【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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秋は酒が旨い。
秋に限らず春夏秋冬いつでも酒は旨いが、こう、澄んだ夜空にはぽっかりと月が浮かんでて、暑くも寒くもなく、秋の味覚をたんと味わえて、結婚の決まった同期はすっげぇ幸せそうだった。ここまで揃った酒が旨くないはずがない。そりゃ鼻唄のひとつも歌いたくなるってもんだろ。
いや鼻唄って言うには声がでかすぎたかもしれん。中忍アパートの三つ隣からの「うるせぇぞイルカ!」の声に「めんごめんご~!」と謝って、手から逃げたがる鍵を三回目でようやく鍵穴に差し込んで回し、自宅のドアを開ける。
開けてすぐ左手に台所、正面に続く部屋にベッドと卓袱台とテレビ、右手には風呂とトイレ。狭いがその分効率よく動けるし、これからの季節は炬燵から出なくても楽しい休日を送れるTHE☆中忍ルームだ。
まずは風呂風呂~と風呂場に向かおうとして、ふと違和感に気付いた。
――今、何か余計なものがなかったか?
もう一度俺の素敵な中忍ルームをぐるりと見渡してみようと、丁寧に指差し確認していく。左手に台所、正面にベッド、右手に、いやその前に扉。
…………扉⁉
俺は下足を脱いで上がると、よろけながらその扉の前に立った。
真鍮のドアノブが付いてる以外は何の変哲もない木製の扉。朝アカデミーに行く時までは、こんなもんなかったはずだ。酔っ払いの幻覚かとドアノブに触れてみると、金属のひやりとした質感が伝わる。もしかして管理人さんが気を利かせて、昼間のうちに物置でも作ってくれたんだろうか。でもこの裏側は壁だしなぁとベッドの部屋の方を覗いてみたが、そっち側にはやっぱり扉なんてない。残り三枚となった一楽のカレンダーが下がってるだけだ。
片側の壁だけに突如現れた謎の扉。
真夏の夜のミステリーが突如平凡な中忍を襲う!
夏じゃなくて秋だけどな。
普段なら何かの術や罠を警戒するところだが、今の俺は酔っ払いだ。酔っ払いは無謀なことをしてもいいんだという謎の信念に基づき、俺は躊躇なくドアノブを回して中を覗き込んだ。
「ぅおわ! っと、あぶねー」
扉を開けた先はいきなり階段になっていて、危うく転げ落ちるところだった。
「なんだこりゃあ?」
もちろん応える声などもなく、今度は慎重に首だけ伸ばして覗いてみる。手探りで扉の脇辺りの壁を確かめても灯りのスイッチもなく、真っ直ぐ下方へ延びた階段は暗くて先が見えない。
好奇心のままに一段、そっと足を下ろしてみるがギシッと軋むだけで何かの術が発動した気配もない。
「……行っちゃいますか! うみのイルカのミステリー探険隊~!」
景気付けに大声を張り上げ、右手を壁に沿わせた。手すりなんて親切なものは付いてないのだ。酔っ払って階段から墜落死なんて、酔っ払ってゴミ捨て場で寝て凍死の次になりたくない死因だからな、忍としては。
俺は優秀な中忍だから、酔っ払ってたってちゃんと段数を数える。えらい! いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく……と数えて二十八段目で足裏に伝わる質感が変わった。これはコンクリート、いや土か?
地面を摺り足で探っても落とし穴などは無さそうだ。真っ暗闇の中を見回していると、不意にぽうっと明かりが灯った。
「あー、来た来た! いらっしゃいませぇ♥」
「ぴぎゃっっっっ」
「なぁに? うら若き乙女を見てそんなびっくりするなんて失礼じゃん」
うら若き乙女……?
やっと眩しい明かりに慣れてきた目でよく見ると、長い金髪に胸元から溢れるでっかいおっぱい。顔には何かうっすらと透ける布を垂らして胡散臭いことこの上ないが……なんだ、五代目じゃないか。
「綱手さまぁ? 顔隠してもバレバレですよぅ。俺んちで何やってんですかぁ?」
「ツナデ? あたしを誰と間違えてんの? やだ、ウケる」
よく見ると金色のはずの髪はもっと暗い亜麻色だし、五代目にしては小さすぎるし、そもそも人にしては布に隠れた鼻が突き出し過ぎている。
「ねぇねぇ、お前が『うみのイルカ』でしょ?」
俺を指す長く鋭い爪は今どきの若者のようにきらびやかな装飾でごてごてと飾られているが、赤や金色の派手な色と相まって、綺麗と言うよりは殺傷力と戦闘力が高そうとしか思えない。
「……五代目じゃないなら貴様は誰だ。なぜ俺の名を知ってる? そして俺ん家の地下室にいるのはなぜだ。五秒以内に答えろ」
今頃になって酔いに押しやられてた忍としての警戒心が戻ってきた。というか、そもそも俺ん家に地下室があること自体おかしいんだが、とりあえずはこの侵入者をなんとかせねば。厳密には俺ん家の地下室じゃないから侵入者とも言えないかもしれんが、そこを突っ込まれる前に攻撃しちまおう。先手必勝だ。
だが、クナイを引き抜こうとした手が動かない。
まずい、瞳術的なやつか。この地下室も幻術だったのかもと、こめかみに一筋の汗が伝い落ちる。
「あのねぇ、初対面の神に刃物を向けるなんて無粋じゃない? まずは拝礼、それから供物でしょ?」
「初対面の忍に術をかけて惑わすのは無粋じゃないのか? …………かみ?」
かみって、あの神様だろうか。あー、自分を神と思い込んでる痛々しいアレな感じか? 若いのに可哀想に。
「そうよ、この神々しくもお洒落で可愛いあたしを見れば分かるでしょ?」
「いや分からん」
「なんですって⁉ ちょっとマジで信じらんないんだけど!」
「うお!」
自称神様はいきなりごうっと炎を吐いた。
たとえ自称でも炎を吐く神様はヤバい。つーかけっこうな炎を吐いたはずなのに、顔の布は一切焦げてない。こいつ、なかなかの火遁の使い手だ。それに今気付いたが、土の匂いも強く漂ってるから土遁も使うかもしれん。
「ふふふ、これでちょっとは畏れた? 言っとくけどあたしは土の姫神だから、地中では誰も敵わないからね。ん~、でもオコロお兄ちゃん達には勝てないんだけどさ……と に か く! あたしのことはおころん♥って呼んでちょうだい」
姫神云々はともかく、おころん♥って語尾にハートが飛んでた気がするんだが、付けなきゃいけないもんなのか。いや、ハートは目に見えてる訳じゃないんだから付けなくてもいいんだろうが、気持ち的に付けて呼ばなきゃいけない気がする。これが自称神様の神通力ってやつなのか。
見目麗しく(と思われる)愛らしい子供の外見とは裏腹に、何か逆らい難い圧のようなものを感じて俺は鳥肌の立つ腕を擦った。とりあえず力では敵いそうもないので、路線変更して搦め手でいくことにする。
唸れ、極限まで鍛え上げた受付スキル!
「ゴホン、あー、おころん♥」
「様。おころん様♥」
「おころん様♥、有難くも俺の家に地下室を作ったのは何が目的ですか?」
「そうだなぁ、あっ! あたしと呑み比べしましょ。イルカが勝ったら教えてあげる」
「呑み比べって、お前じゃないおころん様♥みたいな子供と? それは教師としてできかねますな」
「言っとくけど、いくらあたしが若く可愛らしく見えてもイルカの百倍は生きてるわよ。ってことで決まりね。じゃあ酒を持ってきて」
「…………は? なんで俺が?」
決まりねの意味が分からん。俺が酒を持ってくる意味も分からん。
自称でも、仮にも神様なら人の話をもっと聞くべきだろ。って、俺の百倍の歳⁉ あ、そういう設定か。凝ってんな~。
「長年人に忘れられたあたしのとこに、供物とか神酒なんてある訳ないでしょ?」
「俺だって呑み比べできる程の酒なんて持ってねぇよ! 中忍の給料なめんなよ⁉」
あっ、チッて言った! 仮にも姫神様だってのに、今舌打ちしたよな?
「使えない人間ね~。まぁいいわ、それじゃ本題ね」
本題があったのかよ!
なんつーか我儘な自称神様だな。神様ってもっとこう、何かこう……畏敬の念を抱くような存在じゃないのか? 自称だからいいのか。自称って自由でいいなぁ。
「うみのイルカ、あれを見て」
おころん様♥の声に呼応するように、ぎらりと光る爪の指す先方にまたぽうっと明かりが灯る。
あれ便利だなぁ。明かり点けてって指差せば部屋の電気が点くなんて、すっげぇ楽チンじゃないか。そう思いながら爪の指す方を見ると、思ったよりこの地下室は広いらしく、奥の突き当たりになんだか格子状の壁が見える。
いや、あれは壁なんかじゃない。
――座敷牢だ。
どことなくうすら寒いものを感じて目を凝らすが、そこまでの明るさはなく中の様子までは窺えなかった。
すると不意にこの場に馴染まない、だがとても聞き慣れた声がした。
「この匂いはまさか……イルカ先生?」
「えっ、カカシさん⁉」
「そうよ、あれは全~~~~部はたけカカシよ」
やっぱりカカシさんだ!
……待てよ、『全部』? 全部カカシさんってどういう意味だ?
