【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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 次の日の夜更け――。
 最上階の石像の前の石床には、カカシの血で大きな魔方陣が描かれていた。
 その中央にはイルカが横たわり、不安げな顔を隠しきれずに古びた魔導書を片手に呪文を詠唱するカカシを見上げている。
 先ほどからカカシは額に汗を浮かび上がらせながら、隙あらばその手から逃げ出そうとする魔導書と格闘していた。
「……旧き者たちよ我とこの人と供物と、動くな! え~と、深き眠りから目覚めし血の贖いを欲する……あっ、こら魔導書!」
 羽ばたくように逃げ出した魔導書は、イルカの胸の上にばさりと落ちた。イルカが慌ててそれを捕まえると胸元に押さえ付け、体を起こして懇々と魔導書を説き諭した。
「あのさ、何か気に食わないんだろうけど、俺たちもどうしてもお前の助けが必要なんだよ。お前はこんなに立派な魔導書なんだから、俺を魔物にするくらい簡単だろ? だから頼む! 俺たちに力を貸してくれよ」
 すると暴れていた魔導書は静かになり、ひとりでにあるページを開いた。
「このページは……!」
 覗きこんだカカシが、書かれた模様のような文字を食い入るように目で追った。
「今まではこんなページはなかった。これは……これなら大丈夫だ。きっと成功する」
 そう呟いて、おもむろにそのページを破り取った。
「イルカ、ここに描かれてるゴブレットの中に、血を六滴垂らすんだ。これは魔導書への供物なんだよ。それが必要不可欠だったんだ。だから北が空いていたのか……」
 興奮して早口に言いながら差し出した紙には、殴り書きのような簡素なグラス状の物の絵が描かれている。
 カカシはイルカの手をとると、「ちょっと痛いけどごめんね」と指先に尖った爪を立てて小さな傷を作った。
 そこから滴り落ちる血をきっちり六滴、絵の中に納めると魔方陣の北の方角にある紋様の上に置く。

 南の紋様の上には、雷黒水晶。
 西の紋様の上には、生え代わった毒蛇の乳歯。
 東の紋様の上には、古の火竜の鱗。

 カカシは魔方陣の外に出て、おとなしくなった魔導書を片手に呪文を滔々と詠唱する。
 最後の一文の詠唱が終わると、カカシの左目に魔方陣が写し取られた。
 それは緋色の魔方陣として眸の中に浮かび上がり、ぐるりと一回りして消える。

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と同時に魔方陣の四方が燃え上がり、陣の円周に青い炎が広がった。その炎が中心に向かって疾ると、再び横たわったイルカに集約し包み込む。
「うわ!」
「動かないでイルカ!」
 その青い炎は熱が感じられなかった。
 だがじわじわと、少しずつ体の内側に向けて『何か』に侵食されている感覚が確かにある。
 イルカがその不快感に耐えてじっとしていると、不意に全身が崩れたような感じがあった。まるでイルカという器が粉々に割れ、中身が液体のように溢れ拡がるかのように。
「……ぁ? カカ、……」
 無意識に助けを求めようとカカシに伸ばした手が、力なく石床に落ちる。
 ――それを最後に、イルカの意識はぷつりと途切れた。

 青い炎の中から自分に向けられた手を見たカカシは、とっさに駆け寄ろうとした。
 するとイルカの体の中心から、一筋の青い光が立ち上った。
 その光は広間の天井を目指し、すうっと伸びていく。
「イルカ……?」
 再びイルカに目を戻すと、イルカの全身は水のように揺らぎ、うっすらと透明になっていた。
「イルカっ!」
 思わず傍に膝を突いて触れようとしたカカシの手が、イルカの髪だったものの中にとぷんと沈んだ。
 慌てて手を引いたカカシは、ほとんど液体となってしまったイルカを呆然と見つめた。
「ああ……イルカ、どうか、どうか……!」
 我知らず頬を涙で濡らしながら、カカシは祈った。
 何に祈ったらいいのかも分からないままに、ただただ祈り続けた。



