【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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――そして迎えた魔界大九柱の会合の日。
カカシ、イルカ、ナルト、アスタロトの四人は、第九十九階層の荒涼とした虚無の空間に立っていた。
今回はカカシと封印媒体の少年ナルトに加え、ある意味当事者であるイルカの同伴も許されていた。オビラプトゥールとテンゾウ、イタチは城で待機している。アスタロトは大公爵なのでここに足を踏み入れる資格はあるが、他の者にはない。これもまた厳然たる魔界の序列の現実だった。
「なぁんかさ、何にも無くてつまんない所だってばよ。こんな所に魔王さまがいっぱいいるのか?」
白いドレスシャツ、黒地に金色のラインが入ったベストとジャケットの三つ揃いに身を包み、どこぞの王族の世継ぎのように着飾ったナルトは、口を開けばやっぱりナルトだった。
苦笑したイルカは、おかげで強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
ナルトはつまんないと評したが、この場所はうっかり気を抜くと寂寥感に呑み込まれそうだった。常に誰かに見張られているような強い視線もひしひしと迫り、イルカは我知らずカカシに寄り添う。
「上の方に円い大きな円盤が見えるでしょ。あそこまで飛ぶから、二人とも俺にしっかり掴まって」
カカシが背に漆黒の翼を広げ、二人を抱えるとふわりと飛び立った。
アスタロトはどうやっているのか、特に何も変化のない姿で浮き上がるとカカシに続く。
四人が宙に浮かぶ円盤状の広場に降り立つと、八柱の面々は既に揃っていた。
とはいえ、そびえ立つ柱の上にいるのでナルトにはよく見えないらしく、片手をかざしながら目を細めて上空を見上げている。
「その金髪の子が封印媒体の少年か」
正面に座す首柱バアルが前置きもなく声をかけてきた。
「左様です」
言葉少なに答えるカカシの横で、ナルトが小声でイルカに囁きかける。
「あいつがサタンさまか?」
「俺にも分からんけど、大魔王様ってもっと恐い顔してるんじゃないのか?」
二人の後ろでアスタロトが笑いを噛み殺し、なんとか真顔を保っていた。
「九尾の封印はどうしたカカシ? まさかその辺のガキでも適当に連れてきたんじゃなかろうな!」
五柱プルソンが嘲りを隠さず言い放つと、三柱ベレトと八柱ザガンも疑念を込めて続ける。
二柱パイモンだけがナルトの資質を正確に見抜いていた。
「確かに。出自の定かでない者を九柱に就けるのは感心しませぬな」
「バアル殿、本当にこの少年をカカシの代わりに九柱になさるおつもりか」
「だが魔力はテメェより遥かに高そうだぜ、プルソン」
ナルトを前にざわつく七柱だったが、バアルはその問いには答えず険しい顔でナルトのことをじっと見つめている。
カカシはカカシで何かに気を取られているようで、しきりに辺りの気配を探っているように見えた。
すると突然バアルが立ち上がり、ナルトに指を突き付けた。
「何故この少年は腹に九尾を……! おお、まさか!」
「そのまさかです。ナルトの腹には九尾が封印されております」
目の前のバアルに意識を戻したカカシが事実を告げると、とたんに八柱がパニックに陥った。
いや、二柱のパイモンだけは悠然と寝転んでいたが、他の魔王達はバアルも含め皆結界を張ったり巨大な幻獣の姿に変わったりと恐慌を呈した。
「何のつもりだカカシ! 魔界を再び焦土にする気か!」
口から飛沫を飛ばし目を剥いたバアルに、カカシは真顔で答える。
「滅相もございません、バアル殿。それに、そもそも九尾の災厄は人為的な災厄だったそうではありませんか」
「何だと……?」
その騒ぎの中ナルトは何かクラマと話していたのか、中空を見つめていたかと思うとその目が金色に輝き、突如としてバアルの立つ柱まで一跳びに飛び上がっていった。
「ナルト⁉」
驚いて駆け出そうとしたイルカをカカシが抱き止める。
「いいの、あいつは大丈夫。こないだクラマがバアルに話があるって言ってたの」
「でも!」
イルカはカカシの腕から抜け出そうともがき、やっとすり抜けたかと思うとその姿を人魚に変えていた。
人魚なら空中を泳いでいけると、イルカは必死にナルトの元へと向かった。その後を舌打ちしたカカシが翼を広げて追う。
二人が首柱の上に辿り着くと、へたりこんだバアルにナルトがのし掛かるようにして話しかけていた。
「クラマがさ、爺ちゃんに言ってくれって言ってるんだけどさ、ホントはサタンさまのおもわく? を知ってたんだろ、って」
「な、何のことを言っておる」
「ナルト……? クラマか?」
イルカがナルトの肩に手をかけると、振り向いたナルトの目が金色に光っていた。
「来てくれたのかイルカ兄ちゃん! 俺ってばこの爺ちゃんに用があるから、ちょっと待っててくれよ」
そう言うと、柱の上をずり下がったバアルに向き直って続けた。
「あんたはクラマと戦うふりをしながら、ひたすら身を守ってたなって。サタンさまから何か言われてたんだろ? つーかクラマがお前に叩き起こされたような気がするって……」
「止めよっ! ……分かった、お前の望みは何だ? 首柱の座か?」
災厄の裏側を暴かれたバアルが、疲れ切ったように手を振った。
「そんなもんいらねーよ、俺はただのクラマの伝言係だもんな。とにかく伝えたから、じゃあ、そういうことでよろしくってばよ!」
ナルトが勢いよく立ち上がり、息を呑んで見守っていたイルカとカカシを振り返ってにかっと笑った。
