【Caution!】
全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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次の日、イルカはほとんど起き上がることができなかった。
一日中ベッドの住民になって、シャワーを浴びさせたり食事を運んできたりとかいがいしく世話を焼くカカシに身を任せ、あとはひたすら眠りを貪っていた。
さすがにスプーンを口元まで運んで食べさせようとするのは阻止したが。
すまなそうな、でも嬉しそうなカカシを見ていると、お腹の中にじんわりと温かいものが満ちてきて、体は辛いがくすぐったいような気持ちに包まれてイルカは眠り続けた。
深い眠りから目が覚めると、カカシがいなかった。
部屋は薄暗くなっていて、今が夕方なのか朝方なのか一瞬混乱していると、ノックの音がしてサイがタオル類を抱えて部屋に入ってきた。
「イルカ様、お目覚めでしたか」
「うん。今って朝?」
サイは驚いたのか動きを止めると、何かに納得したように一人頷いて返事を寄越した。
「夕方ですよ。イルカ様もほどほどになさらないと、人間は何でしたっけ……腎虚? でぽっくり逝ってしまいますよ」
「じんきょって?」
「要するにヤり過ぎってことです」
まだ少年といってもいいようなサイの口から出た言葉に、イルカは羞恥心で爆発するかと思った。いや、いっそ爆発した方が幸せだと思えた。
イルカはばさりと布団を被ると、中から大声を上げる。
「サイはなんでそう露骨なんだよ! それにヤり過ぎたのは俺じゃない! カカシだっ!」
サイは不思議そうに首をひねると、そうでしょうかねと呟いてバスルームに向かいかけ、足を止めた。
「そういえばカカシ様は評議会に呼び出されて、今日はお戻りにならないそうです。イルカ様の本日の魔染めは、昨日たっぷり注いだからしなくても大丈夫だそうですよ」
「~~~っ! だからそれが露骨だって言うんだよ!」
布団の中からの反論を気にした風もなく、サイはバスルームに向かった。
イルカは布団の中でしばらくふうふうと息を荒げていたが、苦しくなって布団を剥いで起き上がった。一日中寝ていたおかげか、ほとんど回復したようだ。このまま夜になっても眠れそうにないと考え、少しだけクロに乗ろうと思い立つ。
急いで着替えてバスルームのサイに声をかけると、イルカはバルコニーに出てクロを呼んだ。
もう夜になるかという時間帯だと思っていたが、空にはまだ夕陽の名残が留まっていた。
イルカはクロの背に立ち、人間界の夕陽に染まった空とは微妙に色合いの違う赤銅色の中を、行き先も決めずゆっくりと飛んでいた。思いに耽るスペースが欲しくて、いつもよりずっと高い所を飛ぶようハーネスを上向きに引き上げてクロに伝える。
日中をほとんど寝て過ごしぼんやりと重い頭を、上空の冷えた空気がすっきりとさせてくれた。
――結局カカシは、イルカを魔物にするつもりはないのだろうか。
カカシのあの重さを持った喪失感を思うと無理強いはしたくないと思ってしまうが、悩んでいる間にも時は過ぎていく。現にイルカはもうすぐ二十歳になるのだ。魔界のゆったりとした流れに任せていると、気付いたら三十、四十歳になっていてもおかしくない。そういう時の流れを意識するためにも、人間は誕生日を重視するのだろうか。
ふと、耳元を切り裂くように流れていく向かい風の音が時の流れに思えて、イルカはその早さに身震いした。
なんだか急に視界まで暗くなってきた気がして周りを見回すと、後ろ上方から大きな鳥がイルカと同じ方向に向かって飛んできている。クロより早いスピードで飛んでいるのか、その黒っぽい鳥はみるみるうちに近付いてきた。
