【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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名ばかりの春、吐く息も凍るような夜更け――。
木ノ葉の里の西地区、その外れに広がる還らずの森の粗末な小屋の中に、幾つかの影が揺れている。
「いよいよ明日だ。潜入する準備は万全だろうな」
男の抑えた低い問いかけに、若者の興奮を隠しきれない声が返った。
「ああ、全員分の事前登録は済ませたぜ。俺は問題ないとして、あんたたちこそちゃんとバレないように変化できるんだろうな」
「こいつらは変化が得意な奴ばかりだから心配ない。それより本当に名家のガキばかりなんだろうな。攫ったはいいが、その辺のチンケなガキばかりじゃ困る」
「参加する奴らはちゃんと調べたさ。俺たちの新たな忍里の未来を担うガキだぞ、当たり前だろ。そんな心配ばかりしてないで、木ノ葉を出た後の事を考えようぜ」
浮かれた様子の若者に、頭領らしき男がため息で返す。
「任務は事前準備が最も重要なんだ。それが分からないようなひよっこじゃ、俺たちの里には迎えられんぞ」
「木ノ葉の現役の忍の俺がいたからこそ成り立つ計画だろ。七代目の息子が去年卒業したから、今年は警備もそこまで厳重じゃないはずだ。おい、今さらビビるなよ、今が絶好のチャンスなんだ!」
「声を抑えろ。ここはもう敵地だと思え」
鋭く叱責した年嵩の男を若者が正面から睨み付ける。
剣呑な空気が漂ったところで、頭領らしき男が片手を挙げて二人を制し全員を見回した。
「とにかく明日だ。総員抜かりなく臨め。――散」
静かな号令に、小屋の中の影が全て消えた。
*****
「皆さんこんにちは!」
「こんにちは~!」
「こうちょう先生こんにちは!」
アカデミーの体育館で、壇上に上がる校長のマイクを使わない朗々とした挨拶に、子供たちのあどけない声がてんでんばらばらに返る。
その後方には保護者が並んで子供たちをにこやかな笑顔で見守っていたが、中にはあからさまに心配そうな顔をする者もいた。
青藍色の詰襟に身を包んだイルカは、十六人の子供たちの顔を一通り見渡してから大人たちにも頷きかける。
「今日のアカデミー親子体験見学会は、入学してみたいと思ってる皆さんに授業の様子や学校の中をしっかりと見てもらいます。この中でアカデミーに通ってみたい子は手を挙げて……」
イルカが全部言い終わる前に、子供たち全員の手が元気良く挙がった。
ぴょんぴょんと跳ねながら両手を挙げる子や、「はいはいはーい!」と叫びながら手を振り回す子もいて大騒ぎになると思いきや、イルカが両手をパンと打ち合わせたとたんに静かになる。
「ようし、みんな元気いっぱいでいいな! 静かにするべき時もちゃんとできてえらいぞ」
そう言ったイルカの姿が壇上から消えたかと思うと、子供たちの真ん前にシュッと現れた。たった今イルカが立っていた所には丸太がごろんと転がっている。
いかにも忍者らしいパフォーマンスに、子供たちも「すっげぇ!」「うわぁ忍者だ!」と大喜びだ。
「まずは授業をしてる教室を見に行こうか。見学する時は喋らない、勝手な行動をしない、先生の言うことを聞く。立派な忍者になりたいなら、まずはルールをきちんと守れなきゃならない。できる人は静かに手を挙げてごらん」
今度は全員が黙って手を挙げる。
「先生がこうやって人差し指をシーってしたら、絶対に喋っちゃダメだぞ。それじゃ、みんなで初めての見学任務に出発だ。列を崩すなよ」
任務という言葉にキラキラと真剣な目をした子供たちが、イルカの後にぞろぞろと続く。その殿を務めるのは油女シノだ。列の中間には同じく教員二人と保健医のアオイも加わって、子供たちの動きをさりげなく見守っている。
そして体育館に残された保護者はアンコの誘導で会議室に向かった。こちらは特に禁止されてないせいか、知り合い同士でお喋りしながら移動していく。中には男性もちらほら混じっていて、卒業生なのか懐かしそうに辺りを眺めながらゆっくりとついていった。
子供たちには初めての任務と言ったが、イルカたち教員側にもこの体験見学会は初めての試みだった。
来年度にアカデミーに入学を希望している親子が春から安心して通えるようにと、事前に希望者を募っての体験見学会だ。実際の授業風景や校内の施設を案内するのだが、実は授業中の生徒たちの方にも不安材料があった。さすがに大がかりな悪戯はしないと信じたいが、不慮の事故や不測の事態までは防げない。第一回ということで、念のため先代火影で前校長のカカシにもスケアに変化して教員として参加してもらってはいるが。
どうか無事終わりますようにと、教員たち全員が笑顔の影で切に祈っていた。
最初は座学の教室の見学だ。
イルカの後ろに二列で続いていた子供たちは、きょろきょろと見回しながら静かに歩いていたが、教室の後方の出入り口の前でイルカが足を止めると一斉に注目する。
くるりと振り返ったイルカが、小さな声で子供たちに話しかけた。囁き声でも全員にはっきり伝わる話し方は忍の話術の基本だ。
「これから教室の中に入って、お兄さんお姉さんたちが勉強してるところを見学させてもらいます。みんな、さっきのシーッのルールは覚えてるかな? できる子は静かに手を挙げて」
イルカが人差し指を立てて唇に当てると、子供たちも片手で同じようにシーッとしながら反対の手を挙げた。それをにこやかに頷いて手を下げさせると、引き戸を静かに開けて教室に入る。その後を二列で続いた子供たちが、室内の様子を興味津々で見回していた。
今行われているのは最高学年の合同授業で、すり鉢状に段々に下がった座席の前方では、教師が巻物を広げて口寄せの契約の説明をしている。未就学児にはちんぷんかんぷんな内容に、案の定子供たちは生徒や教室の中ばかりを見ていたが、教師が印を組んで巻物から大きな赤茶色の犬が現れたとたん全員が釘付けになった。
「すっげぇ! でっかい犬だ!」
シノの真横で大声を上げた男の子の目は黒目がなく真っ白で、日向家に連なる子供だろうか。隣にいた黒髪の男の子が「ミナミのバカ! シーッ! 忍犬なんていつもうちで見てるだろっ」と険しい顔で怒ったが、虎ほどもある大きな忍犬の登場に教室内の生徒たちもざわめいたのであまり目立たなかった。
二人の背後に立ったシノが顔を寄せ、「犬塚フサ君、バカと言うのは良くないが今の注意は良かった。日向ミナミ君は次回から気を付けよう」と囁きながら二人の男の子の肩をぽん、ぽんと叩く。するとミナミとフサと呼ばれた子たちは決まり悪そうに頷いた。
イルカはその様子を見て満足げな笑みを浮かべ、大きな犬に夢中な子供たちに目を戻す。忍犬に興奮して声を上げる子供がいるのは想定内だったので、大騒ぎにならない限りは特に問題はない。口の動きだけで「わんわん、かわいい、わんわん」と嬉しそうな女の子もいて、最初に口寄せの授業の見学にして良かったと内心で胸を撫で下ろした。
教室を出た見学任務の一行は校長室へと向かった。
黒檀のドアが見た目の重厚さに反して軽々と開くのは、非力な子供でも簡単に開けられるようにという配慮だろう。
イルカがドアを開けて教員を含め総勢二十人近くを招き入れると、校長室のわりに質素でそう広くない部屋は、小さな子供ばかりとはいえほぼ満員御礼の状態だ。
「ここが校長先生の部屋です。みんなが何か困ったりお話したいことがあったら、いつでも来ていいんだよ」
物珍しげにきょろきょろと動く小さな頭にイルカが穏やかに語りかけたが、子供たちは初めて見る校長室に夢中のようだ。
「こうちょう先生、あのおっきいはこはなぁに?」
「あれは金庫だよ。先生の大事なものをしまってあるんだ」
「ねぇ、先生のいすにすわってみてもいい?」
「いいけど大きいし回るから、落っこちないよう気を付けるんだぞ」
先生先生と口々に呼びかける声に、イルカは丁寧に答えていく。
机の背後にある大きな窓に数人の子供が駆け寄った。窓を開けて乗り出したやんちゃな子供は、付き添い教員のカジカが素早く抱き上げて引き戻す。
壁に向かって「が、こと、よう、さんの」と謎の言葉を発している男の子は、壁にかかったスケジュールボードに書かれた文字を読めるところだけ音読しているのだろう。女の子数人が来客用のソファーに座ってひそひそ話をしているのをイルカが見守っていると、ジャケットの裾がくいと引っ張られた。
「先生、おしっこ」
ナルトのような金髪を三つ編みにした女の子は、ずいぶん我慢していたのか小刻みに足踏みをしている。イルカは急いで保健医のアオイを呼ぶと、廊下のすぐ先にあるトイレに連れてってくれるように頼んだ。そして室内の子供たちに声をかける。
「みんな、ちょっとトイレタイムにしようか。行きたい人はシノ先生についていくように」
シノが校長室のドアの外に移動して「こっちだ」と手を挙げると、六人がぞろぞろと部屋を出た。その様子を見て自分も行きたくなったのか、茶色い髪の男の子が一人みんなの後を追って走っていく。
アカデミーのトイレは男女別だが隣り合っている。シノはその前に立つと「トイレを済ませて手を洗ったら、またここに戻ってきましょう」と声をかけた。
男の子四人と女の子三人が分かれてトイレに入っていくと、先に行っていた保健医のアオイと女の子が女子トイレから出てきた。
「あら、トイレタイムにしたのね。この子を校長室に連れてったら私もここに戻りましょうか?」
「お願いします」
二人を見送ったシノはしばらく一人で突っ立っていたが、ふと何かの気配を感じたように肩に顔を向ける。
そこには小さな灰色の羽虫が止まっていた。
男子トイレの中には、口寄せの授業でシノに注意されたミナミとフサもいた。
その二人に向かって、後から走ってついてきた男の子が声をかける。
「なぁ、お前ら日向と犬塚の奴だろ」
「そうだけど」
「だれだよお前」
二人は本家ではないとはいえ、木ノ葉では名の通った家の生まれなので、そう言われることに慣れていた。
茶色い髪の男の子は他に一緒にトイレに来た男の子が個室に入るのを横目で確認すると、ミナミとフサに顔を寄せていかにも重大な秘密を明かすように声を潜めた。
「おれの兄ちゃんがアカデミー行っててさ、すごい口寄せ獣がいる部屋を教えてくれたんだ。どうだ、一緒に見に行ってみないか?」
二人は顔を見合せると「いく!」「やめとくよ」と同時に答えた。
「ミナミ、ダメだよ。シノ先生が待ってるんだから」
「ちょっとくらいいいだろ」
押し問答しているうちに水を流す音が響き、他の男の子が個室から出てきた。
茶色い髪の男の子は二人の手を掴むと、急いで個室に引っ張りこむ。
「おい、秘密なんだから静かにしろよ」
個室の鍵をかけて二人の方に向き合うと、ミナミとフサは慌てて両手で口を押さえた。
「まぁいいや、二人ともちょっとこれを見てみろよ」
茶色い髪の男の子がポケットから小さな巻物を出し、ぱらりと広げると二人に手渡した。
そこには真新しい墨で、円とその中心に一文字だけが書かれている。
『眠』と。
「これ、なんてかいてあるんだ?」
ミナミの問いに男の子は答えず、子供とは思えないスピードで幾つもの印を組んでいく。すると巻物から薄青い煙がふわりと漂い出して、覗き込んでいた二人は急にぐらりと倒れこんだ。
二人が個室の壁にもたれかかって眠っているのを確認した男の子は、自分の服をめくり上げて腹から札を剥がすと今度は別の印を組む。
煙が上がった後に現れたのは、二十代半ばの若い男だった。
男はさらに印を組んで自分の影分身を三体出す。狭い個室の中が大人四人と子供二人でぎゅうぎゅう詰めになったが、その三体は心得たようにすぐ変化の印を組んだ。
再び煙が上がった後には、ミナミとフサと先ほどの茶色い髪の男の子が現れる。
「急がないとシノ先生に怒られるぞ!」
フサの姿になった影分身が個室を飛び出すと、他の二人も続いて駆け出していった。
それを見送った若者は眠っている二人にニヤリと嫌な笑みを向けると、足元に転がった巻物を手に取る。そして今度は腰につけたポーチから二つの小さな人形を取り出した。