おころん様♥に問いかけようとすると、途端に座敷牢の方が騒がしくなった。
「イルカ先生がここにいるの⁉」
「落ち着けよ、そんな訳ないだ……ホントに先生の匂いがする!」
「どこどこどこ⁉」
「押すな髪を引っ張るな雷切ろうとするな」
「お前ら邪魔! あぁ先生の匂いだ……イルカせんせ~!」
この姦しさは明らかに一人じゃない。微妙にトーンが違うカカシさんの声が、中には恐らく子供に近いだろう、高めの澄んだ声まで聴こえる。
ていうか皆で俺の匂いを連呼しないでくれ。俺の体臭ってそんなにキツいんだろうか。ちょっと泣きそう。
だが泣いてる場合じゃない。
なぜだか俺ん家の地下室にカカシさん達が幽閉されているらしいのだ。俺は振り返ると同時にクナイをおころん様♥に突き付けて解放を要求しようとしたが、またしても右腿に伸ばした手が動かない。
「焦る男はモテないわよ。監禁なんてしてないから、近くでよく見てみなさいよ」
「俺はモテないんじゃない! ただちょっと……近寄り難いだけだ。たぶん!」
「はいはい、言い訳はいいから」
俺はモテる男らしく、それ以上余計な反論はせずに(男は黙って背中で語るって父ちゃんも言ってたしな)、座敷牢の前に駆け寄った。
座敷牢はしっかりした木材で組まれていて、扉のようなものは見当たらない。総勢五人のカカシさん達は今は部屋の真ん中辺りに集まり、何かわいわいと騒いでいる。
中は普通の部屋みたいで壁際には幾つか箪笥が置いてあり、その上には何か細々とした物が並べられている。壁には誰かの大小様々なポスターだか写真だかがべたべたと貼られ、カカシさん達が集まってる向こうには質素な机と椅子が見えた。
「カカシさん達、今助けるから待ってて下さいね!」
俺が声をかけても、誰一人反応はない。
そんな広い部屋でもないのに、自分達の話に夢中で俺の声が聴こえないのかともう一度大声を張り上げようとすると、袖をくいと引かれた。
「無駄よ」
「無駄って何だよ! 俺はどんな事をしても助けるぞ!」
食ってかかる俺を軽くいなし、おころん様♥は肩を竦めた。
「そういう意味じゃなくって。これはみんなはたけカカシ本体じゃないから無駄ってこと。思念体みたいな感じ?」
思念体って何だよ。幽霊みたいなもんか? だがどう見てもカカシさん達は透けてないし、存在感だってある。ただ……各々の年代が違うように見えるだけだ。
――そうだ、何か変だと思ったら。
三人のカカシさんとカカシ君と、あと一人よく分からん変装だか変化をした奴もいるが、全員年齢が違う。下は十代後半に見える華奢なカカシ君から、上はこないだ一緒に呑んだばかりの今のカカシさんまで、アルバムから集めたように各年代が揃っているのだ。
異質な一人はピエロみたいな紫の変なアイメイクをして髪色も違う。だが声と雰囲気、何よりあの素顔のほくろ、あれは絶対カカシさんだ。
座敷牢の格子に顔を押し付けるようにしてカカシさん達を観察してると、おころん様♥が心底うんざりしたような声をかけてきた。
「本題っていうのはこれ。はたけカカシのお前への積年の想いが強すぎてね、あたしの眷族からクレームが殺到してるんだよね」
「…………は? カカシさんの俺へのって、えっと、何が? あと眷族からクレームって」
「まぁ、落ち着いてちょっと見ててよ。そうすればあたしの言ってる意味も分かるから」
今すぐカカシさん達を助けたいのは本当だが、彼らに俺の存在は分からないようだし、とにかくこの状況は異常すぎる。現状を把握する為にもと、俺は座敷牢の中の様子を観察することにした。
カカシさん達はまだ輪になったまま、わいわいと騒いでいる。
「だいたいなんで歴代の俺がここに揃ってるのよ」
「それはこっちの台詞だよ。俺の神聖なるイルカ聖域に」
「さっきは絶対イルカ先生の匂いがしたと思ったんだけどなぁ」
「お前がそんなこと言うから、またムラムラしてきちゃったじゃない。あぁ、せんせぇ……」
「こないだ盗ってきた手拭い、匂いがまだフレッシュだから、あれと間違えたんじゃない?」
盗ってきた手拭い? 今盗ってきたって言ったか?
若いカカシさん(二十歳くらいだろうか)が、箪笥の引き出しからジッパー袋に入った布を持ってきた。
「それ……っ! 俺が昔無くしたイルカ柄の手拭い!」
叫んでもやっぱり俺の声は届かないらしく、二十歳カカシさんが袋の口をほんの少し開いて鼻を突っ込んだ。
「あぁ~、イルカの汗の匂いだ……」
「俺にも嗅がせて!」
「イルカ、イルカ……もうダメだ。ちょっとスケア、あれ出して。お前も持ってるんでしょ?」
「ええ~、一本しかないけど全員分できるかなぁ。ま、やってみよっか」
おかしな変装だか変化をしてるカカシさんはスケアと呼ばれてるらしい。
スケアは奥の机の上から、巻物と厳重に封された封筒を持ってきた。それを何か印を切って開封すると、中から数葉の写真を取り出してぱらりと広げる。
「今日はどれにする?」
「俺は浴衣!」
「う~ん、今日は祭の褌の気分かな」
「俺はね、風呂上がりの腰巻きタオル!」
「じゃあ俺は忘年会のミニスカで」
「はいはい、じゃあ僕は縄抜けの授業のにしようっと」
スケア含めカカシさん達は皆、妙にぎらぎらとした目で手にした写真を見つめている。
「はぁ……俺の可愛いイルカ……啼かせたい」
「ごめんね、イルカ先生……真影擬像の術!」
一番大人のカカシさんが巻物を広げ、申し訳なさそうに写真に向かって片手で印を組んだ。速すぎて巳、申しか見えなかったが、それよりイルカ先生って……
突然写真がぼんと煙を上げた。
他のカカシさん、カカシ君、スケアの写真からも次々と煙が上がり、それが晴れると――
「……俺⁉」
なんとそこには浴衣、法被に褌、腰巻きタオル、ミニスカワンピ、支給服の上から縛縄と五人のいろんな格好をした俺が立っていた。
いや、一人は縄で縛られて拘束された状態で転がってるけど!
とにかく、全部! 俺!
しかも一様になんだかこう……なんつーの? 信じられないことに、誘うようなエロい顔で!
そんな俺『達』を前に、カカシさん達は見たこともない甘い顔で寄り添っている。寄り添っているっていうか、あっ、手をパンツの中に入れんな! 向こうの若いカカシ君は浴衣の上から股間を撫で回してるじゃねぇか! しかもまだ子供みたいな『俺』を相手に、あぁぁぁあああ、そこをそんな風にされたら……
「や、カカシさん……」
「ここ触られるの、やなの?」
「だって、ン……っ、またおかしくなっちゃう」
「いいよ、いっぱいおかしくなって」
いやいやいやおかしくなっちゃダメだから!
あっちじゃ腰巻きタオルの俺が滅茶苦茶キスしまくってるし、褌の俺は生尻を揉まれまくってあんあん言ってるし、しっかりしろお前らっつーか俺!
「ね? こういうこと。はたけカカシの邪で婬猥な妄想がこの部屋から地中に漏れ続けて、長年あたしの眷族の安眠妨害をしてるってわけ。あんなドピンクオーラなんて子供にも悪影響だし、マジで困ってんの」
俺は振り返っておころん様♥の突き出た鼻先に向かって人差し指を向けたが、開いた口から言うべき言葉が出てこなかった。
「あんな……、俺っ、あれは……!」
すると座敷牢の中から「ひあ! そこやだ、ぁああっ」と一際でかい声が響き、思わず目を戻すと。
そこには信じがたい光景が……首と繋がった縄で後ろ手に縛り上げられて転がった『俺』が! スケアに! 剥き出しになったちんことタマを弄られてああああ喘いでる!
スケアのもう片方の手はその下というか奥に消えているが、どこに突っ込まれてるかなんて考えたくない。しかもその隣ではミニスカ姿の俺のちんこをカカカカシさんがしゃしゃしゃしゃぶしゃぶ……っ!
「は、ァ、もぉダメ、イくぅ……っ」
「ふぁわいいね、イってひいよ」
「あッ、んあーっ」
壁にもたれてスカートの裾を掴んで持ち上げていた俺が、仰け反って腰を大きく跳ねさせた。
「まったく、暇さえあればいつもこうよ。だからねイルカ、あれをお前に何とかしてほしいのよ」
「ヒエッ、見るな! お前じゃないおころん様は見ないでくれ………っえ、俺が⁉ あれを⁉」
あんな爛れた宴を前に平然というか憮然としてるおころん様♥がとんでもないことを言い出すが、いや無理だろ! 奥の机の方からは何か想像もしたくないような、ばちゅん ぐちゅんと水っぽい肉のぶつかるような音までしてきてるし! こんなヤバすぎるエロパーティーで何をどうしろってんだよ!
「さ、頼んだわよ。お願いねイルカ」
問答無用で鋭く尖った爪でトンっと胸を突かれると、俺の体は頑丈なはずの木格子をするりと抜け、座敷牢の中に転がり込んだ。
軽く突かれただけなのに俺の体はごろごろと転がっていき、何かにぶつかって止まる。
「あ、んあ……ッ」
ぶつかった物体は、なんとカカシさんに跨がって腰を振っていた素っ裸の『俺』の片足だった。衝撃でイってしまったのか、『俺』は焦点の合わないとろりとした目で俺を見つめ、そのままくたりとカカシさんの方に倒れ込む。
「うあ、すみません、お邪魔しました!」
「あれ、どうしたのイルカ、相手の俺は? 間違ってイルカが一人多くできちゃったのかな?」
今より少し若く見えるカカシさんは仄かに頬を染め、ぺろりと舌舐めずりをした。性行為の真っ最中だったせいか全身から凄絶な色気が放たれ、殺気とは違う何かで、射竦められたかのように座ったまま身動きもできない。
「あ……、俺は」
「なに、可愛がってほしいの?」
違う、と言おうとした口が濡れた唇で塞がれる。
「あんた、凄く匂いが濃いね。ゾクゾクする」
カカシさんの灰蒼色の眼に、暗く底光りする欲望が宿った。
片手で抱き抱えていた『俺』を脇にそっと横たえると、自分のアンダーを頭から引き抜いてかけてやり、俺に向き直る。
「ここ、こんなにして。俺達の見て興奮しちゃった? おんなじようにしてほしいって?」
カカシさんの手が俺の膨らんだ股間を撫で上げる。
「ふ、……ッ」
おかしな声が出て慌てて両手で口を塞ぐと、その手の甲にねっとりと舌を這わされた。
「聞かせてよ。はしたなくてやらしい、可愛いイルカの声」
手の甲を挟んで俺を見つめるカカシさんは、今まで聞いたこともない濃蜜を垂らしたような声で。
まるで暗示にかけられたように、俺の両手がぽすんと膝に落ちた。
「ベスト脱いでアンダーを持ち上げて。そうしたらご褒美をあげる」
ご褒美。
俺にもあんな気持ち良さそうなことをしてくれるんだろうか。
脇で横たわってる『俺』がしてた、蕩けるような顔になることを、俺にも。
俺はベストを脱ぎ捨て、ちょっと躊躇ってからアンダーの裾を掴んで持ち上げる。するとその裾を口の中に優しく押し込まれた。
「言われた通りできてえらいね、いい子」
カカシさんがにこりと微笑んで、咥えてる服ごと唇にチュッとしてくれた。そして剥き出しになった胸の、左の乳首にもチュッと音を立ててキスする。さらにその周りごと口に含むと、舌を蠢かせて乳首を転がしたり押し潰したりしながら、俺の股間を布の上から強く擦り上げた。
「んんッ、ふ、ぅ、くふ……ぅ」
アンダーの裾を噛みしめても漏れる声に、カカシさんの胸を嬲る舌の動きが激しくなる。
こんなところで男が気持ち良くなるなんておかしいのに、そうだ、ちんこも弄られてるからだと言い聞かせていたら、いきなり乳首を強く吸い上げられた。
「ふあ!」
思わず咥えていたアンダーの裾を離してしまうと、その口がカカシさんの唇で塞がれた。ぬるりと入り込んでくる舌に誘われ、ぐちゅぐちゅと舌を絡め合っていると、胸下からカカシさんの声がする。
「ちょっと、邪魔しないでよ。このイルカは俺のなの!」
すると俺とキスしてたカカシさんが、ちゅばっと音を立ててから唇を離して言い返した。
「だって凄く濃いイルカの匂いがしたんだもん。ズルいよ独り占めなんて」
――あれ、カカシさんの声が二人分?