全身がよく見えるようになると、鳥に見えたのは藍色のドレスを纏った美しい女性の魔物だった。
腕があるべき部分は翼になっており、驚くことに魔物の通りすぎた空が、ドレスの裾から優美なドレープが広がるように藍色に変わっていく。そこには星が瞬き、赤銅色だった空を夜へと染め変えていった。
その魔物はイルカ達に気付くと、気さくに声をかけてきた。
「おや、お前さんはクロじゃないか! するとアンタは噂のイルカだね?」
自分を一方的に知っていることにイルカは警戒したが、その表情に気付いた魔物は優美な外見に似合わない豪快さで笑い飛ばした。
「驚かせてすまないね、アタシはツナデ。クロはカカシの使い魔だろう? クロのこともカカシ坊のことも、アタシはよぉく知ってるんだよ。あの子の両親と親しかったからね」
そこでクロが嬉しそうに一声長く鳴いた。
クロが返事をするくらいだから本当にカカシと知り合いなのだろうと、イルカは警戒を解いた。
「失礼な態度をしてすみません、ツナデさん」
「いいんだよ、ここには人間に悪さをする奴も多いからね。イルカはクロと宵のお散歩かい? 宵って言っても、アタシがこれから夜にするんだけどね」
「ええ、まぁ……そんなところです」
歯切れが悪くなった顔を覗き込むと、ツナデは微笑んで翼をばさりと一振りしてイルカをはたいた。
「なんだい、悩み事かい? よかったらアタシについておいで。クロなら余裕だろうからね」
そう言うと、返事も待たずにツナデはイルカを追い越していく。
イルカは慌ててハーネスを握り直し、ツナデのドレスの裾から広がる藍色の中を、スピードを上げたクロと共についていった。
ツナデは切り立った山の中腹に降り立つと、岩を削った簡素だが美しい装飾のある洞穴にイルカ達を招き入れた。
「ここは十五階層の仮宿なんだよ。アタシは幾つかの階層の『夜』を担当してるからね。他の階層の夜はもう少し待たせておこう。今日は大事なお客人が来たからね」
そう言ってツナデは翼から羽を一枚、口で引き抜くとふっと吹いて飛ばした。その藍色の羽は小鳥に姿を変え、外へ飛び立っていく。
それからツナデが「さぁ、こっちだよ」と翼を洞穴の奥へかざすと、翼は金鎖を幾重にもしゃらりと揺らすしなやかな腕へと変わった。
ずかずかと進むツナデの後をついていくと、幾つも重ねられたベルベットのクッションや敷き布のある開けたスペースに着く。
「さぁ、適当に寛いでおくれ。クロは本当に久しぶりだね。カカシが産まれた時……いや、魂を削った時以来かねぇ」
「クロってそんなに長生きしてるんですか!」
若草色のクッションを選んで座ったイルカは、驚きのあまり大声を上げてしまった。
「そうさ、カカシ坊が産まれたと同時にひどい雷雨になってね。城の周りにいた魔烏が全部飛び立っちまった中、ただ一羽残ったのがクロなんだよ。それでカカシの使い魔になったのさ。本当はクロウデスって名なのに、ちっちゃいカカシ坊はそう呼べなくてね」
ツナデが目を細めながらクロの顔を両手で撫で擦り、クロもグルグルと機嫌良さげに喉を鳴らしている。
「カカシと名付けられたのは、魔烏の異常行動が元なんだ。本来なら魔物と共存するべき魔烏すら恐れて逃げ出すほど、カカシ坊は産まれた時から強大な力を持っていたのさ。魔を祓うスケアクロウ――人間の言葉でカカシって言うんだろう? あの子が……カカシの母親がそう言ってた。でも由来はそれだけじゃなくて、カカシは豊穣の神様だとか守護の役割がどうこうとも言ってたけどね」
今まで溜め込んでいた何かを吐き出すように、ツナデは饒舌に語った。
カカシの両親と親しかったと言うが、思い出話に耽るという感じはなく、何かどうしても伝えたいことがあるようにイルカには思えた。
母親は確か人間とサキュバスのハーフとカカシは言っていなかったか。あまり詳しく話したくなさそうに思えたが。
