲みに行こうと思っていたのだ。
 任務帰りのささやかなご褒美に、昔なじみが開いた居酒屋にイルカを連れて行こうと思っていただけに、少し残念な気分だった。
 一度帰宅してから出直すのも億劫で、今夜は諦めるしかないなとため息をついた時だった。
 ギャーギャーとけたたましく鳴く鳥の声に、カカシは思わず顔をしかめる。
 任務受付所の窓ガラスの向こう側から飛び込んで来たのは、うるさい鳴き声に反して尾の長い可愛らしい小鳥だ。
 小鳥はカカシを見つけると、頭をつつき始める。
「あー! もうっ! 分かったてば! いい加減にしないと、今度こそ本当に焼き鳥にするからね!」
 小鳥はカカシの脅しなど怖くないと言わんばかりに、散々カカシの髪をボサボサにすると、入って来た時と同じ窓から外へと飛んで行ってしまった。
「はぁ……勘弁してよ、もう。綱手様の呼び出しなんて、ろくな事じゃないでしょ」
 先程の小鳥は綱手の式鳥で、呼び出しに応じろという命令だった。
「人使い荒すぎるんじゃないの?」
 ブツブツ文句を言いながらも、カカシの足は火影執務室へと向かう。
 さすがのカカシも、里長の呼び出しを無視出来なかった。


 また任務に駆り出されるのかと、憂鬱な気分のまま火影執務室のドアを開けたカカシは、執務机に付きながら真っ白い仔犬に哺乳瓶を咥えさせている綱手の姿を見つけて、眠そうな目も一気にパッチリと開いてしまった。
「どうしたんですか? 綱手様」
「どうしたもこうしたもないよ。ミルクを飲ませているんだよ」
「いや、それは分かるんですが……」
 何故綱手が仔犬にミルクを飲ませているのか?
 (綱手様って、犬好きだったっけ?)
 剛腕な女傑が哺乳瓶片手に格闘してる様子に、カカシも呆気に取られてしまった。
「カカシ、この子を預かってくれないか?」
 思わぬ言葉にカカシは咄嗟に返事が出来ない。
「……いや……預かれって……無理ですよ。任務が立て込んでますし。だいたい乳飲み子じゃ、離乳するまで付きっきりで世話しないと。俺よりも犬塚家に預けた方が良いと思いますよ」
「犬塚が無理だったから、お前に頼んでいるんだよ」
「犬塚家が無理だった?」
 木ノ葉の里で犬の飼育に関しては、犬塚家が1番秀でている。獣医もいるし、忍犬育成の名家だ。そんな犬塚家が無理とは一体どういう事なのか?
「この子は犬じゃないんだ」
 綱手の言う意味が分からず、カカシは首を傾げる。
「犬じゃないって……だったら何なんですか?」
「クロキバオオカミだよ」
 (クロキバオオカミ!)
 驚いたカカシは呆然としてしまう。
 (ポンポ……)
 クロキバオオカミと聞いてカカシが思い出したのは、イルカと二人で親代わりになって、大事に育てたクロキバオオカミのポンポだった。
 可愛い盛りに突然手元から引き離された、ポンポの姿が目に浮かんで、カカシは黙り込んでしまう。
 我が子のように可愛がっていたイルカの、悲しみに暮れた姿も同時に思い出し、カカシは悲痛な顔を浮かべた。
「この子は犬塚家に預けられたんだが……ちょうど出産したばかりの母犬がいて、その子に育てさせようとしたんだよ。でも拒絶されてしまったんだ。面倒見の良い母犬が受け入れないのはおかしいと、詳しく調べたんだ。そこで初めてこの子がクロキバオオカミだと分かったんだよ」
「……白いクロキバオオカミなんて、聞いたことがありませんよ。間違いなんじゃないですか?」
「間違いない。この子はね、アルビノなんだ」
「アルビノ?」
「先天的色素欠乏症だよ。だから被毛は白く、目の色も赤い。クロキバオオカミ特有の黒い牙も白いんだ。この子はおそらく親に捨てられたんだろう。野生動物は、育たないと分かっている子供は、捨ててしまう。それが自然の摂理だからだ。本来なら死んでしまうところだが、人里で見つかったお陰で、こうして命を繋いでいる。貴重なクロキバオオカミの子を、手に入れたのも縁があっての事だろう。どうだ、育ててくれないか? クロキバオオカミの子を育てた経験があるのは、お前とイルカだけだからな。この子を頼めるのは、お前達しかいない」
 いくら里長である綱手に頼まれても、カカシには即答出来なかった。
 (またあの別れを、イルカ先生にさせるのか?)
 ポンポを突然失った喪失感からイルカが立ち直るまで、どれだけの時間がかかった事か……
 (もうあんな悲しい思いをさせたくない)
「申し訳ありませんが、お断りします」
 即答したカカシに、綱手はフッと小さく息を漏らした。
「仕方がない。ならばこれは任務だ。お前とイルカでクロキバオオカミの子供を育てろ」
「なっ……それはちょっといくらなんでも……横暴じゃないですか? 綱手様らしくない!」
「まぁ……任務というのは言い過ぎだが……お前が何を躊躇してるのか位、分かってるよ」
 (一体俺の何が分かると言うんだ?)
 カカシは思わずそんな反発心が湧いてしまう。
 綱手に悪気はないのは理解している。でも……大事な部分に触れられた気がして、カカシは不愉快に感じてしまったのだ。
「お話はこれだけですか? 用が済んだなら、帰ります」
 踵を返そうとしたカカシの元に、綱手が慌てて近寄って来た。
「忘れ物だ。持っていけ」
 ヒョイと抱き上げた子狼を手渡され、カカシは咄嗟に受け取ってしまった。
「なっ! 俺は断りましたよね?」
「カカシ。この子は居なくならないよ。お前達が大事にしてやれば、ずっと側に居てくれる」
「……え!?」
「この子には帰る場所はないんだ。親元に返す事も出来ない。イルカに寂しい思いをさせることもないんだよ。どうしても嫌だと言うなら、その時は考えるしかないが……まずはイルカと会わせてみたらどうだ?」
 ニコニコと悪気ない笑みを向けられて、カカシは言葉に詰まった。
 綱手は哺乳瓶に粉ミルクの缶、お尻ふき、離乳食の缶等、子狼に必要な物を纏めて袋に入れると、強引にカカシに手渡す。
 こうして綱手に押し切られる形で、カカシはクロキバオオカミの子供を再び預かることになってしまったのだ。


