【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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コツコツコツコツコツコツ
目の前の五代目が頬杖を突いて机を苛立たしげに叩く。
…………これからどうなるのかなぁ。
僕が考えてもしょうがない事だけど、こう、あからさまに苛立ちをアピールされるとね。何かするべきなんじゃないかと思ってしまうのは哀しき宮仕えの身だ。
そんなにコツコツやってるとそのうち爪が折れるんじゃないかなぁなどとぼんやり見ていると、ノックもなしに執務室の扉がバタンと開いて忍が駆け込んできた。
「失礼します! 綱手様、カカシさんが記憶喪失になったって……あれ、カカシさんは?」
「来たかイルカ。カカシならそこだ」
五代目がぞんざいに僕を指すと、そのイルカと呼ばれた忍がつかつかと歩み寄ってくる。
「カカシさん、俺のことも忘れちゃったんですか?!」
近い近い近い近い近い。
そんなに覗き込まなくてもと身を引くと、イルカとやらはさらに身を寄せて僕の目をじいっと見つめる。そんなに必死になられても、覚えてないもんは覚えてない。ていうか僕はスケアだし。カカシなんて奴のことは知らない。
「イルカ、そいつはスケアだよ」
「そりゃ見れば分かりますよ!」
「そうじゃなくて、そいつは自分がカカシだって分かってないんだ」
部屋に入ってきてからずっと騒がしかったイルカの動きがぴたりと止まった。
「それはどういう……」
五代目が深くため息をついた。
「そのまんまの意味さ。カカシはスケアになって任務に就き、間抜けなことによく分からん術を食らって記憶を飛ばして戻ってきた。話を聞いた限りの推測だがな。覚えてるのは自分がスケアってことと木ノ葉の忍ってこと、任務のことだけだ」
「はぁ?! あ、失礼しました」
イルカとやらは多分中忍、よくて特上辺りだと思うんだけど、ずいぶん五代目に馴れ馴れしい態度なんだな。
ちょっと不躾なくらいイルカを見ていると、イルカはさらに不躾な眼差しを僕に向けて何か考え込んでいたかと思うと、いきなりニヤリと不敵に笑った。
「……イチャイチャラビリンスだろ」
「え?」
「すっとぼけても無駄ですよ。こないだイチャイチャシリーズの記憶喪失もの読んでうっとりしてたじゃねぇですか。チャンスだからって、あのラストシーンを再現したくて記憶喪失のふりしてんだろう」
こいつはいきなり何を言い出してるのか。
記憶喪失を疑われてるのは分かるけど、言ってる内容がさっぱり分からない。イチャイチャなんとかって何だ? もしかして木ノ葉の新しい符丁で、何か確認しようとしてるとか?
訳が分からなくて真顔のまま考え込んでいると、イルカが手を伸ばして僕の髪をガシッと鷲掴んだ。
「もう芝居なのはバレてんだよ! ほら、こんなん取っちまえばすぐカカシさんだって分かるだろ!」
「イタタタタちょっと! 何するのあんた!」
「あれ?」
「あれじゃないでしょう! 信じらんないな、もう」
なんて乱暴な男なんだ。加減なしで引っ張られた髪っていうか頭皮が痛い。
「イルカ……言い忘れてたが、こいつは変装じゃなくて変化だ。さらに固定する術もかけてあるから、解術するには記憶が戻らなきゃならないんだよ」
「そういう事は早く仰ってくださいよ!」
不敬にも五代目を怒鳴りつけたイルカが、とりあえず手は放してくれたけど今度はまじまじと僕の目を覗き込んだ。
「ほんとに俺のこと忘れちまったんですね……」
黒い瞳が揺れる。
その揺らぎに柄にもなく戸惑って何か言わなきゃいけない気がするけど、何を言えばいいのか分からなくて頷くだけにした。
するとイルカは一歩身を引いてガバッと頭を下げる。
「大変失礼しました! それでは」
身を翻して執務室を出ていこうとするイルカに、とっさに引き止める言葉が喉から飛び出しそうになる。
「待てイルカ。話はまだ終わってないぞ」
実際にイルカを留めたのは五代目だった。
僕はなんで引き止めようとしたんだろう。なぜか、このまま彼を行かせてはいけない気がした。なぜか――一人で泣くんじゃないかと思って。
馬鹿馬鹿しい。
仮にも成人男性で忍のイルカにも失礼だ。そんな配慮をしたってイルカの方が僕の数倍失礼だけど、可愛いから許そう。
………………待った、可愛いって何?!
