【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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 イルカが突然この部屋に連れてこられたのは、昨夜遅くのことだった。
 安い居酒屋でカカシと呑み、それぞれの家路への曲がり角で別れ自宅に帰ったはずだったのに。
 夜更けにふと目覚めると、眠っていたイルカをカカシが跨いで見下ろしていた。その時も、何か言い忘れたことでもあったのかと思うくらいには普通に見えた。
 いつも通りの紳士的な笑み。
 だがイルカの寝惚けまなこにも、その笑みが目まで届いてないのは見てとれた。
 どこかおかしい、何かがこう……いつもとほんの少し違うような。
 口を開こうとしたイルカに、カカシは穏やかな雰囲気を纏ったまま額宛を上げた。そして写輪眼を露わにすると、緋色の中でぐるりと勾玉模様が回り。
 次に目が覚めた時にはもうここに、このベッドに寝かされていたのだ。
 最初は何か非常事態でも起きたのかと、傍らに立っているカカシに問いながら体を起こそうとした。だが素早く起き上がったはずの体は、頭の出した指示についてこなかった。驚くほど体が重く、イメージした通りの動きをするのに何倍もの力と時間がかかってしまう。
「ごめんね、その手首と足首のバンドでチャクラ制限をしてあるの。ここから出られると困るから」
 ようやく口を開いたカカシに、イルカはこの時点でもまだ彼を疑っていなかった。
「いったい何があったんですか⁉」
 切羽詰まった口調で重ねて問うイルカに、カカシは優しく微笑みかけた。いつものように、少し眉を下げて。
「ううん、何も」
「何も?」
「何もない内に、しまっておきたかったから」
 ――しまってって……何を?
 質問に答えているようでなんとなくずれた答を返すカカシに、イルカはふと先ほどの違和感を思い出す。
 そして改めて周囲を、自分の体を見て驚いた。
「なんで服が……それに、ここは?」
「あのね、ここは俺の隠れ家の一つで、その地下室。イルカ先生は俺の大事な人なの。だからもうここから出る必要はないの。大事なものは、大事に大事にしまっておかないとね」
 やっと得られた答は、ますますイルカを混乱させるだけだった。
 額宛一つを首からぶら下げ、何も着ていない自分に。
 窓一つないこの部屋に。
 あまりにもいつも通りに見えるカカシに。
 全てが非日常過ぎて夢なのかと疑っていると、カカシがすっと手を伸ばして部屋の一角にある扉を指差した。
「鍵は掛けていかないけど、俺のチャクラにしか反応しないようになっててイルカには開けられないから。俺はこれから任務だけど、イルカはおとなしく待っててね」
 普段はイルカ先生と呼ばれているのに。
 イルカと呼び捨てにされたのは初めてだ、と場違いな思いを抱いていると、カカシはにこりと笑った。
「……そう、イルカ。これからはイルカは俺のものだよ」
 指の背でイルカのかさついた頬を優しく撫でる。
 二度、三度と愛しげに。
「イルカのことは全部俺がやってあげる。だから俺だけを見て、俺だけと生きて」
 その言葉の意味が脳に沁み込むのに、少しの時を要した。
 我に返ったイルカが「ちょっと待っ……カカシさん!」と呼びかける頃には、カカシは扉に向かっていた。
「それじゃイルカ、行ってきます」
 この時でさえイルカは、まだ本当の意味では自分の置かれた状況が分かっていなかった。
 ただ何かの間違いか、自分の知らない里の意向が裏で働いているのか、何らかの『自分が納得できるような理由』があると信じていた。

 理由は既にカカシによって提示されていたのに。

 ただ、自分は監禁されたのだということだけは、イルカにもはっきりと理解できた。そして納得できる理由があるはずと思いながらも、ここから逃げた方がいいと。
 忍というよりは、動物の本能が告げていた。