案山子という言葉を知っているということは、人間というのは日本人か日本の文化に詳しかったのだろう。その縁の深さにイルカが思いを巡らせていると、ツナデが飲み物を運んできた。
「この辺じゃ珍しいハーピーの森の酒だよ。そういう顔をしてる時は少し呑んだ方がいい」
そう言ってイルカにはグラスを渡し、自分は顔ほどもあるジョッキでぐびぐびと飲み干した。イルカが恐る恐る口を付けると、果実の爽やかな甘味がふわりと鼻腔に届く。
「あ、うまい……」
「だろう? アタシらハーピーの自慢の酒さ」
ツナデが屈託なく破顔する。
そしてはしばみ色の眸でじっとイルカを見つめた。
「悩んでいるのはカカシのことかい?」
ずばりと聞かれ、イルカのグラスを持つ手に力が入る。
会ったばかりの者に話すのは躊躇われたが、カカシのことに詳しそうな、そして気にかけてくれているツナデならと、イルカは口を開いた。
「カカシは……俺を魔物にしたくないみたいなんです。前例がないからって、そんなこと言ってる間に俺はどんどん年を取ってっちゃうのに。俺はカカシを置いていきたくない。そんな寂しさをあいつに味わわせたくないんです。でも……大事な誰かを喪う怖さも分かるから、俺も強く言えなくて……」
ツナデは優しく微笑み、風に乱れたイルカの前髪をくしゃりとかき回した。
「アンタはいい子だね。そう、カカシがねぇ……」
そう言ってどこか遠くを見つめ物思いに耽っていたツナデが、イルカに目を戻した。
「カカシの母親がどうして亡くなったか、イルカは知ってるかい?」
「カカシが産まれてすぐ亡くなったとだけ」
ツナデはそうか、と呟いてため息をついた。
「……あの子の母親はカカシを守って亡くなったんだよ。カカシも薄々気付いてるとは思うけどね」
ツナデの語ったところによると、強大な力を持って産まれたカカシはすぐ力ある魔物達に命を狙われた。
魔界では力こそが全てだ。
まだ幼い内に将来の権力者となる芽を摘み取っておこうと考えた魔物が群れをなして襲来したが、父のサクモとツナデを含むその友人達も応戦し撃退した。
だがその折に負った傷が元で、母親は亡くなってしまったのだ。しかもサクモの友人だと思っていた者の手にかかって。
彼女は純粋な魔物ではないので弱かった。
それは恐ろしいほど呆気なくて、半分混じった人間の命の儚さを改めて魔物に知らしめることになった。
サクモは二重の悲しみに耐えながらもカカシを慈しみ育てたが、カカシが自分の身を守れる年頃になると、自らに魔法をかけて深い眠りに入ってしまったのだ。
「もう……疲れたよ」
そんな言葉を残して。
「サクモは優しすぎたんだろうね。それに彼女を愛しすぎていた。カカシ坊はそんな父親を見て育ったからかねぇ。サクモが眠りに入って間もなくだったよ、インキュバスの力と魔力のほとんどを渡してスケアを創ったのは。おかげでカカシを狙う騒動は収まったがね、あの子はとても『生きてる』ようには見えなかったよ。オビラプトゥールやらテンゾウやらアスタロトとつるんでても、ただ息をしてる……それだけだった」
ツナデはハーピーの森の酒をデカンタから注ぐと、ぐびりと呑んだ。
「それがどうだい、こないだ見かけたら完全体に戻ってるわ、ふわふわしてるわであの子の頭に花が咲いてるのかと思ったよ。イルカ、アンタがあの子を変えたんだね。……だからそんな泣くんじゃないよ、カカシ坊に見られたらアタシが泣かせたと思われるじゃないか!」
しんみりとした話から急にツナデに満面の笑みを注がれ、イルカは頬から伝い落ちる涙をぐいと乱暴に拭い、心のままに笑顔を返す。
自分の存在でカカシの変化が良い方に向かったという部分は、イルカの胸に温かい光を灯した。