 ヒルゼンは突然明るくなった窓の外に驚き、ガラス扉を開けてバルコニーへと出た。
 仰ぎ見ると城から一筋の光が天を射し、重い霧に覆われ鬱々としていた空に光が広がっている。
 見上げた頬に何かが落ちて来るのに気付き、雨かとヒルゼンが拭うと指先が濡れた。
 よくよく目を凝らすと、空から落ちてくるものは六花結晶の形をした水滴だった。手のひらを差し出すと、結晶がかさついた掌に落ちて弾け水になる。
 空はますます明るさを増し、六花結晶の雨は降り続けた。
「おお……、おお、カカシ坊ちゃん……イルカ様!」
 数百年ぶりに光差す空を仰ぎ、ヒルゼンはカカシの誕生した雷雨の日を思い出し涙していた。





 カカシは祈り続けた。
 イルカの体から伸びていた光は消え、透明感のある全身は徐々に色を取り戻していた。
 鼻を横切る傷痕が呼吸に合わせて水面のように揺らぐのと、うっかり触れてしまった髪の一部分だけがカカシと同じ白銀になった以外は、元のままのイルカに見える。
 だがイルカは目覚めない。
「霧が晴れて外が明るくなったって、ヒルゼンが言ってたよ」
「綺麗な結晶の雨が降ってたんだって。イルカは水属性なのかもね。早く会いたいなぁ」
「もうじきイルカの誕生日だよ。まぁるいケーキで俺とお祝いするんでしょ?」
「お願い……早く目を覚ましてよ、イルカ……」
 眠り続けるイルカに時折言葉をかけながら、カカシは祈った。
 次の日も、その次の日もカカシはイルカの傍らでうずくまり、ひたすら祈り待ち続けた。