 扉の開く音がして、カカシが食事の乗ったトレイを運んできた。
 トレイの上には丼とレンゲと湯呑みが二つずつ。
 ほかほかと湯気の立つそれは普通の家庭の食事のようで、今の状況との落差にイルカは眩暈を覚えた。だがそれは空腹のせいもあったかもしれない。気付けば昨日から何も口にしていなかった。
「お待たせイルカ、今日は親子丼にしたよ」
 ベッドの脇のサイドテーブルにトレイを置くと、カカシは部屋の隅に立て掛けてあった折り畳み椅子を持ってきて腰かけた。
「まだ熱いからふーふーしようね」
「……自分で食べられます」
「そう? でも一口目は俺にあーんさせて?」
「子供扱いするなっ!」
 伸ばされたレンゲを振り払おうとした腕はひどく遅くて、あっさりと避けられてしまった。
「イルカ。ちゃんと食べないと、先は長いよ?」
 たしなめるように告げるのは、恐ろしい事実で。
 イルカはカカシの目を覗き込むように見つめたが、そこにあるのは青灰色に澄んだ、何の悪意も感じさせないいつもの右目だった。
「カカシさん、…………あなたは何がしたいんですか……」
「まだ分からないの? ま、いずれ理解してくれるよ、きっとね。イルカは賢いから。さ、冷める前に食べて」
 言われるまでもなく、食事をとれる時にとっておくのは忍の基本だ。膝の上に乗せられたトレイからレンゲを取ると、親子丼を掬って口に運ぶ。ふんわりとした玉子が舌の上で蕩け、噛みしめると鶏肉の旨味が口に広がった。
 だがそれはイルカの脳までは届かず、口の中を素通りするだけだった。
 その淡々とレンゲを運び咀嚼する口元を、カカシが時折じっと見つめる。
 食事の様子を観察しているには、明らかに度を越した熱意を持った眼差しで。
「……なんですか。どうせ何か混入してるんでしょうけど、アンタが隠そうとしてるもんが俺に分かる訳ないですから」
 イルカがじろりと横目で睨むと、カカシは苦笑した。
「何にも入れてないよ。ただ、ものを食べる仕草って性的っていうか、やらしいなって思ってただけ」
「な……っ」
 言葉に詰まったイルカは、食べかけの親子丼とカカシの悪びれない顔とを交互に見ると、おもむろに残りをかっ込み始めた。いかにも男らしく、がさつな振舞いで。
 その様子を楽しげに見ていたカカシはくすくすと笑ったが。
 笑いを収めたあと伏せた目の奥には、冷えた溶岩の割れ目から覗くマグマのような、澱んだ熱がちろりと揺れていた。



 それは突然始まった。
 食事を終えトレイを片付けたカカシが、おもむろに自分の上衣に手をかけて脱ぐ。
 初めてカカシの半裸を目の当たりにしたイルカは、言葉もなくただ見惚れた。
 同性で同じ忍の身体なのに、カカシの半裸にはそれだけの価値があった。女たちがこぞって羨むであろう透けるような白い肌は、その下で蠢く筋肉の美しさと相まって生きた芸術品のようだった。左の上腕部にある鈍朱色の刺青が、くすんでいるにもかかわらずカカシが木ノ葉の精鋭であることを声高に主張している。
「そんな目で見ないで」
 カカシの苦笑するような声で、礼を失するほど凝視していたことに気付きイルカは目を伏せた。
 すると熱く染まった頬を両手で包まれ、唇を奪われる。
「やっぱりもっと見て。イルカにそんな風に見られると……興奮する」
 急な口付けに、あからさまな言葉に驚いて見上げると、そのままぐいと押し倒された。
 カカシの手が明らかに性的な意図を持ってイルカの肌を這い回る。そこでイルカは、自分が全裸なことを否が応でも思い出させられた。何よりカカシが自分にそういうことをしようとしているのが信じられなかった。
 先ほどのトイレでの出来事はイルカの尊厳を奪い屈伏させるためと思えたが、これは違う。いや、これもその一環として有効な手段ではあるが、カカシがイルカに対してというのは、いくらなんでもおかしかった。なぜならカカシが今まで一度でも伽を、更に言えば男に性行為を強要したなどとイルカは聞いたことがない。
 カカシが同じ男に欲情できるなんてことは。
「やめて下さい! なんで、なんでこんな酷いことをっ」
「酷い……?」
 意外にもカカシの手が止まる。
 まさかこの行為が酷いという自覚がなかったとでも言うのだろうか。だがカカシは心底不思議だという顔で口を開いた。
「そりゃ今のところ合意じゃないけど、酷いって言われるほどじゃないでしょ? だって、イルカ……」
 カカシが小首を傾げて見返し、言葉を続けた。