だからこそ、だからこそ自分は魔物になるべきだと強く思う――カカシをまた、息をするだけの存在にしないために。
「だいたい完全体に戻ったのは、アンタを魔物にするためじゃないのかい? 心配しなくても大丈夫だよ、きっとアンタが大事すぎて迷ってるんだ。だからどんな方法であれ、アンタと共に生きるつもりでいるさ。ただ……」
ツナデは美しい顔を曇らせた。
「あの子が完全体に戻ったことで、また魔界が騒がしくなってるみたいだね。どっちにしろそんな迷う時間はないかもしれないよ。表でも裏でも動き出してる奴らがいるからね」
そういえばサイがカカシは評議会に呼ばれたと言っていた。それが表での動きなのだろうか。
不安が顔に出てしまったらしく、ツナデがイルカの肩をバンとはたいた。
「ほら、しっかりしな! 魔物になりたいんだろう? こんなの人間界でもどこでも同じだよ。とにかくアタシは、カカシ坊がアンタと幸せに頭に花を咲かせてりゃ満足だよ。あの子の両親もきっとそう思ってるさ。……さて、アタシはそろそろ他の階層を夜にしてこなきゃね。カカシ坊にはアンタがここにいると伝えといたから、じきに迎えに来るだろうよ。それまでゆっくりしておいで」
そう言い残すとイルカ、クロの順に頭を撫でてから腕を再び翼に変え、慌ただしく洞穴を出ていった。
ツナデから聞いたカカシの過去は、想像以上に切なく痛みを覚えるものだった。
イルカはクッションを抱えて敷き布に寝転んだ。
ツナデがカカシの両親のことなどイルカの訊ねた以上に教えてくれたのは、きっとカカシに伝えたかったことも混じっているに違いない。
遠くから見守ってくれていたツナデの思いを、カカシは知っているのだろうか。
オビラプトゥールもテンゾウも、アスタローだったか……も、表し方は違っても皆カカシのことを気にかけている。
それに引き替え、イルカは守られてばかりだ。カカシや周りの者たちに。
――俺にできることは何だろう。魔物になったとして、その後はどうしたいんだろう。
唐草模様に彫られた洞穴の天井を眺めながら、イルカは考え続けた。
一日中ベッドの住民になって、シャワーを浴びさせたり食事を運んできたりとかいがいしく世話を焼くカカシに身を任せ、あとはひたすら眠りを貪っていた。
さすがにスプーンを口元まで運んで食べさせようとするのは阻止したが。
すまなそうな、でも嬉しそうなカカシを見ていると、お腹の中にじんわりと温かいものが満ちてきて、体は辛いがくすぐったいような気持ちに包まれてイルカは眠り続けた。
深い眠りから目が覚めると、カカシがいなかった。
部屋は薄暗くなっていて、今が夕方なのか朝方なのか一瞬混乱していると、ノックの音がしてサイがタオル類を抱えて部屋に入ってきた。
「イルカ様、お目覚めでしたか」
「うん。今って朝?」
サイは驚いたのか動きを止めると、何かに納得したように一人頷いて返事を寄越した。
「夕方ですよ。イルカ様もほどほどになさらないと、人間は何でしたっけ……腎虚? でぽっくり逝ってしまいますよ」
「じんきょって?」
「要するにヤり過ぎってことです」
まだ少年といってもいいようなサイの口から出た言葉に、イルカは羞恥心で爆発するかと思った。いや、いっそ爆発した方が幸せだと思えた。
イルカはばさりと布団を被ると、中から大声を上げる。
「サイはなんでそう露骨なんだよ! それにヤり過ぎたのは俺じゃない! カカシだっ!」
サイは不思議そうに首をひねると、そうでしょうかねと呟いてバスルームに向かいかけ、足を止めた。
「そういえばカカシ様は評議会に呼び出されて、今日はお戻りにならないそうです。イルカ様の本日の魔染めは、昨日たっぷり注いだからしなくても大丈夫だそうですよ」
「~~~っ! だからそれが露骨だって言うんだよ!」