 カカシが自宅に戻ると、庭でくつろいでいた忍犬達が早速カカシの元へと集まってきた。
「どうしたんじゃこの子は?」
「うわ〜クロキバオオカミの子供だ! 懐かしい」
「ポンポ思い出すね」
 ワイワイ賑やかな忍犬達は、寄ってたかってカカシが腕に抱く子狼の様子を覗き込む。
「ちょっと、ちょっと。寝てるんだから、起こさないの」
 カカシは慌てて懐に子狼を隠した。
「よくこの子がクロキバオオカミって分かったね? こんな真っ白いのに」
 カカシの問いに忍犬達は自慢げに鼻で笑う。
「そりゃ臭いで分かるじゃろ。犬と狼じゃ全く違う」
「体つきもさ、全然違うよね」
「毛の質もね。目元の鋭さとかさ~」
「顔の作りだって違うよ」
「そんなものなの? 俺にはさっぱり分からないけど」
 子狼を覗き見て、やっぱり違いが分からないカカシは首を傾げる。
「カカシは人間だから分からんのじゃ」
「そうそう。人間だから」
「……お前達がそう言うなら、そうなのかもね」
 (まぁ、そういう事にしておこう)
 犬塚家の犬がこの子狼を受け入れなかったのも、人間には分からない犬ならではの見分け方で分かったからなのだろう。
 犬の世界はカカシにも理解出来ない、不思議な物があるのだ。
「それで、どうするのじゃ? その子供」
「ポンポみたいにうちで預かるの?」
「久しぶりの子狼だから、遊ぶの楽しみ」
 忍犬達はすっかり、カカシがこのクロキバオオカミの子供を、育てるのだと思っているようだ。
「いや……まだ……分からない」
 犬塚家の犬と違って、クロキバオオカミの子供を、忍犬達が受け入れる気満々なのは頼もしいが。
「イルカ先生に聞いてみないと……」
 歯切れの悪いカカシの背後で、突然イルカの声が聞こえた。
「呼びました?」
 思わず飛び上がりそうになったカカシを、イルカがニカッと笑いながら、いたずらが成功したと言わんばかりに眺めていた。
「もー! 帰って来たなら、教えてよね。びっくりしたじゃない」
 恨みがましくカカシが見つめると、イルカがほんの少しだけ申し訳なさそうに、ポリポリと指で頬を搔いた。
 だがカカシの懐で眠る子狼を見つけると、目を輝かせる。
「うわ〜、その子がそうですか? 本当に真っ白なんですね!」
 まるでイルカは最初から、子狼の存在を知っているような口ぶりだ。
「可愛いな。触っても良いですか?」
 カカシが子狼を手渡すと、イルカは慣れた手つきで腕に抱いた。
「先生、もしかして知ってたの? その子の事」
 カカシの疑問にイルカは頷く。
「綱手様から事情は聞いています。カカシさんと二人でまた育ててほしいって、お願いされました」
 綱手はカカシだけではなく、イルカにも話を通していたのだ。
「先生は……何て答えたの? 俺は……貴方の気持ちを尊重するよ」
 カカシの問いにイルカは一瞬遠い目をした。
 イルカが何を思い出したのか、痛いほどカカシには分かる。
 あの夏の日、気持ちの整理もできないまま、突然失ったポンポとの日々を、きっとイルカは思い出したのだ。
 初めから別れが来るのは知っていた。
 でも……心の準備ができないまま、別れを迎えてしまうとは、カカシだって知らなかったのだ。
 忍びと言う家業をしていれば、突然の別れには慣れっこの筈だったのに。
 子供のように慈しんだポンポとの別れは、忍びとしての覚悟を持っていても、身を引き裂かれるような悲しみだった。
 何よりもカカシが辛いと思ったのは、悲しみと寂しさを必死に隠して、立ち上がろうとしているイルカを、ただ見ている事しか出来ない日々だった。
 (芯の強いこの人は、自力で立ち上がったけれど……先生が悲しむ姿は、やっぱり見たくない)
 イルカが無理だと言うのなら、カカシはこの真っ白いクロキバオオカミの子供は、綱手に返すつもりでいた。
「俺は……育てますって言いましたよ」
 子狼を大事に抱えながら、イルカはニカッと笑う。
「父ちゃんと母ちゃんがいないって知ってて、放り出せませんよ。帰る場所がないのなら、俺がこの子の親になってやります」
 はっきりとそう断言したイルカに、カカシは驚きと同時に何故かとても納得してしまった。
「やっぱりイルカ先生は……」
 途中まで言いかけて、口をつぐんでしまったカカシを、イルカが不思議そうに見つめている。
 (愛情深いこの人は……やっぱり受け入れちゃうんだな)
「先生がそれで良いなら、俺もそうします。これからまた忙しくなるけど……俺も協力しますから」
 カカシが反対すると思っていたのか、イルカはほっと安堵の表情を浮かべると、子狼を優しく撫でる。
「名前つけてやらないとな。この子、ウサギみたいですよね。フサフサの真っ白い毛に、真っ赤な目だから」
「確かにそうだね」
 ポンポに名前を付けた時も、タヌキみたいだと言っていたイルカを思い出して、カカシの頬は緩む。
「ウサギなんてどうですか?」
「ウサギ⁉」
 クロキバオオカミの子供にウサギ。
 相変わらずイルカのセンスは独特過ぎて、カカシは思わず驚いて苦笑した。
「あ〜いや……良いんじゃない? 先生が気に入った名前でいいと思う」
「じゃあ、ウサギで。ウサギ、良かったな~。今日から俺とカカシさんが父ちゃんだぞ。もう寂しくないからな~」
 ニコニコ微笑むイルカが嬉しそうなので、カカシは「まぁ、良いか」と笑みを浮かべた。