「そういう目で俺のこと見てたじゃないの」

 イルカの頬がカッと染まった。
 ――気付かれていた。
 たった一度だけ、それだけだったのに。

 後にも先にもイルカの恋情……いや劣情を表に出したのは、あれ一度切りだったと断言できる。それだけカカシへの想いは秘めるべきものと、深く深く沈めていたからだった。
 以前二人で呑みに行った時、酔いの回ったイルカがカカシの猪口に酒を注ぎ過ぎたことがあった。表面張力で今にも零れそうなそれをカカシはひょいと持ち上げ口に運んだが、やはり酔っていたのか少し零れてしまった。
 親指を伝う透明な滴をカカシはぺろりと舐め。
 不意打ちのその無意識の仕草にイルカは見惚れ、重ねてしまったのだ。
 紅色に艶かしく艶めく舌。
 象牙色に鈍く光る犬歯。
 それらが閨で蠢き、自分の肌の上を這い回る様を。

 どくん、と大きく跳ねた鼓動は自分だけの感覚で、絶対に気付かれてないはずだった。
 ずっと抱いていた不埒で無様で、痛みを伴うほどに純粋で切ない想いのことには。
 そこでイルカは不意に気付いた。
 まさかとは思うが、この狂気の沙汰の引き金は自分が引いてしまったのではないか。ただ一度垣間見せてしまった自分の劣情で、カカシを抑えていた箍が外れてしまったのではないか、と。

「あの時はほんとに嬉しかったなぁ。イルカがそんな風に俺のことを見てくれてたなんて、ねぇ? あぁイルカ、大事にするから……」

 だからずっと俺のものでいて……

 どろりと耳に注がれた言葉に、イルカの抗う気力は根こそぎ削がれてしまった。
 ただ、何か大切なものの壊れる繊細な音が、どこか遠くで聞こえた気がした。





 秘めていた恋心の肉欲のみを引きずり出され、ショックで呆然としていたイルカは、カカシが何やらベッドに運んできてそれらを広げているのにようやく気付いた。
 カチャカチャと耳障りな音を立てているのは革製の手枷、足枷とそれに繋がっている一メートルくらいの細い金属棒だった。他にも用途を知りたくないような物がいろいろと並べられていく。
 イルカの目線に気付いたカカシがにこりと微笑んだ。
「これが気になる? ドギースタイルカフっていうの。イルカの肌に合う色を迷ったんだよね」
 カカシが持ち上げて見せたのは赤い手枷で、笑みを浮かべたままイルカの両手首に巻き付け金具を留めていく。
「こんなもの必要ないでしょう!」
「ん~、でも初めてだから、イルカに怪我をさせたくないんだよね」
 ただでさえチャクラ抑制バンドで動きを制限されているというのに、それでも手枷が必要なほどの何をするというのか。恐怖に対する訓練はしてきたイルカでも、顔が青醒めるのを止められなかった。
 手枷の短い鎖はベッドのヘッドボードの留め具にカラビナで繋がれ、標本のように縫い止められる。そして今度は金属棒に繋がった足枷が嵌められた。足枷は棒の両端近くに付いているので強制的に両足が開かれ、イルカの急所が無防備に晒される。
 全て終わったのか、身を起こしたカカシが軽く頬にキスを落とした。
「心配しないで、これからすっごく好くしてあげるから。こんなの気にならないくらいに、ね?」
 知らずかたかたと小刻みに震えるイルカを、カカシはさも嬉しげに見下ろした。
「やっぱりくすんだ赤にして良かった。ほら、こことリンクして綺麗に映える」
 指先が戯れるようにイルカの胸の頂をくるりと撫でた。
 それから更に下へ辿り、「ほら、ここも」と叢に蹲る性器をも同じように嬲る。
 そして傍らの透明なボトルを取り、キャップを外すと空いた方の手でイルカの性器を持ち上げてボトルを傾けた。
「ひっ」
「冷たい? ごめんね。でも即効性の媚薬入りだから、すぐ熱くなるからね」
 とろりとした液体が性器の先端から根元へ、陰曩、会陰へと伝い広がる。その道筋は程なく熱を持ち、内側から発する熱へと変わった。それを更に促すようにカカシの手がゆるりと動き出す。
「……ぁ、ひどい、こんなの……っ」
 イルカの気持ちを分かっていながら媚薬を使うのは、その恋心を殺すに等しい。大事に大事に一人そっと抱えてきた、秘かで切ない想いを。
 悔しさと憤りでイルカの眼に涙が浮かぶ。
 だがそんな思いは、媚薬の効能でみるみるうちに置き去りにされた。カカシを詰る言葉を紡ぐ口は荒い息を吐き始め、頬は上気し、赤く染まった目尻に涙が流れる。
「そんな潤んだ目で責められても、誘ってるようにしか見えないよ」
 にんまりと歪んだカカシの目元が、そして口元が初めて獣性を帯びた。
 だがその手と唇は、熟練の職人のような繊細な動きでイルカを翻弄する。
 既に尖り始めた胸の飾りを音を立てて吸い上げ、柔らかさを失った肉棒を五本の指で器用に爪弾く。ローションと体液が入り交じりてらてらと光る陰曩は、収められた二つの珠を確認するように転がされ弄ばれた。
「や、め、お願……ぁ、ああ、それ、だめ……いぃ」
「ん、もっと欲しいんだね。素直なイルカは可愛いよ」
 抵抗する言葉さえもいつしか懇願の響きに取って代わり、甘い喘ぎになっていく。
 恐怖で震えていた身体も悦びを受け入れるだけの受容体となり、未知の感覚に違う恐れでイルカは震えた。
 僅かな刺激でもうねるような快楽の大波として返ってくる自分の身体に、イルカは恐れながらもその波に溺れ、最後の理性をも自ら手放した。