 じっとカカシが見守る中、不意にイルカの胸が大きく上下した。
 あまりにも見つめ過ぎていて、己の願望が見せた幻かと瞬きを繰り返してもう一度見ると。
 今度はふうっと大きく息を吐き、瞼がゆっくりと開いた。
「イル、カ……?」
 何か言おうと開いたイルカの口から、溺れた人のように水が溢れる。
 げほっ、ぐふ、と一通りむせるとイルカは手の甲で口を拭って起き上がった。
「ふう……待たせたな、カカシ」
 その言葉が終わる前にカカシが飛び付いて、慌てて身を引いた。
「もう大丈夫? バシャンってなったりしない?」
 怪訝な顔でイルカが首を傾げるので、儀式中にイルカが水になってしまったことを伝えると、イルカは力強くカカシを抱きしめた。
「大丈夫だよ、心配かけてごめんな。こんなにやつれちまって……」
 カカシは言葉もなく抱き返し、あちこちに触れてイルカの体がちゃんとあることを確認した。それから体を離し、イルカの頬に触れると唇を寄せる。初めは恐る恐る、イルカの柔らかい唇が弾力を持って熱を返してくると、口づけは次第に激しいものになっていく。
「カカシ……泣いてるのか?」
 顔を離したイルカが、カカシの頬に流れる涙を指の背で拭った。
 目の周りは赤く腫れ、痛々しいほどにかさついている。
「ごめん……ごめんな」
 イルカは黒い瞳を潤ませ、瞼や目尻に何度も唇を寄せて舌を這わせた。するとイルカが舐めた場所が、みるみるうちにふっくらと元通りの肌を取り戻していく。
 頬や目元のひりつきが引いたことにカカシが気付き、イルカに問いただした。
「……イルカ、今何かした?」
「えっ、舐めちゃダメだった?」
「舐めてくれたのは嬉しいけど、そうじゃなくて! 俺の皮膚が回復したんだよ」
 イルカはまじまじとカカシの顔を検分すると、「ホントだ……」と呆然と呟いた。
「これはもしかしてイルカの能力じゃないの? 恐らくイルカは水属性だけど、儀式中に光が差したことといい、二十六階層の霧が晴れたことといい……水、水と……光。ヒーリングか?」
 真剣な顔でカカシがぶつぶつ言い出したが、イルカには特に自分が変わったという自覚はなかった。
 自分の手のひらを見ても前と同じに見えるし、頬をつねっても水で出来ている感じはしない。
「なぁカカシ、俺どっか変わった?」
 そう問われてカカシもイルカを下から上まで見回したが、髪の所で小さく声を上げた。
「あ、ごめん、その……たぶん俺が不用意に触ったせいだと思うけど、髪がひと房、俺と同じ色になっちゃった」
「それくらいなら別にいいよ。それだけ?」
「あとは……あ! 鼻の傷痕が水溜まりみたい!」
「えっ⁉」
 驚いたイルカが鼻筋に触れると、傷痕は薄い膜のようなものに覆われて、その下に水を湛えているかのように僅かな弾力があった。
「なんだこれ……」
 指先に伝わる感触が面白くて、イルカは何度もつついていたが。
 壊れてしまいそうで怖いとカカシが止めるので、それ以上弄るのはやめた。
「でも良かった。……本当に良かった」
 カカシが吐息のような声を漏らす。
 イルカが実際どのような魔物になったのかは、まだはっきりと分からない。
 その能力も未知だが、体が成人しているのに本来の幻獣化した姿もとらず、人の姿形のまま魔物になったこともカカシには懸念するところだった。
 前例がない分、何もかもこれからだ。
 魔界ではイルカは今、生まれたばかりなのだから。
「あのね、イルカ。お誕生日おめでとう」
「えっ、今日って五月の二十六日? もう⁉」
「ごめん、今日が何日かは俺も分からないけど……」
 正確なところはカカシも把握していなかった。あとでヒルゼンに聞けば教えてくれるだろう。
 だがカカシの祝った言葉は、その気持ちは、過ぎし年月の繰り返しではない、今日という日のためのものだった。
「でも魔物として生まれたのは今日でしょ?」
「あ、そうか。そういえばそうだな」
 そう言うとイルカは、へへっと笑って鼻の傷痕に触れた。
 カカシはまた傷痕をふよふよと触りまくられては堪らないとばかりに、イルカの手をとって指の背に口づけを落とす。
「我が親愛なるイルカよ、大魔王サタンの火の接吻を免れますように」
「サタンの火の口づけ?」
「これは子供が誕生した時の祝福の言葉なんだ。サタンが火の接吻をした者は冥府に連れ去られると云われててね。それを免れるよう、皆で魔力を籠めた口づけを贈る習わしなんだよ」
 そう言ってカカシは、今度は唇を合わせた。
 まるで口づけが何かの神聖な儀式であるかの如く、啄む合間ごとにイルカ、イルカと囁きかけながら。
「……この祝福を贈る気持ちが、今やっと本当に理解できた気がする。……イルカ。魔物として生まれてくれてありがとう」
 心を込め、気持ちの限りを尽くしたカカシの言葉に、イルカの目から自然と涙が溢れた。
 自分の両親もきっとこんな気持ちでイルカの誕生を祝ってくれたに違いないと確信するほどに、カカシの言葉は真っ直ぐ胸に響いた。
 イルカは両腕を広げてカカシを抱きしめ、その魂までも自分の中に迎え入れるかのようにゆっくりと力を込める。

 ――愛してる

 どちらが零した言葉なのか、同時に紡いだ言葉なのか。
 愛を知った魔物が二人抱き合う姿は、たとえ魔界にあっても神聖で美しいものだった。

「……さあイルカ、ヒルゼンを連れてテンゾウの城に戻って、まぁるいケーキでお祝いしよう。アスタロトもツナデも呼んで」
「オビさんは?」
「う~ん、呼んでやってもいいよ」
 立ち上がり、睦まじく寄り添いながら大広間を出ていく二人の背を、白灰色の石像が見守っている。
 その冷たく硬い表情が、心なしか和らいで見えたことを知る者はいない。



【完】