目を開けると仄灯りに鈍く光る銀色の頭が二つある。
と、背後から両胸にするりと手が滑らせられ、耳元に吐息混じりの甘い声がした。
「僕がこっちを可愛がるから、お前はそっちの面倒を見てあげなよ。ぱんぱんに張ってて可哀想だよ」
この声はカカシさんだが、僕って言ってるからスケアか?
続々と増えるカカシさんに戸惑っていると、大人になる一歩手前のような涼やかな声まで加わった。
「大人になってもかわいい顔してるね、イルカ」
十代の後半に差し掛かったくらいのカカシ君は、年に合わない獰猛な獣の顔で俺の口に指を突っ込んだ。そしてあの流麗な印を組む指の動きで俺の咥内をかき混ぜ、上顎をざらりと撫で舌をくすぐり嬲る。
その間にもズボンのジッパーを下げる音がしたかと思うと、下着の前をずるりとずらされ「もうこんなに涎垂らして。おいしそう」の声と共に、俺のモノに柔らかいものがぬめりと当てられた。
それは幹から先端までをぐねぐねと舐め回し……
「ふ、ぅうう、ひゃめ……ひゃらぁ」
「やじゃないでしょ? 乳首がつんって勃ってきてるよ」
ああ、スケアまで。
「ふふっ、腰が揺れてる。早く欲しいの?」
耳の中にぴちゃりという舌と共に甘い囁きが注がれ、耳朶にやわりと歯を立てられた。
「くふ、ぅあ、んん……ッ」
「ねぇ、これ握ってよセンセ」
手を取られ、熱の塊みたいな棒を握らされる。
あつい。ぬるぬるする。
これは俺のとおんなじ熱を孕んだモノだ。
「……ッは、そう、上手だねセンセ」
「イルカ先生のも固くて熱くて蕩けてる。かわいいね」
下半身からぴちゃり、ぢゅぷっと重く湿っぽい音。
タマを含んだまま舐め回され、もう一つの舌が先っぽを抉る。
舌がふたつ。あぁ、こんなのダメだ。
「あ、ぅ……っ、ひ、ぃやあッ」
みんなにあちこちいろいろされてもうわからない。
びりびりする。それやだ。
「気持ちいいね、イルカ」
きもちいい。
「ひあ、そこ、らめ……」
もうやめろ。
もっとして。
「うん、いっぱいしてあげる」
こんなきもちいいこと、カカシさんがしてくれる、いっぱい。
――でも。俺は『俺』じゃない。
ここではさっきまでカカシさん達が愛してた『俺』がカカシさん達にとっては本物で、俺の方が偽者なんだ。
楽園に紛れ込んだ偽者の俺。
だって俺は、外でのカカシさんにこんなことしてもらってない。
こんな愛しげな目で見つめられてない。
いい子とも可愛いとも言われたことなんてない。
「あれ、どうしたの。気持ちよすぎて泣いちゃった?」
スケアが覗き込んで溢れた涙を舐めとってくれる。
でも違うんだ。
こんなに気持ちいいけど、こんなにも寂しいんだ。
「……みんな、そこまで」
場違いな程に冷静なカカシさんの声が、少し離れた所から響く。
俺に群がってたカカシさんやカカシ君、スケアの動きがぴたりと止まった。
「なに、自分だけ視姦してたくせに、今さら参加したいわけ?」
「そうじゃない。イルカ先生が本当に泣いてる」
音もなく近寄ってカカシさん達を押し退けたカカシさんは、俺の止まらない涙をそっと拭ってくれた。
「ごめんねセンセ。あなた、『本物』でしょ?」
ついこないだも会った今現在の容貌に見えるカカシさんが、優しい手つきで乱れた俺の衣類を整えてくれた。そして力の抜けた俺を抱えるようにして立たせてくれると、俺の目を覗き込んだ。
「大好きなのにこんな……汚して本当にごめん」
その言葉と目には、どうしようもない程の痛みが滲んでいて。
「カカシさ……」
「ごめんね」
今にも泣き出しそうな笑みを浮かべるカカシさんに、またしてもトンっと胸を軽く突かれると、ふわりと体が浮いたような感覚になって。
俺は座敷牢から弾き出されてしまった。
「ぅおわ! ッと、……あれ?」
弾き飛ばされ、転がり落ちたと思ったのに、実際には床に寝っ転がってるだけだった。
俺の素敵なTHE☆中忍ルームの、謎の扉の前で。
……いや、あれ? 扉が、確かに壁にあった扉が消えてる!
待てよ? もともと扉なんか無かったんだから、やっぱり酔っ払って行き倒れた末に夢を見ただけだったんじゃないか?
「そうか、そうだよな! カカシさんが俺にあんなことするなんて、ハハハハ! 俺のこと大好きとか、そんな訳ねぇじゃんハハハハッ!」
盛大に笑い飛ばしてよいしょと立ち上がろうとすると、股間がぐちょりと音を立てた。うわぁ、夢精とかマジで恥ずかしいんですけど。
だが、なんとなく嫌な予感がして、ベストの前を開けアンダーの裾を恐る恐る持ち上げてみると。
「…………マジかよ」
そこには、あからさまな鬱血痕が幾つも散らばっていた。
あー、うん。認めよう。
夢じゃなかったかもしれないような気がする。俺の見る夢にしては何て言うか、高度すぎる内容だった。俺の中忍脳があんなエグいAVみたいなシチュエーションの引き出しを持ってるとは考えられない。あれは上忍脳じゃなきゃ無理だ。
たとえ全てが夢だったとしても、あんなに痛そうなカカシさんを置いてきてしまったことが気になってしょうがない。
どこかの、恐らくはカカシさんの家の地下室に。
「……くそっ」
悪態をつくと同時に俺は外に飛び出し、二歩進んで裸足だったことに気付いた。しかもパンツが濡れたままだ。こんなんでカカシさんに会いに行ったら変態の烙印を押されてしまう。慌てて風呂場に飛び込むとざっとシャワーを浴び、もう一度外へ転がり出た。
今度はサンダルを履いて飛び出したはいいが、よく考えたらカカシさんの自宅なんて知らない。抑えきれない気持ちのままどうしようか足踏みしてると、不意に足元の土がぼこりと盛り上がって、小さな山から薄茶色の何かが顔を出した。
胸元まで地上に出てきた生き物は仔犬くらいの大きさで、薄茶色の被毛に鼻がきゅっと突き出し、その惚けた愛らしい外見を裏切るような鋭い爪が土の上に置かれている。
「……もぐら、か?」
もぐらはサッと土中に潜ると、突然ボコボコボコと前方に向かって畝の道ができた。
それは一直線に五十メートル程進み、またもぐらがぽこっと地上に顔を覗かせて俺をじっと見つめている。
「ついてこいって言ってる……のか?」
俺の言葉を理解しているのか、もぐらは土の中に消えると、更にスピードを上げてボコボコボコと畝の道を延ばしていく。
ふと、おころん様♥の言葉を思い出した。
『はたけカカシの邪で婬猥な妄想がこの部屋から地中に漏れ続けて、長年あたしの眷族の安眠妨害をしてるってわけ』
そしておころん様♥の顔の布越しの、人にしては妙に突き出た鼻先。
眷族って、もしかしてもぐらだったのか? ということは、このもぐらは恐らくは何らかの協力をしてくれる為に、俺の元に遣わされたんじゃないだろうか。と思うのはあまりにも非現実的でご都合すぎる考えだが、こういう時の直感は侮れない。
一か八かだと俺は腹を括り、その畝道を追って駆け出した。
畝道を追いかけて十五分も走ると、郊外の平屋の前でまたもぐらがぴょこりと顔を出した。どうやらここが目的地らしい。
「ありがと、な」
整わない息のまま礼を言うと、もぐらは土中に潜ってそれきり畝道はできなかった。きっと地中深くに帰ったのだろう。或いは、おころん様♥の元へと。
玄関の引き戸の前に立つと声をかけるのを躊躇したが、ここで我に返ったらカカシさん達はずっと地下室に閉じ籠ったままだ。偽者の『俺』と共に、あの痛みを堪えた顔のままで。
「ごめんください! 夜分遅くすみません、あの、イルカです!」
挨拶の時点で家の中から忍らしくない足音がバタバタと響き、名乗る頃には引き戸が勢いよく開けられた。
「イルカ先生⁉ どうしたの⁉」
カカシさんだ。
やっぱりここはカカシさんの家で、俺をあの座敷牢から弾き飛ばしたのは、今のカカシさんだったんだ。
それが分かったのはいいが何を言えば良いのか思い付かず、だからといってあの夢物語を説明する訳にもいかないしと、うーとかあーとか口ごもっていると、カカシさんの背後の廊下に『あれ』が見えた。
半開きになっている、何の変哲もない木製の、真鍮のドアノブの。
「あの扉……」
「え、なに?」
いつも穏やかで飄々としてるカカシさんが、露骨にびくりと体を竦ませた。
「あの扉、地下室に続いてますよね?」
「なんで知って、ていうか見えるの⁉」
俺は問いかけにも答えず、「お邪魔します」と勝手に上がり込むとずかずかと廊下を進んだ。失礼極まりないことをしてるのは百も承知だが、今はとにかく確かめたい。
あの扉の向こうに何があるのかを。
カカシさんは俺の無礼な態度を咎めもせず、言い訳じみた口調で説明しながらくっついてくる。
「あー、いや、そこは危険な武器庫だからね。普段は幻術かけて見えないようになってるんだけど、なんでイルカ先生には見えるんだろう……」
――嘘だ。
武器庫なんて言って何でもない風を装っているが、本当はここに何があるのか、俺はたぶん知っている。