「見て、イルカ。ほら、こんなにひくひくして、早く俺をちょうだいって。見えるでしょ?」
 イルカの体は不自然なほど二つに折り畳まれ、固定されていた。
 足枷と繋がった金属棒は手枷と同じように鎖でベッドのヘッドボードに繋がれ、両膝裏の間から顔が覗いている。うっすら開いた目はとろりと蕩け、そこに理知的な光はない。
 胸元から腹にかけてはくっきりと紅色に染まった幾つもの鬱血痕が咲き、それらと競うように白濁液が点々と散らばっていた。
 そして普段秘されている陰部はカカシに差し出すかの如く突き出され、余すところなく晒されている。
 カカシは尻肉に両親指を押し当てて無遠慮なまでに後孔を拡げ、本人でさえ見たことのない内側の肉を愛で嬲っていた。
「もっと大きいの、欲しい?」
「んぁ、ほしぃ……カカシさ……ン、の……っ」
 ひくつく襞をぞろりと撫でられ、イルカの身体がひくりと震える。
 カカシは親指をじゅぷりと埋め、左右に割り開くと舌を差し入れた。散々弄られた内壁は柔らかく解れ、ぐねぐねと蠢く舌と指を悦び迎え入れる。
 だがイルカの顔は不満げに歪められた。
「ちが、ぅ、もっと、おく……ずくずくする、どうにかしてぇ」
 身体の深奥から溢れる暴力的な疼きに耐えきれず、拘束具をガチャガチャと激しく鳴らしながら腰を揺らし、たどたどしくも甘くねだるイルカにカカシはギリと唇を噛みしめた。
「……ッ! いいよ、うんと奥を突いてあげる」
 カカシは身を起こし、猛り切った己の剛直を鈍赤に色付いた蕾に押し当て、ぐいと捻じ挿れた。
「ひ! ぁああっ」
 一際高く上がった嬌声と重く湿った音が重なる。
 柔肉は剛肉を難なくぐぷりぐぷりと呑み込み、ざわめきながら奥へと誘い込むように蠢いた。
「ふ、……ぅ」
 満足げに深いため息をついたカカシが見下ろすと、開いた唇の端から唾液が溢れるのも厭わず、イルカが愉悦の唄を歌う。
「あ、ぁ、ぁあ、ああ……」
「あぁ、イルカ……イルカの中に、やっと」
 感極まった呟きがカカシの口から漏れたが、イルカの耳には届いていないようだった。不自由な体勢でも、僅かな快楽をも逃さないとでもいうように腰を揺らめかせ、己の得る感覚に溺れている。
「……っと、んぁ……あ、もっと、いっぱい、して」
 動きを止めたカカシに焦れ、イルカが更にねだり誘う。
「ん、ごめんね。イルカの中、俺でいっぱいにしてあげるからね」
 引き伸ばされ、薄くなった後孔の皮膚を撫でながら、一度は収めたそれをゆっくりと引き抜く。
「や、いかないで……」
 膨らんだ亀頭ギリギリまでずるりと引き抜くと、後孔の皮膚が追い縋るようにまとわりついた。それを愛惜しむようにまた撫ぜ、そして根元まで一気に打ち込む。
「ひう! ぅあンッ、あ、あ、あ、あッ」
 ぐちゃん、ぐちゃんという激しい湿音を、肉が肉を打つ音が、枷と鎖の激しく鳴る音が追う。
 狂ったように喘ぐイルカの腿裏に、カカシの十指がぎゅうと食い込んだ。
 合間にもっと、もっととせがむのはどちらの声なのか。
 愛の交歓からは最も遠いところで、澱み爛れた嬌宴は続けられた。