「そういうことでカカシ、じゃなかったなスケア。あと数日耐えてくれ」
「はい?」
「なんだ、聞いてなかったのか。らしくないな」
「はぁ、すみません」
里長の言葉を聞き逃すなんて、本当にらしくない。しかも単なる初対面の一人の男に気を取られて、とは。
「あの、五代目……本当にいいんですか?」
さっきとはうってかわって、イルカがおずおずと口を挟んだ。
「いいに決まってるだろう。むしろイルカ、お前が一番適任だと思っているよ」
五代目が不意に優しげな笑みを浮かべる。
その笑みを受けたイルカはきりりと顔を引き締め、またしてもガバッと頭を下げた。
「ありがとうございます、拝命致します!」
何かいい感じの空気が二人の間に流れているけど、話を聞きそびれた僕はおいてきぼりだ。
「それでは帰りましょう」
イルカが僕の手を握った。
ぎゅっと握られたところから伝わる温かさがなぜかしっくり馴染んで、帰るってどこにとかいろいろ問いかけるタイミングを逃したまま、イルカに手を引かれて執務室を出た。
繋いだ手は執務室を出たところで離されてしまった。
そのまま無言で並んで歩いていると、イルカが「あの……」と話しかけてくる。
「スケア上忍、綱手様からあなたのお世話を拝命したので、これから家に帰ります。その前にちょっとスーパーに買い物に寄ってもいいでしょうか」
「構わないけど、家って誰の?」
するとイルカは目を真ん丸にしてから一人頷き、取ってつけたような笑みを貼り付けた。
「俺の家です。カカシさ……スケア上忍の家より馴染みがあるから、記憶を取り戻すきっかけがあるだろうということなので」
さっきからおかしいとは思っていたけど、イルカはいったい僕の何なんだろう。やけに親しげというよりは、仮にも上官に不躾な態度ばかりとるし、しまいには自宅よりイルカの家の方が馴染みがあるなどと言い出すし。
なんとなく聞くのが恐い気がしてためらっていると、イルカが今度はあけっぴろげにニカッと笑った。
「カカシさんは俺の家に入り浸りだったから、私物も一通り揃ってるので。安心して来てください」
「は? それってあんたと同居してたようなものだったってこと?!」
「同居っていうか、押しかけ女房ですかね。いや男だから旦那か? でも結婚してる訳じゃねぇし……」
首を傾げながらぶつぶつ言い出したけど、僕はそれどころじゃない。
僕が、いや僕の本体というか本来の僕というかが! この男の!
「…………押しかけ女房」
「覚えてないでしょうけど、あなたが自分で言ったんですよ。いきなり風呂敷包み持って、三つ指ついて」
うわぁ、それは……あれなの? やっぱりイルカとあれな関係を築いてた……って…………しかも僕というか本来の僕が女房の立場で……
「ハイ、嘘っ!」
「ハハッ、七班のあいつらみたいなこと言ってる~」
脳天気に笑うイルカを問い詰めてやろうとしたら、いきなり「あっ、タイムセールやってんじゃん!」と叫んで駆け出してってしまった。
もうなんなのあの人。僕が女房とか訳わかんないこと言うし、世話するとか言っておきながら僕を放り出してセール行っちゃうし。おうち帰りたい。帰っちゃおうかな。
でも自分の家が分からないから、仕方なくイルカを追った。
スーパーの中でイルカの気配を辿ると、人混みをかき分けて大事そうに卵をニパック抱えたイルカが出てくる。
「やりましたよ! はい、スケア上忍の分」
当たり前のように差し出された卵のパックを流れで受け取ってから、いやいや卵なんかいらないと突き返した。
「お一人様一パックまでなんですよ。だからこれはスケア上忍が買ってくださいね」
「だから僕はいらないって」
「あなたがいらなくても俺がいるんです! 俺がいるならあなたも必要ってことになるんですよ!」
「あらあら、夫婦ゲンカ? って、はたけさんじゃなかったわ。ごめんなさいねぇ」
買い物かごを手にしたおばさんがナチュラルに割り込み綺麗に去っていった。
そして夫婦ゲンカという言葉に唖然としてる隙に卵パックは僕の手に押し込まれ、イルカはさっさとレジに向かってしまった。
「ほらほら、そんな卵くらいで不貞腐れてないで。この二階が俺ん家ですよ」
別に五両如きで不貞腐れてなんかないけど、それを言うとこの男が激怒する気がして黙っていた。
イルカの指すアパートはいかにも官舎といった風情ある建物で、階段に足を乗せると不穏な軋みが響く。二段目からは足を忍ばせて上がっていると、振り返ったイルカが含み笑った。
「何か?」
「ふふ、いいえ~。ただ、初めて家に来たカカシさんと同じ事してるなって」
当然と言えば当然だけど、僕とイルカの間に常に割り込んでくる『はたけカカシ』の名前。なんだかそれが気に食わなくて、イルカの後ろから一足飛びに二階まで飛んだ。
「うお! 卵を割らないでくださいよっ」
「そんな間抜けなことしない」
「……俺のこと忘れて帰ってきたくせに」
「何か言った?」
「いいえ~」
ぷいと顔を背けたイルカが僕の脇をすり抜けて、一番端の扉を開ける。
いつの間に卵以外も買っていたのか、大きな買い物袋をがさがさいわせながら「さぁ、どうぞ」と振り向きもせずにすたすた奥に向かっていくので、ブーツを脱いで後に続いた。
台所で代わる代わる手を洗うと、買い物袋の中身と僕の卵を冷蔵庫に詰めたイルカがまたニカッと笑う。
「それじゃ、夕飯の支度お願いします」
「え、僕が?! 他人の家でいきなり?!」
驚いている間にイルカはてきぱきと僕のコートを脱がせ、イルカがジャンプしてる(目の前のイルカではなく海洋生物の方)イラスト入りのエプロンを付けてしまった。
「そうですよ~。だってスケア上忍は、他人の作った胡散臭いメシなんか食えんでしょうが」
それは確かに仰る通りだけれども。だからっていきなり上官に作らせる?