それは黒い布で頭と手足、胴体を象った簡素な人形で、その腹にはそれぞれ白い円の中心に『囚』の一文字が書かれている。
若者は緊張した面持ちで額に浮かぶ汗を袖で拭い、複雑な印を組み始めた。二十以上の印の最後の辰を組み終わると、眠っているフサとミナミがしゅるんと人形に吸い込まれる。
二人を吸収した人形は、髪や目や服装などそれぞれの姿に似た見た目に変化していた。
「お前らおとなしくしてろよ。って言っても俺たちの里に戻ったら、文字通り従順な『人形』になっちまうけどな」
ポーチから風呂敷を取り出して二体の人形をそっと包むと、ポーチに大事そうにしまい込む。そしてもう一度額の汗を拭うと、ふうと息をついた。
「こっちの首尾は上々。さて、あいつらに知らせなきゃな」
そう呟いた若者は腰のポーチから二枚の紙片を取り出すと、個室から出て窓を開けると式鳥に変えて宙に放った。
会議室ではアンコが保護者に向けてアカデミーのカリキュラムや行事、セキュリティー等をリーフレット片手に説明していた。
「……と、こういう流れで一年を通して学んでいくのですが、この中には卒業生もいらっしゃるようですからね。ご自分の入学時を懐かしく思われる方もいらっしゃるでしょう」
そう言ってにこやかに保護者に微笑みかけると、数人からくすくすと同意の笑いが返る。
「ただ、時代は大きく変わりました。他里との交流も活発になり、木ノ葉以外からの移住者も増えています。子供の新しいものに慣れるスピードは大人とは比べ物になりません。そこでよりグローバルな視野を持つ子供を育てるため、当校では他里との交換学生制度も積極的に取り入れております。こうした中での新しい校風は、以前をご存知の方には馴染まないかも……」
窓をこつこつと叩く音に、アンコの流暢な説明が途切れる。
式鳥が外の窓枠に止まって、窓ガラスをくちばしで律儀に叩き続けていた。
「すみません、私宛てのようです。ちょっと失礼」
保護者席の後方に座っていた細身の影の薄い男が、慌てて立ち上がると窓を開けて式鳥を捕えた。
男はしきりに頭を下げながら廊下へと出ていく。恐らく人目のない所で内容を確認するのだろう。
子供をアカデミーに入学させる保護者はやはり忍が多い。その男も緊急の任務が入ったのかと、しばらくしても戻らない男にアンコも内心で納得しながら説明を再開した。
「……ちょっと遅いですね」
トイレの前に戻ってきた保健医のアオイが、女の子たちと手を繋いだまま男子トイレの方に顔を向ける。
「私が見てきましょう。アオイ先生は先に子供たちを連れて戻っててください」
シノが男子トイレの様子を見に行こうとすると、男の子三人が慌てて飛び出してきた。
出会い頭にぶつかりそうになったフサが急に足を止め、ミナミとその後ろの男の子がフサの背中にぶつかった。
「大丈夫か? ずいぶん遅かったが腹でも壊してるのか?」
男の子たちをまとめて支えたシノが覗き込むと、三人が一斉に首を振る。
「ミナミがトイレのカギのあけかたがわからないって泣くから」
「おれが泣くわけないだろっ」
「分かったから静かに。さぁ戻ろう」
まだ小突きあっている二人を引き離し、八人の子供を連れてぞろぞろとトイレから戻ると、ちょうど教員のスケアとカジカが子供たちを廊下に並ばせているところだった。シノがトイレから戻った子供たちを列に並ばせると、最後尾に立つ灰色の髪の男の子の肩に手を置く。
「イルカ先生、十七人揃いました」
シノが子供たちの人数を報告すると、イルカは僅かに片眉を上げてから大きく頷いた。
「ようし、次は外の演習場で見学任務だぞ。その後はお父さんお母さんとみんなで記念撮影だ。途中の廊下に歴代の火影様の写真が飾ってあるから、そこも見ていこうな」
イルカが先頭に立って歩き出すと、子供たちもぞろぞろとついていく。
最初の角を曲がる所でイルカの歩みが僅かに早まったが、周りを見回していた子供たちは気付かなかった。先頭の子供二人が角を曲がるとイルカの青藍色の背にすぐ追い付いて、列は滞りなく進んでいく。
最後尾の子供が角を曲がりきった後、しばらくすると天井から人が降ってきた。
「さてとシノ、どういうことだ?」
それは見学任務を引率しているはずのイルカだった。
「感知蟲が登録外のチャクラを先ほどの男子トイレで感知しました。今は『蟲児』がその子たちについてます」
イルカが角からそっと身を出して、歩み去っていく列の様子を窺う。最後尾にはシノ、遠く先頭にはイルカの背が見えていた。
正確には二人の影分身の、だが。
「最後尾から二列目の子供二人か?」
「三人です。犬塚フサ、日向ミナミ、あとは里外からの入学希望者だという岩井ジン」
男子トイレの前でシノの肩に止まった灰色の羽虫は連絡蟲だった。
アカデミーの敷地内の地面、床、壁や天井にはシノの感知蟲が無数に生息している。それらが常時内部の者のチャクラをごく微量摂取して判別しフェロモンで共有していた。もしアカデミーに登録無き者が事務室を通らないなど正規の方法以外で敷地内に侵入すると、蟲たちがその者の付近に児童の姿になって現れ、連絡蟲が不審者の存在を知らせるのだ。
それはシノがアカデミーの保安対策として独自に編み出した『蟲児の術』という術だった。
今日参加している子供は十六人。
トイレから戻ってきたシノがイルカに報告したのは十七人だ。
遅れてトイレから飛び出してきた三人にひっそりとついていた灰色の髪の子供、それが『蟲児』で緊急事態発生の合図となり、イルカが角を曲がった一瞬で影分身を出して引率を任せ、同じく影分身を出したシノと合流したのだった。
「じゃああの三人は、トイレですり替わったってことだな」
「犬塚と日向が狙われたのは分かりますが、その岩井ジンという子は特に血継限界を持ってなかったはず。出身は土の国だったか……」
「そのジンが実行役で、怪しまれないように影分身を三体出したんじゃないの? さすがに未就学児が誘拐犯とは思えないし、ジンは子供に変化した大人だったと思った方がいいだろうね」
「カカシ様」「六代目」
二人の秘かな動きをカカシも気付いたらしい。
やはり影分身を置いてきたのか、スケアの変化を解いた本体として通常の支給服姿でイルカとシノの元に合流してきた。
「ということは、まだトイレにジンの本体と子供たちが?」
「見てきます」
駆け出そうとしたシノをイルカが止めた。
「いや、俺が行こう。シノは見学の方に戻ってくれ。あちらでもまだ何か動きがあるかもしれん」
頷いたシノの姿がふっと消えると、イルカはカカシに向き直った。
「それで、カカシさんはどうします? 一緒に来ますか?」
「ん~、行きたいところだけど、俺もちょっと気になる事があるんだよね。ま、アカデミーはあなたの独壇場みたいなもんだし、俺は邪魔にならない程度に動くよ。それにものすごく不本意だけど、イルカには『あれ』がいるから大丈夫でしょ? ものすごく不本意だけど」
わざわざ不本意を二度重ね、口布の上からでも分かるほどあからさまに口を尖らせたカカシに、緊急事態下にもかかわらずイルカは苦笑してしまった。
「『三猿』はあなただって契約してたじゃないですか、前校長先生。大丈夫ですよ、それより気になる事って」
「うーん、ちょっとね。……勘?」
「またですか。まぁ、あなたの勘は確かですからね。それじゃ俺は行きます」
「うん、俺も行くよ。イルカ、ご武運を」
カカシからかけられた珍しい言葉にイルカは目を見開いた。
「俺だって、昔からイルカに言いたかったんだよ」
照れ臭そうに目を逸らすカカシに、イルカはニカリと笑って拳を向けた。
「カカシさんもご武運を」
二人で拳を突き合わせると、真っ直ぐ眼差しを交わす。
カカシの目が柔らかく細められたかと思うと、その姿がかき消えた。
それを同じように目元を緩めて見送ったイルカは、すぐに顔つきをきりりと引き締める。そしてポケットから紙片を取り出すと『乙 ひよこの行進』としたためて式に変え、事務員宛てに飛ばした。
アカデミーの緊急事態発生時は段階ごとに通達方法があり、乙のひよこの行進は『不審者侵入 備えて常態待機』だ。式を見た事務員が校内放送で忍の耳のみ聴こえるひよこの行進の音楽を流してくれれば、全教員と事務員に伝わる。そしてすぐに強固な結界がアカデミー全体を覆うだろう。
これよりアカデミー敷地内は結界が解除されるまで、何人たりとも出入りすることは許されない。
子供は里の宝だ。大切なその宝を預かるアカデミーは、火影執務室に並ぶ防衛体制を敷いているのだ。
その万全の対策が十分機能するようにと願いながら、青藍色の裾を翻して駆け出した。
賑やかだった校長室の辺りは、人の気配もなく静まり返っている。
すると女子トイレから、金髪を三つ編みにした女の子がひそりと顔を覗かせた。先ほど保健医のアオイと一緒に戻ったはずの子供だ。
この女の子もまた影分身をして本体はトイレに潜んでいたのだが、シノの蟲が反応しなかったのは、恐らく同じチャクラの者が増えただけなので未登録の不審者という判定はされなかったからだろう。
女の子は素早く校長室に滑り込むと、真っ直ぐ金庫に向かう。ダイヤルとチャクラを組み合わせた鍵は、女の子が手をかざすと自然にぐるぐると回り、カチャリと解錠の音が響いた。
中を覗き込んだ女の子の耳に、いきなり幼児向けと思われるのどかな音楽が聴こえる。顔を上げると部屋の隅の上部にある校内放送のスピーカーから流れているようだ。
十秒ほど流れてぶつりと切れた音楽に、放送ミスか何かと判断した女の子は金庫の中に目を戻した。
女の子の身の丈ほどもある金庫の中は五段になっていて、それぞれの段にファイルやら書類やらが積まれている。女の子は手早く中身を改めていくが、目的の物が見付からないのかだんだんと探す手つきが荒くなっていった。
一番上の段から取り出したA4の白い封筒の上質さににんまりと笑みを浮かべた女の子は、中身を取り出したところで思わずといった素っ頓狂な声を上げる。
「なんだこりゃ。……子供の描いた絵?」
それは画用紙に描かれた似顔絵だった。恐らくは、だが。
真ん丸の円の天辺に太い杭のようなものが数本打たれ、白目のない真っ黒な両眼の間から縦一本に引かれた線は鼻だろうか。だがそれを横切る一本線のおかげで、顔の中心に十字架がある人みたいになっている。口は鮫か鬼の如く大きく両端まで裂け、上下共に剥き出しになった歯がなんとも猟奇的だった。
そんな下手くそな絵が一枚だけ、なぜか大切そうに上質な封筒にしまわれているのだ。他のファイルも作文や賞状といった学校にありがちな物で、本来金庫にしまっておくべき生徒の身上書や成績表などは一切なかった。
「くそっ、手土産になるもんでもあるかとわざわざ探しに来たってのに、クズみてぇな絵やら作文ばかりじゃねぇか」
幼い女の子とは思えないような悪態に、場違いなのんびりとした声がかかる。
「そう言わないでよ、校長先生の大事なものばかりなんだから」
反射的に低い姿勢でクナイを構えた女の子が振り返った。
「……六代目か。なぜここに俺がいると分かった」
「女の子がそんな短いスカートで大股開かないの。別に確信があった訳じゃないけど、あんたやけに金庫を気にしてたし。それにねぇ、小さい子が家族以外の大人にトイレって言う時は、特に女の子なんてもっと恥ずかしそうに言うもんよ? あんた、子供とあんまり関わったことないでしょ」
醜く顔を歪めた女の子がチッと舌打ちをして、クナイを投げ付けると同時に窓に飛び付いた。
真っ直ぐ向かってくるクナイを難なく避けたカカシは、手裏剣を女の子の行く手を遮るように窓枠に沿って数枚打った。続けて捕縛用の錘付き縄を投げつつ飛びかかる。捕縛縄は獲物を狙う蛇のように地から伸び上がって女の子に巻き付き、それを流れるようにうつぶせに引き倒したカカシが、背に片足を乗せて床に押さえ付けた。
勝負は一瞬でつき、女の子の顔が悔しげに歪む。
「あんた、本当は女の子じゃないんでしょ? 変化はそこそこ上手いけど所作がなってないんだよねぇ。どっかの里の忍か抜け忍か、それとも不届きなことに木ノ葉の奴かな?」
「うるせぇ! てめぇみたいな腑抜けの火影に誰が言うもんかっ」
肩から足首までぐるぐる巻きに拘束されているというのに、女の子は威勢よく言い返した。