布団の中からの反論を気にした風もなく、サイはバスルームに向かった。
イルカは布団の中でしばらくふうふうと息を荒げていたが、苦しくなって布団を剥いで起き上がった。一日中寝ていたおかげか、ほとんど回復したようだ。このまま夜になっても眠れそうにないと考え、少しだけクロに乗ろうと思い立つ。
急いで着替えてバスルームのサイに声をかけると、イルカはバルコニーに出てクロを呼んだ。
もう夜になるかという時間帯だと思っていたが、空にはまだ夕陽の名残が留まっていた。
イルカはクロの背に立ち、人間界の夕陽に染まった空とは微妙に色合いの違う赤銅色の中を、行き先も決めずゆっくりと飛んでいた。思いに耽るスペースが欲しくて、いつもよりずっと高い所を飛ぶようハーネスを上向きに引き上げてクロに伝える。
日中をほとんど寝て過ごしぼんやりと重い頭を、上空の冷えた空気がすっきりとさせてくれた。
――結局カカシは、イルカを魔物にするつもりはないのだろうか。
カカシのあの重さを持った喪失感を思うと無理強いはしたくないと思ってしまうが、悩んでいる間にも時は過ぎていく。現にイルカはもうすぐ二十歳になるのだ。魔界のゆったりとした流れに任せていると、気付いたら三十、四十歳になっていてもおかしくない。そういう時の流れを意識するためにも、人間は誕生日を重視するのだろうか。
ふと、耳元を切り裂くように流れていく向かい風の音が時の流れに思えて、イルカはその早さに身震いした。
なんだか急に視界まで暗くなってきた気がして周りを見回すと、後ろ上方から大きな鳥がイルカと同じ方向に向かって飛んできている。クロより早いスピードで飛んでいるのか、その黒っぽい鳥はみるみるうちに近付いてきた。
全身がよく見えるようになると、鳥に見えたのは藍色のドレスを纏った美しい女性の魔物だった。
腕があるべき部分は翼になっており、驚くことに魔物の通りすぎた空が、ドレスの裾から優美なドレープが広がるように藍色に変わっていく。そこには星が瞬き、赤銅色だった空を夜へと染め変えていった。
その魔物はイルカ達に気付くと、気さくに声をかけてきた。
「おや、お前さんはクロじゃないか! するとアンタは噂のイルカだね?」
自分を一方的に知っていることにイルカは警戒したが、その表情に気付いた魔物は優美な外見に似合わない豪快さで笑い飛ばした。
「驚かせてすまないね、アタシはツナデ。クロはカカシの使い魔だろう? クロのこともカカシ坊のことも、アタシはよぉく知ってるんだよ。あの子の両親と親しかったからね」
そこでクロが嬉しそうに一声長く鳴いた。
クロが返事をするくらいだから本当にカカシと知り合いなのだろうと、イルカは警戒を解いた。
「失礼な態度をしてすみません、ツナデさん」
「いいんだよ、ここには人間に悪さをする奴も多いからね。イルカはクロと宵のお散歩かい? 宵って言っても、アタシがこれから夜にするんだけどね」
「ええ、まぁ……そんなところです」
歯切れが悪くなった顔を覗き込むと、ツナデは微笑んで翼をばさりと一振りしてイルカをはたいた。
「なんだい、悩み事かい? よかったらアタシについておいで。クロなら余裕だろうからね」
そう言うと、返事も待たずにツナデはイルカを追い越していく。
イルカは慌ててハーネスを握り直し、ツナデのドレスの裾から広がる藍色の中を、スピードを上げたクロと共についていった。
ツナデは切り立った山の中腹に降り立つと、岩を削った簡素だが美しい装飾のある洞穴にイルカ達を招き入れた。
「ここは十五階層の仮宿なんだよ。アタシは幾つかの階層の『夜』を担当してるからね。他の階層の夜はもう少し待たせておこう。今日は大事なお客人が来たからね」
そう言ってツナデは翼から羽を一枚、口で引き抜くとふっと吹いて飛ばした。その藍色の羽は小鳥に姿を変え、外へ飛び立っていく。