でも傍若無人なイルカと言い争っても時間の無駄だとこの短い間に学習したので、しぶしぶ冷蔵庫の中身を覗いた。
「玉子焼きは絶対作ってくださいね!」
「はいはい、玉子焼きね。あとは……キャベツと挽き肉と玉ねぎと人参、ジャガ芋、しいたけか」
面倒だからロールキャベツを和風スープにして全部ぶち込んじゃおうと材料を取り出していると、いつの間にかイルカが間近で僕の顔を覗き込んでいた。
近い近い近い。初対面の時も思ったけど、この男の距離感はどうなってるんだ。
「何?」
「いや、その目の上下の紫のは化粧なのか、それとも最初からそういう風に変化したのかなと。動物の模様みたいに」
そんなことを考えてたのか、ほんっと失礼だな。
でもイルカの無礼さは不思議と癇に障らず、だんだん可笑しく感じられてくる。そろそろご飯も炊いておくかと米を探していると、イルカが流しの下の扉を開いて取り出してくれた。
「さすがに模様はないでしょ。化粧じゃなくてペイントに近いけどね」
「へぇ~! あ、明日の朝の分も多めに炊いておいて……って、ちゃんと三合半ですね」
言われてみれば無意識に三合半分を取っていた。確かに僕は朝ご飯は少なめだけど、なぜ初めから二人の二回分という微妙な適量を取れたのか。
記憶にない『イルカと暮らすカカシ』の行動が身に染みついていることに腹の底がじわりと嫌な焼け方をする。
「米はあんたがやって」
米の入ったざるを押し付けると、イルカが大袈裟なくらい驚いた。
「え、いいんですか?」
「自分も食べるものに毒なんて入れないでしょ」
「まぁ、それもそうですけど」
自分が言い出したことだけど、結局僕が火の前でイルカは流しの前と、並んで料理をすることになってしまった。
「へへ、新婚さんみたいですね!」
……だからなんでそういう発想になるかな。
「あんたとは真っ赤っかの他人でしょ」
冷たく言い放つと、イルカは目に見えてしょぼんとうなだれてしまった。でも僕のせいじゃない。
『僕』はイルカとは赤の他人だし。事実だし。
すっかりおとなしくなったイルカと、卓袱台で向かい合わせに座って夕飯を食べる。
スープを取り分けてやりながらそっとイルカを窺うと、やたら真剣な顔でもくもくと玉子焼きを口に運んでいる。
「あんたが食べたいって言うから作ったのに、おいしくない?」
するとイルカがぱっと顔を上げた。
「すみません! 同じ味なんでびっくりしちまって」
「同じ味って、誰と」
聞くまでもないことをつい問い返してしまい、答を聞く前から憮然とする。
「……スケア上忍はカカシさんのこと、嫌いなんですか?」
ロールキャベツに箸を入れて切り分けながら、突然何気ない風に尋ねられた。思わず動揺して箸をジャガ芋に突き刺してしまったけど、動揺したと思われるのも嫌でそのまま口に突っ込む。大きすぎるジャガ芋がちょうどいい時間稼ぎになった。
「……別に好きでも嫌いでもない。そんな判定できるほどカカシのことなんか知らないし」
箸に山盛りの白米を乗せたイルカが、「ふうん」と呟いて馬鹿でかい口を開けて白米の山を放り込んだ。
「俺はカカシさんもスケア上忍も、どっちも好きですけどね」
イルカの呑気な言い様に何て返したらいいのか分からなくて、とりあえず僕もご飯を山盛りにして口に突っ込んだ。
食後、先に風呂をどうぞと言われたけど、焦って食べすぎてしまった腹が重いから後にさせてもらった。
べったりとした紫のペイントは、なんとなく皮膚呼吸ができなくなる気がしてあんまり好きじゃない。でもこれをやらないと素顔を丸出しにしてるのは落ち着かないからしょうがない。
やっとペイントも落とせてさっぱりしたけど、タオルで拭いてもまだ湿って重くなった前髪が邪魔で、両手でかき上げて全部後ろに流した。
「お風呂どうも」
寝室をひょいと覗いて、ベッドの隣の床に布団を調えていたイルカに声をかける。
振り返ったイルカはなぜか真っ赤になってぐるんと顔を背け、敷いたばかりのシーツをぐしゃぐしゃと丸めた。
その子供っぽい態度にどこかあどけなさを感じてしまうのは、髪を下ろしてるせいか。
「ちょっと、そこまで無視するのは失礼じゃない」
「いやその、何て言うか綺麗なお顔立ちですよね、はははっ」
「なに、はたけカカシってそんな不細工なの?」
イルカがまたぐるんと振り返って、丸めたシーツを握りしめながら憤慨する。
「そんなはずないでしょう! カカシさんはめちゃくちゃ美人さんですよ! あんたみたいな胡散臭くてチャラい奴とは違いますからねっ」
へぇ。そう。
美人さん、ねぇ。
そりゃあ押しかけ女房するくらいだから、さぞや綺麗な男なんだろうね『カカシさん』は。
でもさぁ、今あんた、僕を見て赤面したよね?
綺麗なお顔立ちって言ったよね?
僕は寝室の入り口から大股に足を進め、イルカの前にしゃがむとにっこりと笑いかけた。
「……なんですか、そんな怖い顔して」
せっかくとっておきの笑顔を見せてやったのに、ほんとムカつく。
「僕の顔、気に入ったんでしょ?」
「そりゃまぁ、好きですけど。当たり前でしょう」
「僕のこと、好きって言ってたよね?」
「はぁ、カカシさんもあなたも、ですけど」
イルカがじり、と後ずさるのに合わせて僕もじり、と膝を進める。
「じゃあいいよね」
左手でイルカの肩を、右手で頭を抱え込んで顔を寄せる。
「んぎゃあああああ待った! タイムタイム!」
さすがにここまで色気のない悲鳴を上げられると思わなかった。
その隙にサッと飛びのいたイルカは、壁に背を付けて握りしめていたシーツを広げる。
え、もしかしてそれでガードしてるつもりなの?