 クロキバオオカミの子供を迎え入れて数日。
 カカシとイルカの日常は、まるでポンポがいた頃のように、賑やかなものになっていた。
「ウサギ。チュッチュ上手になったな~」
 哺乳瓶片手に、ウサギに仔犬用ミルクを飲ませるイルカの手つきは慣れたもので、ポンポに初めてミルクを飲ませた頃のような、ぎこちなさはない。
 その様子は微笑ましく、カカシの心も穏やかになった。
 ウサギを迎えた事で、イルカがポンポを思い出して、泣いてしまうのじゃないか?
 そんなカカシの心配は、杞憂だったようだ。
 (イルカ先生はもともと愛情深い人だから。ウサギのお陰で、癒されているのかもしれないな)
「あ、カカシさん! ウサギのお尻から虫が出てきました!」
「先生、虫下し飲ませないと」
 カカシは戸棚から犬用の虫下しを取り出す。
 イルカに手渡すと、器用にミルクに混ぜてウサギに飲ませていた。
 (ポンポのお尻から虫が出てきた時は、驚いて大騒ぎだったのに)
 今の頼り甲斐のあるイルカに任せておけば、きっとウサギも立派に育つだろう。
 (アルビノっていう点だけが、心配だけど……)
 アルビノは色素欠乏症で、被毛の色が白くなる他にも、視力も悪いらしい。
 (ウサギの親が育児放棄したのは、目の悪い子狼では死の森で生き残れないと判断したのかもな……)
 死の森の生態系の頂点に君臨するクロキバオオカミであっても、弱い個体は淘汰される。
 それが自然の摂理なのかもしれなかった。
 ウサギの親が演習場という、人間に見つかる恐れがある場所に、わざわざ連れてきてウサギを捨てた事が、カカシにはどうしても引っかかる。
 (もしかしてポンポが、母狼に教えた?)
 人間にも信頼できる者がいると。
 (先生の元に託される可能性を、みこしていたとか?)
 もしそうなら嬉しいと、カカシは純粋に感じてしまった。
 離れていてもポンポと繋がっている。
 そんな気がしたのだ。


 日々順調に成長しているウサギだったが、月齢に対してポンポよりも小さいのが、カカシには気になっていた。
「カカシさん、ポンポってもっと大きかったですよね?」
 あっという間に大きくなったイメージの強いポンポは、初めの頃は柴犬の成犬位の大きさだったのだ。
 だがウサギは、中型犬の仔犬位の大きさしかない。
 育てるには楽な大きさだが、イルカも心配しているようだった。
「もう少し様子をみてみよう」
 アルビノという事もあって、ウサギは他にも何か遺伝的疾患を抱えているのかもしれない。
 そんな不安が一瞬よぎったが、カカシはあえて口にはしなかった。
 (先生を不安にさせたくないからな……)