「……クラマの用は済んだみたいだね。さぁ二人とも、下に戻ろう」
カカシはへたりこんだままのバアルに冷徹な視線を投げると、イルカとナルトを抱えて翼を広げた。無闇に飛び回って咆哮を繰り返す五柱プルソンを避け広場に降り立つと、バアルがよろよろと立ち上がるのが見えた。
「皆の者、静まれい!」
バアルの一喝が響き渡り、元々座ったままだったパイモンを除く六柱の動きが止まる。
「この少年は正しく封印媒体の少年であり、よって九柱に就くことを認める」
厳かな宣言に場が静まり返った。
このままだとナルトが魔王になってしまうのではと、イルカがナルトを抱えてカカシを振り仰ぐと、カカシはにこりと微笑んでアスタロトを指した。
すると無言の合図を受けたアスタロトが、カカシの前に出て一礼する。
「恐れながらバアル殿、そのことですが九柱は他に務めるべき者がおります」
そう言って右手を前に差し出すと、今は手の甲を這っていた細長い紋様が大蛇となって飛び出した。
大蛇はアスタロトの前にとぐろを巻くと、かぱりと口を開ける。その大口からぼとりと一人の魔物が地面に落ちた。
「お前は……ダンタリオス! 生きておったのか」
床に転がったダンタリオスは女学生から老人の姿に戻っており、きょろきょろと周りを見渡していたが、バアルの声に慌てて平伏した。
「誠に、その、無頼の輩の襲撃から運良くも命からがら逃げられましたので……今までこやつに監禁され、バアル殿には無事をお伝えする術もなく……」
「な……っ、適当なこと言いやがって!」
ダンタリオスの虚言にイルカがいきり立つと、カカシが大丈夫と言うようにそっとその肩を押さえた。
アスタロトは特に動じた様子も見せず、バアルに向かって頭を下げる。
「偶然にも行き倒れていらしたところを、勝手ながら保護させて頂きました。ダンタリオス様はこうしてお体もおつむりもご無事なご様子。改めて九柱の座にお戻りになりたいとの仰せです」
軽い嫌味を交えたアスタロトの言葉にダンタリオスはハッとしたが、ここで言い返すと九柱から逃げたのを認めることになってしまう。ダンタリオスは憎々しげな目を向けると、アスタロトに倣って頭を下げた。
と、その時。
円盤の上空が突然暗くなり、重苦しく禍々しいエナジーがその場を覆った。
何事かと辺りを窺う一同に、そのエナジーの源に思い至ったバアルの驚愕した声が漏れる。
「大魔王サタン、様……招聘申し上げておらぬはず……何故ここに……?」
上空に現れた漆黒の靄は渦を巻き一ヶ所に凝縮すると、ぼわりとした巨大な頭部の形をとった。
――ォォォォオオオオオオン
地の底から空間全てに反響するかのような重低音が響き渡ると、それは集約し一つの音声となって皆に届いた。
「封印媒体ノ少年ハ イズコカ」
紛れもない圧倒的な波動に、ナルトを除く一同が膝を突き頭を垂れる。
イタチの父フガクはどうやら約束を果たしてくれたらしいと、カカシは頭を下げながら安堵した。
封印媒体の少年との謁見を直接サタンに申し入れた場合、それはバアルに伝わることはないだろうというカカシの読みだった。
前回の召喚の時のバアルも、独断でカカシの九柱就任とナルトの封印解除、そしてイルカをも巻き込んだ下命を出していたようなので、サタンと大九柱間の情報の伝達は必ずしも密にされていないと判断し、その隙を突いたのだ。
サタンの登場のタイミングがうまく合うかも賭けだったが、果たして突然の大魔王の降臨で大九柱は混乱に陥り、皆は思考停止状態になっている。サタンと直接謁見できる立場にないカカシには、その状態で強行突破したいあることがあったのだ。
カカシはこの好機を逃さぬよう、慎重に言葉を発した。
「我が偉大にして唯一絶対なる大魔王サタン様、封印媒体の少年を御前にお連れ致しました」
角の生えた頭部を模した漆黒の靄がゆらゆらと揺れ、その一部分だけが腕のようにぶわりとナルトへと伸びてくる。
それを見たイルカがとっさにナルトを抱きしめたが、ナルトは平然と立っていた。
腕の形をとった靄はナルトの輪郭をなぞるような動きをしていて、イルカはその靄から迫りくる禍々しいエナジーに気が遠くなった。よろりと後ろに倒れかかったところをカカシが抱き止め、ナルトがイルカの前に立ちはだかる。
「あんたがサタン様だろ? えっと、俺がナルトです。よろしくな!」
散々教えた謁見の儀礼がすっぽり抜けた挨拶に、カカシとイルカが焦って「ナルト、違うだろ!」と囁きかけるが、サタンは特に気にかけていないようだった。
「ナルト……クラマモ ココニオルノカ」
「あぁ、俺の腹ん中にいるぜ」
ナルトが両手を広げると靄が腹の辺りをなぞり、また重低音が響いたが、今度は含み笑いのように聞こえた。
どうやら謁見は穏便に済みそうだと判断したカカシは、これを好機とみて上空の方の靄に向かって声を上げた。
「畏れながら大魔王サタン様、ナルトはこの通りまだ幼い子供でございます。よろしければ私の元にてお育て申し上げたいのですが、いかがでございましょう」
カカシの申し出に驚いたイルカが振り向くと、カカシは照れ臭そうに見返してからパチリとウィンクを寄越した。
上空の靄はしばし揺らいで沈思していたようだったが。
「諾」
サタンは一言そう答えるとナルトへの関心を失ったのか、黒靄を茫漠と解き漂わせてその姿を消した。
第九十九階層を覆っていた禍々しいエナジーが晴れ、元々乏しくはあったが荒涼の地にも光が戻る。
その場にいた者たちのほとんどはまだ茫然自失の体で、イルカとナルトだけがカカシを賑やかに問いつめ、嬉しげに抱き付いていた。
その様子を微笑ましく見守っていたアスタロトの足元で、這いつくばったままだったダンタリオスが周囲を窺いながらそろそろと動き出す。