「ふぅん。ま、あとはイビキに任せるからいいけどね。あいつも久々だから張り切るだろうなぁ」
尋問部のイビキの名に、女の子の目がとたんに泳ぎ出す。それを覗き込んだカカシがにこりと笑いかけた。
「……イビキの名前に反応するってことは木ノ葉の者か。日向と犬塚を狙った辺り、おおかた名家の子供を手土産に里抜けってところかな?」
優しげにたわむ灰蒼色の双眸に、だが温度はなかった。
情報を精査し時には冷徹な判断を下す、前統治者であり一人の戦忍の眼差しだった。
その目に間近で晒された女の子はひゅっと息を詰まらせる。生意気な口は利いても、しょせんは踏んだ場数が違うのだろう。或いは忍としての格の違いか。
「元の姿を拝みたいところだけど、このままの方が扱いやすいからね。さてと、男子トイレも気になるけど、とりあえず行きますか」
カカシの男子トイレという言葉に、女の子は小さく体を揺らす。
「反応するってことは、やっぱりあっちと関係あるんだね?」
黙りこくってしまったことを返答と捉えたカカシは、女の子を肩に担ぎ上げて人目を忍びながら校長室を後にした。
イルカが向かった先は、校長室近くのトイレが見える廊下の角だった。
ポケットから手鏡を取り出してその場にしゃがみ込むと、角からそっと差し出してトイレ近辺の様子を写し見る。するとちょうどカカシが校長室に滑り込むところだった。どうやらカカシの勘とやらは、イルカとほぼ同じ目的地を指していたらしい。
他に人気のないことを確認してそっと廊下に出る。イルカの目的地は男子トイレだ。
気配を断ったまま出入り口から様子を窺うと、中から二人の男の抑えた声が聞こえる。やはりカカシの言った通り岩井ジンは大人だったのかと得心がいったが、二人いるはずの子供の気配があまりにも薄いことを不審がる。もうここにはいないのかもしれないが、それにしてももう一人の大人はどこから現れたのか。
考えているうちに窓を開ける音がして、二人は外に出たようだと判断したイルカはトイレの中に忍び入った。
入って正面の窓は閉じられている。残り香のような僅かな複数人の気配を探ると、一番奥の個室に濃く残っているようだ。念の為その中を手早くあらためたが、子供たちの行き先を示すようなものは何一つ残っていない。これはやはり計画的なプロの犯行だと、立ち上がったイルカは窓を静かに開けて辺りを見渡した。校長室もトイレも三階にあるが、相手が忍ならここから降りるのも問題はないだろうと外に滑り出る。
窓の外には大人が一人立てるくらいの張り出し通路があり、その下は校庭が広がっていた。人目を忍ぶなら真っ直ぐ突っ切ることはしないと判断したイルカは、右奥にあるアカデミーの薬草園の方に狙いを定める。
「必ず助けてやるからな」
姿を消した子供たちに届けとでもいうように、微かな、それでいて力強い呟きを落とした。
音もなく通路を駆け抜けふわりと地に降りると、薬草園の手前の灌木の合間に二人の男が見える。子供の姿の時の面影はなく、どちらが岩井ジンだったのかは分からなかった。
だが、やはり子供たちの姿はない。
どこかに隠すにも、一緒に子供たちを連れてアカデミーを出ていかなければ誘拐する意味がないのだ。ならば何らかの方法で子供たちを連れているはずと、イルカは一瞬で腹を決めた。
「二人とも止まれ!」
消していた気配を露わにし、制止の声をかける。
同時に詰襟の前のファスナーを素早く下げて前を開けると、白いシャツに襷掛けをしたような黒革のクナイホルダーが現れた。イルカは腕をクロスさせると両脇下のクナイを引き抜き、二人に向かって投げ打つ。
それは若者の背後から割り込んできた細身の男にあっさりと弾かれてしまった。だがイルカはクナイを打つと即座に、詰襟の上衣の裾にぐるりと仕込んであった錘付きの細縄を引き出し、二人に向かって投げていた。
その捕縛縄も今度は若者のクナイに弾かれ、その隙に細身の男が千本を投げ打ってくる。その先端が僅かに濡れているのは、痺れ薬か毒が塗布されているのか。大技で反撃してこないのは騒ぎになって目立ちたくないからだろう。
上衣を翻しながら後転して避けたイルカに、更なる千本が立て続けに襲いかかった。三回目の後転で低く迎撃体勢を取りかけたイルカに向かって、若者が先ほどイルカが投げた細縄を掴んで飛ばしてくる。
あと一息で体勢の整わなかったイルカの二の腕から腰まで細縄が巻き付き、バランスを崩したイルカはその場に横倒しになった。
「なんだぁ、てめぇ一人か? オッサン、お偉い校長せんせーのくせにたいしたことねぇなぁ」
二人が近付いてくると、若者がわざと間延びした言い方でイルカを嘲る。
イルカは辛うじて自由の残された足で蹴りを入れようとしたが、反対に若者に顔を蹴り返された。
「おいおい、そんな反撃なんかして、大事な子供たちがどうなってもいいのか?」
「どうせハッタリだろう。子供なんてどこにもいないじゃないか」
唇の端から血を流しながらイルカが鼻で笑うと、茶色い髪の若者の方がニヤリと口を歪め、腰のポーチから風呂敷包みを取り出して中身を得意げに振りかざした。
「ちゃんと二人ともここにいるぜ。人形写しの術で今は人形になってるがな」
「おい、大事な血継限界のガキだぞ。むやみに見せびらかすな」
若者の背後にひっそり佇んでいた細身の男が、顔をしかめながら諌めた。
その姿を見たイルカは、細身の男が保護者の中にいたことを思い出す。ということは若者の方が岩井ジンだ。実行役のジンと行動を共にしているということは、細身の男も共犯なのだろう。二人とも僅かに北西の方の訛りがあり、里外の者の可能性が高い。
とにかくこれで子供たちの居場所というか在りかだけは分かったと、イルカは内心ホッとした。どこか違う場所に隠された上、術者本人が解除しないと殺されるような仕掛け付きだったら目も当てられない。
イルカにとって最も重要なのは子供の奪還で、犯人確保や犯行動機、計画の詳細などは二の次だ。
一連の攻撃をわざと失敗したのも、もし子供の命を盾にして無事逃げおおせるつもりなら、イルカが挑発したタイミングでカードを切るだろうと予測したからだ。
――戦闘経験の浅い若者ならば。
人は自分が有利だと思うと気が緩み、口にするべきじゃない情報を漏らしてしまう。
事態がどう転ぼうとアカデミーを覆う結界のおかげで敷地からは逃げられないので、あとは人形を奪い返して術を解除するだけだ。そのためにも、術者であろうジンは頭も体も生きている状態で捕らえること、と頭に刻む。
「ちょっと時間を食ったな。もう行くぞ、急げ」
細身の男が急かすように促すと、ジンは人形を腰のポーチにしまい込んだ。
「待て、その子たちをどうするつもりだ!」
「うるせぇな、後始末が面倒だからお前は生かしといてやってんだ。生き急ぐなよ……」
煩わしそうに振り返る細身の男をジンが遮ると、横たわったままのイルカにぐいと顔を寄せた。
「どうって、忍者に育て上げるんだよ、うちの里でな。せっかくの貴重な血継限界のガキを、こんな忍者ごっこしてる学校なんかに置いとくのはもったいないだろ? お気楽な校長せんせーには理解できないだろうがな」
再び嘲笑されて憤るかと思いきや、イルカは静かに返した。
「そうか、お前たちにはお気楽な学校に見えるんだな。私にはお前たちの方がよっぽどお気楽に見えるが」
「……なんだと?」
ジンは簡単に挑発に乗って、顔を赤くしながらイルカを睨み付けた。
だがイルカはなおも穏やかな口調で続ける。
まるでここは授業中の教室で、覚えの悪い生徒に言い聞かせでもするように。
「戦闘になった時に、敵の得物の安全性を確認もせず使用してはいけない。アカデミーの中等組で教える基本中の基本だよ。持ち主以外が触れると危険だったり、何か仕掛けを施してあるかもしれないからだ。……例えば、縄を投げる寸前に切れ目を入れておいた、とかな」
イルカを拘束していたはずの細縄がばらりと解けた。
「退け!」
ジンを引き戻しながら飛びすさった細身の男が印を組むが、イルカが低く唱える方が先だった。
「口寄せ 『三猿』」
口元に流れる血を親指で拭い、それを地に付ける。
すると親指の触れた点を中心に、瞬く間に黒々とした陣が広がっていった。中央の地面がぼこりと盛り上がったかに見えたが、立ち昇った黒い靄がそう見せていたのだ。その靄はいったん拡がると急速に一つ所に集約し、黒く強い毛に包まれた象ほどもある巨大な獣が現れる。
「なんだこりゃ。頭が三つの……犬?」
「こんなの幻術に決まってんだろ、解、解!」
異様な風体の獣に、ジンも細身の男も本能的に後ずさりした。だが細身の男の方がいくぶん冷静なのか、幻術を解こうと必死に解印を組む。
すると冥界の番犬ケルベロスのような三つ頭の獣が後ろ脚で立ち上がり、二人に向かってキシャアーッと咆哮を上げた。
「残念ながらどっちもハズレだ。幻術じゃないし、狛犬みたいな見てくれだがこいつは猿だよ。……三猿 『見猿』!」
イルカの呼号で三猿の頭の一つ、両目の無い頭がぐいと首を伸ばす。
そしてぐわりと口を開けると、二人の頭に喰らい付いた。
「うわあ! ………ぁ、あ?」
「ヒッ! ……なんだ?」
ジンと細身の男の悲鳴に続き、戸惑う声が上がる。
ずらりと並ぶ鋭い牙に確かに噛み付かれたと思ったのに、痛みも流血もないのだ。てっきり一撃で命を奪われたと確信した二人の体がふらりと揺らぐ。
ただ、奪われたものは別にあった。
「落ち着けよ、単に何も見えなくなっただけだろう。常に冷静であれ。これも戦闘の心得の基本だぞ」
諭しながら二人に近付いたイルカが、ジンの腰のポーチから人形を包んだ風呂敷包みを取り出す。
「てめぇ! 返せっ」
それに気付いたジンがクナイを振り回すが、急に視界を奪われたことで無闇な攻撃になり、隣の細身の男の腕を切り裂いてしまった。
「馬鹿野郎、落ち着け!」
年の功か経験の差か、先に冷静さを取り戻した細身の男が血を流しながらもまた術印を組み出す。
だが今度もイルカの呼号の方が早かった。
「次は言葉を奪う。三猿 『言ハ猿』!」
三猿のうち口の無い頭が首を伸ばしたが、いかんせん口がないためか今度は喰らい付くことなく、黒い毛に覆われた逞しい腕を袈裟懸けのように振り抜いた。鋭い爪は確かに二人の胸と腹を裂いたかに見えたが、やはりすり抜けたかの如く傷を与えていない。
襲われながらも今まさに術名を言おうとしていた男の言葉が、不自然に止まる。
「土遁 心中ざ………?! ~~~~っ」
「仙界の生き物の術を食らうのは初めてか? いい経験ができて良かったな。さて、これで最後だ。三猿 『聞カ猿』!」
三つ頭の耳の無い頭がぐんと伸び、またしても二人をまとめて喰らう。
だががちりと牙の合わさる音は響いたものの、やはり傷一つ付いていなかった。それなのに二人はなぜか両手を彷徨わせながらふらふらと揺れ動き、そのうちその場に座り込んでしまった。
地面の感触を確認するように手を這わせる細身の男と、声なき叫びを上げながら無闇やたらにクナイを振り回し続けるジンを、気配を断って近付いたイルカはあっさり拘束する。今度はベルトの後ろに付けたホルダーから、捕縛用のワイヤーを取り出して。
「完全な闇、完全な沈黙、完全な静寂は感覚の鋭い忍には相当きついだろう。どこかに触れていないと前後左右、上下すら分からんからな。それでも一流の忍なら何とか突破口を開くもんだがなぁ……そうですよね、カカシさん」
「お疲れさまイルカ。相変わらず見事なお手並みだね」
「高みの見物とは優雅ですね、カカシさん。そちらも無事片付いたようで」
薬草園の傍らに立つ夾竹桃の枝にしゃがんで、ぐるぐる巻きの女の子を担いだまま文字通り高い所から見物をしていたカカシに、イルカが晴れやかな笑顔を向ける。だがすぐに切れた口の痛みに顔をしかめた。
それを目にしたカカシも、やはり顔をしかめながら地面に降り立つとぐるぐる巻きの女の子をぽいと転がし、イルカの口の端にそっと触れる。
「こいつらにやられたの」
「そうですけど、三猿を口寄せするのに血が必要だったから、ちょうど良かったんですよ」
するとカカシが不機嫌を隠さないまま、イルカの傷口をぺろりと舐めた。