「あ、ちょっと! イルカ先生⁉」
止めようとするカカシさんに構わず、俺は真鍮のノブを大きく引いた。ドアを開けてすぐに階段。片側は壁で手すりはない。
慌てるカカシさんを尻目にトントントンと足早に降りた階段は、やっぱり二十八段。
「ダメだって! そこはいろいろ危ないから!」
追いかけてきて腕を掴んだカカシさんを引き摺りながら、真っ暗な中を左に折れて一番奥までずんずん進む。するとそこには座敷牢こそ無かったが、小部屋らしき空間があるのが分かる。電気のスイッチを探すのが面倒で指先に小さい火を灯そうと火遁の印を組もうとしたところで、その手を握られた。
「術はダメ。俺以外が術を発動させようとすると、トラップが」
思いがけず真剣な口調に手を止めると、カカシさんは諦めたのか大きくため息を吐いた。それと共にパチリとスイッチの音がして、とたんに薄ぼんやりとした電球の明かりが小部屋に満ちた。
「う、わ……これ、俺⁉」
壁一面にべたべたと貼られた大小のポスターだと思っていたのは、全て俺の写真だった。
中忍の頃どころか下忍時代まであるんじゃないかという、子供から最近までの俺、俺、俺。しかも、恐らくは隠し撮りの。
「……あの、ごめんなさい、ほんとに……気持ち悪い、よね」
カカシさんの怯えた声が聞こえるが、俺の意識は質素な机の上に置かれている物に奪われていた。
一本の巻物と封筒。
スケアと呼ばれていたカカシさんが、あの術に使っていた巻物と封筒だ。
「スケア」
「なんでその名前を……っ」
俺の呟きにカカシさんが俺の肩を掴む。
なんでって、あんたが、あんた『達』がここでやってた事に巻き込まれたからだよ。
俺は振り向いて、間近にあるカカシさんの灰蒼色の右目を覗き込んだ。
「俺が来るまで何をしてました? 一人じゃなかったんですよね? ここ、さっきまでスケアや若い頃のカカシさんの四人もいましたよね」
そこまではっきり言うと、カカシさんはうろうろと目を泳がせ、そして俯いてしまった。
「……やっぱりあれは本物のイルカ先生だったんだね」
低く、一人言のような呟きがカカシさんの口から零れる。
「ねぇ。そこまで分かってたのに、なんでここに来ちゃったの?」
カカシさんが顔を上げた。
先ほどまでの慌てた様子も焦りの表情もない、温度のない無の顔。
思わず怯みそうになると、今度は間近にあるカカシさんの目が俺を覗き込む。
灰蒼の底からじわりと滲み出てくる、……これは何だ? 澱んだ欲望の暗い暗い、光?
「知ってて来たんでしょ、さっきまで俺達がしてた事」
薄い唇が酷薄な笑みに歪む。
「それなのに一人で来るなんて……一生ここから出られないよう監禁しちゃおうか? 手枷足枷と首輪も付けて、俺しか欲しがらない身体に作り替えちゃおうか?」
両腕がゆっくりと上がり、俺を囲うように伸ばされる。
背筋にぞわりと這い上るのは恐怖か、それとも。
「もしかして『あれ』が気に入ったの? やらしい顔で喘いでたもんねぇ。もっとどろっどろにしてほしい? あ、そうか、俺一人じゃ足んないよねぇ。影分身で良かったらみんなで可愛が……痛っ⁉」
ゴチンといい音が響き、カカシさんが頭を押さえて踞った。
そりゃ痛いだろうよ、手加減なしのイルカ先生必殺拳骨(大人向けバージョン)だからな。
自分よりちょっと背の高い人に渾身の拳骨を落とすのはけっこう難しかったが、ここは平手でも拳でもなく拳骨だ。それだけは譲れなかった。
「そんな凄んでも無駄ですよ。怖がらせて二度と自分に近付かないようにって魂胆でしょうが、俺、見ちゃいましたからね」
座敷牢から俺を弾き出した時の、あの痛みを堪えた顔。
それに監禁するなんてほざいてるが、そうしたいなら俺が子供の頃から盗撮してたくらいだから、今までいくらでも機会はあったはずだ。カカシさんくらい優秀な忍なら簡単だし、たとえ里にバレたとしても下忍や中忍の一人、容易に黙認されるだろう。
だいたいこの部屋にはあれがない。
ベッドが。
こんな優しくて思いやりのある人が、狂気に堕ちたとしてもベッドのない部屋に俺を監禁するとは到底思えない。
ここはやっぱり、カカシさんと『俺』だけの秘密の楽園なのだ。
そこに俺が必要とされてない事への理不尽な憤りは、この異様な小部屋を現実に目の当たりにした恐怖をも上回った。
「カカシさん、あんた、ずうっとここで偽者の俺と仲良く暮らしていくんですか?」
踞ったままのカカシさんの前に、俺もしゃがみこんで問いかける。
「……だって気持ち悪いでしょ、先生のこと子供の頃からこっそり追っかけ回して、あんな術まで開発してる変態だよ?」
変態って自覚はあったのか。
まぁな、子供の頃からだもんなぁ。てっきり七班結成の時が初対面だとばっかり思ってたが、カカシさんは違った訳だ。つーか、あの術はカカシさんが開発したのか! エロパワーってすげぇ。
お陰さまで『俺』が滅茶苦茶エロくなっちまったんだが、俺はもっさり中忍のままだ。俺が十代から今までもっさり過ごしてる間、『俺』はずうっとカカシさんにあんな風に愛されていた訳で。
「……なんかね、羨ましくなっちまったんですよ。俺って愛されるとあんな無防備に幸せそうな顔してんのかって。あれって愛でいいんですよね? それとも性欲処理的なやつですか?」
「違うッ!」
カカシさんがガバッと顔を上げたが、今度はちゃんと体温もあって暗い欲望のない、いつものカカシさんだ。いや、いつもと同じじゃないな。目と鼻が赤くなってるけど、泣いてたのか? ちくしょう、ちょっと可愛いじゃないか。
「イルカ先生のことが好きで。好き、って、気持ちが抑えきれなくて……でも汚い俺が綺麗な先生本人を汚す訳にいかないから、それであんなことを」
「だからって愛を受け取ってるのが偽者なんてズルいじゃないですか? 本物の俺にも下さいよ。カカシさんの愛ってやつを」
カカシさんの目が真ん丸に見開かれる。
だいたい綺麗な先生って何だよ。俺はもっさり中忍だぞ? あんたの方がよっぽど綺麗じゃないか。
「……怒ってないの?」
「怒ってはないけどムカついてます。あんな偽者ばっかり可愛がって」
それに、俺を勝手に綺麗だと線を引いて、自分のテリトリーに入れようとしないことについても。
俺は観賞用の花じゃない。そしてカカシさんは汚れてなんかいない。
あー、もう! これからそのことを、しっかりたっぷり教えてやりたい。
「さて、と」
俺は立ち上がった。
「帰ります。それじゃ、お邪魔しました」
「えっ」
カカシさんが思わずといった風に声を上げた。その一瞬の縋るような目を、俺は見逃さなかった。
「もし本物の俺と付き合ってもいいなら、ここから出て追いかけてきて下さい。上で待ってるんで。ただし、きっかり三分です。俺の忍耐力はカップラーメンの待ち時間以上はもちません」
そうキッパリと言うと、俺は階段の方へと向かいかけた。
俺はあんな事を見させられて、こんな事をいっぱいされて、それでもここまで走ってきた。受け入れたいという意思表示もした。だから今度はあんたが意思表示をする番じゃないか?
地下室の、自分だけの楽園から出て。
「でも、あ、えっ、どうしよう……ほんとに?」
カカシさんが慌てて立ち上がっておろおろとしてるが、ここまで狼狽える里の誉なんてレアすぎるだろ。俺に関してはホントにポンコツなんだなぁと、その愛らしさにこっそり微笑む。
この地下室では、さっきの夢みたいな時間も含めてカカシさんの様々な表情を見せてもらった。そのどれもが好ましく(あー、ゴホン。エロいのも含めて、だ)、穏やかで飄々としてるだけじゃないカカシさんのいろんな面を、もっと知りたいと思う。
そこで元々の目的というか、おころん様♥からの頼まれ事を思い出した。
「あ、先に言っときますけどね、俺と付き合うかどうかは別として、この部屋は封印して下さいね?」
「やっぱり怒ってる」
途端にしょぼんと萎れてしまったカカシさんに、今度はさすがに笑みを隠せなかった。
「違いますよ、ここから漏れるエロいチャクラが迷惑だって、おころん様♥からクレームが来たんです」
「チャクラが漏れた? この地下室には厳重な結界を張ってあるはずなんだけど……それに、えっと、おころん様って?」
怪訝な顔で首を傾げるカカシさんに、説明しようと開きかけた口を閉じる。
そうか、カカシさんには座敷牢の外は見えてなかったんだ。そうすると、おころん様♥のことをいったいどう説明したもんか。
土の姫神様で地中で敵うものはいなくて、若い女の子(?)で炎も吐くし、もぐらの眷族がいて。そのクレーム対応の為に、この地下室を俺の部屋に繋いだみたいなんですなどと、その一連の事は一言では言いにくい。まぁ、追々話せばいいだろ。たぶん、この後お付き合いすることになるだろうしな!