それに気付いたアスタロトがダンタリオスの衣の裾を踏んで留めると、ダンタリオスは短く呪文を唱えた。するとダンタリオスの背後に、突如として八柱の元まで届かんばかりの巨大な黒蟻が現れた。
「うわっ、何だよこれ、でかい蟻⁉」
悲鳴を上げたナルトを庇うイルカをカカシが抱き寄せて、毛羽立った蟻の足を翼で大きくなぎ払った。
巨大な蟻はあごをガシャガシャといわせて、ダンタリオスの衣を踏んだままのアスタロトに襲いかかった。
アスタロトは「面倒なことを」と呟いて蟻をひと睨みすると、今度はその首元から先ほどの大蛇がさらに巨大化して飛び出してきた。大蛇は蟻の上まで伸び上がると鎌首をもたげ、あごを外してかぱりと大口を開けて蟻を呑み込んだ。
そしてアスタロトのドレスの裾からは無数の蛇がダンタリオス本体に飛びかかり、蛇の塊と化したダンタリオスをも大蛇が呑み込んでしまった。
サタン降臨に続くこの一幕に、皆は言葉もなくただ呆然とするばかりだった。
大蛇がするするとアスタロトの体に這い戻り紋様へと姿を変えると、二柱パイモンの少年特有の甲高いからからという哄笑が響く。
「九柱ダンタリオスが死してふりだしに戻ったな。さてさて我が友アスタロトよ、どうすんだ?」
パイモンのからかうような口調にアスタロトは笑みを返し、バアルを始めとする八柱を順に見回した。
「突然ではございますが、八柱の立ち会いの元にてダンタリオス殿はご逝去なされました。よって私アスタロトが九柱の座に就くということで、皆様ご異論はございませんね」
アスタロトの宣言は、現魔王を倒してその座に就くことが認められている慣例に基づいていた。
ましてや八柱の眼前で起きたダンタリオスの反逆と、一瞬でそれを収めたアスタロトの手腕に口を挟む者などいなかった。
満面の笑みで肯定の拍手を送るパイモンに、ようやく立ち直ったバアルが言葉を発する。
「……よかろう。本日より貴君、大公爵アスタロトを魔王として大九柱に迎えよう。正式な通達は追って授受するものとする。封印媒体の少年は……カカシの責任に於いて養育、監督するように」
なんとかそれだけ宣言し、最後の一言だけナルトに忌々しげな目線を送ったバアルは、立て続けの異例な事態にくたびれ果てたようにその姿を消した。
カカシは驚きのあまり立ちすくんでいたが、我に返るとアスタロトに小声で問いかけた。
「……これで良かったのか?」
アスタロトは、面倒なことをと呟いた時には既にこうすることを決めていたのだろう。
追いつめられたダンタリオスの暴走を抑えきれず、カカシに手を出させないために先に倒してしまったのも、そのせいでアスタロトが九柱になるのも想定外の展開で、それが九柱入りを嫌がるカカシのためであることは分かりきっていた。
どう受け止めていいのか分からず戸惑うカカシに、アスタロトは茶目っ気を滲ませた笑みで返した。
「私は魔界で一番人気の『百ソウル金貨のアスタロト』だよ。九柱になるならキミより相応しいだろう?」
「でも……俺のせいでっ」
「気に入らないなら私を倒すといい。いつでも大歓迎だよ」
言葉とは裏腹に、アスタロトの笑みは子を見守るかのようにひどく優しげで。
カカシはぐっと唇を噛みしめ、込み上げてくるものを必死に押さえ付けた
第九十九階層からの帰り道。
アスタロトはパイモンと話があるらしく、三人は先に出立していた。
万事望むように収まったというのに、カカシは浮かない顔だった。
とはいえ獅子のキメラの姿でイルカとナルトを乗せているので、イルカからはその表情はあまり窺えなかったのだが、沈み込んでいることだけは伝わってくる。
てっきりナルトはサタンの元に引き取られるかと思っていたイルカは、カカシがちゃんと今後のナルトの処遇まで考えてくれていたことに驚き、一緒に暮らせるのを喜んでいたが。カカシは別のところで何か落ち込んでいるように見える。
疲れたのか眠ってしまったナルトを抱え、どう声をかけようか迷っていると、カカシの方から話しかけてきた。
「イルカはさ、……俺に魔王になってほしかった?」
急にそう問われ、そういえば一度もカカシが魔王になったところを想像しなかったな、と思い至った。
魔王カカシ。
大九柱の面々は皆威厳があり、あの柱の上に座すカカシを思い浮かべてみたが、少女のような格好をしてアスタロトの友人と言っていた、少年の魔王パイモンみたいにだらりと寛いでいる姿しか思い浮かばなかった。
「う~ん、そうだなぁ。いろんな魔王がいたけど、魔王ってやっぱり怖いもんなんだな。あの中にカカシがいるのは……正直似合わない気がする」
イルカが思っていた以上に魔王は恐ろしかった。
渦中にいた時は気付かなかったが、獣面の魔王の上げる咆哮も巨大な黒蟻の襲撃とアスタロトとの交戦も、そして姿さえ現さず黒い靄だけのサタンも皆映画のようで、現実とは思えないほど恐ろしかった。
あの面々に匹敵する力がカカシにあると言われても、イルカにはいまいちぴんと来なかった。
「そうだね。魔王は恐ろしくて……強い。強いんだよね」
魔力だけが大きくても、それに見合っただけの器が到底足りないことを、今回の一連の出来事でカカシはしみじみと噛みしめていた。
本来の計画では災厄の裏側というバアルの弱味を盾に、サタン降臨の混乱に乗じて現行のまま八柱でいく確約を取り付け、ナルトの引き取りをサタンに願うつもりだったのだ。それがダンタリオスが発見されて危険な取引の必要もなくなり、さらにはアスタロトが自ら身代わりに九柱に就任してくれた。
まさかアスタロトが、カカシのためにそこまでしてくれるなど思ってもみなかった。思えばダンタリオスを探していたのも、恐らくはカカシのためだったことにようやく気付く。