思わずくすくすと笑いを漏らしながら、わざとかと思うくらい隙だらけのイルカににじり寄ると、シーツの上辺に人差し指をかけてぐいと下げた。
「イ~ルカ」
ひゅっと喉を鳴らしたイルカの額に自分の額を合わせる。
ダメですよ、と小さく呟くイルカは、もう逃げようとはしない。
頬を染め、潤ませた黒い目の奥に浮かぶのは……情欲だ。間違いない。
ダメじゃないでしょ、と鼻先をすり合わせると、イルカはぎゅうっと目をつむって、そして。
馬鹿でかい声で叫んだ。
「カカシさぁぁあああん! 本当にいいんですか! 俺、こんな胡散臭い奴とキスしちゃいますよ⁉」
……びっくりした。耳が破裂するかと思った。
「胡散臭いって失礼じゃない。それに僕はスケアだってば」
「ほんとにダメですってスケア上忍!」
「そんな嘘ついても無駄だよ、今ムラッとしてたでしょ。あと上忍はやめて。スケアって呼んでよ」
「スケアさんって呼んだらやめてくれます……?」
その上目遣い。誘ってるとしか思えないんだけど。また大声出されても困るから、とりあえずうんうんと頷いて油断させておこう。
あー、でもなんか萎えた。カカシさんカカシさんって馬鹿の一つ覚えみたいにすぐ呼んでさ。別にイルカが欲しい訳じゃないし。ただちょっとムラッとしてたみたいだから、僕まで引きずられただけだ、きっと。
するとシーツをバサリと落としたイルカが、いきなり僕の唇をつまんだ。
無意識に口を尖らせていたのか、上下まとめてぎゅっとつままれて何も喋れない。今度は何? と目で問いかけると、イルカは眉をハの字にして困ったように笑みを浮かべた。
「……ったく、そんな捨て犬みたいな顔しちゃって」
そんな顔してない、と言ってもむごむごとしか声が出ない。喋れないまま手を離してと言おうとしたら、ぱっと離してくれたのはいいけどなぜか頭を撫でられた。くしゃくしゃと、子供にするみたいに。
「しょうがねぇからスケアさんと付き合ってやりますよ」
「しょうがないからって何⁉ それになんで上から⁉ 付き合ってなんて一言も言ってないし、僕にも選択の自由ってもんが」
「ねぇよ」
僕の意見は見事にスパッと切り捨てられた。
イルカの言葉が刀だったら、竹どころか鉄でも一刀両断しただろうというくらい、見事に。
「あんたは絶対俺のこと好きになるから大丈夫だ」
「はぁ⁉ なんでそんなこと分かるわけ?」
「そりゃ分かるさ。カカシさんがそう俺に信じさせてくれたからな。何年もかけて」
自信満々になっているかと思った顔は、なぜか柔らかく甘やかな笑みを浮かべていて。
これだけの絶対的な愛情と信頼を目の前の男に与えてきたらしき『カカシ』に、ふつりと苛立ちが沸く。
「カカシさんはいつ、どんな時でも俺を愛してるんだよ。たとえあんたがスケアさんになっても、それは絶対揺るがない事実だ」
僕の中で何かが――誰かがざわりと蠢いた。
それは不愉快ながらもどこか馴染みのあるもので、とっさにそれをねじ伏せるように押さえ込んだ。
もっとイルカを見ていたい。
この僕のままで。
――僕のまま……?
僕が僕以外の誰の目でイルカを見るというのか。
僕はスケアだ。
どうやら本来の僕はカカシって奴らしいけど、今、僕はスケアだ。
カカシが女房だっていうなら、僕がイルカを抱いてやる。カカシさんなんてもう呼ばないくらい、僕に夢中にさせてやる。
「じゃあ、これからは僕だけを見て」
そう囁きかけると、イルカはちょっと困って首を傾げてからひたりと見つめ返してきた。
「あなたがそうしてほしいなら」
ああ、これは誓約だ。
イルカは傍若無人だけど誠実な人間だと、信じるに値する人間だと僕の勘が告げている。
だって僕にご飯を作らせてくれた。
忍にとって食事は生命線だ。口から体に入れるものを他人に作ってもらうのは、命を預けるに等しい。それをイルカは簡単に僕に委ね、そして僕にも委ねさせた。この短いひとときで。
命を委ねたなら体も貰っていいよね?
今度はゆっくりと額を合わせる。
命を、体を、心をも僕に預けて、と。
「あとね、言っとくけど、僕は女房なんかじゃないから」
「さすがに分かってますよ、あなたはカカシさんじゃないんだし」
「そういうことじゃなくて! 僕があんたを抱くよって言ってるの!」
イルカはさらに目を真ん丸にしてから、なぜか吹き出した。
「あー、そこ気にしてたんですか。大丈夫ですよ、カカシさんとも俺が抱かれる方ですから」
……あんたはほんっっっと、僕を煽る天才だよね。
それなら遠慮なくと唇を寄せる。
と。
頭の中のどこかでカチリと音がした。ような気がした。
なんだ?