 ウサギは普段イルカが主に世話をしていて、アカデミーや受付では、同僚の職員達が、代わる代わるミルクを飲ませてくれているらしい。
 たまに里内待機という名の休日は、カカシの出番だった。
 肩掛けのスリングにウサギを入れて、カカシは上忍待機所へと向かった。
 こうしていると、ポンポを抱いていた頃を思い出す。
 (ポンポを抱えて味噌汁を作った事もあったな)
 母狼を恋しがるポンポを、イルカと二人であやしたり、ポンポはまるで小さな子供のようだった。


 上忍待機所でウサギを抱えたまま、カカシはソファーに腰を下ろすと、イチャパラを読み始める。
 ウサギは大人しい子で、無駄吠えをしない利口な子狼だった。
 たぶん本能的に、身を隠す習性がクロキバオオカミにはあるのだ。
 小さいクロキバオオカミの子供であっても、自分の存在を知らせる事は、外敵を呼び寄せると知っているのかもしれなかった。
 そんなウサギとの静かな読書タイムは、綺麗な女性の声でかき消された。
「あら、カカシ。可愛い仔犬連れてるのね。忍犬にするの?」
 イチャパラから顔を上げると、そこには黒髪の美貌のくノ一、紅がいた。
「真っ白で綺麗な子ね」
 紅は興味深そうにウサギを覗き込む。
「触っても良い?」
 カカシは一瞬考えたが、「良いよ」と紅にウサギを預けた。
「ふわふわでまるでぬいぐるみね。可愛い。ねぇ、名前は? シロちゃんとか?」
「ん~ウサギだよ」
「ウサギ⁉」
 さすがの紅も、予想していない名前だったようだ。
「ウサギ? 犬なのに?」
「そう、ウサギ。ウサギみたいでしょ? その子。イルカ先生が名付けたの」
「イルカ先生がね……確かにイルカ先生らしいかも」
「そうでしょ? やっぱり紅もそう思う?」
「そうね〜。独特のセンスよね、イルカ先生。そこが良いと思うわ」
「やっぱり紅は話が分かるねぇ~」
 思わずカカシは相好を崩した。
「あのさ、俺とイルカ先生が、里を離れなきゃいけない時があったら、紅にウサギ預けても良い?」
「良いわよ」
 紅はあっさり承諾してくれた。
「それで、いつ預かれば良いの?」
「あ、いや。もしもの時の話」
 ウサギがクロキバオオカミの子供だと、もちろん周囲には秘密だ。
 希少なクロキバオオカミだ。生態もまだ解明されていない。
 そんなクロキバオオカミの子供だなんて知られたら、ウサギの身が危ない。貴重な生き物はそれでなくとも、存在そのものが金になる。
 ウサギの保護者であるイルカだって、危険に巻き込まれるかもしれないのだ。
 そう考えた時、イルカとウサギを守る味方は、一人でも多い方が良い。
 (きっと紅なら、力になってくれるだろう)
「この子、内緒なんだけど……クロキバオオカミの子供なのよ」
「え? クロキバオオカミ?」
 紅は驚いたのか、慌てて声を潜める。
「なんでそんな貴重な動物、あんたが飼ってるのよ?」
「ウ~ン、綱手様に頼まれたのよ。俺とイルカ先生で育てて欲しいって」
 あ然としていた紅だが、なぜウサギを預かって欲しいと言われたのか、理由を察したようだった。
「俺が里を離れている時、イルカ先生の力になって欲しいの。まぁ……何事もないと思うけど」
「分かったわ。イルカ先生には私もお世話になってるし」
 紅の力強い言葉に、カカシも安堵したのだ。


 イルカがアカデミーと兼務している任務受付所は、主に木ノ葉の忍びに任務を依頼し、その報告書を回収するのが業務だ。
 受付係として働くイルカは、カウンターの足元に置いた箱の中にタオルケットを敷き、ウサギを入れていた。
 受付に報告書を提出しに来た忍び達は、イルカの足元でちんまりとおとなしくしているウサギを見つけると、皆微笑む。
 真っ白いふわふわのぬいぐるみのように見えるウサギは、癒し効果があるらしい。
 殺伐とした任務帰りで険しい顔をしていた者達も、穏やかな表情に変わるので、イルカもほっとしていた。
 そんな任務受付所だが、時折忍びとは異なる一般人がやって来る事もある。
 今日訪れたのも、明らかに忍びとは異なる人物だった。
 長い白衣を纏った若い男。
 どことなく医療従事者か、研究者のような雰囲気だ。
 男は真っすぐにイルカの元へと歩いて来た。
「任務の発注ですか? まずはこちらの書類に、依頼したい内容を記入して下さい。内容を精査し、任務難易度と達成時の報酬額を見積もります。詳しいお話は専門の職員を呼びますので、少々お待ちください」
 そう言って席を立とうとするイルカに、男は思わぬ事を口にした。
「この子、クロキバオオカミですよね?」
 一瞬何を言われたのか分からず、イルカは固まった。
「譲って頂けませんか? もちろんタダでとは言いません。ご希望の額を用意しますので」
 男はしゃがみ込むと、ウサギに手を伸ばした。
 ウサギは異変を察知したのか、全身の毛を逆立てる。
「ギャウッ」
 今までイルカが聞いたことのない声を上げて、男に噛み付こうとした。
「おっと、元気が良いね。研究のしがいがある」
 慌てて手を引っ込めながら、男は苦笑いを浮かべた。
「あの……」
「ああ、私は火の国の研究機関に勤めている者です。こちらでクロキバオオカミの幼体が保護されていると聞きまして、お伺いしました」
 男は立ち上がると、イルカに向かって名刺を差し出して来た。
「どうでしょうか? 譲って頂けませんか?」
 名刺には男の名前と研究機関が記載されていた。
 (どうして? なんでウサギがクロキバオオカミだと知っているんだ? 誰にも話していないのに!)
「お断りします!!」
 イルカは差し出された名刺を、勢いよく突き返した。
「この子は売り物じゃありません!! お引き取り下さい!」
 イルカは咄嗟にウサギを抱き上げると、男から庇うように胸元に隠す。
 男はイルカの様子にあ然としながらも、丁寧にお辞儀をした。
「またお伺いします」
 男はそう言い残すと、任務受付所から出て行った。