――つくづく自分は弱い。
一人で生きてきたつもりが見えていなかっただけで、こんなにも自分が守られていたことに今さら気付くなんて。魔王相当の力があることに知らず知らず驕っていたのかもしれないと、カカシは深々とため息をついた。
するとイルカが言葉を続けた。
「カカシは強いけど優しいじゃん? ああいうさ、俺は強いんだぜ! ってだけの場所には似合わないだろうな」
「……優しい?」
思いがけないイルカの評価に、疾風の如き翼の羽ばたきが一瞬乱れた。
「優しいよ。自覚なかったのかよ」
ころころと笑うイルカの振動が背に響く。
「ナルトのことをサタン様に頼んでくれたじゃないか。それに嫌がってたのに結局面倒も見てくれてたし、そもそも最初だって俺のこと助けてくれただろ。オビさんに連れ去られた時も、スケアを統合してまで助けてくれたし……」
指折り数え出すイルカに、カカシは気恥ずかしさで逃げ出したくなった。
イルカを助けたのはスケアだったし、それもスケアがイルカに一目惚れしたからだ。ナルトを引き取るためにサタンに直訴するという危険な行為をしたのも、イルカが喜ぶだろうと思ったからで決して博愛の気持ちではない。
「……だからみんなカカシのことがほっとけないんだろうなぁ。カカシは優しいし頑張りやだから、自分も何かしてあげたいって思うんだよ」
イルカの一人言のような呟きに、カカシはひどく驚いた。
まさか自分が周囲からそう思われてるとは、思ってもみなかったのだ。面映ゆさと衝撃と共に、先ほどのアスタロトの子を見守るような態度が甦る。
それこそが守られた自分の弱さを省みて感謝と共に落ち込む原因だったのだが、イルカの言葉で違う側面が見えた気がした。
アスタロトはカカシの助けになれたことに、どこか満足げではなかったか。
自分の厚意が的確に働いた時、人は感謝と満足を得る。
それは決して自己犠牲などではないのだから、厚意を受ける方もその理由を自分の弱さに求めてはいけない。
ただ、相手に感謝の気持ちを示せばいいだけだったのだ。
そしてそれが互いの間を巡り、いつしか絆となっていくのだから。
「あのさ、ナルトとまさか一緒に暮らせるなんて思ってなかった。カカシ、頼んでくれてありがとな」
イルカがカカシの首にぎゅっと抱きつく。その温かさと力強さに、カカシの胸がいっぱいに満たされた。
そう、カカシも喜ぶイルカの顔が見たかっただけなのだから。
「……うん。喜んでもらって良かった」
自分の強さ、弱さに頑なに拘っていた部分が、柔らかくほぐれ満たされていく。
――だが何か足りない気がする。
何か。
イルカは確かナルトを抱えていたはずなのに、今は両腕で抱きついていた。
「ナルトは⁉」
焦るカカシにイルカはあっけらかんと答えた。
「ナルトならさっきから後ろにくっついてきてるよ。なんか飛べる気がするって。カカシが深刻そうだったから言わなかったけど」
驚いたカカシが振り返ると、全身黄金色に輝いたナルトが翼も無しにカカシの後ろを飛んでいた。魔界の白き稲妻と呼ばれるカカシの飛翔速度に遅れることもなく。
「カカシ兄ちゃん! 空飛ぶの面白ぇな!」
「おお、ナルト、お前キラキラしてるぞ! すげぇな!」
イルカも呑気に手を振り、ナルトが手を振り返してにかりと笑った。
これはナルトの魔力なのかクラマのか、定かではないが。
無邪気な二人を見ているうちに、カカシはぐじぐじと悩む自分がなんだか心底馬鹿らしく思えてきた。
――俺にはイルカがいて、笑ってくれてるんだから。それで十分じゃないか。
カカシは二人をもっと喜ばせようと、後ろに向かって声をかけた。
「今夜はここで泊まるから、もうすぐ街に降りるよ。何か美味しい物でも食べよう。第八十三階層はマアレ肉が名物だったかな」
マアレ肉が何だかも分からないだろうに、肉の一言に二人の嬉しそうな歓声が上がる。
食事の時にでも、もう一つ内緒にしていたことを話そうとカカシはひっそり微笑んだ。ナルトに関してサタンの承認が得られるか分からなかったため、内緒にしていたこと。
それはイルカとナルトを連れ、テンゾウの城を出て正式にサクモの城に移り住むことだった。
ヒルゼンに頼み、自分でも色々手配して家臣も秘かに揃えてある。使い魔兼ナルトの遊び相手にサスケを連れて行くことも、既にテンゾウの了承を得ていた。
テンゾウは「カカシ様もたいがい物好きですね」と呆れたように頷いてくれたが、「……ここも寂しくなりますね」と微笑していた。
魔王でも領主でもない無冠の者が城を持つのは気が引けていたが、イルカと新たに生活の基盤を築きたかったのだ。
ナルトとサスケもいれば毎日賑やかで、きっとイルカも寂しくないだろう。カカシとしては賑やかすぎるきらいもあるが。
このことを伝えたら、イルカはまた喜んでくれるだろうか。
相手の笑顔のために何かをするのは、喜んでもらえるだろうかというほんの少しの不安と、喜んでもらえることへの期待で胸が満たされて楽しいものだった。
それを知ることができたのもイルカのおかげだと、背中の温もりを心地よく思う。
「さぁ、そろそろ降りるよ」
「降りるってどうやんだ? やり方が分かんねぇってばよ!」
「なんだって⁉ もうナルトのバカ! ああっと、ほら、カカシの背中に戻れ!」
イルカに尾びれで背をびちびちと叩かれ、ナルトが大騒ぎをするのを聞いて苦笑しながら、ナルトが背に戻れるようにスピードを落とした。
もしイルカとナルト、そしてサスケの承諾が得られれば、この賑やかさは毎日続くことになるだろう。
この後二人にそれを告げるひとときを思い、カカシは我知らず微笑んでいた。