とたんに情報の奔流が襲いかかってきて、思わず頭を抱えてうずくまる。
「スケアさん? ちょっと、どうしたんですか、スケアさん?!」
イルカの声が遠い。
ダメだよ、まだ伝えたいことがあるんだ。
イルカ、僕を見ていて。ずっと。
ずっと――――
――――――おれ、 だけ を。
目の前の五代目が頬杖を突いて机を苛立たしげに叩く。
…………これからどうなるのかなぁ。
僕が考えてもしょうがない事だけど、こう、あからさまに苛立ちをアピールされるとね。何かするべきなんじゃないかと思ってしまうのは哀しき宮仕えの身だ。
そんなにコツコツやってるとそのうち爪が折れるんじゃないかなぁなどとぼんやり見ていると、ノックもなしに執務室の扉がバタンと開いて忍が駆け込んできた。
「失礼します! 綱手様、カカシさんが記憶喪失になったって……あれ、カカシさんは?」
「来たかイルカ。カカシならそこだ」
五代目がぞんざいに僕を指すと、そのイルカと呼ばれた忍がつかつかと歩み寄ってくる。
「カカシさん、俺のことも忘れちゃったんですか?!」
近い近い近い近い近い。
そんなに覗き込まなくてもと身を引くと、イルカとやらはさらに身を寄せて僕の目をじいっと見つめる。そんなに必死になられても、覚えてないもんは覚えてない。ていうか僕はスケアだし。カカシなんて奴のことは知らない。
「イルカ、そいつはスケアだよ」
「そりゃ見れば分かりますよ!」
「そうじゃなくて、そいつは自分がカカシだって分かってないんだ」
部屋に入ってきてからずっと騒がしかったイルカの動きがぴたりと止まった。
「それはどういう……」
五代目が深くため息をついた。
「そのまんまの意味さ。カカシはスケアになって任務に就き、間抜けなことによく分からん術を食らって記憶を飛ばして戻ってきた。話を聞いた限りの推測だがな。覚えてるのは自分がスケアってことと木ノ葉の忍ってこと、任務のことだけだ」
「はぁ?! あ、失礼しました」
イルカとやらは多分中忍、よくて特上辺りだと思うんだけど、ずいぶん五代目に馴れ馴れしい態度なんだな。
ちょっと不躾なくらいイルカを見ていると、イルカはさらに不躾な眼差しを僕に向けて何か考え込んでいたかと思うと、いきなりニヤリと不敵に笑った。
「……イチャイチャラビリンスだろ」
「え?」
「すっとぼけても無駄ですよ。こないだイチャイチャシリーズの記憶喪失もの読んでうっとりしてたじゃねぇですか。チャンスだからって、あのラストシーンを再現したくて記憶喪失のふりしてんだろう」
こいつはいきなり何を言い出してるのか。
記憶喪失を疑われてるのは分かるけど、言ってる内容がさっぱり分からない。イチャイチャなんとかって何だ? もしかして木ノ葉の新しい符丁で、何か確認しようとしてるとか?
訳が分からなくて真顔のまま考え込んでいると、イルカが手を伸ばして僕の髪をガシッと鷲掴んだ。
「もう芝居なのはバレてんだよ! ほら、こんなん取っちまえばすぐカカシさんだって分かるだろ!」
「イタタタタちょっと! 何するのあんた!」
「あれ?」
「あれじゃないでしょう! 信じらんないな、もう」
なんて乱暴な男なんだ。加減なしで引っ張られた髪っていうか頭皮が痛い。
「イルカ……言い忘れてたが、こいつは変装じゃなくて変化だ。さらに固定する術もかけてあるから、解術するには記憶が戻らなきゃならないんだよ」
「そういう事は早く仰ってくださいよ!」
不敬にも五代目を怒鳴りつけたイルカが、とりあえず手は放してくれたけど今度はまじまじと僕の目を覗き込んだ。
「ほんとに俺のこと忘れちまったんですね……」
黒い瞳が揺れる。
その揺らぎに柄にもなく戸惑って何か言わなきゃいけない気がするけど、何を言えばいいのか分からなくて頷くだけにした。
するとイルカは一歩身を引いてガバッと頭を下げる。
「大変失礼しました! それでは」
身を翻して執務室を出ていこうとするイルカに、とっさに引き止める言葉が喉から飛び出しそうになる。
「待てイルカ。話はまだ終わってないぞ」
実際にイルカを留めたのは五代目だった。
僕はなんで引き止めようとしたんだろう。なぜか、このまま彼を行かせてはいけない気がした。なぜか――一人で泣くんじゃないかと思って。
馬鹿馬鹿しい。
仮にも成人男性で忍のイルカにも失礼だ。そんな配慮をしたってイルカの方が僕の数倍失礼だけど、可愛いから許そう。
………………待った、可愛いって何?!