とりあえず俺とカカシさんにとっては――
「縁結びの姫神様ですよ」
それだけ伝えると俺は小部屋を出て暗い中を進み、二十八段の階段を一段一段数えながら上っていく。
カカシさんが追いかけてくる気配を、背中に感じながら。
【完】
秋に限らず春夏秋冬いつでも酒は旨いが、こう、澄んだ夜空にはぽっかりと月が浮かんでて、暑くも寒くもなく、秋の味覚をたんと味わえて、結婚の決まった同期はすっげぇ幸せそうだった。ここまで揃った酒が旨くないはずがない。そりゃ鼻唄のひとつも歌いたくなるってもんだろ。
いや鼻唄って言うには声がでかすぎたかもしれん。中忍アパートの三つ隣からの「うるせぇぞイルカ!」の声に「めんごめんご~!」と謝って、手から逃げたがる鍵を三回目でようやく鍵穴に差し込んで回し、自宅のドアを開ける。
開けてすぐ左手に台所、正面に続く部屋にベッドと卓袱台とテレビ、右手には風呂とトイレ。狭いがその分効率よく動けるし、これからの季節は炬燵から出なくても楽しい休日を送れるTHE☆中忍ルームだ。
まずは風呂風呂~と風呂場に向かおうとして、ふと違和感に気付いた。
――今、何か余計なものがなかったか?
もう一度俺の素敵な中忍ルームをぐるりと見渡してみようと、丁寧に指差し確認していく。左手に台所、正面にベッド、右手に、いやその前に扉。
…………扉⁉
俺は下足を脱いで上がると、よろけながらその扉の前に立った。
真鍮のドアノブが付いてる以外は何の変哲もない木製の扉。朝アカデミーに行く時までは、こんなもんなかったはずだ。酔っ払いの幻覚かとドアノブに触れてみると、金属のひやりとした質感が伝わる。もしかして管理人さんが気を利かせて、昼間のうちに物置でも作ってくれたんだろうか。でもこの裏側は壁だしなぁとベッドの部屋の方を覗いてみたが、そっち側にはやっぱり扉なんてない。残り三枚となった一楽のカレンダーが下がってるだけだ。
片側の壁だけに突如現れた謎の扉。
真夏の夜のミステリーが突如平凡な中忍を襲う!
夏じゃなくて秋だけどな。
普段なら何かの術や罠を警戒するところだが、今の俺は酔っ払いだ。酔っ払いは無謀なことをしてもいいんだという謎の信念に基づき、俺は躊躇なくドアノブを回して中を覗き込んだ。
「ぅおわ! っと、あぶねー」
扉を開けた先はいきなり階段になっていて、危うく転げ落ちるところだった。
「なんだこりゃあ?」
もちろん応える声などもなく、今度は慎重に首だけ伸ばして覗いてみる。手探りで扉の脇辺りの壁を確かめても灯りのスイッチもなく、真っ直ぐ下方へ延びた階段は暗くて先が見えない。
好奇心のままに一段、そっと足を下ろしてみるがギシッと軋むだけで何かの術が発動した気配もない。
「……行っちゃいますか! うみのイルカのミステリー探険隊~!」
景気付けに大声を張り上げ、右手を壁に沿わせた。手すりなんて親切なものは付いてないのだ。酔っ払って階段から墜落死なんて、酔っ払ってゴミ捨て場で寝て凍死の次になりたくない死因だからな、忍としては。
俺は優秀な中忍だから、酔っ払ってたってちゃんと段数を数える。えらい! いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく……と数えて二十八段目で足裏に伝わる質感が変わった。これはコンクリート、いや土か?
地面を摺り足で探っても落とし穴などは無さそうだ。真っ暗闇の中を見回していると、不意にぽうっと明かりが灯った。
「あー、来た来た! いらっしゃいませぇ♥」
「ぴぎゃっっっっ」
「なぁに? うら若き乙女を見てそんなびっくりするなんて失礼じゃん」
うら若き乙女……?
やっと眩しい明かりに慣れてきた目でよく見ると、長い金髪に胸元から溢れるでっかいおっぱい。顔には何かうっすらと透ける布を垂らして胡散臭いことこの上ないが……なんだ、五代目じゃないか。
「綱手さまぁ? 顔隠してもバレバレですよぅ。俺んちで何やってんですかぁ?」
「ツナデ? あたしを誰と間違えてんの? やだ、ウケる」
よく見ると金色のはずの髪はもっと暗い亜麻色だし、五代目にしては小さすぎるし、そもそも人にしては布に隠れた鼻が突き出し過ぎている。
「ねぇねぇ、お前が『うみのイルカ』でしょ?」
俺を指す長く鋭い爪は今どきの若者のようにきらびやかな装飾でごてごてと飾られているが、赤や金色の派手な色と相まって、綺麗と言うよりは殺傷力と戦闘力が高そうとしか思えない。
「……五代目じゃないなら貴様は誰だ。なぜ俺の名を知ってる? そして俺ん家の地下室にいるのはなぜだ。五秒以内に答えろ」
今頃になって酔いに押しやられてた忍としての警戒心が戻ってきた。というか、そもそも俺ん家に地下室があること自体おかしいんだが、とりあえずはこの侵入者をなんとかせねば。厳密には俺ん家の地下室じゃないから侵入者とも言えないかもしれんが、そこを突っ込まれる前に攻撃しちまおう。先手必勝だ。
だが、クナイを引き抜こうとした手が動かない。
まずい、瞳術的なやつか。この地下室も幻術だったのかもと、こめかみに一筋の汗が伝い落ちる。
「あのねぇ、初対面の神に刃物を向けるなんて無粋じゃない? まずは拝礼、それから供物でしょ?」
「初対面の忍に術をかけて惑わすのは無粋じゃないのか? …………かみ?」
かみって、あの神様だろうか。あー、自分を神と思い込んでる痛々しいアレな感じか? 若いのに可哀想に。
「そうよ、この神々しくもお洒落で可愛いあたしを見れば分かるでしょ?」
「いや分からん」
「なんですって⁉ ちょっとマジで信じらんないんだけど!」
「うお!」
自称神様はいきなりごうっと炎を吐いた。
たとえ自称でも炎を吐く神様はヤバい。つーかけっこうな炎を吐いたはずなのに、顔の布は一切焦げてない。こいつ、なかなかの火遁の使い手だ。それに今気付いたが、土の匂いも強く漂ってるから土遁も使うかもしれん。
「ふふふ、これでちょっとは畏れた? 言っとくけどあたしは土の姫神だから、地中では誰も敵わないからね。ん~、でもオコロお兄ちゃん達には勝てないんだけどさ……と に か く! あたしのことはおころん♥って呼んでちょうだい」
姫神云々はともかく、おころん♥って語尾にハートが飛んでた気がするんだが、付けなきゃいけないもんなのか。いや、ハートは目に見えてる訳じゃないんだから付けなくてもいいんだろうが、気持ち的に付けて呼ばなきゃいけない気がする。これが自称神様の神通力ってやつなのか。
見目麗しく(と思われる)愛らしい子供の外見とは裏腹に、何か逆らい難い圧のようなものを感じて俺は鳥肌の立つ腕を擦った。とりあえず力では敵いそうもないので、路線変更して搦め手でいくことにする。
唸れ、極限まで鍛え上げた受付スキル!
「ゴホン、あー、おころん♥」
「様。おころん様♥」
「おころん様♥、有難くも俺の家に地下室を作ったのは何が目的ですか?」
「そうだなぁ、あっ! あたしと呑み比べしましょ。イルカが勝ったら教えてあげる」
「呑み比べって、お前じゃないおころん様♥みたいな子供と? それは教師としてできかねますな」
「言っとくけど、いくらあたしが若く可愛らしく見えてもイルカの百倍は生きてるわよ。ってことで決まりね。じゃあ酒を持ってきて」
「…………は? なんで俺が?」
決まりねの意味が分からん。俺が酒を持ってくる意味も分からん。
自称でも、仮にも神様なら人の話をもっと聞くべきだろ。って、俺の百倍の歳⁉ あ、そういう設定か。凝ってんな~。
「長年人に忘れられたあたしのとこに、供物とか神酒なんてある訳ないでしょ?」
「俺だって呑み比べできる程の酒なんて持ってねぇよ! 中忍の給料なめんなよ⁉」
あっ、チッて言った! 仮にも姫神様だってのに、今舌打ちしたよな?
「使えない人間ね~。まぁいいわ、それじゃ本題ね」
本題があったのかよ!
なんつーか我儘な自称神様だな。神様ってもっとこう、何かこう……畏敬の念を抱くような存在じゃないのか? 自称だからいいのか。自称って自由でいいなぁ。
「うみのイルカ、あれを見て」
おころん様♥の声に呼応するように、ぎらりと光る爪の指す先方にまたぽうっと明かりが灯る。
あれ便利だなぁ。明かり点けてって指差せば部屋の電気が点くなんて、すっげぇ楽チンじゃないか。そう思いながら爪の指す方を見ると、思ったよりこの地下室は広いらしく、奥の突き当たりになんだか格子状の壁が見える。
いや、あれは壁なんかじゃない。
――座敷牢だ。
どことなくうすら寒いものを感じて目を凝らすが、そこまでの明るさはなく中の様子までは窺えなかった。
すると不意にこの場に馴染まない、だがとても聞き慣れた声がした。
「この匂いはまさか……イルカ先生?」
「えっ、カカシさん⁉」
「そうよ、あれは全~~~~部はたけカカシよ」
やっぱりカカシさんだ!
……待てよ、『全部』? 全部カカシさんってどういう意味だ?