それは誰かを守り守られる者の、一人ではない満たされた者だけができる笑みだった。
【完】
カカシ、イルカ、ナルト、アスタロトの四人は、第九十九階層の荒涼とした虚無の空間に立っていた。
今回はカカシと封印媒体の少年ナルトに加え、ある意味当事者であるイルカの同伴も許されていた。オビラプトゥールとテンゾウ、イタチは城で待機している。アスタロトは大公爵なのでここに足を踏み入れる資格はあるが、他の者にはない。これもまた厳然たる魔界の序列の現実だった。
「なぁんかさ、何にも無くてつまんない所だってばよ。こんな所に魔王さまがいっぱいいるのか?」
白いドレスシャツ、黒地に金色のラインが入ったベストとジャケットの三つ揃いに身を包み、どこぞの王族の世継ぎのように着飾ったナルトは、口を開けばやっぱりナルトだった。
苦笑したイルカは、おかげで強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
ナルトはつまんないと評したが、この場所はうっかり気を抜くと寂寥感に呑み込まれそうだった。常に誰かに見張られているような強い視線もひしひしと迫り、イルカは我知らずカカシに寄り添う。
「上の方に円い大きな円盤が見えるでしょ。あそこまで飛ぶから、二人とも俺にしっかり掴まって」
カカシが背に漆黒の翼を広げ、二人を抱えるとふわりと飛び立った。
アスタロトはどうやっているのか、特に何も変化のない姿で浮き上がるとカカシに続く。
四人が宙に浮かぶ円盤状の広場に降り立つと、八柱の面々は既に揃っていた。
とはいえ、そびえ立つ柱の上にいるのでナルトにはよく見えないらしく、片手をかざしながら目を細めて上空を見上げている。
「その金髪の子が封印媒体の少年か」
正面に座す首柱バアルが前置きもなく声をかけてきた。
「左様です」
言葉少なに答えるカカシの横で、ナルトが小声でイルカに囁きかける。
「あいつがサタンさまか?」
「俺にも分からんけど、大魔王様ってもっと恐い顔してるんじゃないのか?」
二人の後ろでアスタロトが笑いを噛み殺し、なんとか真顔を保っていた。
「九尾の封印はどうしたカカシ? まさかその辺のガキでも適当に連れてきたんじゃなかろうな!」
五柱プルソンが嘲りを隠さず言い放つと、三柱ベレトと八柱ザガンも疑念を込めて続ける。
二柱パイモンだけがナルトの資質を正確に見抜いていた。
「確かに。出自の定かでない者を九柱に就けるのは感心しませぬな」
「バアル殿、本当にこの少年をカカシの代わりに九柱になさるおつもりか」
「だが魔力はテメェより遥かに高そうだぜ、プルソン」
ナルトを前にざわつく七柱だったが、バアルはその問いには答えず険しい顔でナルトのことをじっと見つめている。
カカシはカカシで何かに気を取られているようで、しきりに辺りの気配を探っているように見えた。
すると突然バアルが立ち上がり、ナルトに指を突き付けた。
「何故この少年は腹に九尾を……! おお、まさか!」
「そのまさかです。ナルトの腹には九尾が封印されております」
目の前のバアルに意識を戻したカカシが事実を告げると、とたんに八柱がパニックに陥った。
いや、二柱のパイモンだけは悠然と寝転んでいたが、他の魔王達はバアルも含め皆結界を張ったり巨大な幻獣の姿に変わったりと恐慌を呈した。
「何のつもりだカカシ! 魔界を再び焦土にする気か!」
口から飛沫を飛ばし目を剥いたバアルに、カカシは真顔で答える。
「滅相もございません、バアル殿。それに、そもそも九尾の災厄は人為的な災厄だったそうではありませんか」
「何だと……?」
その騒ぎの中ナルトは何かクラマと話していたのか、中空を見つめていたかと思うとその目が金色に輝き、突如としてバアルの立つ柱まで一跳びに飛び上がっていった。
「ナルト⁉」
驚いて駆け出そうとしたイルカをカカシが抱き止める。
「いいの、あいつは大丈夫。こないだクラマがバアルに話があるって言ってたの」
「でも!」
イルカはカカシの腕から抜け出そうともがき、やっとすり抜けたかと思うとその姿を人魚に変えていた。
人魚なら空中を泳いでいけると、イルカは必死にナルトの元へと向かった。その後を舌打ちしたカカシが翼を広げて追う。
二人が首柱の上に辿り着くと、へたりこんだバアルにナルトがのし掛かるようにして話しかけていた。
「クラマがさ、爺ちゃんに言ってくれって言ってるんだけどさ、ホントはサタンさまのおもわく? を知ってたんだろ、って」
「な、何のことを言っておる」
「ナルト……? クラマか?」
イルカがナルトの肩に手をかけると、振り向いたナルトの目が金色に光っていた。
「来てくれたのかイルカ兄ちゃん! 俺ってばこの爺ちゃんに用があるから、ちょっと待っててくれよ」
そう言うと、柱の上をずり下がったバアルに向き直って続けた。
「あんたはクラマと戦うふりをしながら、ひたすら身を守ってたなって。サタンさまから何か言われてたんだろ? つーかクラマがお前に叩き起こされたような気がするって……」
「止めよっ! ……分かった、お前の望みは何だ? 首柱の座か?」
災厄の裏側を暴かれたバアルが、疲れ切ったように手を振った。
「そんなもんいらねーよ、俺はただのクラマの伝言係だもんな。とにかく伝えたから、じゃあ、そういうことでよろしくってばよ!」
ナルトが勢いよく立ち上がり、息を呑んで見守っていたイルカとカカシを振り返ってにかっと笑った。
「……クラマの用は済んだみたいだね。さぁ二人とも、下に戻ろう」
カカシはへたりこんだままのバアルに冷徹な視線を投げると、イルカとナルトを抱えて翼を広げた。無闇に飛び回って咆哮を繰り返す五柱プルソンを避け広場に降り立つと、バアルがよろよろと立ち上がるのが見えた。