「そういうことでカカシ、じゃなかったなスケア。あと数日耐えてくれ」
「はい?」
「なんだ、聞いてなかったのか。らしくないな」
「はぁ、すみません」
里長の言葉を聞き逃すなんて、本当にらしくない。しかも単なる初対面の一人の男に気を取られて、とは。
「あの、五代目……本当にいいんですか?」
さっきとはうってかわって、イルカがおずおずと口を挟んだ。
「いいに決まってるだろう。むしろイルカ、お前が一番適任だと思っているよ」
五代目が不意に優しげな笑みを浮かべる。
その笑みを受けたイルカはきりりと顔を引き締め、またしてもガバッと頭を下げた。
「ありがとうございます、拝命致します!」
何かいい感じの空気が二人の間に流れているけど、話を聞きそびれた僕はおいてきぼりだ。
「それでは帰りましょう」
イルカが僕の手を握った。
ぎゅっと握られたところから伝わる温かさがなぜかしっくり馴染んで、帰るってどこにとかいろいろ問いかけるタイミングを逃したまま、イルカに手を引かれて執務室を出た。
繋いだ手は執務室を出たところで離されてしまった。
そのまま無言で並んで歩いていると、イルカが「あの……」と話しかけてくる。
「スケア上忍、綱手様からあなたのお世話を拝命したので、これから家に帰ります。その前にちょっとスーパーに買い物に寄ってもいいでしょうか」
「構わないけど、家って誰の?」
するとイルカは目を真ん丸にしてから一人頷き、取ってつけたような笑みを貼り付けた。
「俺の家です。カカシさ……スケア上忍の家より馴染みがあるから、記憶を取り戻すきっかけがあるだろうということなので」
さっきからおかしいとは思っていたけど、イルカはいったい僕の何なんだろう。やけに親しげというよりは、仮にも上官に不躾な態度ばかりとるし、しまいには自宅よりイルカの家の方が馴染みがあるなどと言い出すし。
なんとなく聞くのが恐い気がしてためらっていると、イルカが今度はあけっぴろげにニカッと笑った。
「カカシさんは俺の家に入り浸りだったから、私物も一通り揃ってるので。安心して来てください」
「は? それってあんたと同居してたようなものだったってこと?!」
「同居っていうか、押しかけ女房ですかね。いや男だから旦那か? でも結婚してる訳じゃねぇし……」
首を傾げながらぶつぶつ言い出したけど、僕はそれどころじゃない。
僕が、いや僕の本体というか本来の僕というかが! この男の!
「…………押しかけ女房」
「覚えてないでしょうけど、あなたが自分で言ったんですよ。いきなり風呂敷包み持って、三つ指ついて」
うわぁ、それは……あれなの? やっぱりイルカとあれな関係を築いてた……って…………しかも僕というか本来の僕が女房の立場で……
「ハイ、嘘っ!」
「ハハッ、七班のあいつらみたいなこと言ってる~」
脳天気に笑うイルカを問い詰めてやろうとしたら、いきなり「あっ、タイムセールやってんじゃん!」と叫んで駆け出してってしまった。
もうなんなのあの人。僕が女房とか訳わかんないこと言うし、世話するとか言っておきながら僕を放り出してセール行っちゃうし。おうち帰りたい。帰っちゃおうかな。
でも自分の家が分からないから、仕方なくイルカを追った。
スーパーの中でイルカの気配を辿ると、人混みをかき分けて大事そうに卵をニパック抱えたイルカが出てくる。
「やりましたよ! はい、スケア上忍の分」
当たり前のように差し出された卵のパックを流れで受け取ってから、いやいや卵なんかいらないと突き返した。
「お一人様一パックまでなんですよ。だからこれはスケア上忍が買ってくださいね」
「だから僕はいらないって」
「あなたがいらなくても俺がいるんです! 俺がいるならあなたも必要ってことになるんですよ!」
「あらあら、夫婦ゲンカ? って、はたけさんじゃなかったわ。ごめんなさいねぇ」
買い物かごを手にしたおばさんがナチュラルに割り込み綺麗に去っていった。
そして夫婦ゲンカという言葉に唖然としてる隙に卵パックは僕の手に押し込まれ、イルカはさっさとレジに向かってしまった。
「ほらほら、そんな卵くらいで不貞腐れてないで。この二階が俺ん家ですよ」
別に五両如きで不貞腐れてなんかないけど、それを言うとこの男が激怒する気がして黙っていた。
イルカの指すアパートはいかにも官舎といった風情ある建物で、階段に足を乗せると不穏な軋みが響く。二段目からは足を忍ばせて上がっていると、振り返ったイルカが含み笑った。
「何か?」
「ふふ、いいえ~。ただ、初めて家に来たカカシさんと同じ事してるなって」
当然と言えば当然だけど、僕とイルカの間に常に割り込んでくる『はたけカカシ』の名前。なんだかそれが気に食わなくて、イルカの後ろから一足飛びに二階まで飛んだ。
「うお! 卵を割らないでくださいよっ」
「そんな間抜けなことしない」
「……俺のこと忘れて帰ってきたくせに」
「何か言った?」
「いいえ~」
ぷいと顔を背けたイルカが僕の脇をすり抜けて、一番端の扉を開ける。
いつの間に卵以外も買っていたのか、大きな買い物袋をがさがさいわせながら「さぁ、どうぞ」と振り向きもせずにすたすた奥に向かっていくので、ブーツを脱いで後に続いた。
台所で代わる代わる手を洗うと、買い物袋の中身と僕の卵を冷蔵庫に詰めたイルカがまたニカッと笑う。
「それじゃ、夕飯の支度お願いします」
「え、僕が?! 他人の家でいきなり?!」
驚いている間にイルカはてきぱきと僕のコートを脱がせ、イルカがジャンプしてる(目の前のイルカではなく海洋生物の方)イラスト入りのエプロンを付けてしまった。
「そうですよ~。だってスケア上忍は、他人の作った胡散臭いメシなんか食えんでしょうが」
それは確かに仰る通りだけれども。だからっていきなり上官に作らせる?