 空が茜色から群青色に変わりだした頃、いつもよりも早くあうんの門を潜ったカカシは、真っすぐ任務受付所に向かった。
 (確か今日はイルカ先生が受付にいる筈)
 イルカの業務終了まで待って、一緒に帰ろうと、カカシは任務受付所に向かった。
「イルカならもう帰りましたよ。酷く顔色が悪かったんで、帰らせました」
 イルカが座っている筈の席に座っていた男に、カカシが任務報告書を提出すると、そんな思いがけない事を教えてくれた。
 カカシは任務受付所を飛び出すと、家々の屋根を飛び越え、大急ぎで自宅へと向かったのだ。


 自宅の近くまで走って来たカカシは、自宅の電気が付いていない事に気付いた。
 (まだ帰って来ていないのか?)
 カカシは自宅の鍵を取り出すと、玄関を開けようとした。
 だが鍵穴に鍵を差し込むまでもなく、戸は開いてしまう。
 (開いてる……)
「先生? 先生、帰って来てるの?」
 ヒタヒタと廊下を歩きながら、暗い家の中をカカシはイルカを探して歩いた。
「先生……」
 イルカは明かりも付いていない暗い台所で、ぼんやりと流しの前で立ち尽くしていた。
 足元に纏わりついていたウサギが、カカシの姿を見つけて駆け寄って来る。
 お腹が空いたと言わんばかりに鳴くウサギを、カカシは抱き上げた。
 その時になってようやくイルカは、カカシに気付いたようだ。
「カカシさん⁉ お帰りなさい」
 イルカはウサギのミルクを作っている途中だったのか、哺乳瓶を手にしていた。
「大丈夫? 早退したって聞いたけど……」
 カカシは台所の電気を付けながら、イルカに声をかけた。
「ああ、大丈夫ですよ」
 イルカはそう口にしたけれど、疲れているのか、あまり元気がない。
「ウサギのミルクを作ってる途中だったんでしょ? 続きは俺がやるから、居間で休んでてよ」
「ありがとうございます」
 イルカはカカシからウサギを受け取ると、大人しく居間へと向かった。
 (どうしちゃったんだろうね?)
 カカシは手早くウサギのミルクを作ると、人肌に冷まし、哺乳瓶に入れていく。
 出来上がったミルクを持って居間に向かうと、ぼんやりとウサギを抱いたまま畳の上に座るイルカがいた。
「お待たせ」
 カカシはイルカからウサギを受け取ると、哺乳瓶を咥えさせた。
 余程空腹だったのか、ウサギは勢いよくミルクを飲んでいる。
 そんなウサギの姿を眺めていたイルカは、ようやく強張った表情を和らげ、我に返ったようだ。
「すみません、ミルクあげるの遅くなってしまって……」
「いや、これくらい良いんですよ。それより……どうしたの? 何かあった?」
 カカシの問いかけに、イルカはようやく重い口を開いた。
「ウサギを……売ってくれって人が来たんです……」
 思わぬ言葉にカカシは驚く。
「え? どういう事?」
「俺にも分かりません……その人は何故かウサギがクロキバオオカミだと知ってて……」
 (まさか……ウサギの情報が漏れてる?)
「火の国の研究機関で研究したいと……」
 カカシは思わず考え込んでしまった。
 (ウサギがクロキバオオカミだと知れば、欲しがる奴は出てくると思ってたけど……こんなに早く知られてしまうとは……)
 ウサギがクロキバオオカミだと知ってるのは、綱手や犬塚家、あとは紅位だ。今のウサギを見ただけでは、仔犬にしか見えない。見た目だけでは、普通の人間に仔犬とクロキバオオカミの子狼の違いは判別出来ない筈。火の国の研究機関というのも、カカシには引っ掛かった。
 (可能性があるとしたら……)
「これは仮定の話だけど……犬塚家は獣医として、火の国の獣医師組合にも入っていると思うんだよね。定期的に火の国の獣医師と交流してる筈だから、その時に何気なくクロキバオオカミの生態を研究してる者に、話したのかもしれない。あくまでも俺の想像だけど……きっと何の意図もなく」
「そう……でしょうか?」
 それきりイルカは黙り込んでしまった。
 (犬塚家は里の情報を売るような事はしない。世間話程度だったら、誰だってする。でも……そこから嗅ぎ付けた連中がいるなら、警戒した方が良いかもしれない)
「一応、綱手様にも報告しておくよ」
 そうカカシが口にした時だった。
「言わないでください!」
 イルカが悲痛な顔でカカシに訴えてきた。
「綱手様には言わないでください」
「どうして?」
「綱手様が知ったら……ウサギを返さないといけなくなる……」
 イルカは、今にも泣き出してしまいそうな位、顔をクシャリと顰める。
「俺はウサギの父ちゃんですから。どこにもやりたくないんです。だってウサギは……ずっと側に居てくれるんでしょう?」
 (ああ……先生は……今でもポンポとの別れを……忘れられないんだ……)
 ウサギは居なくならない。
 そう信じたからイルカは受け入れたのに、また再び失うのは辛いのだ。
 そんなイルカを見るのはカカシも辛い。
 (先生を悲しませるような事は、したくない……)
「分かりました。綱手様には言いません」
「本当ですか⁉」
「はい」
 ほっと安堵したのか、イルカの表情も和らいだ。
 (どうしたら良いのかね……)
 カカシは後頭部をガシガシと掻きながら、考えこんでしまった。
 まだ幼いウサギには、自分の身を守る事は出来ない。
 (もう少し大きくなってくれれば……)
 今はただウサギの成長を待つ事しか出来なかった。