「皆の者、静まれい!」
バアルの一喝が響き渡り、元々座ったままだったパイモンを除く六柱の動きが止まる。
「この少年は正しく封印媒体の少年であり、よって九柱に就くことを認める」
厳かな宣言に場が静まり返った。
このままだとナルトが魔王になってしまうのではと、イルカがナルトを抱えてカカシを振り仰ぐと、カカシはにこりと微笑んでアスタロトを指した。
すると無言の合図を受けたアスタロトが、カカシの前に出て一礼する。
「恐れながらバアル殿、そのことですが九柱は他に務めるべき者がおります」
そう言って右手を前に差し出すと、今は手の甲を這っていた細長い紋様が大蛇となって飛び出した。
大蛇はアスタロトの前にとぐろを巻くと、かぱりと口を開ける。その大口からぼとりと一人の魔物が地面に落ちた。
「お前は……ダンタリオス! 生きておったのか」
床に転がったダンタリオスは女学生から老人の姿に戻っており、きょろきょろと周りを見渡していたが、バアルの声に慌てて平伏した。
「誠に、その、無頼の輩の襲撃から運良くも命からがら逃げられましたので……今までこやつに監禁され、バアル殿には無事をお伝えする術もなく……」
「な……っ、適当なこと言いやがって!」
ダンタリオスの虚言にイルカがいきり立つと、カカシが大丈夫と言うようにそっとその肩を押さえた。
アスタロトは特に動じた様子も見せず、バアルに向かって頭を下げる。
「偶然にも行き倒れていらしたところを、勝手ながら保護させて頂きました。ダンタリオス様はこうしてお体もおつむりもご無事なご様子。改めて九柱の座にお戻りになりたいとの仰せです」
軽い嫌味を交えたアスタロトの言葉にダンタリオスはハッとしたが、ここで言い返すと九柱から逃げたのを認めることになってしまう。ダンタリオスは憎々しげな目を向けると、アスタロトに倣って頭を下げた。
と、その時。
円盤の上空が突然暗くなり、重苦しく禍々しいエナジーがその場を覆った。
何事かと辺りを窺う一同に、そのエナジーの源に思い至ったバアルの驚愕した声が漏れる。
「大魔王サタン、様……招聘申し上げておらぬはず……何故ここに……?」
上空に現れた漆黒の靄は渦を巻き一ヶ所に凝縮すると、ぼわりとした巨大な頭部の形をとった。
――ォォォォオオオオオオン
地の底から空間全てに反響するかのような重低音が響き渡ると、それは集約し一つの音声となって皆に届いた。
「封印媒体ノ少年ハ イズコカ」
紛れもない圧倒的な波動に、ナルトを除く一同が膝を突き頭を垂れる。
イタチの父フガクはどうやら約束を果たしてくれたらしいと、カカシは頭を下げながら安堵した。
封印媒体の少年との謁見を直接サタンに申し入れた場合、それはバアルに伝わることはないだろうというカカシの読みだった。
前回の召喚の時のバアルも、独断でカカシの九柱就任とナルトの封印解除、そしてイルカをも巻き込んだ下命を出していたようなので、サタンと大九柱間の情報の伝達は必ずしも密にされていないと判断し、その隙を突いたのだ。
サタンの登場のタイミングがうまく合うかも賭けだったが、果たして突然の大魔王の降臨で大九柱は混乱に陥り、皆は思考停止状態になっている。サタンと直接謁見できる立場にないカカシには、その状態で強行突破したいあることがあったのだ。
カカシはこの好機を逃さぬよう、慎重に言葉を発した。
「我が偉大にして唯一絶対なる大魔王サタン様、封印媒体の少年を御前にお連れ致しました」
角の生えた頭部を模した漆黒の靄がゆらゆらと揺れ、その一部分だけが腕のようにぶわりとナルトへと伸びてくる。
それを見たイルカがとっさにナルトを抱きしめたが、ナルトは平然と立っていた。
腕の形をとった靄はナルトの輪郭をなぞるような動きをしていて、イルカはその靄から迫りくる禍々しいエナジーに気が遠くなった。よろりと後ろに倒れかかったところをカカシが抱き止め、ナルトがイルカの前に立ちはだかる。
「あんたがサタン様だろ? えっと、俺がナルトです。よろしくな!」
散々教えた謁見の儀礼がすっぽり抜けた挨拶に、カカシとイルカが焦って「ナルト、違うだろ!」と囁きかけるが、サタンは特に気にかけていないようだった。
「ナルト……クラマモ ココニオルノカ」
「あぁ、俺の腹ん中にいるぜ」
ナルトが両手を広げると靄が腹の辺りをなぞり、また重低音が響いたが、今度は含み笑いのように聞こえた。
どうやら謁見は穏便に済みそうだと判断したカカシは、これを好機とみて上空の方の靄に向かって声を上げた。
「畏れながら大魔王サタン様、ナルトはこの通りまだ幼い子供でございます。よろしければ私の元にてお育て申し上げたいのですが、いかがでございましょう」
カカシの申し出に驚いたイルカが振り向くと、カカシは照れ臭そうに見返してからパチリとウィンクを寄越した。
上空の靄はしばし揺らいで沈思していたようだったが。
「諾」
サタンは一言そう答えるとナルトへの関心を失ったのか、黒靄を茫漠と解き漂わせてその姿を消した。
第九十九階層を覆っていた禍々しいエナジーが晴れ、元々乏しくはあったが荒涼の地にも光が戻る。
その場にいた者たちのほとんどはまだ茫然自失の体で、イルカとナルトだけがカカシを賑やかに問いつめ、嬉しげに抱き付いていた。
その様子を微笑ましく見守っていたアスタロトの足元で、這いつくばったままだったダンタリオスが周囲を窺いながらそろそろと動き出す。
それに気付いたアスタロトがダンタリオスの衣の裾を踏んで留めると、ダンタリオスは短く呪文を唱えた。するとダンタリオスの背後に、突如として八柱の元まで届かんばかりの巨大な黒蟻が現れた。