「賊は後できっちり報復するとして、こいつ……獣のくせに先生の血を欲しがるなんて、ほんとムカつく」
カカシの恨みがましい横目に、三猿は見猿と聞カ猿の大欠伸で応える。そしてワイヤーで拘束された賊の二人を、前脚で踏み付けて押さえた。
「しょうがないじゃないですか、本来なら俺のチャクラ量じゃ契約すらできないところだったんだから。もういい加減受け入れてくださいよ」
校長に就任してから何度も繰り返されてきたやり取りに、イルカもうんざりとした顔を隠さなかった。
三つ頭の三猿『見猿・言ハ猿・聞カ猿』はアカデミーの守護獣だ。
元々は三代目が猿猴王とは別に仙界の獣と契約して、代々の火影であり校長を兼任してきた面々に受け継がれてきたのだが。カカシの代でアカデミーを火影の管轄から切り離し、校長という独立した役職を置くことになった。
そこで困ったのが、イルカが中忍という事実だ。
守護獣を使役するのにチャクラが足りないせいで契約ができず、前校長でもあるカカシが三猿だけは引き続き使役しようかと検討していたところ、試しに三猿に尋ねてみると『見猿』が代表して答えた。
「うみのイルカならば、特別に血のみで契約してもよい」と。
イルカは幼い頃から三代目と交流があり、三猿とも面識があった。もっとも、悪戯が過ぎて三代目が三猿を呼び出し、きつくお灸を据えられたという不名誉な面識だが。
最初は恐くて泣いて謝っていたイルカも、持ち前の好奇心と生粋の動物好きのおかげですぐに三猿と仲良くなり友達と呼び始めた。
時は巡り、イルカが単独での初代校長となって契約を結ぶことになった時は、縁とは不思議だなぁと思ったものだ。
それだけで済まないのが、恋人であるカカシの存在で。
口寄せするたびにイルカの一部である血を代償にするのも気に食わないし、あっさり特別扱いするほど仲がいいのもだが、何より自分が知らなかった子供時代から交流があるという一点がとにかく腹に据えかねた。
そんな子供じみた独占欲を隠そうともしないカカシを、イルカは半ば呆れながらも毎回ハイハイといなしているのだ。
「いっそのこと三猿との契約を破棄して、俺を口寄せればいいんじゃないの」
「どこの世界に元火影を守護獣として口寄せする奴がいるんだ! ほら、そろそろ見学体験のみんなが記念撮影に校庭に集まりますよ。こいつらをイビキさんに渡して、子供たちを元に戻す方法を聞き出してもらわないと」
するとまだ不満げなカカシの目がきらりと光を帯びた。
「土の国の『人形写しの術』なら解術できるよ。昔コピーしたことがある」
「そうなんですか?! さすがカカシさん! じゃあお願いします」
喜び勇んで人形を差し出すイルカに、カカシは意地の悪い笑みを向ける。
「イルカがキスしてくれたらいいよ。今、ここで」
「はぁ?! ここはアカデミーですよ! できる訳ないだろ、なにふざけたことぬかしてんだっ」
日頃の校長の落ち着きある威厳など吹っ飛ばし、顔を真っ赤にして怒鳴るイルカに三猿の『見猿』がまたもや面倒くさそうに欠伸をしながら呟く。
「接吻くらい減るもんでもなし、してやれば良かろう」
「おまっ、他人事だと思って!」
「三猿もたまにはいいこと言うじゃない。そうだそうだ~、減るもんじゃないし」
調子に乗って囃すカカシをイルカがぎらりと睨みつける。
「……この仕返しは絶対するからな」
「いつでも待ってるよ。ほら、早くしないとみんな来ちゃう」
無造作に口布を下ろして見目のよい唇を惜し気もなく露わにしたカカシに、イルカはキスするというより噛み付く勢いで口をぶつけた。
「痛っ!」
怒りに任せて実際に噛み付いたのか、イルカが顔を離すとカカシの唇が赤く腫れている。
「さぁ、しましたよカカシ様。さっさと解術!」
イルカが両手に乗せた人形をぐいと押し付けると、口布を戻したカカシは「色気ないなぁ」などとぶつくさ言いながらも、いとも簡単に二十以上の印を次々と組んでいく。
そして最後の印を組み終えたところで、両手の平を人形の腹にそれぞれ当てた。
「解」
人形から子供たちがしゅるんと押し出されるようにして現れ、ごろりと地面に横たわった。イルカの手に残った人形は元の布の塊に戻っている。
「ミナミ、フサ! 大丈夫か?!」
イルカが二人を抱き起こすと、フサが先にぱちりと目を開けた。
「あれ、こうちょう先生……六代目さまも?」
「……あっ、オレたち先生にナイショで口よせのケモノ見にいこうなんてしてないから!」
続いて目を開けたミナミが慌てて言い訳を始めたので、二人がどうやって連れ出されたのかだいたい察したカカシとイルカは顔を見合わせた。
「二人とも、見学任務のルールを守れなかったんだな?」
重々しいイルカの言葉に、とたんにしゅんとしてしまった。
「あの、……ごめんなさいこうちょう先生」
「オレたちもう、アカデミーににゅうがくできない?」
不安を隠さない二人に、イルカは厳しい顔を向ける。
「任務でルールは絶対だ。でも君たちはまだ入学前だからな。なぜルールを守らなきゃいけないのか、ルールを破ってもいいのはどんな時かをアカデミーでこれから学んでいけばいい。分かったかな?」
「「はい!」」
声を揃えて返事をし、安心のあまり抱き合う子供たちに二人は優しげな眼差しを送った。
すると校舎の方からぞろぞろと保護者たちの列が現れる。どうやら見学の子供たちより早く説明会が終わったようだ。
「三猿、今日もありがとな。お疲れさま」
三猿はミナミとフサの背後にいるので、二人はまだ恐ろしげな獣の存在に気付いていない。大勢が集まってくる前にとイルカが労いの言葉をかけて笑いかけると、三猿は心得たように頷いて「イルカ、またな」と頷いて消えた。
「あぁ、そうだ。シノにもう大丈夫と連絡しておきますか。あとあれも流さないと」
緊急事態が収束した際は、アカデミーの校歌がまた同じように秘かに校内放送で流される。まずはその連絡をとイルカが式を飛ばすと、カカシも式を飛ばしながら答える。
「シノにはスケア先生に伝えてもらうよ。『四人』の始末をお願いしなきゃならないから、そのついでにね」
四人とは影分身したジンとミナミやフサたち、女の子の影分身のことだろう。
本体がここにいるのに合流したら、作戦に失敗したことが影分身に発覚してまた何か行動を起こされても困る。恐らく校庭で合流する寸前に四人の姿は秘かに消されているだろう。スケアによって。
「そうですよね、よろしくお願……っ!」
イルカの視界に小さな影が素早く過ぎった。
今までおとなしくし転がっていた女の子が、どう拘束を解いたのかいきなり駆け出したのだ。逃げるのに不利と判断したらしく、ぼふんと上がった煙をまといながら駆ける後ろ姿は若い男のものだった。
「土遁 口寄せ・追牙の術! 土壁 土流壁!」
イルカが隣に目を向けた時には、カカシは既に印を組み終えて地に両手を叩き付けていた。
若者の前に突如として轟音と共に土中から現れた土壁がそびえ立つ。その壁には四頭の犬の彫像。カカシ独自の土流壁だ。
これだけのスピードで、しかも二種の術を同時に発動させられるなど、並大抵の忍にできることではない。現役を退いてなお一流の忍であり続けるカカシに、イルカは思わず現状を忘れて一瞬ぼうっと見惚れてしまった。
その間にも壁の前で足を止めてしまった若者の足元から八忍犬たちが飛び出し、両手足に食らい付いて動きを封じる。姿は大人になっていても、カカシの匂いが付いたままの若者を追って捕らえるのは忍犬たちにはいとも容易いことだった。
「うおおおスッゲェ!」
「六代目さまカッケェ!」
逃走を図った不審者を捕らえるという状況を知らないミナミとフサは、手を叩いて無邪気に喜んだ。
保護者のグループも何事かと遠巻きに眺めていて、見学体験の子供たちも集まってきている。その中に引率していた影分身のイルカも例の四人の子供たちの姿もなく、イルカは最後尾に立っているスケアに小さく頷きかけた。
これは新たな非常事態なのかと目で問いかけてくるアンコやシノたち教員に大丈夫だとそっと目配せを送ると、ミナミとフサの肩に手を置いてむやみに動き回らないように押さえる。カカシが相手をしてるとはいえ、下手に近付くと人質として巻き込まれかねないからだ。
カカシは既に若者の傍らに立ち、忍犬たちに押さえ込まれた姿をじっと見下ろしていた。
「お前ね……こんな四面楚歌で愚直に真っ直ぐ逃げるなんて、まともな状況判断もできないの? 本当に往生際が悪いねぇ」
すると若者は悔しさを隠そうともせず、カカシを睨み付ける。
「……んでだよ。あんたそんな凄いのに、なんでだよ」
質問ともいえない脈絡のない呟きに、カカシは怪訝な顔になった。若者はその表情すら憎らしいとでも言うように、突然まくし立てる。
「親父も爺さんも上忍師もみんな口を揃えて言うんだ……写輪眼のカカシは桁違いに強かった、暗部隊長は人並み外れた強さだった、平和になった今、あれだけの忍はもう出ないだろうって! それが今はどうだ?! 火影引退してのほほんとした間抜け面を晒しやがって! あんたそれでいいのかよ!」
いきなり一方的に詰られたカカシは僅かに目を見開いたが、どういう意図であれ、黙って若者の叫びに耳を傾けているようだ。
「……俺は違うぞ。平和なんてくそ食らえだ。忍は敵を殺してなんぼだろうが! こんなチンケな里なんか抜けて新しい里で鍛え上げて、最強の忍になって五大国に勇名を轟かせ……」
――チチチチチチッ
どこか場違いなほど、のどかな小鳥のさえずりが響く。
それはカカシの右手から発せられていた。
青白く輝くチャクラをまとった右の手から。
カカシはその右腕を大きく引くと、若者の顔を目がけて一瞬の躊躇いもなく突き入れた。
「ヒィ……ッ」
悲鳴を上げてぎゅっと目を閉じた若者の耳に、やがて静かなカカシの声が届く。
「どうだった?」
「…………っ、え……?」
「お前を殺そうとする『写輪眼のカカシ』は凄かったか?」
焦点が合わないほど間近に見える四本の指の先端は、もう雷をまとっていなかった。
ただの揃えられた指先が、微動だにせず若者の眉間にぴたりと照準を合わせている。それをゆるりと引いたカカシは、穏やかな口調で重ねて問いかけた。
そして。
「……戦とはこういうもんだよ。最強でも下忍でも殺るか殺られるか、それだけだ。格好良いとこなんか一つもないよ」
にこりと笑みを向けるが、そこには僅かに乾いたものが滲んでいた。
或いは、痛みのようなものが。
それきり口をつぐんだカカシは、スッと右手を上げる。
するとどこから現れたのか、マントにフードを深く被った忍がカカシの横に立ち。
今だ呆然としたままの若者を抱え上げると、静かにその姿を消した。
同時にイルカの背後でもマントの忍二人が秘かに現れ、イルカに頷いて見せるとジンと細身の男を回収して消える。
立ち上がってくるりと振り返ったカカシの顔にはもう、柔らかな笑みが戻っていた。
里の父であった『六代目火影』の頼りがいのある、それでいて優しげな笑みが。
するとアンコが一歩前に出て声を張り上げた。
「さて皆さん、アカデミーの防犯システムのデモンストレーションはいかがだったでしょうか。このように不審者が校内に侵入しても私たち教員と、時には先代火影様も加わって万全の態勢で対応するので、どうぞ安心してください」
そつのないアンコの口上に、わっと拍手が上がる。
保護者の中には恐らく先の大戦で共に戦った世代だろうか、カカシの言葉に何か言いたげな、抑えきれない感情を露わにした者も数人いたが、ぐっと唇を引き結んでカカシに向かって小さく頷きかけるだけにとどめた。
それらをしっかり目と胸に収めたイルカも、場の空気を変えるように声を張り上げる。
「さてと、それでは最後に記念撮影をしましょうか。せっかくカカシ様が作ってくれた土流壁があるから、その前に皆さん並んでください」
イルカの提案に教員たちがてきぱきと子供たちを前列へ、保護者を後列へと誘導していった。
「このかべ、わんちゃんがいるよ」
「うわぁ、ほんものの忍犬だ! すごい!」
「じゃあ忍犬たちも一緒に撮ろうか」
喜ぶ子供たちに、カカシは快く忍犬たちも一緒に並ぶよう声をかける。