 1週間程過ぎると、ウサギは乳離れして、離乳食を食べるようになった。
 まだまだ幼い子狼なので、食事は一日に三回から四回に分けて与える必要があった。
 もう少し経てば仔犬用の固形食に移行出来る。
 固形食になれば、食事の世話がぐっと楽になるので、一番手のかかる時期を乗り越えるまで、カカシとイルカの奮闘はもうひと踏ん張りだった。


 この日のイルカは朝から大忙しだった。
 本来なら今日は1日中アカデミーだけだったのだが、事務方の同僚の一人が急遽任務に駆り出される事になり、イルカは授業が入っていない時間、任務受付所で受付係を務める事になってしまった。
 アカデミーと任務受付所がある本部棟を、イルカはウサギを連れて何度も往復しなければならない。
 その度に肩から掛けたスリングにウサギを入れて抱え、両手で書類とウサギの食事に必要な離乳食の缶詰めや、お皿、ウエットティッシュ等、細々とした物を運ぶ必要があって、なかなか手間がかかる。
 見かねた事務方の同僚がウサギを預かってくれる事になったので、イルカは任務受付所にウサギを残してアカデミーに戻っていた。


 アカデミーで午前の授業が終わり昼休憩に入ると、イルカは自分の食事は後回しにして、ウサギに離乳食を与える為、任務受付所に向かった。
「預かっていてくれてありがとう。ウサギは?」
 箱に入って大人しくしている筈のウサギの姿が見えない。
 キョロキョロと周囲を見回すイルカに、事務方の同僚は思わぬ事を告げた。
「さっきイルカが連れてっただろ? ご飯の時間だからって」
「え?」
 怪訝な顔を浮かべたイルカの様子に、同僚も首を傾げる。
「イルカ、冗談はよしてくれよ。さっき来ただろ?」
「いや……いま来た所だ」
「どういう事だ?」
 狐につままれたような同僚の様子に、イルカはサーッと血の気が引いた。
「まさか……」
 (誰かが俺に変化して、ウサギを連れ出したのか?)
 イルカは咄嗟に走り出すと、任務受付所から飛び出した。
 (どこだ? どこに行ったんだ?)
 慌てて通路を走り、本部棟から出ようとした所で、イルカは黒髪のくノ一とぶつかりそうになる。
「すみません」
 イルカが頭を下げた時、くノ一は驚いた顔で赤い瞳を見開いていた。
「イルカ先生じゃない。そんなに慌ててどうしたの?」
 そこにいたのは紅だった。
「ウサギが、居なくなったんです! 俺に変化した誰かに、連れてかれてしまったみたいで……」
「ええ⁉」
 走り出そうとしたイルカを、紅は引き止めた。
「待って、私も探してあげるから」
「探してくれるんですか? ありがとうございます!!」
 イルカは頭を下げた。
 再び走り出そうとするイルカを、紅は押し留める。
「闇雲に探しちゃ駄目よ。カカシにはもう連絡したの?」
「カカシさんには伝えていません。任務中なのに、余計な心配をかけたくないんです」
「イルカ先生に変化してる時点で、相手は忍びって事よ? どんな相手かも分からないのに、突っ込んで行くなんて、馬鹿な真似しちゃ駄目。こんな時こそ冷静になりなさい」
 紅は諭すような口調でイルカに告げる。
「カカシには私が連絡するわ」
 紅は手慣れた様子で、カカシに向けて式を放つ。
「ああっ! 駄目ですよ!!」
「もう送っちゃったもの。諦めなさい」
 シレッと答える紅に、さすがのイルカも根負けしてしまった。