おころん様♥に問いかけようとすると、途端に座敷牢の方が騒がしくなった。
「イルカ先生がここにいるの⁉」
「落ち着けよ、そんな訳ないだ……ホントに先生の匂いがする!」
「どこどこどこ⁉」
「押すな髪を引っ張るな雷切ろうとするな」
「お前ら邪魔! あぁ先生の匂いだ……イルカせんせ~!」
この姦しさは明らかに一人じゃない。微妙にトーンが違うカカシさんの声が、中には恐らく子供に近いだろう、高めの澄んだ声まで聴こえる。
ていうか皆で俺の匂いを連呼しないでくれ。俺の体臭ってそんなにキツいんだろうか。ちょっと泣きそう。
だが泣いてる場合じゃない。
なぜだか俺ん家の地下室にカカシさん達が幽閉されているらしいのだ。俺は振り返ると同時にクナイをおころん様♥に突き付けて解放を要求しようとしたが、またしても右腿に伸ばした手が動かない。
「焦る男はモテないわよ。監禁なんてしてないから、近くでよく見てみなさいよ」
「俺はモテないんじゃない! ただちょっと……近寄り難いだけだ。たぶん!」
「はいはい、言い訳はいいから」
俺はモテる男らしく、それ以上余計な反論はせずに(男は黙って背中で語るって父ちゃんも言ってたしな)、座敷牢の前に駆け寄った。
座敷牢はしっかりした木材で組まれていて、扉のようなものは見当たらない。総勢五人のカカシさん達は今は部屋の真ん中辺りに集まり、何かわいわいと騒いでいる。
中は普通の部屋みたいで壁際には幾つか箪笥が置いてあり、その上には何か細々とした物が並べられている。壁には誰かの大小様々なポスターだか写真だかがべたべたと貼られ、カカシさん達が集まってる向こうには質素な机と椅子が見えた。
「カカシさん達、今助けるから待ってて下さいね!」
俺が声をかけても、誰一人反応はない。
そんな広い部屋でもないのに、自分達の話に夢中で俺の声が聴こえないのかともう一度大声を張り上げようとすると、袖をくいと引かれた。
「無駄よ」
「無駄って何だよ! 俺はどんな事をしても助けるぞ!」
食ってかかる俺を軽くいなし、おころん様♥は肩を竦めた。
「そういう意味じゃなくって。これはみんなはたけカカシ本体じゃないから無駄ってこと。思念体みたいな感じ?」
思念体って何だよ。幽霊みたいなもんか? だがどう見てもカカシさん達は透けてないし、存在感だってある。ただ……各々の年代が違うように見えるだけだ。
――そうだ、何か変だと思ったら。
三人のカカシさんとカカシ君と、あと一人よく分からん変装だか変化をした奴もいるが、全員年齢が違う。下は十代後半に見える華奢なカカシ君から、上はこないだ一緒に呑んだばかりの今のカカシさんまで、アルバムから集めたように各年代が揃っているのだ。
異質な一人はピエロみたいな紫の変なアイメイクをして髪色も違う。だが声と雰囲気、何よりあの素顔のほくろ、あれは絶対カカシさんだ。
座敷牢の格子に顔を押し付けるようにしてカカシさん達を観察してると、おころん様♥が心底うんざりしたような声をかけてきた。
「本題っていうのはこれ。はたけカカシのお前への積年の想いが強すぎてね、あたしの眷族からクレームが殺到してるんだよね」
「…………は? カカシさんの俺へのって、えっと、何が? あと眷族からクレームって」
「まぁ、落ち着いてちょっと見ててよ。そうすればあたしの言ってる意味も分かるから」
今すぐカカシさん達を助けたいのは本当だが、彼らに俺の存在は分からないようだし、とにかくこの状況は異常すぎる。現状を把握する為にもと、俺は座敷牢の中の様子を観察することにした。
カカシさん達はまだ輪になったまま、わいわいと騒いでいる。
「だいたいなんで歴代の俺がここに揃ってるのよ」
「それはこっちの台詞だよ。俺の神聖なるイルカ聖域に」
「さっきは絶対イルカ先生の匂いがしたと思ったんだけどなぁ」
「お前がそんなこと言うから、またムラムラしてきちゃったじゃない。あぁ、せんせぇ……」
「こないだ盗ってきた手拭い、匂いがまだフレッシュだから、あれと間違えたんじゃない?」
盗ってきた手拭い? 今盗ってきたって言ったか?
若いカカシさん(二十歳くらいだろうか)が、箪笥の引き出しからジッパー袋に入った布を持ってきた。
「それ……っ! 俺が昔無くしたイルカ柄の手拭い!」
叫んでもやっぱり俺の声は届かないらしく、二十歳カカシさんが袋の口をほんの少し開いて鼻を突っ込んだ。
「あぁ~、イルカの汗の匂いだ……」
「俺にも嗅がせて!」
「イルカ、イルカ……もうダメだ。ちょっとスケア、あれ出して。お前も持ってるんでしょ?」
「ええ~、一本しかないけど全員分できるかなぁ。ま、やってみよっか」
おかしな変装だか変化をしてるカカシさんはスケアと呼ばれてるらしい。
スケアは奥の机の上から、巻物と厳重に封された封筒を持ってきた。それを何か印を切って開封すると、中から数葉の写真を取り出してぱらりと広げる。
「今日はどれにする?」
「俺は浴衣!」
「う~ん、今日は祭の褌の気分かな」
「俺はね、風呂上がりの腰巻きタオル!」
「じゃあ俺は忘年会のミニスカで」
「はいはい、じゃあ僕は縄抜けの授業のにしようっと」
スケア含めカカシさん達は皆、妙にぎらぎらとした目で手にした写真を見つめている。
「はぁ……俺の可愛いイルカ……啼かせたい」
「ごめんね、イルカ先生……真影擬像の術!」
一番大人のカカシさんが巻物を広げ、申し訳なさそうに写真に向かって片手で印を組んだ。速すぎて巳、申しか見えなかったが、それよりイルカ先生って……
突然写真がぼんと煙を上げた。
他のカカシさん、カカシ君、スケアの写真からも次々と煙が上がり、それが晴れると――
「……俺⁉」
なんとそこには浴衣、法被に褌、腰巻きタオル、ミニスカワンピ、支給服の上から縛縄と五人のいろんな格好をした俺が立っていた。
いや、一人は縄で縛られて拘束された状態で転がってるけど!
とにかく、全部! 俺!
しかも一様になんだかこう……なんつーの? 信じられないことに、誘うようなエロい顔で!
そんな俺『達』を前に、カカシさん達は見たこともない甘い顔で寄り添っている。寄り添っているっていうか、あっ、手をパンツの中に入れんな! 向こうの若いカカシ君は浴衣の上から股間を撫で回してるじゃねぇか! しかもまだ子供みたいな『俺』を相手に、あぁぁぁあああ、そこをそんな風にされたら……
「や、カカシさん……」
「ここ触られるの、やなの?」
「だって、ン……っ、またおかしくなっちゃう」
「いいよ、いっぱいおかしくなって」
いやいやいやおかしくなっちゃダメだから!
あっちじゃ腰巻きタオルの俺が滅茶苦茶キスしまくってるし、褌の俺は生尻を揉まれまくってあんあん言ってるし、しっかりしろお前らっつーか俺!
「ね? こういうこと。はたけカカシの邪で婬猥な妄想がこの部屋から地中に漏れ続けて、長年あたしの眷族の安眠妨害をしてるってわけ。あんなドピンクオーラなんて子供にも悪影響だし、マジで困ってんの」
俺は振り返っておころん様♥の突き出た鼻先に向かって人差し指を向けたが、開いた口から言うべき言葉が出てこなかった。
「あんな……、俺っ、あれは……!」
すると座敷牢の中から「ひあ! そこやだ、ぁああっ」と一際でかい声が響き、思わず目を戻すと。
そこには信じがたい光景が……首と繋がった縄で後ろ手に縛り上げられて転がった『俺』が! スケアに! 剥き出しになったちんことタマを弄られてああああ喘いでる!
スケアのもう片方の手はその下というか奥に消えているが、どこに突っ込まれてるかなんて考えたくない。しかもその隣ではミニスカ姿の俺のちんこをカカカカシさんがしゃしゃしゃしゃぶしゃぶ……っ!
「は、ァ、もぉダメ、イくぅ……っ」
「ふぁわいいね、イってひいよ」
「あッ、んあーっ」
壁にもたれてスカートの裾を掴んで持ち上げていた俺が、仰け反って腰を大きく跳ねさせた。
「まったく、暇さえあればいつもこうよ。だからねイルカ、あれをお前に何とかしてほしいのよ」
「ヒエッ、見るな! お前じゃないおころん様は見ないでくれ………っえ、俺が⁉ あれを⁉」
あんな爛れた宴を前に平然というか憮然としてるおころん様♥がとんでもないことを言い出すが、いや無理だろ! 奥の机の方からは何か想像もしたくないような、ばちゅん ぐちゅんと水っぽい肉のぶつかるような音までしてきてるし! こんなヤバすぎるエロパーティーで何をどうしろってんだよ!
「さ、頼んだわよ。お願いねイルカ」
問答無用で鋭く尖った爪でトンっと胸を突かれると、俺の体は頑丈なはずの木格子をするりと抜け、座敷牢の中に転がり込んだ。
軽く突かれただけなのに俺の体はごろごろと転がっていき、何かにぶつかって止まる。
「あ、んあ……ッ」
ぶつかった物体は、なんとカカシさんに跨がって腰を振っていた素っ裸の『俺』の片足だった。衝撃でイってしまったのか、『俺』は焦点の合わないとろりとした目で俺を見つめ、そのままくたりとカカシさんの方に倒れ込む。
「うあ、すみません、お邪魔しました!」
「あれ、どうしたのイルカ、相手の俺は? 間違ってイルカが一人多くできちゃったのかな?」
今より少し若く見えるカカシさんは仄かに頬を染め、ぺろりと舌舐めずりをした。性行為の真っ最中だったせいか全身から凄絶な色気が放たれ、殺気とは違う何かで、射竦められたかのように座ったまま身動きもできない。
「あ……、俺は」
「なに、可愛がってほしいの?」
違う、と言おうとした口が濡れた唇で塞がれる。
「あんた、凄く匂いが濃いね。ゾクゾクする」
カカシさんの灰蒼色の眼に、暗く底光りする欲望が宿った。
片手で抱き抱えていた『俺』を脇にそっと横たえると、自分のアンダーを頭から引き抜いてかけてやり、俺に向き直る。
「ここ、こんなにして。俺達の見て興奮しちゃった? おんなじようにしてほしいって?」
カカシさんの手が俺の膨らんだ股間を撫で上げる。
「ふ、……ッ」
おかしな声が出て慌てて両手で口を塞ぐと、その手の甲にねっとりと舌を這わされた。
「聞かせてよ。はしたなくてやらしい、可愛いイルカの声」
手の甲を挟んで俺を見つめるカカシさんは、今まで聞いたこともない濃蜜を垂らしたような声で。
まるで暗示にかけられたように、俺の両手がぽすんと膝に落ちた。
「ベスト脱いでアンダーを持ち上げて。そうしたらご褒美をあげる」
ご褒美。
俺にもあんな気持ち良さそうなことをしてくれるんだろうか。
脇で横たわってる『俺』がしてた、蕩けるような顔になることを、俺にも。
俺はベストを脱ぎ捨て、ちょっと躊躇ってからアンダーの裾を掴んで持ち上げる。するとその裾を口の中に優しく押し込まれた。
「言われた通りできてえらいね、いい子」
カカシさんがにこりと微笑んで、咥えてる服ごと唇にチュッとしてくれた。そして剥き出しになった胸の、左の乳首にもチュッと音を立ててキスする。さらにその周りごと口に含むと、舌を蠢かせて乳首を転がしたり押し潰したりしながら、俺の股間を布の上から強く擦り上げた。
「んんッ、ふ、ぅ、くふ……ぅ」
アンダーの裾を噛みしめても漏れる声に、カカシさんの胸を嬲る舌の動きが激しくなる。
こんなところで男が気持ち良くなるなんておかしいのに、そうだ、ちんこも弄られてるからだと言い聞かせていたら、いきなり乳首を強く吸い上げられた。
「ふあ!」
思わず咥えていたアンダーの裾を離してしまうと、その口がカカシさんの唇で塞がれた。ぬるりと入り込んでくる舌に誘われ、ぐちゅぐちゅと舌を絡め合っていると、胸下からカカシさんの声がする。
「ちょっと、邪魔しないでよ。このイルカは俺のなの!」
すると俺とキスしてたカカシさんが、ちゅばっと音を立ててから唇を離して言い返した。
「だって凄く濃いイルカの匂いがしたんだもん。ズルいよ独り占めなんて」
――あれ、カカシさんの声が二人分?