でも傍若無人なイルカと言い争っても時間の無駄だとこの短い間に学習したので、しぶしぶ冷蔵庫の中身を覗いた。
「玉子焼きは絶対作ってくださいね!」
「はいはい、玉子焼きね。あとは……キャベツと挽き肉と玉ねぎと人参、ジャガ芋、しいたけか」
面倒だからロールキャベツを和風スープにして全部ぶち込んじゃおうと材料を取り出していると、いつの間にかイルカが間近で僕の顔を覗き込んでいた。
近い近い近い。初対面の時も思ったけど、この男の距離感はどうなってるんだ。
「何?」
「いや、その目の上下の紫のは化粧なのか、それとも最初からそういう風に変化したのかなと。動物の模様みたいに」
そんなことを考えてたのか、ほんっと失礼だな。
でもイルカの無礼さは不思議と癇に障らず、だんだん可笑しく感じられてくる。そろそろご飯も炊いておくかと米を探していると、イルカが流しの下の扉を開いて取り出してくれた。
「さすがに模様はないでしょ。化粧じゃなくてペイントに近いけどね」
「へぇ~! あ、明日の朝の分も多めに炊いておいて……って、ちゃんと三合半ですね」
言われてみれば無意識に三合半分を取っていた。確かに僕は朝ご飯は少なめだけど、なぜ初めから二人の二回分という微妙な適量を取れたのか。
記憶にない『イルカと暮らすカカシ』の行動が身に染みついていることに腹の底がじわりと嫌な焼け方をする。
「米はあんたがやって」
米の入ったざるを押し付けると、イルカが大袈裟なくらい驚いた。
「え、いいんですか?」
「自分も食べるものに毒なんて入れないでしょ」
「まぁ、それもそうですけど」
自分が言い出したことだけど、結局僕が火の前でイルカは流しの前と、並んで料理をすることになってしまった。
「へへ、新婚さんみたいですね!」
……だからなんでそういう発想になるかな。
「あんたとは真っ赤っかの他人でしょ」
冷たく言い放つと、イルカは目に見えてしょぼんとうなだれてしまった。でも僕のせいじゃない。
『僕』はイルカとは赤の他人だし。事実だし。
すっかりおとなしくなったイルカと、卓袱台で向かい合わせに座って夕飯を食べる。
スープを取り分けてやりながらそっとイルカを窺うと、やたら真剣な顔でもくもくと玉子焼きを口に運んでいる。
「あんたが食べたいって言うから作ったのに、おいしくない?」
するとイルカがぱっと顔を上げた。
「すみません! 同じ味なんでびっくりしちまって」
「同じ味って、誰と」
聞くまでもないことをつい問い返してしまい、答を聞く前から憮然とする。
「……スケア上忍はカカシさんのこと、嫌いなんですか?」
ロールキャベツに箸を入れて切り分けながら、突然何気ない風に尋ねられた。思わず動揺して箸をジャガ芋に突き刺してしまったけど、動揺したと思われるのも嫌でそのまま口に突っ込む。大きすぎるジャガ芋がちょうどいい時間稼ぎになった。
「……別に好きでも嫌いでもない。そんな判定できるほどカカシのことなんか知らないし」
箸に山盛りの白米を乗せたイルカが、「ふうん」と呟いて馬鹿でかい口を開けて白米の山を放り込んだ。
「俺はカカシさんもスケア上忍も、どっちも好きですけどね」
イルカの呑気な言い様に何て返したらいいのか分からなくて、とりあえず僕もご飯を山盛りにして口に突っ込んだ。
食後、先に風呂をどうぞと言われたけど、焦って食べすぎてしまった腹が重いから後にさせてもらった。
べったりとした紫のペイントは、なんとなく皮膚呼吸ができなくなる気がしてあんまり好きじゃない。でもこれをやらないと素顔を丸出しにしてるのは落ち着かないからしょうがない。
やっとペイントも落とせてさっぱりしたけど、タオルで拭いてもまだ湿って重くなった前髪が邪魔で、両手でかき上げて全部後ろに流した。
「お風呂どうも」
寝室をひょいと覗いて、ベッドの隣の床に布団を調えていたイルカに声をかける。
振り返ったイルカはなぜか真っ赤になってぐるんと顔を背け、敷いたばかりのシーツをぐしゃぐしゃと丸めた。
その子供っぽい態度にどこかあどけなさを感じてしまうのは、髪を下ろしてるせいか。
「ちょっと、そこまで無視するのは失礼じゃない」
「いやその、何て言うか綺麗なお顔立ちですよね、はははっ」
「なに、はたけカカシってそんな不細工なの?」
イルカがまたぐるんと振り返って、丸めたシーツを握りしめながら憤慨する。
「そんなはずないでしょう! カカシさんはめちゃくちゃ美人さんですよ! あんたみたいな胡散臭くてチャラい奴とは違いますからねっ」
へぇ。そう。
美人さん、ねぇ。
そりゃあ押しかけ女房するくらいだから、さぞや綺麗な男なんだろうね『カカシさん』は。
でもさぁ、今あんた、僕を見て赤面したよね?
綺麗なお顔立ちって言ったよね?
僕は寝室の入り口から大股に足を進め、イルカの前にしゃがむとにっこりと笑いかけた。
「……なんですか、そんな怖い顔して」
せっかくとっておきの笑顔を見せてやったのに、ほんとムカつく。
「僕の顔、気に入ったんでしょ?」
「そりゃまぁ、好きですけど。当たり前でしょう」
「僕のこと、好きって言ってたよね?」
「はぁ、カカシさんもあなたも、ですけど」
イルカがじり、と後ずさるのに合わせて僕もじり、と膝を進める。
「じゃあいいよね」
左手でイルカの肩を、右手で頭を抱え込んで顔を寄せる。
「んぎゃあああああ待った! タイムタイム!」
さすがにここまで色気のない悲鳴を上げられると思わなかった。
その隙にサッと飛びのいたイルカは、壁に背を付けて握りしめていたシーツを広げる。
え、もしかしてそれでガードしてるつもりなの?