わいわいと盛り上がる中、スケアがカメラを構えて「皆さんこっちを見てください! はい、チーズ!」と言う爽やかな掛け声が青空へと吸い込まれていった。
木ノ葉の里の西地区、その外れに広がる還らずの森の粗末な小屋の中に、幾つかの影が揺れている。
「いよいよ明日だ。潜入する準備は万全だろうな」
男の抑えた低い問いかけに、若者の興奮を隠しきれない声が返った。
「ああ、全員分の事前登録は済ませたぜ。俺は問題ないとして、あんたたちこそちゃんとバレないように変化できるんだろうな」
「こいつらは変化が得意な奴ばかりだから心配ない。それより本当に名家のガキばかりなんだろうな。攫ったはいいが、その辺のチンケなガキばかりじゃ困る」
「参加する奴らはちゃんと調べたさ。俺たちの新たな忍里の未来を担うガキだぞ、当たり前だろ。そんな心配ばかりしてないで、木ノ葉を出た後の事を考えようぜ」
浮かれた様子の若者に、頭領らしき男がため息で返す。
「任務は事前準備が最も重要なんだ。それが分からないようなひよっこじゃ、俺たちの里には迎えられんぞ」
「木ノ葉の現役の忍の俺がいたからこそ成り立つ計画だろ。七代目の息子が去年卒業したから、今年は警備もそこまで厳重じゃないはずだ。おい、今さらビビるなよ、今が絶好のチャンスなんだ!」
「声を抑えろ。ここはもう敵地だと思え」
鋭く叱責した年嵩の男を若者が正面から睨み付ける。
剣呑な空気が漂ったところで、頭領らしき男が片手を挙げて二人を制し全員を見回した。
「とにかく明日だ。総員抜かりなく臨め。――散」
静かな号令に、小屋の中の影が全て消えた。
*****
「皆さんこんにちは!」
「こんにちは~!」
「こうちょう先生こんにちは!」
アカデミーの体育館で、壇上に上がる校長のマイクを使わない朗々とした挨拶に、子供たちのあどけない声がてんでんばらばらに返る。
その後方には保護者が並んで子供たちをにこやかな笑顔で見守っていたが、中にはあからさまに心配そうな顔をする者もいた。
青藍色の詰襟に身を包んだイルカは、十六人の子供たちの顔を一通り見渡してから大人たちにも頷きかける。
「今日のアカデミー親子体験見学会は、入学してみたいと思ってる皆さんに授業の様子や学校の中をしっかりと見てもらいます。この中でアカデミーに通ってみたい子は手を挙げて……」
イルカが全部言い終わる前に、子供たち全員の手が元気良く挙がった。
ぴょんぴょんと跳ねながら両手を挙げる子や、「はいはいはーい!」と叫びながら手を振り回す子もいて大騒ぎになると思いきや、イルカが両手をパンと打ち合わせたとたんに静かになる。
「ようし、みんな元気いっぱいでいいな! 静かにするべき時もちゃんとできてえらいぞ」
そう言ったイルカの姿が壇上から消えたかと思うと、子供たちの真ん前にシュッと現れた。たった今イルカが立っていた所には丸太がごろんと転がっている。
いかにも忍者らしいパフォーマンスに、子供たちも「すっげぇ!」「うわぁ忍者だ!」と大喜びだ。
「まずは授業をしてる教室を見に行こうか。見学する時は喋らない、勝手な行動をしない、先生の言うことを聞く。立派な忍者になりたいなら、まずはルールをきちんと守れなきゃならない。できる人は静かに手を挙げてごらん」
今度は全員が黙って手を挙げる。
「先生がこうやって人差し指をシーってしたら、絶対に喋っちゃダメだぞ。それじゃ、みんなで初めての見学任務に出発だ。列を崩すなよ」
任務という言葉にキラキラと真剣な目をした子供たちが、イルカの後にぞろぞろと続く。その殿を務めるのは油女シノだ。列の中間には同じく教員二人と保健医のアオイも加わって、子供たちの動きをさりげなく見守っている。
そして体育館に残された保護者はアンコの誘導で会議室に向かった。こちらは特に禁止されてないせいか、知り合い同士でお喋りしながら移動していく。中には男性もちらほら混じっていて、卒業生なのか懐かしそうに辺りを眺めながらゆっくりとついていった。
子供たちには初めての任務と言ったが、イルカたち教員側にもこの体験見学会は初めての試みだった。
来年度にアカデミーに入学を希望している親子が春から安心して通えるようにと、事前に希望者を募っての体験見学会だ。実際の授業風景や校内の施設を案内するのだが、実は授業中の生徒たちの方にも不安材料があった。さすがに大がかりな悪戯はしないと信じたいが、不慮の事故や不測の事態までは防げない。第一回ということで、念のため先代火影で前校長のカカシにもスケアに変化して教員として参加してもらってはいるが。
どうか無事終わりますようにと、教員たち全員が笑顔の影で切に祈っていた。
最初は座学の教室の見学だ。
イルカの後ろに二列で続いていた子供たちは、きょろきょろと見回しながら静かに歩いていたが、教室の後方の出入り口の前でイルカが足を止めると一斉に注目する。
くるりと振り返ったイルカが、小さな声で子供たちに話しかけた。囁き声でも全員にはっきり伝わる話し方は忍の話術の基本だ。
「これから教室の中に入って、お兄さんお姉さんたちが勉強してるところを見学させてもらいます。みんな、さっきのシーッのルールは覚えてるかな? できる子は静かに手を挙げて」
イルカが人差し指を立てて唇に当てると、子供たちも片手で同じようにシーッとしながら反対の手を挙げた。それをにこやかに頷いて手を下げさせると、引き戸を静かに開けて教室に入る。その後を二列で続いた子供たちが、室内の様子を興味津々で見回していた。
今行われているのは最高学年の合同授業で、すり鉢状に段々に下がった座席の前方では、教師が巻物を広げて口寄せの契約の説明をしている。未就学児にはちんぷんかんぷんな内容に、案の定子供たちは生徒や教室の中ばかりを見ていたが、教師が印を組んで巻物から大きな赤茶色の犬が現れたとたん全員が釘付けになった。
「すっげぇ! でっかい犬だ!」
シノの真横で大声を上げた男の子の目は黒目がなく真っ白で、日向家に連なる子供だろうか。隣にいた黒髪の男の子が「ミナミのバカ! シーッ! 忍犬なんていつもうちで見てるだろっ」と険しい顔で怒ったが、虎ほどもある大きな忍犬の登場に教室内の生徒たちもざわめいたのであまり目立たなかった。
二人の背後に立ったシノが顔を寄せ、「犬塚フサ君、バカと言うのは良くないが今の注意は良かった。日向ミナミ君は次回から気を付けよう」と囁きながら二人の男の子の肩をぽん、ぽんと叩く。するとミナミとフサと呼ばれた子たちは決まり悪そうに頷いた。
イルカはその様子を見て満足げな笑みを浮かべ、大きな犬に夢中な子供たちに目を戻す。忍犬に興奮して声を上げる子供がいるのは想定内だったので、大騒ぎにならない限りは特に問題はない。口の動きだけで「わんわん、かわいい、わんわん」と嬉しそうな女の子もいて、最初に口寄せの授業の見学にして良かったと内心で胸を撫で下ろした。
教室を出た見学任務の一行は校長室へと向かった。
黒檀のドアが見た目の重厚さに反して軽々と開くのは、非力な子供でも簡単に開けられるようにという配慮だろう。
イルカがドアを開けて教員を含め総勢二十人近くを招き入れると、校長室のわりに質素でそう広くない部屋は、小さな子供ばかりとはいえほぼ満員御礼の状態だ。
「ここが校長先生の部屋です。みんなが何か困ったりお話したいことがあったら、いつでも来ていいんだよ」
物珍しげにきょろきょろと動く小さな頭にイルカが穏やかに語りかけたが、子供たちは初めて見る校長室に夢中のようだ。
「こうちょう先生、あのおっきいはこはなぁに?」
「あれは金庫だよ。先生の大事なものをしまってあるんだ」
「ねぇ、先生のいすにすわってみてもいい?」
「いいけど大きいし回るから、落っこちないよう気を付けるんだぞ」
先生先生と口々に呼びかける声に、イルカは丁寧に答えていく。
机の背後にある大きな窓に数人の子供が駆け寄った。窓を開けて乗り出したやんちゃな子供は、付き添い教員のカジカが素早く抱き上げて引き戻す。
壁に向かって「が、こと、よう、さんの」と謎の言葉を発している男の子は、壁にかかったスケジュールボードに書かれた文字を読めるところだけ音読しているのだろう。女の子数人が来客用のソファーに座ってひそひそ話をしているのをイルカが見守っていると、ジャケットの裾がくいと引っ張られた。
「先生、おしっこ」
ナルトのような金髪を三つ編みにした女の子は、ずいぶん我慢していたのか小刻みに足踏みをしている。イルカは急いで保健医のアオイを呼ぶと、廊下のすぐ先にあるトイレに連れてってくれるように頼んだ。そして室内の子供たちに声をかける。
「みんな、ちょっとトイレタイムにしようか。行きたい人はシノ先生についていくように」
シノが校長室のドアの外に移動して「こっちだ」と手を挙げると、六人がぞろぞろと部屋を出た。その様子を見て自分も行きたくなったのか、茶色い髪の男の子が一人みんなの後を追って走っていく。
アカデミーのトイレは男女別だが隣り合っている。シノはその前に立つと「トイレを済ませて手を洗ったら、またここに戻ってきましょう」と声をかけた。
男の子四人と女の子三人が分かれてトイレに入っていくと、先に行っていた保健医のアオイと女の子が女子トイレから出てきた。
「あら、トイレタイムにしたのね。この子を校長室に連れてったら私もここに戻りましょうか?」
「お願いします」
二人を見送ったシノはしばらく一人で突っ立っていたが、ふと何かの気配を感じたように肩に顔を向ける。
そこには小さな灰色の羽虫が止まっていた。
男子トイレの中には、口寄せの授業でシノに注意されたミナミとフサもいた。
その二人に向かって、後から走ってついてきた男の子が声をかける。
「なぁ、お前ら日向と犬塚の奴だろ」
「そうだけど」
「だれだよお前」
二人は本家ではないとはいえ、木ノ葉では名の通った家の生まれなので、そう言われることに慣れていた。
茶色い髪の男の子は他に一緒にトイレに来た男の子が個室に入るのを横目で確認すると、ミナミとフサに顔を寄せていかにも重大な秘密を明かすように声を潜めた。
「おれの兄ちゃんがアカデミー行っててさ、すごい口寄せ獣がいる部屋を教えてくれたんだ。どうだ、一緒に見に行ってみないか?」
二人は顔を見合せると「いく!」「やめとくよ」と同時に答えた。
「ミナミ、ダメだよ。シノ先生が待ってるんだから」
「ちょっとくらいいいだろ」
押し問答しているうちに水を流す音が響き、他の男の子が個室から出てきた。
茶色い髪の男の子は二人の手を掴むと、急いで個室に引っ張りこむ。
「おい、秘密なんだから静かにしろよ」
個室の鍵をかけて二人の方に向き合うと、ミナミとフサは慌てて両手で口を押さえた。
「まぁいいや、二人ともちょっとこれを見てみろよ」
茶色い髪の男の子がポケットから小さな巻物を出し、ぱらりと広げると二人に手渡した。
そこには真新しい墨で、円とその中心に一文字だけが書かれている。
『眠』と。
「これ、なんてかいてあるんだ?」
ミナミの問いに男の子は答えず、子供とは思えないスピードで幾つもの印を組んでいく。すると巻物から薄青い煙がふわりと漂い出して、覗き込んでいた二人は急にぐらりと倒れこんだ。
二人が個室の壁にもたれかかって眠っているのを確認した男の子は、自分の服をめくり上げて腹から札を剥がすと今度は別の印を組む。
煙が上がった後に現れたのは、二十代半ばの若い男だった。
男はさらに印を組んで自分の影分身を三体出す。狭い個室の中が大人四人と子供二人でぎゅうぎゅう詰めになったが、その三体は心得たようにすぐ変化の印を組んだ。
再び煙が上がった後には、ミナミとフサと先ほどの茶色い髪の男の子が現れる。
「急がないとシノ先生に怒られるぞ!」
フサの姿になった影分身が個室を飛び出すと、他の二人も続いて駆け出していった。
それを見送った若者は眠っている二人にニヤリと嫌な笑みを向けると、足元に転がった巻物を手に取る。そして今度は腰につけたポーチから二つの小さな人形を取り出した。
それは黒い布で頭と手足、胴体を象った簡素な人形で、その腹にはそれぞれ白い円の中心に『囚』の一文字が書かれている。
若者は緊張した面持ちで額に浮かぶ汗を袖で拭い、複雑な印を組み始めた。二十以上の印の最後の辰を組み終わると、眠っているフサとミナミがしゅるんと人形に吸い込まれる。