それからツナデが「さぁ、こっちだよ」と翼を洞穴の奥へかざすと、翼は金鎖を幾重にもしゃらりと揺らすしなやかな腕へと変わった。
ずかずかと進むツナデの後をついていくと、幾つも重ねられたベルベットのクッションや敷き布のある開けたスペースに着く。
「さぁ、適当に寛いでおくれ。クロは本当に久しぶりだね。カカシが産まれた時……いや、魂を削った時以来かねぇ」
「クロってそんなに長生きしてるんですか!」
若草色のクッションを選んで座ったイルカは、驚きのあまり大声を上げてしまった。
「そうさ、カカシ坊が産まれたと同時にひどい雷雨になってね。城の周りにいた魔烏が全部飛び立っちまった中、ただ一羽残ったのがクロなんだよ。それでカカシの使い魔になったのさ。本当はクロウデスって名なのに、ちっちゃいカカシ坊はそう呼べなくてね」
ツナデが目を細めながらクロの顔を両手で撫で擦り、クロもグルグルと機嫌良さげに喉を鳴らしている。
「カカシと名付けられたのは、魔烏の異常行動が元なんだ。本来なら魔物と共存するべき魔烏すら恐れて逃げ出すほど、カカシ坊は産まれた時から強大な力を持っていたのさ。魔を祓うスケアクロウ――人間の言葉でカカシって言うんだろう? あの子が……カカシの母親がそう言ってた。でも由来はそれだけじゃなくて、カカシは豊穣の神様だとか守護の役割がどうこうとも言ってたけどね」
今まで溜め込んでいた何かを吐き出すように、ツナデは饒舌に語った。
カカシの両親と親しかったと言うが、思い出話に耽るという感じはなく、何かどうしても伝えたいことがあるようにイルカには思えた。
母親は確か人間とサキュバスのハーフとカカシは言っていなかったか。あまり詳しく話したくなさそうに思えたが。
案山子という言葉を知っているということは、人間というのは日本人か日本の文化に詳しかったのだろう。その縁の深さにイルカが思いを巡らせていると、ツナデが飲み物を運んできた。
「この辺じゃ珍しいハーピーの森の酒だよ。そういう顔をしてる時は少し呑んだ方がいい」
そう言ってイルカにはグラスを渡し、自分は顔ほどもあるジョッキでぐびぐびと飲み干した。イルカが恐る恐る口を付けると、果実の爽やかな甘味がふわりと鼻腔に届く。
「あ、うまい……」
「だろう? アタシらハーピーの自慢の酒さ」
ツナデが屈託なく破顔する。
そしてはしばみ色の眸でじっとイルカを見つめた。
「悩んでいるのはカカシのことかい?」
ずばりと聞かれ、イルカのグラスを持つ手に力が入る。
会ったばかりの者に話すのは躊躇われたが、カカシのことに詳しそうな、そして気にかけてくれているツナデならと、イルカは口を開いた。
「カカシは……俺を魔物にしたくないみたいなんです。前例がないからって、そんなこと言ってる間に俺はどんどん年を取ってっちゃうのに。俺はカカシを置いていきたくない。そんな寂しさをあいつに味わわせたくないんです。でも……大事な誰かを喪う怖さも分かるから、俺も強く言えなくて……」
ツナデは優しく微笑み、風に乱れたイルカの前髪をくしゃりとかき回した。
「アンタはいい子だね。そう、カカシがねぇ……」
そう言ってどこか遠くを見つめ物思いに耽っていたツナデが、イルカに目を戻した。
「カカシの母親がどうして亡くなったか、イルカは知ってるかい?」
「カカシが産まれてすぐ亡くなったとだけ」
ツナデはそうか、と呟いてため息をついた。
「……あの子の母親はカカシを守って亡くなったんだよ。カカシも薄々気付いてるとは思うけどね」
ツナデの語ったところによると、強大な力を持って産まれたカカシはすぐ力ある魔物達に命を狙われた。
魔界では力こそが全てだ。
まだ幼い内に将来の権力者となる芽を摘み取っておこうと考えた魔物が群れをなして襲来したが、父のサクモとツナデを含むその友人達も応戦し撃退した。