「うわっ、何だよこれ、でかい蟻⁉」
悲鳴を上げたナルトを庇うイルカをカカシが抱き寄せて、毛羽立った蟻の足を翼で大きくなぎ払った。
巨大な蟻はあごをガシャガシャといわせて、ダンタリオスの衣を踏んだままのアスタロトに襲いかかった。
アスタロトは「面倒なことを」と呟いて蟻をひと睨みすると、今度はその首元から先ほどの大蛇がさらに巨大化して飛び出してきた。大蛇は蟻の上まで伸び上がると鎌首をもたげ、あごを外してかぱりと大口を開けて蟻を呑み込んだ。
そしてアスタロトのドレスの裾からは無数の蛇がダンタリオス本体に飛びかかり、蛇の塊と化したダンタリオスをも大蛇が呑み込んでしまった。
サタン降臨に続くこの一幕に、皆は言葉もなくただ呆然とするばかりだった。
大蛇がするするとアスタロトの体に這い戻り紋様へと姿を変えると、二柱パイモンの少年特有の甲高いからからという哄笑が響く。
「九柱ダンタリオスが死してふりだしに戻ったな。さてさて我が友アスタロトよ、どうすんだ?」
パイモンのからかうような口調にアスタロトは笑みを返し、バアルを始めとする八柱を順に見回した。
「突然ではございますが、八柱の立ち会いの元にてダンタリオス殿はご逝去なされました。よって私アスタロトが九柱の座に就くということで、皆様ご異論はございませんね」
アスタロトの宣言は、現魔王を倒してその座に就くことが認められている慣例に基づいていた。
ましてや八柱の眼前で起きたダンタリオスの反逆と、一瞬でそれを収めたアスタロトの手腕に口を挟む者などいなかった。
満面の笑みで肯定の拍手を送るパイモンに、ようやく立ち直ったバアルが言葉を発する。
「……よかろう。本日より貴君、大公爵アスタロトを魔王として大九柱に迎えよう。正式な通達は追って授受するものとする。封印媒体の少年は……カカシの責任に於いて養育、監督するように」
なんとかそれだけ宣言し、最後の一言だけナルトに忌々しげな目線を送ったバアルは、立て続けの異例な事態にくたびれ果てたようにその姿を消した。
カカシは驚きのあまり立ちすくんでいたが、我に返るとアスタロトに小声で問いかけた。
「……これで良かったのか?」
アスタロトは、面倒なことをと呟いた時には既にこうすることを決めていたのだろう。
追いつめられたダンタリオスの暴走を抑えきれず、カカシに手を出させないために先に倒してしまったのも、そのせいでアスタロトが九柱になるのも想定外の展開で、それが九柱入りを嫌がるカカシのためであることは分かりきっていた。
どう受け止めていいのか分からず戸惑うカカシに、アスタロトは茶目っ気を滲ませた笑みで返した。
「私は魔界で一番人気の『百ソウル金貨のアスタロト』だよ。九柱になるならキミより相応しいだろう?」
「でも……俺のせいでっ」
「気に入らないなら私を倒すといい。いつでも大歓迎だよ」
言葉とは裏腹に、アスタロトの笑みは子を見守るかのようにひどく優しげで。
カカシはぐっと唇を噛みしめ、込み上げてくるものを必死に押さえ付けた
第九十九階層からの帰り道。
アスタロトはパイモンと話があるらしく、三人は先に出立していた。
万事望むように収まったというのに、カカシは浮かない顔だった。
とはいえ獅子のキメラの姿でイルカとナルトを乗せているので、イルカからはその表情はあまり窺えなかったのだが、沈み込んでいることだけは伝わってくる。
てっきりナルトはサタンの元に引き取られるかと思っていたイルカは、カカシがちゃんと今後のナルトの処遇まで考えてくれていたことに驚き、一緒に暮らせるのを喜んでいたが。カカシは別のところで何か落ち込んでいるように見える。
疲れたのか眠ってしまったナルトを抱え、どう声をかけようか迷っていると、カカシの方から話しかけてきた。
「イルカはさ、……俺に魔王になってほしかった?」
急にそう問われ、そういえば一度もカカシが魔王になったところを想像しなかったな、と思い至った。
魔王カカシ。
大九柱の面々は皆威厳があり、あの柱の上に座すカカシを思い浮かべてみたが、少女のような格好をしてアスタロトの友人と言っていた、少年の魔王パイモンみたいにだらりと寛いでいる姿しか思い浮かばなかった。
「う~ん、そうだなぁ。いろんな魔王がいたけど、魔王ってやっぱり怖いもんなんだな。あの中にカカシがいるのは……正直似合わない気がする」
イルカが思っていた以上に魔王は恐ろしかった。
渦中にいた時は気付かなかったが、獣面の魔王の上げる咆哮も巨大な黒蟻の襲撃とアスタロトとの交戦も、そして姿さえ現さず黒い靄だけのサタンも皆映画のようで、現実とは思えないほど恐ろしかった。
あの面々に匹敵する力がカカシにあると言われても、イルカにはいまいちぴんと来なかった。
「そうだね。魔王は恐ろしくて……強い。強いんだよね」
魔力だけが大きくても、それに見合っただけの器が到底足りないことを、今回の一連の出来事でカカシはしみじみと噛みしめていた。
本来の計画では災厄の裏側というバアルの弱味を盾に、サタン降臨の混乱に乗じて現行のまま八柱でいく確約を取り付け、ナルトの引き取りをサタンに願うつもりだったのだ。それがダンタリオスが発見されて危険な取引の必要もなくなり、さらにはアスタロトが自ら身代わりに九柱に就任してくれた。
まさかアスタロトが、カカシのためにそこまでしてくれるなど思ってもみなかった。思えばダンタリオスを探していたのも、恐らくはカカシのためだったことにようやく気付く。
――つくづく自分は弱い。
一人で生きてきたつもりが見えていなかっただけで、こんなにも自分が守られていたことに今さら気付くなんて。魔王相当の力があることに知らず知らず驕っていたのかもしれないと、カカシは深々とため息をついた。