二人を吸収した人形は、髪や目や服装などそれぞれの姿に似た見た目に変化していた。
「お前らおとなしくしてろよ。って言っても俺たちの里に戻ったら、文字通り従順な『人形』になっちまうけどな」
ポーチから風呂敷を取り出して二体の人形をそっと包むと、ポーチに大事そうにしまい込む。そしてもう一度額の汗を拭うと、ふうと息をついた。
「こっちの首尾は上々。さて、あいつらに知らせなきゃな」
そう呟いた若者は腰のポーチから二枚の紙片を取り出すと、個室から出て窓を開けると式鳥に変えて宙に放った。
会議室ではアンコが保護者に向けてアカデミーのカリキュラムや行事、セキュリティー等をリーフレット片手に説明していた。
「……と、こういう流れで一年を通して学んでいくのですが、この中には卒業生もいらっしゃるようですからね。ご自分の入学時を懐かしく思われる方もいらっしゃるでしょう」
そう言ってにこやかに保護者に微笑みかけると、数人からくすくすと同意の笑いが返る。
「ただ、時代は大きく変わりました。他里との交流も活発になり、木ノ葉以外からの移住者も増えています。子供の新しいものに慣れるスピードは大人とは比べ物になりません。そこでよりグローバルな視野を持つ子供を育てるため、当校では他里との交換学生制度も積極的に取り入れております。こうした中での新しい校風は、以前をご存知の方には馴染まないかも……」
窓をこつこつと叩く音に、アンコの流暢な説明が途切れる。
式鳥が外の窓枠に止まって、窓ガラスをくちばしで律儀に叩き続けていた。
「すみません、私宛てのようです。ちょっと失礼」
保護者席の後方に座っていた細身の影の薄い男が、慌てて立ち上がると窓を開けて式鳥を捕えた。
男はしきりに頭を下げながら廊下へと出ていく。恐らく人目のない所で内容を確認するのだろう。
子供をアカデミーに入学させる保護者はやはり忍が多い。その男も緊急の任務が入ったのかと、しばらくしても戻らない男にアンコも内心で納得しながら説明を再開した。
「……ちょっと遅いですね」
トイレの前に戻ってきた保健医のアオイが、女の子たちと手を繋いだまま男子トイレの方に顔を向ける。
「私が見てきましょう。アオイ先生は先に子供たちを連れて戻っててください」
シノが男子トイレの様子を見に行こうとすると、男の子三人が慌てて飛び出してきた。
出会い頭にぶつかりそうになったフサが急に足を止め、ミナミとその後ろの男の子がフサの背中にぶつかった。
「大丈夫か? ずいぶん遅かったが腹でも壊してるのか?」
男の子たちをまとめて支えたシノが覗き込むと、三人が一斉に首を振る。
「ミナミがトイレのカギのあけかたがわからないって泣くから」
「おれが泣くわけないだろっ」
「分かったから静かに。さぁ戻ろう」
まだ小突きあっている二人を引き離し、八人の子供を連れてぞろぞろとトイレから戻ると、ちょうど教員のスケアとカジカが子供たちを廊下に並ばせているところだった。シノがトイレから戻った子供たちを列に並ばせると、最後尾に立つ灰色の髪の男の子の肩に手を置く。
「イルカ先生、十七人揃いました」
シノが子供たちの人数を報告すると、イルカは僅かに片眉を上げてから大きく頷いた。
「ようし、次は外の演習場で見学任務だぞ。その後はお父さんお母さんとみんなで記念撮影だ。途中の廊下に歴代の火影様の写真が飾ってあるから、そこも見ていこうな」
イルカが先頭に立って歩き出すと、子供たちもぞろぞろとついていく。
最初の角を曲がる所でイルカの歩みが僅かに早まったが、周りを見回していた子供たちは気付かなかった。先頭の子供二人が角を曲がるとイルカの青藍色の背にすぐ追い付いて、列は滞りなく進んでいく。
最後尾の子供が角を曲がりきった後、しばらくすると天井から人が降ってきた。
「さてとシノ、どういうことだ?」
それは見学任務を引率しているはずのイルカだった。
「感知蟲が登録外のチャクラを先ほどの男子トイレで感知しました。今は『蟲児』がその子たちについてます」
イルカが角からそっと身を出して、歩み去っていく列の様子を窺う。最後尾にはシノ、遠く先頭にはイルカの背が見えていた。
正確には二人の影分身の、だが。
「最後尾から二列目の子供二人か?」
「三人です。犬塚フサ、日向ミナミ、あとは里外からの入学希望者だという岩井ジン」
男子トイレの前でシノの肩に止まった灰色の羽虫は連絡蟲だった。
アカデミーの敷地内の地面、床、壁や天井にはシノの感知蟲が無数に生息している。それらが常時内部の者のチャクラをごく微量摂取して判別しフェロモンで共有していた。もしアカデミーに登録無き者が事務室を通らないなど正規の方法以外で敷地内に侵入すると、蟲たちがその者の付近に児童の姿になって現れ、連絡蟲が不審者の存在を知らせるのだ。
それはシノがアカデミーの保安対策として独自に編み出した『蟲児の術』という術だった。
今日参加している子供は十六人。
トイレから戻ってきたシノがイルカに報告したのは十七人だ。
遅れてトイレから飛び出してきた三人にひっそりとついていた灰色の髪の子供、それが『蟲児』で緊急事態発生の合図となり、イルカが角を曲がった一瞬で影分身を出して引率を任せ、同じく影分身を出したシノと合流したのだった。
「じゃああの三人は、トイレですり替わったってことだな」
「犬塚と日向が狙われたのは分かりますが、その岩井ジンという子は特に血継限界を持ってなかったはず。出身は土の国だったか……」
「そのジンが実行役で、怪しまれないように影分身を三体出したんじゃないの? さすがに未就学児が誘拐犯とは思えないし、ジンは子供に変化した大人だったと思った方がいいだろうね」
「カカシ様」「六代目」
二人の秘かな動きをカカシも気付いたらしい。
やはり影分身を置いてきたのか、スケアの変化を解いた本体として通常の支給服姿でイルカとシノの元に合流してきた。
「ということは、まだトイレにジンの本体と子供たちが?」
「見てきます」
駆け出そうとしたシノをイルカが止めた。
「いや、俺が行こう。シノは見学の方に戻ってくれ。あちらでもまだ何か動きがあるかもしれん」
頷いたシノの姿がふっと消えると、イルカはカカシに向き直った。
「それで、カカシさんはどうします? 一緒に来ますか?」
「ん~、行きたいところだけど、俺もちょっと気になる事があるんだよね。ま、アカデミーはあなたの独壇場みたいなもんだし、俺は邪魔にならない程度に動くよ。それにものすごく不本意だけど、イルカには『あれ』がいるから大丈夫でしょ? ものすごく不本意だけど」
わざわざ不本意を二度重ね、口布の上からでも分かるほどあからさまに口を尖らせたカカシに、緊急事態下にもかかわらずイルカは苦笑してしまった。
「『三猿』はあなただって契約してたじゃないですか、前校長先生。大丈夫ですよ、それより気になる事って」
「うーん、ちょっとね。……勘?」
「またですか。まぁ、あなたの勘は確かですからね。それじゃ俺は行きます」
「うん、俺も行くよ。イルカ、ご武運を」
カカシからかけられた珍しい言葉にイルカは目を見開いた。
「俺だって、昔からイルカに言いたかったんだよ」
照れ臭そうに目を逸らすカカシに、イルカはニカリと笑って拳を向けた。
「カカシさんもご武運を」
二人で拳を突き合わせると、真っ直ぐ眼差しを交わす。
カカシの目が柔らかく細められたかと思うと、その姿がかき消えた。
それを同じように目元を緩めて見送ったイルカは、すぐに顔つきをきりりと引き締める。そしてポケットから紙片を取り出すと『乙 ひよこの行進』としたためて式に変え、事務員宛てに飛ばした。
アカデミーの緊急事態発生時は段階ごとに通達方法があり、乙のひよこの行進は『不審者侵入 備えて常態待機』だ。式を見た事務員が校内放送で忍の耳のみ聴こえるひよこの行進の音楽を流してくれれば、全教員と事務員に伝わる。そしてすぐに強固な結界がアカデミー全体を覆うだろう。
これよりアカデミー敷地内は結界が解除されるまで、何人たりとも出入りすることは許されない。
子供は里の宝だ。大切なその宝を預かるアカデミーは、火影執務室に並ぶ防衛体制を敷いているのだ。
その万全の対策が十分機能するようにと願いながら、青藍色の裾を翻して駆け出した。
賑やかだった校長室の辺りは、人の気配もなく静まり返っている。
すると女子トイレから、金髪を三つ編みにした女の子がひそりと顔を覗かせた。先ほど保健医のアオイと一緒に戻ったはずの子供だ。
この女の子もまた影分身をして本体はトイレに潜んでいたのだが、シノの蟲が反応しなかったのは、恐らく同じチャクラの者が増えただけなので未登録の不審者という判定はされなかったからだろう。
女の子は素早く校長室に滑り込むと、真っ直ぐ金庫に向かう。ダイヤルとチャクラを組み合わせた鍵は、女の子が手をかざすと自然にぐるぐると回り、カチャリと解錠の音が響いた。
中を覗き込んだ女の子の耳に、いきなり幼児向けと思われるのどかな音楽が聴こえる。顔を上げると部屋の隅の上部にある校内放送のスピーカーから流れているようだ。
十秒ほど流れてぶつりと切れた音楽に、放送ミスか何かと判断した女の子は金庫の中に目を戻した。
女の子の身の丈ほどもある金庫の中は五段になっていて、それぞれの段にファイルやら書類やらが積まれている。女の子は手早く中身を改めていくが、目的の物が見付からないのかだんだんと探す手つきが荒くなっていった。
一番上の段から取り出したA4の白い封筒の上質さににんまりと笑みを浮かべた女の子は、中身を取り出したところで思わずといった素っ頓狂な声を上げる。
「なんだこりゃ。……子供の描いた絵?」
それは画用紙に描かれた似顔絵だった。恐らくは、だが。
真ん丸の円の天辺に太い杭のようなものが数本打たれ、白目のない真っ黒な両眼の間から縦一本に引かれた線は鼻だろうか。だがそれを横切る一本線のおかげで、顔の中心に十字架がある人みたいになっている。口は鮫か鬼の如く大きく両端まで裂け、上下共に剥き出しになった歯がなんとも猟奇的だった。
そんな下手くそな絵が一枚だけ、なぜか大切そうに上質な封筒にしまわれているのだ。他のファイルも作文や賞状といった学校にありがちな物で、本来金庫にしまっておくべき生徒の身上書や成績表などは一切なかった。
「くそっ、手土産になるもんでもあるかとわざわざ探しに来たってのに、クズみてぇな絵やら作文ばかりじゃねぇか」
幼い女の子とは思えないような悪態に、場違いなのんびりとした声がかかる。
「そう言わないでよ、校長先生の大事なものばかりなんだから」
反射的に低い姿勢でクナイを構えた女の子が振り返った。
「……六代目か。なぜここに俺がいると分かった」
「女の子がそんな短いスカートで大股開かないの。別に確信があった訳じゃないけど、あんたやけに金庫を気にしてたし。それにねぇ、小さい子が家族以外の大人にトイレって言う時は、特に女の子なんてもっと恥ずかしそうに言うもんよ? あんた、子供とあんまり関わったことないでしょ」
醜く顔を歪めた女の子がチッと舌打ちをして、クナイを投げ付けると同時に窓に飛び付いた。
真っ直ぐ向かってくるクナイを難なく避けたカカシは、手裏剣を女の子の行く手を遮るように窓枠に沿って数枚打った。続けて捕縛用の錘付き縄を投げつつ飛びかかる。捕縛縄は獲物を狙う蛇のように地から伸び上がって女の子に巻き付き、それを流れるようにうつぶせに引き倒したカカシが、背に片足を乗せて床に押さえ付けた。
勝負は一瞬でつき、女の子の顔が悔しげに歪む。
「あんた、本当は女の子じゃないんでしょ? 変化はそこそこ上手いけど所作がなってないんだよねぇ。どっかの里の忍か抜け忍か、それとも不届きなことに木ノ葉の奴かな?」
「うるせぇ! てめぇみたいな腑抜けの火影に誰が言うもんかっ」
肩から足首までぐるぐる巻きに拘束されているというのに、女の子は威勢よく言い返した。
「ふぅん。ま、あとはイビキに任せるからいいけどね。あいつも久々だから張り切るだろうなぁ」
尋問部のイビキの名に、女の子の目がとたんに泳ぎ出す。それを覗き込んだカカシがにこりと笑いかけた。