だがその折に負った傷が元で、母親は亡くなってしまったのだ。しかもサクモの友人だと思っていた者の手にかかって。
彼女は純粋な魔物ではないので弱かった。
それは恐ろしいほど呆気なくて、半分混じった人間の命の儚さを改めて魔物に知らしめることになった。
サクモは二重の悲しみに耐えながらもカカシを慈しみ育てたが、カカシが自分の身を守れる年頃になると、自らに魔法をかけて深い眠りに入ってしまったのだ。
「もう……疲れたよ」
そんな言葉を残して。
「サクモは優しすぎたんだろうね。それに彼女を愛しすぎていた。カカシ坊はそんな父親を見て育ったからかねぇ。サクモが眠りに入って間もなくだったよ、インキュバスの力と魔力のほとんどを渡してスケアを創ったのは。おかげでカカシを狙う騒動は収まったがね、あの子はとても『生きてる』ようには見えなかったよ。オビラプトゥールやらテンゾウやらアスタロトとつるんでても、ただ息をしてる……それだけだった」
ツナデはハーピーの森の酒をデカンタから注ぐと、ぐびりと呑んだ。
「それがどうだい、こないだ見かけたら完全体に戻ってるわ、ふわふわしてるわであの子の頭に花が咲いてるのかと思ったよ。イルカ、アンタがあの子を変えたんだね。……だからそんな泣くんじゃないよ、カカシ坊に見られたらアタシが泣かせたと思われるじゃないか!」
しんみりとした話から急にツナデに満面の笑みを注がれ、イルカは頬から伝い落ちる涙をぐいと乱暴に拭い、心のままに笑顔を返す。
自分の存在でカカシの変化が良い方に向かったという部分は、イルカの胸に温かい光を灯した。
だからこそ、だからこそ自分は魔物になるべきだと強く思う――カカシをまた、息をするだけの存在にしないために。
「だいたい完全体に戻ったのは、アンタを魔物にするためじゃないのかい? 心配しなくても大丈夫だよ、きっとアンタが大事すぎて迷ってるんだ。だからどんな方法であれ、アンタと共に生きるつもりでいるさ。ただ……」
ツナデは美しい顔を曇らせた。
「あの子が完全体に戻ったことで、また魔界が騒がしくなってるみたいだね。どっちにしろそんな迷う時間はないかもしれないよ。表でも裏でも動き出してる奴らがいるからね」
そういえばサイがカカシは評議会に呼ばれたと言っていた。それが表での動きなのだろうか。
不安が顔に出てしまったらしく、ツナデがイルカの肩をバンとはたいた。
「ほら、しっかりしな! 魔物になりたいんだろう? こんなの人間界でもどこでも同じだよ。とにかくアタシは、カカシ坊がアンタと幸せに頭に花を咲かせてりゃ満足だよ。あの子の両親もきっとそう思ってるさ。……さて、アタシはそろそろ他の階層を夜にしてこなきゃね。カカシ坊にはアンタがここにいると伝えといたから、じきに迎えに来るだろうよ。それまでゆっくりしておいで」
そう言い残すとイルカ、クロの順に頭を撫でてから腕を再び翼に変え、慌ただしく洞穴を出ていった。
ツナデから聞いたカカシの過去は、想像以上に切なく痛みを覚えるものだった。
イルカはクッションを抱えて敷き布に寝転んだ。
ツナデがカカシの両親のことなどイルカの訊ねた以上に教えてくれたのは、きっとカカシに伝えたかったことも混じっているに違いない。
遠くから見守ってくれていたツナデの思いを、カカシは知っているのだろうか。
オビラプトゥールもテンゾウも、アスタローだったか……も、表し方は違っても皆カカシのことを気にかけている。
それに引き替え、イルカは守られてばかりだ。カカシや周りの者たちに。
――俺にできることは何だろう。魔物になったとして、その後はどうしたいんだろう。
唐草模様に彫られた洞穴の天井を眺めながら、イルカは考え続けた。