するとイルカが言葉を続けた。
「カカシは強いけど優しいじゃん? ああいうさ、俺は強いんだぜ! ってだけの場所には似合わないだろうな」
「……優しい?」
思いがけないイルカの評価に、疾風の如き翼の羽ばたきが一瞬乱れた。
「優しいよ。自覚なかったのかよ」
ころころと笑うイルカの振動が背に響く。
「ナルトのことをサタン様に頼んでくれたじゃないか。それに嫌がってたのに結局面倒も見てくれてたし、そもそも最初だって俺のこと助けてくれただろ。オビさんに連れ去られた時も、スケアを統合してまで助けてくれたし……」
指折り数え出すイルカに、カカシは気恥ずかしさで逃げ出したくなった。
イルカを助けたのはスケアだったし、それもスケアがイルカに一目惚れしたからだ。ナルトを引き取るためにサタンに直訴するという危険な行為をしたのも、イルカが喜ぶだろうと思ったからで決して博愛の気持ちではない。
「……だからみんなカカシのことがほっとけないんだろうなぁ。カカシは優しいし頑張りやだから、自分も何かしてあげたいって思うんだよ」
イルカの一人言のような呟きに、カカシはひどく驚いた。
まさか自分が周囲からそう思われてるとは、思ってもみなかったのだ。面映ゆさと衝撃と共に、先ほどのアスタロトの子を見守るような態度が甦る。
それこそが守られた自分の弱さを省みて感謝と共に落ち込む原因だったのだが、イルカの言葉で違う側面が見えた気がした。
アスタロトはカカシの助けになれたことに、どこか満足げではなかったか。
自分の厚意が的確に働いた時、人は感謝と満足を得る。
それは決して自己犠牲などではないのだから、厚意を受ける方もその理由を自分の弱さに求めてはいけない。
ただ、相手に感謝の気持ちを示せばいいだけだったのだ。
そしてそれが互いの間を巡り、いつしか絆となっていくのだから。
「あのさ、ナルトとまさか一緒に暮らせるなんて思ってなかった。カカシ、頼んでくれてありがとな」
イルカがカカシの首にぎゅっと抱きつく。その温かさと力強さに、カカシの胸がいっぱいに満たされた。
そう、カカシも喜ぶイルカの顔が見たかっただけなのだから。
「……うん。喜んでもらって良かった」
自分の強さ、弱さに頑なに拘っていた部分が、柔らかくほぐれ満たされていく。
――だが何か足りない気がする。
何か。
イルカは確かナルトを抱えていたはずなのに、今は両腕で抱きついていた。
「ナルトは⁉」
焦るカカシにイルカはあっけらかんと答えた。
「ナルトならさっきから後ろにくっついてきてるよ。なんか飛べる気がするって。カカシが深刻そうだったから言わなかったけど」
驚いたカカシが振り返ると、全身黄金色に輝いたナルトが翼も無しにカカシの後ろを飛んでいた。魔界の白き稲妻と呼ばれるカカシの飛翔速度に遅れることもなく。
「カカシ兄ちゃん! 空飛ぶの面白ぇな!」
「おお、ナルト、お前キラキラしてるぞ! すげぇな!」
イルカも呑気に手を振り、ナルトが手を振り返してにかりと笑った。
これはナルトの魔力なのかクラマのか、定かではないが。
無邪気な二人を見ているうちに、カカシはぐじぐじと悩む自分がなんだか心底馬鹿らしく思えてきた。
――俺にはイルカがいて、笑ってくれてるんだから。それで十分じゃないか。
カカシは二人をもっと喜ばせようと、後ろに向かって声をかけた。
「今夜はここで泊まるから、もうすぐ街に降りるよ。何か美味しい物でも食べよう。第八十三階層はマアレ肉が名物だったかな」
マアレ肉が何だかも分からないだろうに、肉の一言に二人の嬉しそうな歓声が上がる。
食事の時にでも、もう一つ内緒にしていたことを話そうとカカシはひっそり微笑んだ。ナルトに関してサタンの承認が得られるか分からなかったため、内緒にしていたこと。
それはイルカとナルトを連れ、テンゾウの城を出て正式にサクモの城に移り住むことだった。
ヒルゼンに頼み、自分でも色々手配して家臣も秘かに揃えてある。使い魔兼ナルトの遊び相手にサスケを連れて行くことも、既にテンゾウの了承を得ていた。
テンゾウは「カカシ様もたいがい物好きですね」と呆れたように頷いてくれたが、「……ここも寂しくなりますね」と微笑していた。
魔王でも領主でもない無冠の者が城を持つのは気が引けていたが、イルカと新たに生活の基盤を築きたかったのだ。
ナルトとサスケもいれば毎日賑やかで、きっとイルカも寂しくないだろう。カカシとしては賑やかすぎるきらいもあるが。
このことを伝えたら、イルカはまた喜んでくれるだろうか。
相手の笑顔のために何かをするのは、喜んでもらえるだろうかというほんの少しの不安と、喜んでもらえることへの期待で胸が満たされて楽しいものだった。
それを知ることができたのもイルカのおかげだと、背中の温もりを心地よく思う。
「さぁ、そろそろ降りるよ」
「降りるってどうやんだ? やり方が分かんねぇってばよ!」
「なんだって⁉ もうナルトのバカ! ああっと、ほら、カカシの背中に戻れ!」
イルカに尾びれで背をびちびちと叩かれ、ナルトが大騒ぎをするのを聞いて苦笑しながら、ナルトが背に戻れるようにスピードを落とした。
もしイルカとナルト、そしてサスケの承諾が得られれば、この賑やかさは毎日続くことになるだろう。
この後二人にそれを告げるひとときを思い、カカシは我知らず微笑んでいた。
それは誰かを守り守られる者の、一人ではない満たされた者だけができる笑みだった。
【完】
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