 紅と二手に分かれて、イルカはウサギを探して走り出した。
 忍犬のような臭覚の鋭さがあれば、イルカだって簡単にウサギの居場所を突き止められるのに。
 (カカシさんみたいに、俺にも忍犬の口寄せがいれば……)
 それがイルカには、少し残念だった。
 (こんな時こそ冷静に、落ち着いて考えるんだ) 
 もしも金で雇われた忍びがウサギを連れ去ったなら、どこへ向かう?
 雇い主の所じゃないか?
 そう考えて、イルカは気付く。
 (まさか里外に連れ出されたんじゃ!)
 里外に出るには、必ずあうんの門を通るしかない。
 (あうんの門へ行こう! まだ間に合うはず!!)
 イルカはあうんの門目指して走り出した。


 想像していたよりも早く任務が終わった帰り道、カカシはパックンを伴って、木ノ葉の里へと向かっていた。
 まだ日が昇っている昼日中、急ぐ道中でもない。
 (今日こそ先生と一緒に帰ろう)
 そんなのんきな事を考えながら歩いていると、どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。
 ふと空を見上げると、小さな青い小鳥が飛んでいた。
「ルリビタキか。珍しいね」
 青い小鳥はカカシの姿を見つけると、上空から舞い降りてくる。
「え? もしかして式鳥?」
 青い小鳥はカカシの手元まで降りてくると、紙片に変わった。
「紅から? 珍しいな」
 紙片を広げ中身を確認したカカシの顔色が変わる。
「どうした? 何が書いてあったんじゃ?」
 カカシの変化に気付いたパックンが、問いかけてきた。
「……ウサギが……連れ去られたかもしれない……」
「なんじゃと!」
「パックン、今すぐウサギを探して欲しい‼」
「分かった」
 パックンは砂煙を立ち上げて、疾風のように走り出す。
 カカシは親指を食い破る。
「口寄せの術‼」
 カカシに呼び出されて、七匹の忍犬がカカシの前に現れる。
「お前達、ウサギを探して! 連れ去られたかもしれないんだ」
 ワンッという吠え声を残して、忍犬達は四方に散る。
 カカシは忍犬達に捜索させながら、じっとその場に留まり忍犬からの合図を待った。
「ウォーン‼」
 間もなくして、忍犬の一匹が遠吠えを上げる。
 その声を聞きつけた他の忍犬達も、一斉に声が聞こえた方角に向かって走り出した。
「ウォーン!」
「ワンッ! ワンッ!」
 複数の忍犬達の吠え声が耳に響く。
「見つかったか⁉」
 カカシは吠え声が聞こえる方角に向かって、地を蹴った。


 木ノ葉の里へと続く街道に、忍犬達の激しい吠え声と、唸り声が響いていた。
 カカシが駆けつけると、ペット用のキャリーバッグを抱えた木ノ葉の忍びが、忍犬達に取り囲まれていた。
 その男の顔を見た途端、カカシは一瞬目を疑った。
「あれ? イルカ先生?」
 そこには見慣れたイルカが居て、カカシは思わず眠たげな目もパッチリと開いてしまった。
 だが、すぐにその表情は険しくなる。
 漂ってきた匂いが、イルカとは明らかに違うのだ。
 (こんな変化で俺が騙せると思ったのか?)
「お前……イルカ先生の格好を真似るなんて! 偽物のくせに、さっさと正体を現しな‼」
 カカシが口にしたと同時に、八匹の忍犬達が一斉に偽物に飛び掛かる。
「止めろ!! 助けて!」
 忍犬達に噛み付かれ、のしかかられて、たまらずイルカの偽物は正体を現した。
 そこにいたのは、カカシの知らない男だった。
「カカシ、ウサギは無事じゃ」
 男が抱えていたキャリーバッグの中から、パックンがウサギを解放した。
「キャウッ」
 駆け寄って来たウサギを、カカシは抱き上げる。
「ウサギ。もう、心配したじゃない」
 ベストのジッパーを下げ、カカシは胸元にウサギを入れて大事に抱きかかえた。
「お前……どこかの里の忍び崩れデショ? 誰に雇われたの?」
「知らない! 俺はただその犬を連れて来いとしか言われてない!」
 忍犬達に押さえ込まれ、地面に転がった男が叫ぶ。
「本当に知らないんだ!! あんたが飼い主だったって事も! 写輪眼のカカシの飼い犬だったなんてっ!! 知ってたら手を出さなかったよっ!!」
 涙目になりながら、男は情けない顔で訴える。
「まぁ、いいや。詳しい事は拷問部にでも聞いてもらおうねぇ」
「拷問? 嫌だぁ~!!」
 カカシは腰に付けていたポーチの中から、捕縛用のワイヤーを取り出すと、慣れた手付きで男を縛り上げた。
「ブル、こいつの事運んでくれる?」
 一番体の大きい忍犬の背中に、カカシは男を乗せロープで固定した。
「これで良しと。それじゃ帰るよ。お前達」
 カカシと一緒に忍犬達は一斉に走り出す。
 ドシドシと振動を立てて走るブルの背中で、男は悲鳴を上げていたが、気絶してしまったのか大人しくなった。
 間もなく木ノ葉の里の入り口、あうんの門が見えて来る。
 カカシはあうんの門を潜ると、門番に声をかけ、運んで来た男を拷問部に引き渡すように頼んだ。
「カカシさん‼」
 カカシの姿を見つけたイルカが駆け寄って来た。
 イルカはカカシの胸元でちょこんと顔を出すウサギを見つけると、ポロポロ涙を零した。
「ウサギ‼ 良かった!! 無事だったんだな‼」
 カカシがウサギを手渡すと、イルカは顔をくしゃくしゃにして抱きしめた。