 強制的に水面に引き上げられるように、イルカは意識を取り戻した。
 まだ頭の中にどろりと重いものが残っている感覚はある上、体もチャクラ抑制バンドとは別の理由でひどく重いが、少なくとも手枷と足枷は外されていた。
 それを確かめるまでもなく気付いたのは、誰かに抱きかかえられて部屋の中を移動していたからだ。
 温かい人肌に身を預け、ゆらゆらと穏やかに揺らされているのはとても心地よく、まるで無条件に世話を焼かれていた小さな子供の頃に戻ったようで。
 目を閉じて眠りに返りたいところだったが、この優しい揺り籠がカカシのもたらすものと気付いたとたん、急速に意識が覚醒した。
「あ、目が覚めちゃった? 今からお風呂で綺麗に洗うからね、俺が全部やるからイルカは寝てていいよ」
 風呂などこの空間のどこにあるのだろうかと首を巡らせると、上へと続いてるらしい扉の手前でカカシがなぜか立ち止まり、片手で印を切った。
 すると左手は壁だったはずなのに、突如として小さなスペースが現れた。
「幻術……」
 長方形だと思い込んでいた部屋はL字型だったのだ。
 地上階に続く扉の左隣には小さなスペースがあり、簡易キッチンともう一つの引き戸がある。それを開いた先が風呂場だった。
「今まではここがあること教えたくなかったから、ごめんね」
 カカシが申し訳なさそうに言うが、きっと尿意を我慢させるために、ここにも水場があることは知らせたくなかったのだろう。
 カカシが切った印を見たところごく簡単な幻術だったようだが、それすら気付けないほど今のイルカの能力は危うい。
 風呂場の引き戸を開けると湯船には既に湯が張られており、二人は湯気にもわりと包まれた。
 カカシはイルカを風呂椅子に座らせると、コックを捻ってシャワーを出し全身に浴びせる。程よく熱い湯が肌を打ち、身体中にまとわりついていたべたべたした不快なものを洗い流していった。
 その水流が排水口に渦を巻く様子をぼんやりと見ていると、イルカは先ほどの己の恥態を断片的に思い出してきた。
 自ら脚を開き、腰を揺らし声を枯らしてカカシを欲しがり、もっととねだった。それは媚薬のせいでもあるが、願うことすら出来なかった望みでもあった。
 薬という卑劣な手段でそれを引きずり出したカカシに、そして引きずり出されたものを余すところなく晒してしまった自分に嫌悪と怒りが湧き起こるが、それは一瞬だった。
 奥底で一番大切にしていた想いを本人によって踏みにじられたイルカには、怒りを持続するだけの精神的エネルギーは残っていなかったのだ。
 ただ、喪くしてしまった恋心を悼む涙だけが静かに頬を伝い落ちた。
 それはシャワーの湯に混じり、汚れた水流と共に排水口へと流れていった。