「……イビキの名前に反応するってことは木ノ葉の者か。日向と犬塚を狙った辺り、おおかた名家の子供を手土産に里抜けってところかな?」
優しげにたわむ灰蒼色の双眸に、だが温度はなかった。
情報を精査し時には冷徹な判断を下す、前統治者であり一人の戦忍の眼差しだった。
その目に間近で晒された女の子はひゅっと息を詰まらせる。生意気な口は利いても、しょせんは踏んだ場数が違うのだろう。或いは忍としての格の違いか。
「元の姿を拝みたいところだけど、このままの方が扱いやすいからね。さてと、男子トイレも気になるけど、とりあえず行きますか」
カカシの男子トイレという言葉に、女の子は小さく体を揺らす。
「反応するってことは、やっぱりあっちと関係あるんだね?」
黙りこくってしまったことを返答と捉えたカカシは、女の子を肩に担ぎ上げて人目を忍びながら校長室を後にした。
イルカが向かった先は、校長室近くのトイレが見える廊下の角だった。
ポケットから手鏡を取り出してその場にしゃがみ込むと、角からそっと差し出してトイレ近辺の様子を写し見る。するとちょうどカカシが校長室に滑り込むところだった。どうやらカカシの勘とやらは、イルカとほぼ同じ目的地を指していたらしい。
他に人気のないことを確認してそっと廊下に出る。イルカの目的地は男子トイレだ。
気配を断ったまま出入り口から様子を窺うと、中から二人の男の抑えた声が聞こえる。やはりカカシの言った通り岩井ジンは大人だったのかと得心がいったが、二人いるはずの子供の気配があまりにも薄いことを不審がる。もうここにはいないのかもしれないが、それにしてももう一人の大人はどこから現れたのか。
考えているうちに窓を開ける音がして、二人は外に出たようだと判断したイルカはトイレの中に忍び入った。
入って正面の窓は閉じられている。残り香のような僅かな複数人の気配を探ると、一番奥の個室に濃く残っているようだ。念の為その中を手早くあらためたが、子供たちの行き先を示すようなものは何一つ残っていない。これはやはり計画的なプロの犯行だと、立ち上がったイルカは窓を静かに開けて辺りを見渡した。校長室もトイレも三階にあるが、相手が忍ならここから降りるのも問題はないだろうと外に滑り出る。
窓の外には大人が一人立てるくらいの張り出し通路があり、その下は校庭が広がっていた。人目を忍ぶなら真っ直ぐ突っ切ることはしないと判断したイルカは、右奥にあるアカデミーの薬草園の方に狙いを定める。
「必ず助けてやるからな」
姿を消した子供たちに届けとでもいうように、微かな、それでいて力強い呟きを落とした。
音もなく通路を駆け抜けふわりと地に降りると、薬草園の手前の灌木の合間に二人の男が見える。子供の姿の時の面影はなく、どちらが岩井ジンだったのかは分からなかった。
だが、やはり子供たちの姿はない。
どこかに隠すにも、一緒に子供たちを連れてアカデミーを出ていかなければ誘拐する意味がないのだ。ならば何らかの方法で子供たちを連れているはずと、イルカは一瞬で腹を決めた。
「二人とも止まれ!」
消していた気配を露わにし、制止の声をかける。
同時に詰襟の前のファスナーを素早く下げて前を開けると、白いシャツに襷掛けをしたような黒革のクナイホルダーが現れた。イルカは腕をクロスさせると両脇下のクナイを引き抜き、二人に向かって投げ打つ。
それは若者の背後から割り込んできた細身の男にあっさりと弾かれてしまった。だがイルカはクナイを打つと即座に、詰襟の上衣の裾にぐるりと仕込んであった錘付きの細縄を引き出し、二人に向かって投げていた。
その捕縛縄も今度は若者のクナイに弾かれ、その隙に細身の男が千本を投げ打ってくる。その先端が僅かに濡れているのは、痺れ薬か毒が塗布されているのか。大技で反撃してこないのは騒ぎになって目立ちたくないからだろう。
上衣を翻しながら後転して避けたイルカに、更なる千本が立て続けに襲いかかった。三回目の後転で低く迎撃体勢を取りかけたイルカに向かって、若者が先ほどイルカが投げた細縄を掴んで飛ばしてくる。
あと一息で体勢の整わなかったイルカの二の腕から腰まで細縄が巻き付き、バランスを崩したイルカはその場に横倒しになった。
「なんだぁ、てめぇ一人か? オッサン、お偉い校長せんせーのくせにたいしたことねぇなぁ」
二人が近付いてくると、若者がわざと間延びした言い方でイルカを嘲る。
イルカは辛うじて自由の残された足で蹴りを入れようとしたが、反対に若者に顔を蹴り返された。
「おいおい、そんな反撃なんかして、大事な子供たちがどうなってもいいのか?」
「どうせハッタリだろう。子供なんてどこにもいないじゃないか」
唇の端から血を流しながらイルカが鼻で笑うと、茶色い髪の若者の方がニヤリと口を歪め、腰のポーチから風呂敷包みを取り出して中身を得意げに振りかざした。
「ちゃんと二人ともここにいるぜ。人形写しの術で今は人形になってるがな」
「おい、大事な血継限界のガキだぞ。むやみに見せびらかすな」
若者の背後にひっそり佇んでいた細身の男が、顔をしかめながら諌めた。
その姿を見たイルカは、細身の男が保護者の中にいたことを思い出す。ということは若者の方が岩井ジンだ。実行役のジンと行動を共にしているということは、細身の男も共犯なのだろう。二人とも僅かに北西の方の訛りがあり、里外の者の可能性が高い。
とにかくこれで子供たちの居場所というか在りかだけは分かったと、イルカは内心ホッとした。どこか違う場所に隠された上、術者本人が解除しないと殺されるような仕掛け付きだったら目も当てられない。
イルカにとって最も重要なのは子供の奪還で、犯人確保や犯行動機、計画の詳細などは二の次だ。
一連の攻撃をわざと失敗したのも、もし子供の命を盾にして無事逃げおおせるつもりなら、イルカが挑発したタイミングでカードを切るだろうと予測したからだ。
――戦闘経験の浅い若者ならば。
人は自分が有利だと思うと気が緩み、口にするべきじゃない情報を漏らしてしまう。
事態がどう転ぼうとアカデミーを覆う結界のおかげで敷地からは逃げられないので、あとは人形を奪い返して術を解除するだけだ。そのためにも、術者であろうジンは頭も体も生きている状態で捕らえること、と頭に刻む。
「ちょっと時間を食ったな。もう行くぞ、急げ」
細身の男が急かすように促すと、ジンは人形を腰のポーチにしまい込んだ。
「待て、その子たちをどうするつもりだ!」
「うるせぇな、後始末が面倒だからお前は生かしといてやってんだ。生き急ぐなよ……」
煩わしそうに振り返る細身の男をジンが遮ると、横たわったままのイルカにぐいと顔を寄せた。
「どうって、忍者に育て上げるんだよ、うちの里でな。せっかくの貴重な血継限界のガキを、こんな忍者ごっこしてる学校なんかに置いとくのはもったいないだろ? お気楽な校長せんせーには理解できないだろうがな」
再び嘲笑されて憤るかと思いきや、イルカは静かに返した。
「そうか、お前たちにはお気楽な学校に見えるんだな。私にはお前たちの方がよっぽどお気楽に見えるが」
「……なんだと?」
ジンは簡単に挑発に乗って、顔を赤くしながらイルカを睨み付けた。
だがイルカはなおも穏やかな口調で続ける。
まるでここは授業中の教室で、覚えの悪い生徒に言い聞かせでもするように。
「戦闘になった時に、敵の得物の安全性を確認もせず使用してはいけない。アカデミーの中等組で教える基本中の基本だよ。持ち主以外が触れると危険だったり、何か仕掛けを施してあるかもしれないからだ。……例えば、縄を投げる寸前に切れ目を入れておいた、とかな」
イルカを拘束していたはずの細縄がばらりと解けた。
「退け!」
ジンを引き戻しながら飛びすさった細身の男が印を組むが、イルカが低く唱える方が先だった。
「口寄せ 『三猿』」
口元に流れる血を親指で拭い、それを地に付ける。
すると親指の触れた点を中心に、瞬く間に黒々とした陣が広がっていった。中央の地面がぼこりと盛り上がったかに見えたが、立ち昇った黒い靄がそう見せていたのだ。その靄はいったん拡がると急速に一つ所に集約し、黒く強い毛に包まれた象ほどもある巨大な獣が現れる。
「なんだこりゃ。頭が三つの……犬?」
「こんなの幻術に決まってんだろ、解、解!」
異様な風体の獣に、ジンも細身の男も本能的に後ずさりした。だが細身の男の方がいくぶん冷静なのか、幻術を解こうと必死に解印を組む。
すると冥界の番犬ケルベロスのような三つ頭の獣が後ろ脚で立ち上がり、二人に向かってキシャアーッと咆哮を上げた。
「残念ながらどっちもハズレだ。幻術じゃないし、狛犬みたいな見てくれだがこいつは猿だよ。……三猿 『見猿』!」
イルカの呼号で三猿の頭の一つ、両目の無い頭がぐいと首を伸ばす。
そしてぐわりと口を開けると、二人の頭に喰らい付いた。
「うわあ! ………ぁ、あ?」
「ヒッ! ……なんだ?」
ジンと細身の男の悲鳴に続き、戸惑う声が上がる。
ずらりと並ぶ鋭い牙に確かに噛み付かれたと思ったのに、痛みも流血もないのだ。てっきり一撃で命を奪われたと確信した二人の体がふらりと揺らぐ。
ただ、奪われたものは別にあった。
「落ち着けよ、単に何も見えなくなっただけだろう。常に冷静であれ。これも戦闘の心得の基本だぞ」
諭しながら二人に近付いたイルカが、ジンの腰のポーチから人形を包んだ風呂敷包みを取り出す。
「てめぇ! 返せっ」
それに気付いたジンがクナイを振り回すが、急に視界を奪われたことで無闇な攻撃になり、隣の細身の男の腕を切り裂いてしまった。
「馬鹿野郎、落ち着け!」
年の功か経験の差か、先に冷静さを取り戻した細身の男が血を流しながらもまた術印を組み出す。
だが今度もイルカの呼号の方が早かった。
「次は言葉を奪う。三猿 『言ハ猿』!」
三猿のうち口の無い頭が首を伸ばしたが、いかんせん口がないためか今度は喰らい付くことなく、黒い毛に覆われた逞しい腕を袈裟懸けのように振り抜いた。鋭い爪は確かに二人の胸と腹を裂いたかに見えたが、やはりすり抜けたかの如く傷を与えていない。
襲われながらも今まさに術名を言おうとしていた男の言葉が、不自然に止まる。
「土遁 心中ざ………?! ~~~~っ」
「仙界の生き物の術を食らうのは初めてか? いい経験ができて良かったな。さて、これで最後だ。三猿 『聞カ猿』!」
三つ頭の耳の無い頭がぐんと伸び、またしても二人をまとめて喰らう。
だががちりと牙の合わさる音は響いたものの、やはり傷一つ付いていなかった。それなのに二人はなぜか両手を彷徨わせながらふらふらと揺れ動き、そのうちその場に座り込んでしまった。
地面の感触を確認するように手を這わせる細身の男と、声なき叫びを上げながら無闇やたらにクナイを振り回し続けるジンを、気配を断って近付いたイルカはあっさり拘束する。今度はベルトの後ろに付けたホルダーから、捕縛用のワイヤーを取り出して。
「完全な闇、完全な沈黙、完全な静寂は感覚の鋭い忍には相当きついだろう。どこかに触れていないと前後左右、上下すら分からんからな。それでも一流の忍なら何とか突破口を開くもんだがなぁ……そうですよね、カカシさん」
「お疲れさまイルカ。相変わらず見事なお手並みだね」
「高みの見物とは優雅ですね、カカシさん。そちらも無事片付いたようで」
薬草園の傍らに立つ夾竹桃の枝にしゃがんで、ぐるぐる巻きの女の子を担いだまま文字通り高い所から見物をしていたカカシに、イルカが晴れやかな笑顔を向ける。だがすぐに切れた口の痛みに顔をしかめた。
それを目にしたカカシも、やはり顔をしかめながら地面に降り立つとぐるぐる巻きの女の子をぽいと転がし、イルカの口の端にそっと触れる。
「こいつらにやられたの」
「そうですけど、三猿を口寄せするのに血が必要だったから、ちょうど良かったんですよ」
するとカカシが不機嫌を隠さないまま、イルカの傷口をぺろりと舐めた。
「賊は後できっちり報復するとして、こいつ……獣のくせに先生の血を欲しがるなんて、ほんとムカつく」
カカシの恨みがましい横目に、三猿は見猿と聞カ猿の大欠伸で応える。そしてワイヤーで拘束された賊の二人を、前脚で踏み付けて押さえた。