目を開けると仄灯りに鈍く光る銀色の頭が二つある。
と、背後から両胸にするりと手が滑らせられ、耳元に吐息混じりの甘い声がした。
「僕がこっちを可愛がるから、お前はそっちの面倒を見てあげなよ。ぱんぱんに張ってて可哀想だよ」
この声はカカシさんだが、僕って言ってるからスケアか?
続々と増えるカカシさんに戸惑っていると、大人になる一歩手前のような涼やかな声まで加わった。
「大人になってもかわいい顔してるね、イルカ」
十代の後半に差し掛かったくらいのカカシ君は、年に合わない獰猛な獣の顔で俺の口に指を突っ込んだ。そしてあの流麗な印を組む指の動きで俺の咥内をかき混ぜ、上顎をざらりと撫で舌をくすぐり嬲る。
その間にもズボンのジッパーを下げる音がしたかと思うと、下着の前をずるりとずらされ「もうこんなに涎垂らして。おいしそう」の声と共に、俺のモノに柔らかいものがぬめりと当てられた。
それは幹から先端までをぐねぐねと舐め回し……
「ふ、ぅうう、ひゃめ……ひゃらぁ」
「やじゃないでしょ? 乳首がつんって勃ってきてるよ」
ああ、スケアまで。
「ふふっ、腰が揺れてる。早く欲しいの?」
耳の中にぴちゃりという舌と共に甘い囁きが注がれ、耳朶にやわりと歯を立てられた。
「くふ、ぅあ、んん……ッ」
「ねぇ、これ握ってよセンセ」
手を取られ、熱の塊みたいな棒を握らされる。
あつい。ぬるぬるする。
これは俺のとおんなじ熱を孕んだモノだ。
「……ッは、そう、上手だねセンセ」
「イルカ先生のも固くて熱くて蕩けてる。かわいいね」
下半身からぴちゃり、ぢゅぷっと重く湿っぽい音。
タマを含んだまま舐め回され、もう一つの舌が先っぽを抉る。
舌がふたつ。あぁ、こんなのダメだ。
「あ、ぅ……っ、ひ、ぃやあッ」
みんなにあちこちいろいろされてもうわからない。
びりびりする。それやだ。
「気持ちいいね、イルカ」
きもちいい。
「ひあ、そこ、らめ……」
もうやめろ。
もっとして。
「うん、いっぱいしてあげる」
こんなきもちいいこと、カカシさんがしてくれる、いっぱい。
――でも。俺は『俺』じゃない。
ここではさっきまでカカシさん達が愛してた『俺』がカカシさん達にとっては本物で、俺の方が偽者なんだ。
楽園に紛れ込んだ偽者の俺。
だって俺は、外でのカカシさんにこんなことしてもらってない。
こんな愛しげな目で見つめられてない。
いい子とも可愛いとも言われたことなんてない。
「あれ、どうしたの。気持ちよすぎて泣いちゃった?」
スケアが覗き込んで溢れた涙を舐めとってくれる。
でも違うんだ。
こんなに気持ちいいけど、こんなにも寂しいんだ。
「……みんな、そこまで」
場違いな程に冷静なカカシさんの声が、少し離れた所から響く。
俺に群がってたカカシさんやカカシ君、スケアの動きがぴたりと止まった。
「なに、自分だけ視姦してたくせに、今さら参加したいわけ?」
「そうじゃない。イルカ先生が本当に泣いてる」
音もなく近寄ってカカシさん達を押し退けたカカシさんは、俺の止まらない涙をそっと拭ってくれた。
「ごめんねセンセ。あなた、『本物』でしょ?」
ついこないだも会った今現在の容貌に見えるカカシさんが、優しい手つきで乱れた俺の衣類を整えてくれた。そして力の抜けた俺を抱えるようにして立たせてくれると、俺の目を覗き込んだ。
「大好きなのにこんな……汚して本当にごめん」
その言葉と目には、どうしようもない程の痛みが滲んでいて。
「カカシさ……」
「ごめんね」
今にも泣き出しそうな笑みを浮かべるカカシさんに、またしてもトンっと胸を軽く突かれると、ふわりと体が浮いたような感覚になって。
俺は座敷牢から弾き出されてしまった。
「ぅおわ! ッと、……あれ?」
弾き飛ばされ、転がり落ちたと思ったのに、実際には床に寝っ転がってるだけだった。
俺の素敵なTHE☆中忍ルームの、謎の扉の前で。
……いや、あれ? 扉が、確かに壁にあった扉が消えてる!
待てよ? もともと扉なんか無かったんだから、やっぱり酔っ払って行き倒れた末に夢を見ただけだったんじゃないか?
「そうか、そうだよな! カカシさんが俺にあんなことするなんて、ハハハハ! 俺のこと大好きとか、そんな訳ねぇじゃんハハハハッ!」
盛大に笑い飛ばしてよいしょと立ち上がろうとすると、股間がぐちょりと音を立てた。うわぁ、夢精とかマジで恥ずかしいんですけど。
だが、なんとなく嫌な予感がして、ベストの前を開けアンダーの裾を恐る恐る持ち上げてみると。
「…………マジかよ」
そこには、あからさまな鬱血痕が幾つも散らばっていた。
あー、うん。認めよう。
夢じゃなかったかもしれないような気がする。俺の見る夢にしては何て言うか、高度すぎる内容だった。俺の中忍脳があんなエグいAVみたいなシチュエーションの引き出しを持ってるとは考えられない。あれは上忍脳じゃなきゃ無理だ。
たとえ全てが夢だったとしても、あんなに痛そうなカカシさんを置いてきてしまったことが気になってしょうがない。
どこかの、恐らくはカカシさんの家の地下室に。
「……くそっ」
悪態をつくと同時に俺は外に飛び出し、二歩進んで裸足だったことに気付いた。しかもパンツが濡れたままだ。こんなんでカカシさんに会いに行ったら変態の烙印を押されてしまう。慌てて風呂場に飛び込むとざっとシャワーを浴び、もう一度外へ転がり出た。
今度はサンダルを履いて飛び出したはいいが、よく考えたらカカシさんの自宅なんて知らない。抑えきれない気持ちのままどうしようか足踏みしてると、不意に足元の土がぼこりと盛り上がって、小さな山から薄茶色の何かが顔を出した。
胸元まで地上に出てきた生き物は仔犬くらいの大きさで、薄茶色の被毛に鼻がきゅっと突き出し、その惚けた愛らしい外見を裏切るような鋭い爪が土の上に置かれている。
「……もぐら、か?」
もぐらはサッと土中に潜ると、突然ボコボコボコと前方に向かって畝の道ができた。
それは一直線に五十メートル程進み、またもぐらがぽこっと地上に顔を覗かせて俺をじっと見つめている。
「ついてこいって言ってる……のか?」
俺の言葉を理解しているのか、もぐらは土の中に消えると、更にスピードを上げてボコボコボコと畝の道を延ばしていく。
ふと、おころん様♥の言葉を思い出した。
『はたけカカシの邪で婬猥な妄想がこの部屋から地中に漏れ続けて、長年あたしの眷族の安眠妨害をしてるってわけ』
そしておころん様♥の顔の布越しの、人にしては妙に突き出た鼻先。
眷族って、もしかしてもぐらだったのか? ということは、このもぐらは恐らくは何らかの協力をしてくれる為に、俺の元に遣わされたんじゃないだろうか。と思うのはあまりにも非現実的でご都合すぎる考えだが、こういう時の直感は侮れない。
一か八かだと俺は腹を括り、その畝道を追って駆け出した。
畝道を追いかけて十五分も走ると、郊外の平屋の前でまたもぐらがぴょこりと顔を出した。どうやらここが目的地らしい。
「ありがと、な」
整わない息のまま礼を言うと、もぐらは土中に潜ってそれきり畝道はできなかった。きっと地中深くに帰ったのだろう。或いは、おころん様♥の元へと。
玄関の引き戸の前に立つと声をかけるのを躊躇したが、ここで我に返ったらカカシさん達はずっと地下室に閉じ籠ったままだ。偽者の『俺』と共に、あの痛みを堪えた顔のままで。
「ごめんください! 夜分遅くすみません、あの、イルカです!」
挨拶の時点で家の中から忍らしくない足音がバタバタと響き、名乗る頃には引き戸が勢いよく開けられた。
「イルカ先生⁉ どうしたの⁉」
カカシさんだ。
やっぱりここはカカシさんの家で、俺をあの座敷牢から弾き飛ばしたのは、今のカカシさんだったんだ。
それが分かったのはいいが何を言えば良いのか思い付かず、だからといってあの夢物語を説明する訳にもいかないしと、うーとかあーとか口ごもっていると、カカシさんの背後の廊下に『あれ』が見えた。
半開きになっている、何の変哲もない木製の、真鍮のドアノブの。
「あの扉……」
「え、なに?」
いつも穏やかで飄々としてるカカシさんが、露骨にびくりと体を竦ませた。
「あの扉、地下室に続いてますよね?」
「なんで知って、ていうか見えるの⁉」
俺は問いかけにも答えず、「お邪魔します」と勝手に上がり込むとずかずかと廊下を進んだ。失礼極まりないことをしてるのは百も承知だが、今はとにかく確かめたい。
あの扉の向こうに何があるのかを。
カカシさんは俺の無礼な態度を咎めもせず、言い訳じみた口調で説明しながらくっついてくる。
「あー、いや、そこは危険な武器庫だからね。普段は幻術かけて見えないようになってるんだけど、なんでイルカ先生には見えるんだろう……」
――嘘だ。
武器庫なんて言って何でもない風を装っているが、本当はここに何があるのか、俺はたぶん知っている。
「あ、ちょっと! イルカ先生⁉」
止めようとするカカシさんに構わず、俺は真鍮のノブを大きく引いた。ドアを開けてすぐに階段。片側は壁で手すりはない。