 その日の夜、自宅の寝室で寝転びながら、イチャパラを読んでいたカカシの隣に、ウサギを抱えたイルカがやって来た。
 ウサギを真ん中に、川の字になって寝る準備を始めたイルカに、カカシはずっと考えていた事を話す事にした。
「……ウサギをさ、イルカ先生の口寄せにしない?」
「え?」
 イルカは驚いたのか、毛布を手に抱えたまま固まってしまった。
「ウサギはアルビノで遺伝子疾患だから、ポンポみたいに大きくなれないかもしれないって思ってたんだよね。体が大きければ、子狼でも簡単には手が出せないけど……ウサギはたぶん成長しても、ブル位じゃないかと思う」
 イルカはカカシの言葉を聞きながら、俯いてしまう。
「今回みたいな事がまた起こらないとは限らないし……口寄せ契約さえしてしまえば、どこにいたって呼び出せる。万が一連れ去られても、イルカ先生の手元に呼び戻せるよ」
「でも……それでは……」
イルカは眉を寄せて、深く考え込んでしまってる。
「……ウサギは誇り高いクロキバオオカミです。そんなウサギを、口寄せにしてしまっていいのでしょうか?」
 クロキバオオカミは、死の森の生態系の頂点に君臨する絶対的王者だ。
 口寄せとなり人間に使役されるなんて、王者としての誇りが許さないだろう。
 だがそれは死の森で育ち、生きている者の考えだ。
 ウサギが育つのは、カカシとイルカの側なのだ。
 死の森ではない。
「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかな? 今はまだ子狼だから分からないと思うけど。クロキバオオカミは人間並みの知能があるからね。いずれ大人になって言葉が話せるようになれば、その時ウサギにどうしたいかって、改めて聞けば良い。口寄せ契約はいつでも解除出来るんだから」
 ポンポの母狼も父狼も、人間の言葉を理解し会話する事が出来たのだ。
 きっと今頃はポンポも言葉を話せるようになっているかもしれない。
 ウサギも近い将来、カカシとイルカの言葉を理解出来るようになる。
「迷子防止の術だと思えば良いよ」
「迷子防止か……」
 ようやくイルカは納得出来たのか、和らい笑みを浮かべた。

 
 翌日カカシの立会の元、イルカとウサギの口寄せ契約が行われた。
「ウサギはこれで、いつでも父ちゃんと一緒だぞ」
 イルカの言葉に、ウサギは嬉しそうに「キャウ」と声をあげる。
「大きくなったら、今度はウサギがイルカ先生を守るんだよ」
 カカシの言葉に、ウサギは誇らしげに「キャウッ」と大きく返事をした。

 【完】
 




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ウサギちゃん可愛いイイイイイイイイイイイイ!
キャウって……キャウって……
ベビたんの鳴き声がリアル〜〜〜超かわいい(突っ伏し)
このね、ウサギちゃんっていう名付けのセンスは、いいこいいこのイルカ先生の設定を尊重してくれてるんですよね。
本文長めサンプルでその部分までを読めるようにしてあります。
これね、イルカ先生が相当弱ってますが、いいこいいこの方の結果なんですよね。
自分で書いといて何だけど、先生がここまで弱ることを想定してなくて、そこにも泣きそうになりました。
そりゃあそうだよ、当然じゃん愛情深いイルカ先生だぞ⁈
はやおさんの洞察力SUGEEEEEEE!
あっ、一応ここにも書いておきますが、ポンポも誰も亡くなりませんよ?大丈夫です!紛らわしい書き方してすみません!

あとはやおさんのカカシさん超スパダリ!
4歳差の醍醐味をこれでもかと叩き付けてくれます。
優しくて頼りがいあるカカシさんが読みたくば最果て倉庫さんに行け(予言風)
あとね、何よりもすごいと思ったのが、イルカ先生が自分を父ちゃん呼びできる存在ができたこと。
ナルトも兄のようにと自ら言い、父親代わりに結婚式に出るような疑似親子だけど、疑似なんですよ。
それが最初から飼う前提の仔犬相手なら言えちゃうのか!と感動でした。
あと誘拐犯が写輪眼のカカシって知ってたら手を出さなかったって台詞、こういう水戸黄門の印籠みたいな展開見ると、改めてカカシさんって凄いんだなっていうね!!!
カカイルウウウウウウと叫びたくなります。

はー、いいこいいこの世界観の解像度めちゃめちゃ高くてすごかった。
カカイルにずっと寄り添ってくれるわんこいてくれて、ほんっっっっと嬉しい……
いいこ、いいこの子守唄で私ができなかったことだからね。
はやおさんありがとうだよオオオオオオオ♡