「しょうがないじゃないですか、本来なら俺のチャクラ量じゃ契約すらできないところだったんだから。もういい加減受け入れてくださいよ」
校長に就任してから何度も繰り返されてきたやり取りに、イルカもうんざりとした顔を隠さなかった。
三つ頭の三猿『見猿・言ハ猿・聞カ猿』はアカデミーの守護獣だ。
元々は三代目が猿猴王とは別に仙界の獣と契約して、代々の火影であり校長を兼任してきた面々に受け継がれてきたのだが。カカシの代でアカデミーを火影の管轄から切り離し、校長という独立した役職を置くことになった。
そこで困ったのが、イルカが中忍という事実だ。
守護獣を使役するのにチャクラが足りないせいで契約ができず、前校長でもあるカカシが三猿だけは引き続き使役しようかと検討していたところ、試しに三猿に尋ねてみると『見猿』が代表して答えた。
「うみのイルカならば、特別に血のみで契約してもよい」と。
イルカは幼い頃から三代目と交流があり、三猿とも面識があった。もっとも、悪戯が過ぎて三代目が三猿を呼び出し、きつくお灸を据えられたという不名誉な面識だが。
最初は恐くて泣いて謝っていたイルカも、持ち前の好奇心と生粋の動物好きのおかげですぐに三猿と仲良くなり友達と呼び始めた。
時は巡り、イルカが単独での初代校長となって契約を結ぶことになった時は、縁とは不思議だなぁと思ったものだ。
それだけで済まないのが、恋人であるカカシの存在で。
口寄せするたびにイルカの一部である血を代償にするのも気に食わないし、あっさり特別扱いするほど仲がいいのもだが、何より自分が知らなかった子供時代から交流があるという一点がとにかく腹に据えかねた。
そんな子供じみた独占欲を隠そうともしないカカシを、イルカは半ば呆れながらも毎回ハイハイといなしているのだ。
「いっそのこと三猿との契約を破棄して、俺を口寄せればいいんじゃないの」
「どこの世界に元火影を守護獣として口寄せする奴がいるんだ! ほら、そろそろ見学体験のみんなが記念撮影に校庭に集まりますよ。こいつらをイビキさんに渡して、子供たちを元に戻す方法を聞き出してもらわないと」
するとまだ不満げなカカシの目がきらりと光を帯びた。
「土の国の『人形写しの術』なら解術できるよ。昔コピーしたことがある」
「そうなんですか?! さすがカカシさん! じゃあお願いします」
喜び勇んで人形を差し出すイルカに、カカシは意地の悪い笑みを向ける。
「イルカがキスしてくれたらいいよ。今、ここで」
「はぁ?! ここはアカデミーですよ! できる訳ないだろ、なにふざけたことぬかしてんだっ」
日頃の校長の落ち着きある威厳など吹っ飛ばし、顔を真っ赤にして怒鳴るイルカに三猿の『見猿』がまたもや面倒くさそうに欠伸をしながら呟く。
「接吻くらい減るもんでもなし、してやれば良かろう」
「おまっ、他人事だと思って!」
「三猿もたまにはいいこと言うじゃない。そうだそうだ~、減るもんじゃないし」
調子に乗って囃すカカシをイルカがぎらりと睨みつける。
「……この仕返しは絶対するからな」
「いつでも待ってるよ。ほら、早くしないとみんな来ちゃう」
無造作に口布を下ろして見目のよい唇を惜し気もなく露わにしたカカシに、イルカはキスするというより噛み付く勢いで口をぶつけた。
「痛っ!」
怒りに任せて実際に噛み付いたのか、イルカが顔を離すとカカシの唇が赤く腫れている。
「さぁ、しましたよカカシ様。さっさと解術!」
イルカが両手に乗せた人形をぐいと押し付けると、口布を戻したカカシは「色気ないなぁ」などとぶつくさ言いながらも、いとも簡単に二十以上の印を次々と組んでいく。
そして最後の印を組み終えたところで、両手の平を人形の腹にそれぞれ当てた。
「解」
人形から子供たちがしゅるんと押し出されるようにして現れ、ごろりと地面に横たわった。イルカの手に残った人形は元の布の塊に戻っている。
「ミナミ、フサ! 大丈夫か?!」
イルカが二人を抱き起こすと、フサが先にぱちりと目を開けた。
「あれ、こうちょう先生……六代目さまも?」
「……あっ、オレたち先生にナイショで口よせのケモノ見にいこうなんてしてないから!」
続いて目を開けたミナミが慌てて言い訳を始めたので、二人がどうやって連れ出されたのかだいたい察したカカシとイルカは顔を見合わせた。
「二人とも、見学任務のルールを守れなかったんだな?」
重々しいイルカの言葉に、とたんにしゅんとしてしまった。
「あの、……ごめんなさいこうちょう先生」
「オレたちもう、アカデミーににゅうがくできない?」
不安を隠さない二人に、イルカは厳しい顔を向ける。
「任務でルールは絶対だ。でも君たちはまだ入学前だからな。なぜルールを守らなきゃいけないのか、ルールを破ってもいいのはどんな時かをアカデミーでこれから学んでいけばいい。分かったかな?」
「「はい!」」
声を揃えて返事をし、安心のあまり抱き合う子供たちに二人は優しげな眼差しを送った。
すると校舎の方からぞろぞろと保護者たちの列が現れる。どうやら見学の子供たちより早く説明会が終わったようだ。
「三猿、今日もありがとな。お疲れさま」
三猿はミナミとフサの背後にいるので、二人はまだ恐ろしげな獣の存在に気付いていない。大勢が集まってくる前にとイルカが労いの言葉をかけて笑いかけると、三猿は心得たように頷いて「イルカ、またな」と頷いて消えた。
「あぁ、そうだ。シノにもう大丈夫と連絡しておきますか。あとあれも流さないと」
緊急事態が収束した際は、アカデミーの校歌がまた同じように秘かに校内放送で流される。まずはその連絡をとイルカが式を飛ばすと、カカシも式を飛ばしながら答える。
「シノにはスケア先生に伝えてもらうよ。『四人』の始末をお願いしなきゃならないから、そのついでにね」
四人とは影分身したジンとミナミやフサたち、女の子の影分身のことだろう。
本体がここにいるのに合流したら、作戦に失敗したことが影分身に発覚してまた何か行動を起こされても困る。恐らく校庭で合流する寸前に四人の姿は秘かに消されているだろう。スケアによって。
「そうですよね、よろしくお願……っ!」
イルカの視界に小さな影が素早く過ぎった。
今までおとなしくし転がっていた女の子が、どう拘束を解いたのかいきなり駆け出したのだ。逃げるのに不利と判断したらしく、ぼふんと上がった煙をまといながら駆ける後ろ姿は若い男のものだった。
「土遁 口寄せ・追牙の術! 土壁 土流壁!」
イルカが隣に目を向けた時には、カカシは既に印を組み終えて地に両手を叩き付けていた。
若者の前に突如として轟音と共に土中から現れた土壁がそびえ立つ。その壁には四頭の犬の彫像。カカシ独自の土流壁だ。
これだけのスピードで、しかも二種の術を同時に発動させられるなど、並大抵の忍にできることではない。現役を退いてなお一流の忍であり続けるカカシに、イルカは思わず現状を忘れて一瞬ぼうっと見惚れてしまった。
その間にも壁の前で足を止めてしまった若者の足元から八忍犬たちが飛び出し、両手足に食らい付いて動きを封じる。姿は大人になっていても、カカシの匂いが付いたままの若者を追って捕らえるのは忍犬たちにはいとも容易いことだった。
「うおおおスッゲェ!」
「六代目さまカッケェ!」
逃走を図った不審者を捕らえるという状況を知らないミナミとフサは、手を叩いて無邪気に喜んだ。
保護者のグループも何事かと遠巻きに眺めていて、見学体験の子供たちも集まってきている。その中に引率していた影分身のイルカも例の四人の子供たちの姿もなく、イルカは最後尾に立っているスケアに小さく頷きかけた。
これは新たな非常事態なのかと目で問いかけてくるアンコやシノたち教員に大丈夫だとそっと目配せを送ると、ミナミとフサの肩に手を置いてむやみに動き回らないように押さえる。カカシが相手をしてるとはいえ、下手に近付くと人質として巻き込まれかねないからだ。
カカシは既に若者の傍らに立ち、忍犬たちに押さえ込まれた姿をじっと見下ろしていた。
「お前ね……こんな四面楚歌で愚直に真っ直ぐ逃げるなんて、まともな状況判断もできないの? 本当に往生際が悪いねぇ」
すると若者は悔しさを隠そうともせず、カカシを睨み付ける。
「……んでだよ。あんたそんな凄いのに、なんでだよ」
質問ともいえない脈絡のない呟きに、カカシは怪訝な顔になった。若者はその表情すら憎らしいとでも言うように、突然まくし立てる。
「親父も爺さんも上忍師もみんな口を揃えて言うんだ……写輪眼のカカシは桁違いに強かった、暗部隊長は人並み外れた強さだった、平和になった今、あれだけの忍はもう出ないだろうって! それが今はどうだ?! 火影引退してのほほんとした間抜け面を晒しやがって! あんたそれでいいのかよ!」
いきなり一方的に詰られたカカシは僅かに目を見開いたが、どういう意図であれ、黙って若者の叫びに耳を傾けているようだ。
「……俺は違うぞ。平和なんてくそ食らえだ。忍は敵を殺してなんぼだろうが! こんなチンケな里なんか抜けて新しい里で鍛え上げて、最強の忍になって五大国に勇名を轟かせ……」
――チチチチチチッ
どこか場違いなほど、のどかな小鳥のさえずりが響く。
それはカカシの右手から発せられていた。
青白く輝くチャクラをまとった右の手から。
カカシはその右腕を大きく引くと、若者の顔を目がけて一瞬の躊躇いもなく突き入れた。
「ヒィ……ッ」
悲鳴を上げてぎゅっと目を閉じた若者の耳に、やがて静かなカカシの声が届く。
「どうだった?」
「…………っ、え……?」
「お前を殺そうとする『写輪眼のカカシ』は凄かったか?」
焦点が合わないほど間近に見える四本の指の先端は、もう雷をまとっていなかった。
ただの揃えられた指先が、微動だにせず若者の眉間にぴたりと照準を合わせている。それをゆるりと引いたカカシは、穏やかな口調で重ねて問いかけた。
そして。
「……戦とはこういうもんだよ。最強でも下忍でも殺るか殺られるか、それだけだ。格好良いとこなんか一つもないよ」
にこりと笑みを向けるが、そこには僅かに乾いたものが滲んでいた。
或いは、痛みのようなものが。
それきり口をつぐんだカカシは、スッと右手を上げる。
するとどこから現れたのか、マントにフードを深く被った忍がカカシの横に立ち。
今だ呆然としたままの若者を抱え上げると、静かにその姿を消した。
同時にイルカの背後でもマントの忍二人が秘かに現れ、イルカに頷いて見せるとジンと細身の男を回収して消える。
立ち上がってくるりと振り返ったカカシの顔にはもう、柔らかな笑みが戻っていた。
里の父であった『六代目火影』の頼りがいのある、それでいて優しげな笑みが。
するとアンコが一歩前に出て声を張り上げた。
「さて皆さん、アカデミーの防犯システムのデモンストレーションはいかがだったでしょうか。このように不審者が校内に侵入しても私たち教員と、時には先代火影様も加わって万全の態勢で対応するので、どうぞ安心してください」
そつのないアンコの口上に、わっと拍手が上がる。
保護者の中には恐らく先の大戦で共に戦った世代だろうか、カカシの言葉に何か言いたげな、抑えきれない感情を露わにした者も数人いたが、ぐっと唇を引き結んでカカシに向かって小さく頷きかけるだけにとどめた。
それらをしっかり目と胸に収めたイルカも、場の空気を変えるように声を張り上げる。
「さてと、それでは最後に記念撮影をしましょうか。せっかくカカシ様が作ってくれた土流壁があるから、その前に皆さん並んでください」
イルカの提案に教員たちがてきぱきと子供たちを前列へ、保護者を後列へと誘導していった。
「このかべ、わんちゃんがいるよ」
「うわぁ、ほんものの忍犬だ! すごい!」
「じゃあ忍犬たちも一緒に撮ろうか」
喜ぶ子供たちに、カカシは快く忍犬たちも一緒に並ぶよう声をかける。
わいわいと盛り上がる中、スケアがカメラを構えて「皆さんこっちを見てください! はい、チーズ!」と言う爽やかな掛け声が青空へと吸い込まれていった。
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