慌てるカカシさんを尻目にトントントンと足早に降りた階段は、やっぱり二十八段。
「ダメだって! そこはいろいろ危ないから!」
追いかけてきて腕を掴んだカカシさんを引き摺りながら、真っ暗な中を左に折れて一番奥までずんずん進む。するとそこには座敷牢こそ無かったが、小部屋らしき空間があるのが分かる。電気のスイッチを探すのが面倒で指先に小さい火を灯そうと火遁の印を組もうとしたところで、その手を握られた。
「術はダメ。俺以外が術を発動させようとすると、トラップが」
思いがけず真剣な口調に手を止めると、カカシさんは諦めたのか大きくため息を吐いた。それと共にパチリとスイッチの音がして、とたんに薄ぼんやりとした電球の明かりが小部屋に満ちた。
「う、わ……これ、俺⁉」
壁一面にべたべたと貼られた大小のポスターだと思っていたのは、全て俺の写真だった。
中忍の頃どころか下忍時代まであるんじゃないかという、子供から最近までの俺、俺、俺。しかも、恐らくは隠し撮りの。
「……あの、ごめんなさい、ほんとに……気持ち悪い、よね」
カカシさんの怯えた声が聞こえるが、俺の意識は質素な机の上に置かれている物に奪われていた。
一本の巻物と封筒。
スケアと呼ばれていたカカシさんが、あの術に使っていた巻物と封筒だ。
「スケア」
「なんでその名前を……っ」
俺の呟きにカカシさんが俺の肩を掴む。
なんでって、あんたが、あんた『達』がここでやってた事に巻き込まれたからだよ。
俺は振り向いて、間近にあるカカシさんの灰蒼色の右目を覗き込んだ。
「俺が来るまで何をしてました? 一人じゃなかったんですよね? ここ、さっきまでスケアや若い頃のカカシさんの四人もいましたよね」
そこまではっきり言うと、カカシさんはうろうろと目を泳がせ、そして俯いてしまった。
「……やっぱりあれは本物のイルカ先生だったんだね」
低く、一人言のような呟きがカカシさんの口から零れる。
「ねぇ。そこまで分かってたのに、なんでここに来ちゃったの?」
カカシさんが顔を上げた。
先ほどまでの慌てた様子も焦りの表情もない、温度のない無の顔。
思わず怯みそうになると、今度は間近にあるカカシさんの目が俺を覗き込む。
灰蒼の底からじわりと滲み出てくる、……これは何だ? 澱んだ欲望の暗い暗い、光?
「知ってて来たんでしょ、さっきまで俺達がしてた事」
薄い唇が酷薄な笑みに歪む。
「それなのに一人で来るなんて……一生ここから出られないよう監禁しちゃおうか? 手枷足枷と首輪も付けて、俺しか欲しがらない身体に作り替えちゃおうか?」
両腕がゆっくりと上がり、俺を囲うように伸ばされる。
背筋にぞわりと這い上るのは恐怖か、それとも。
「もしかして『あれ』が気に入ったの? やらしい顔で喘いでたもんねぇ。もっとどろっどろにしてほしい? あ、そうか、俺一人じゃ足んないよねぇ。影分身で良かったらみんなで可愛が……痛っ⁉」
ゴチンといい音が響き、カカシさんが頭を押さえて踞った。
そりゃ痛いだろうよ、手加減なしのイルカ先生必殺拳骨(大人向けバージョン)だからな。
自分よりちょっと背の高い人に渾身の拳骨を落とすのはけっこう難しかったが、ここは平手でも拳でもなく拳骨だ。それだけは譲れなかった。
「そんな凄んでも無駄ですよ。怖がらせて二度と自分に近付かないようにって魂胆でしょうが、俺、見ちゃいましたからね」
座敷牢から俺を弾き出した時の、あの痛みを堪えた顔。
それに監禁するなんてほざいてるが、そうしたいなら俺が子供の頃から盗撮してたくらいだから、今までいくらでも機会はあったはずだ。カカシさんくらい優秀な忍なら簡単だし、たとえ里にバレたとしても下忍や中忍の一人、容易に黙認されるだろう。
だいたいこの部屋にはあれがない。
ベッドが。
こんな優しくて思いやりのある人が、狂気に堕ちたとしてもベッドのない部屋に俺を監禁するとは到底思えない。
ここはやっぱり、カカシさんと『俺』だけの秘密の楽園なのだ。
そこに俺が必要とされてない事への理不尽な憤りは、この異様な小部屋を現実に目の当たりにした恐怖をも上回った。
「カカシさん、あんた、ずうっとここで偽者の俺と仲良く暮らしていくんですか?」
踞ったままのカカシさんの前に、俺もしゃがみこんで問いかける。
「……だって気持ち悪いでしょ、先生のこと子供の頃からこっそり追っかけ回して、あんな術まで開発してる変態だよ?」
変態って自覚はあったのか。
まぁな、子供の頃からだもんなぁ。てっきり七班結成の時が初対面だとばっかり思ってたが、カカシさんは違った訳だ。つーか、あの術はカカシさんが開発したのか! エロパワーってすげぇ。
お陰さまで『俺』が滅茶苦茶エロくなっちまったんだが、俺はもっさり中忍のままだ。俺が十代から今までもっさり過ごしてる間、『俺』はずうっとカカシさんにあんな風に愛されていた訳で。
「……なんかね、羨ましくなっちまったんですよ。俺って愛されるとあんな無防備に幸せそうな顔してんのかって。あれって愛でいいんですよね? それとも性欲処理的なやつですか?」
「違うッ!」
カカシさんがガバッと顔を上げたが、今度はちゃんと体温もあって暗い欲望のない、いつものカカシさんだ。いや、いつもと同じじゃないな。目と鼻が赤くなってるけど、泣いてたのか? ちくしょう、ちょっと可愛いじゃないか。
「イルカ先生のことが好きで。好き、って、気持ちが抑えきれなくて……でも汚い俺が綺麗な先生本人を汚す訳にいかないから、それであんなことを」
「だからって愛を受け取ってるのが偽者なんてズルいじゃないですか? 本物の俺にも下さいよ。カカシさんの愛ってやつを」
カカシさんの目が真ん丸に見開かれる。
だいたい綺麗な先生って何だよ。俺はもっさり中忍だぞ? あんたの方がよっぽど綺麗じゃないか。
「……怒ってないの?」
「怒ってはないけどムカついてます。あんな偽者ばっかり可愛がって」
それに、俺を勝手に綺麗だと線を引いて、自分のテリトリーに入れようとしないことについても。
俺は観賞用の花じゃない。そしてカカシさんは汚れてなんかいない。
あー、もう! これからそのことを、しっかりたっぷり教えてやりたい。
「さて、と」
俺は立ち上がった。
「帰ります。それじゃ、お邪魔しました」
「えっ」
カカシさんが思わずといった風に声を上げた。その一瞬の縋るような目を、俺は見逃さなかった。
「もし本物の俺と付き合ってもいいなら、ここから出て追いかけてきて下さい。上で待ってるんで。ただし、きっかり三分です。俺の忍耐力はカップラーメンの待ち時間以上はもちません」
そうキッパリと言うと、俺は階段の方へと向かいかけた。
俺はあんな事を見させられて、こんな事をいっぱいされて、それでもここまで走ってきた。受け入れたいという意思表示もした。だから今度はあんたが意思表示をする番じゃないか?
地下室の、自分だけの楽園から出て。
「でも、あ、えっ、どうしよう……ほんとに?」
カカシさんが慌てて立ち上がっておろおろとしてるが、ここまで狼狽える里の誉なんてレアすぎるだろ。俺に関してはホントにポンコツなんだなぁと、その愛らしさにこっそり微笑む。
この地下室では、さっきの夢みたいな時間も含めてカカシさんの様々な表情を見せてもらった。そのどれもが好ましく(あー、ゴホン。エロいのも含めて、だ)、穏やかで飄々としてるだけじゃないカカシさんのいろんな面を、もっと知りたいと思う。
そこで元々の目的というか、おころん様♥からの頼まれ事を思い出した。
「あ、先に言っときますけどね、俺と付き合うかどうかは別として、この部屋は封印して下さいね?」
「やっぱり怒ってる」
途端にしょぼんと萎れてしまったカカシさんに、今度はさすがに笑みを隠せなかった。
「違いますよ、ここから漏れるエロいチャクラが迷惑だって、おころん様♥からクレームが来たんです」
「チャクラが漏れた? この地下室には厳重な結界を張ってあるはずなんだけど……それに、えっと、おころん様って?」
怪訝な顔で首を傾げるカカシさんに、説明しようと開きかけた口を閉じる。
そうか、カカシさんには座敷牢の外は見えてなかったんだ。そうすると、おころん様♥のことをいったいどう説明したもんか。
土の姫神様で地中で敵うものはいなくて、若い女の子(?)で炎も吐くし、もぐらの眷族がいて。そのクレーム対応の為に、この地下室を俺の部屋に繋いだみたいなんですなどと、その一連の事は一言では言いにくい。まぁ、追々話せばいいだろ。たぶん、この後お付き合いすることになるだろうしな!
とりあえず俺とカカシさんにとっては――
「縁結びの姫神様ですよ」
それだけ伝えると俺は小部屋を出て暗い中を進み、二十八段の階段を一段一段数えながら上っていく。
カカシさんが追いかけてくる気配を、背中に感じながら。
【完】
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