「今から髪を洗うから、目を瞑ってて」
 抑えきれないほどに弾んだカカシの声が降ってきて、シャンプーの泡立つしゃわしゃわという音が響く。
 抜け殻のように身を任せるイルカの頭に両指を差し入れ、丁寧にマッサージをしながら髪を洗っている。白い泡に包まれた頭部を湯で流すと、今度はトリートメントを毛先から揉み込んでいく。
「イルカの髪、毛先が傷んでるのずっと気になってたんだよね。せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないなぁって」
 全体に行き渡らせると頭をタオルで包み、それからスポンジを使って石鹸を泡立て始めた。
 ボディタオルは使わず、こんもりとした泡をイルカの肌に乗せて体を洗い上げていく。背中から胸へ、腕から指先へ、腿から爪先へと泡を滑らせ、足指の間まで一本一本、膝を突いてかしずくように。
「イルカは肌も滑らかで、きめが細かいよね。手に吸い付くみたいな感じで触ってると気持ちいい」
 反応が全くないことも気に留めず、カカシはひたすらイルカを磨きあげた。股間も全く性的なものを感じさせない手で優しく洗い、イルカの両腕を持ち上げると自分の首に回させて、膝立ちの体勢をとらせる。
「ちょっとごめんね、ここに入れたままだとお腹壊しちゃうから」
 緩く開いた脚の間に指が入り込み、腹の中に残っていたカカシの体液を掻き出した。
 その行為がぼうっとしていたイルカの羞恥心を呼び起こし、それが呼び水となって感情が一気に溢れた。カカシを突き飛ばそうとしたが片腕でしっかりと抱き止められているのに勝てず、その勢いのままカカシの背を殴り付ける。
「……っ、離せよバカ! ふざけんな! お前なんか……お前なんかっ!」
 泣きわめきながら背を殴り続けるイルカを、カカシは止めることも咎めることもせずに後始末を終えた。
 顔を上げたカカシの頬に、イルカの一打がまともに入って鈍い音がする。避けもしなかったことにイルカが怯むと、カカシがにこりと笑った。
 まるで子供の癇癪を寛容に受け止める大人のように。
「気が済んだ? じゃあ湯船に浸かろうか」
 今の殴打で口の中が切れたらしく、その端には血が伝い落ちている。そのことに気付いてもないのか、それとも気に留めていないのか、カカシはシャワーで二人の体を洗い流すとイルカを抱えて湯船に入った。
 ざぶりと大量の湯が溢れ、洗い場の床を流れていく。
 カカシの足の間に抱き込まれたイルカは、どうにもならない無力感に襲われて胸元までずるずると沈んだ。
 ぼんやりと見つめる湯船に、カカシの口元から流れたのか淡い紅色が混じる。
 ふと、任務から帰還したカカシが、自分の傷に無頓着だったことを思い出した。
 血を止めただけの適当な処置のまま、受付に現れ笑顔でやり取りをして帰ろうとする。そんなカカシが放っておけなくて、よく医務室に引きずり込んで手当てをしたものだった。
 そういう時のカカシはちょっと困ったような、はにかんだ顔で静かに手当てを受けていた。
 あのカカシはどこへ消えてしまったのだろうか。
「大好きだよイルカ。愛してる」
 甘く、どこまでも甘く囁かれる睦言を聞きながら、イルカは水面に広がり薄れて消えていったカカシの血を眺めた。



 風呂から上がっても、カカシの奉仕にも似た世話は続いた。
 媚薬の後遺症なのか激しい行為のせいか、身体にも頭にも重怠さがつきまとう。立て続けにいろいろなことが起こりすぎて、理解が追い付いてないのも手伝い、イルカはただ赤ん坊のように身を任せるのみだった。
 カカシはベッドの端に座るとイルカを床に座らせて足の間に納め、タオルで濡れた髪をぽんぽんと叩くように拭く。タオルドライが済むとドライヤーをかけ、手櫛を通しながら丁寧に乾かした。髪の手入れはそれだけでは終わらず、椿油を垂らした柘植の櫛で根元から毛先へ優しく櫛梳る。
「柘植の櫛は髪に一番いいんだって」
「母さんがいつも柘植の櫛でとかしてたからとても綺麗だったって、父さんが言ってたんだ」
「一度だけ、父さんが母さんの髪をとかしてるのを見てね。子供ながらに二人だけの世界って雰囲気を感じてたな……」
 ぽつり、ぽつりと語るカカシの低い声を聞きながら、ゆっくりと時間をかけて髪の手入れをされるひとときは、ただ穏やかで。
 イルカはいつしかカカシの張りのある腿にもたれ、重くどろりとした眠りへと落ちていった。