思わずくすくすと笑いを漏らしながら、わざとかと思うくらい隙だらけのイルカににじり寄ると、シーツの上辺に人差し指をかけてぐいと下げた。
「イ~ルカ」
ひゅっと喉を鳴らしたイルカの額に自分の額を合わせる。
ダメですよ、と小さく呟くイルカは、もう逃げようとはしない。
頬を染め、潤ませた黒い目の奥に浮かぶのは……情欲だ。間違いない。
ダメじゃないでしょ、と鼻先をすり合わせると、イルカはぎゅうっと目をつむって、そして。
馬鹿でかい声で叫んだ。
「カカシさぁぁあああん! 本当にいいんですか! 俺、こんな胡散臭い奴とキスしちゃいますよ⁉」
……びっくりした。耳が破裂するかと思った。
「胡散臭いって失礼じゃない。それに僕はスケアだってば」
「ほんとにダメですってスケア上忍!」
「そんな嘘ついても無駄だよ、今ムラッとしてたでしょ。あと上忍はやめて。スケアって呼んでよ」
「スケアさんって呼んだらやめてくれます……?」
その上目遣い。誘ってるとしか思えないんだけど。また大声出されても困るから、とりあえずうんうんと頷いて油断させておこう。
あー、でもなんか萎えた。カカシさんカカシさんって馬鹿の一つ覚えみたいにすぐ呼んでさ。別にイルカが欲しい訳じゃないし。ただちょっとムラッとしてたみたいだから、僕まで引きずられただけだ、きっと。
するとシーツをバサリと落としたイルカが、いきなり僕の唇をつまんだ。
無意識に口を尖らせていたのか、上下まとめてぎゅっとつままれて何も喋れない。今度は何? と目で問いかけると、イルカは眉をハの字にして困ったように笑みを浮かべた。
「……ったく、そんな捨て犬みたいな顔しちゃって」
そんな顔してない、と言ってもむごむごとしか声が出ない。喋れないまま手を離してと言おうとしたら、ぱっと離してくれたのはいいけどなぜか頭を撫でられた。くしゃくしゃと、子供にするみたいに。
「しょうがねぇからスケアさんと付き合ってやりますよ」
「しょうがないからって何⁉ それになんで上から⁉ 付き合ってなんて一言も言ってないし、僕にも選択の自由ってもんが」
「ねぇよ」
僕の意見は見事にスパッと切り捨てられた。
イルカの言葉が刀だったら、竹どころか鉄でも一刀両断しただろうというくらい、見事に。
「あんたは絶対俺のこと好きになるから大丈夫だ」
「はぁ⁉ なんでそんなこと分かるわけ?」
「そりゃ分かるさ。カカシさんがそう俺に信じさせてくれたからな。何年もかけて」
自信満々になっているかと思った顔は、なぜか柔らかく甘やかな笑みを浮かべていて。
これだけの絶対的な愛情と信頼を目の前の男に与えてきたらしき『カカシ』に、ふつりと苛立ちが沸く。
「カカシさんはいつ、どんな時でも俺を愛してるんだよ。たとえあんたがスケアさんになっても、それは絶対揺るがない事実だ」
僕の中で何かが――誰かがざわりと蠢いた。
それは不愉快ながらもどこか馴染みのあるもので、とっさにそれをねじ伏せるように押さえ込んだ。
もっとイルカを見ていたい。
この僕のままで。
――僕のまま……?
僕が僕以外の誰の目でイルカを見るというのか。
僕はスケアだ。
どうやら本来の僕はカカシって奴らしいけど、今、僕はスケアだ。
カカシが女房だっていうなら、僕がイルカを抱いてやる。カカシさんなんてもう呼ばないくらい、僕に夢中にさせてやる。
「じゃあ、これからは僕だけを見て」
そう囁きかけると、イルカはちょっと困って首を傾げてからひたりと見つめ返してきた。
「あなたがそうしてほしいなら」
ああ、これは誓約だ。
イルカは傍若無人だけど誠実な人間だと、信じるに値する人間だと僕の勘が告げている。
だって僕にご飯を作らせてくれた。
忍にとって食事は生命線だ。口から体に入れるものを他人に作ってもらうのは、命を預けるに等しい。それをイルカは簡単に僕に委ね、そして僕にも委ねさせた。この短いひとときで。
命を委ねたなら体も貰っていいよね?
今度はゆっくりと額を合わせる。
命を、体を、心をも僕に預けて、と。
「あとね、言っとくけど、僕は女房なんかじゃないから」
「さすがに分かってますよ、あなたはカカシさんじゃないんだし」
「そういうことじゃなくて! 僕があんたを抱くよって言ってるの!」
イルカはさらに目を真ん丸にしてから、なぜか吹き出した。
「あー、そこ気にしてたんですか。大丈夫ですよ、カカシさんとも俺が抱かれる方ですから」
……あんたはほんっっっと、僕を煽る天才だよね。
それなら遠慮なくと唇を寄せる。
と。
頭の中のどこかでカチリと音がした。ような気がした。
なんだ?
とたんに情報の奔流が襲いかかってきて、思わず頭を抱えてうずくまる。
「スケアさん? ちょっと、どうしたんですか、スケアさん?!」
イルカの声が遠い。
ダメだよ、まだ伝えたいことがあるんだ。
イルカ、僕を見ていて。ずっと。
ずっと――――
――――――おれ、 だけ を。