【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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  はたけカカシ ~初夏~




 表面上は無心に火影印をつきながら、先日のことを思うと内心叫んで転がり回りたい気持ちでいっぱいだった。
 あれはひどかった。火影として、上忍としても有り得ないほどの醜態を見せてしまった。
 ユキが、……妊娠したからイルカさんと結婚するなんて言い出すから。
 いつか来るかもしれないと恐れていたことが現実になるのは、想像を遥かに超える衝撃だった。自分の中身が全て消し飛ばされたかと思った。
 あの後、二人の逢瀬は覗き見たのに、ユキの提出したであろう婚姻届と産休の申請書をすぐ確認しに行くことはできなかった。
 権限的にも時間的にもできたのに、できなかった。秘かに総務部に忍び込んで見ることすら、怖くてできなかった。
 ――そう、怖かったのだ。
 イルカさんとユキが結婚するという事実に直面するのが怖かった。
 六代目火影ともあろう者が、そんなことを恐れて次の日の業務を休もうと思うほどに。
 迷いに迷って夜更けにイルカさんの住むアパートの前まで行ったのに、気配を探ることさえもできなかった。ユキの気配を感知してしまうのが怖かったから。
 結局そのまま次の日を迎えてしまい、シカマルには「ちょっと、酷い顔色ですよ」と心配までさせてしまった。何でもないと宥めて業務を始めたはいいが、各種申請書は速やかに受理されなければならないから、仕方なく差し出された書類を受け取ったけど。指の震えを抑えるのに精一杯で、ユキの名前が無ければ危うく見逃すところだった。
 ユキと、モモタという全く知らない名前の並んだ婚姻届を。
 俺の願望が見せた都合のいい幻かと何度も何度も確認して、それが本物だと分かった時の混乱もまたひどかった。

 (やられた……っ)

 全てを理解した時、思わず火影印を片手に突っ伏してしまったのは許してほしい。
 そのせいでシカマルが「六代目⁉ やっぱり具合悪かったんじゃねぇか!」と医療班を呼ぶのも止められず、脱力感に任せたままだったのは本当に悪いことをした。
 駆け付けた護衛や医療班のみんなをなんとか宥め、本当に大丈夫だと納得してもらう為にちょっと私的なことでショックを受けただけだからと事実の片鱗を説明しなきゃならなかったのは、今思い出しても顔を覆いたくなる羞恥プレイだった。
 落ち着いたところでやっと一連の、それこそ一年以上かけたユキの策略の数々を思い浮かべられたが。
 あれはユキからの最終通告であり、激励だったのだ。
 ……さすが俺の認めた最大の恋敵だよねぇ。
 あの子と初めて会った時にぴんときた勘は正しかった訳だ。もし俺とイルカさんの前に立ちはだかるとしたら、それはこの子だと。
 アカデミー生の内に特上、いずれは上忍にとスカウトが来るだけあって、忍としての才があるだけでなく聡く賢い子だ。
 結局その壁は俺にとって有り難い形で現れたけど、寿命が縮む思いをさせられたとはいえユキには感謝しかない。
 これは何らかの形で感謝と、そしてイルカさんへの誠意ある行動を見せなければ、ね。
 俺は真剣にこれからのプランを練り始めた。





 空は雲一つなく晴れ渡り、穏やかな一日を約束されていそうな今日。
 この佳き日に相応しい身なりをと、鏡の前で何度も角度を変えながらスーツの具合を確認する。ナルトとヒナタの祝言以来袖を通してなかったけど、おかしな所はないと思いたい。
 今日はなんとか午後までの休暇をもぎ取ったのだ。
 ――イルカさんに婚約を申し込む為に。
 残念ながら結婚とまでいかないのは不甲斐無さを責められるかもしれないけど、別れを告げた時のイルカさんの志を無に帰す訳にはいかないから。
 あの時、イルカさんは俺の前できちんと膝を揃え、両手を突いて深々と頭を下げた。
「俺と別れてください」
 別れるべきなのは重々承知の上での、表面上は穏やかながらもぴりぴりとした危うい日々を重ねた末の出来事だった。
 六代目火影就任の内示が下され、身辺の整理と今後への準備を命ぜられたが、イルカさんの事だけが懸念される案件だったのだ。
 イルカさんは男だ。あの時点でも今も、火の国で同性間の婚姻は法的に認められていない。木ノ葉の主たる法は火の国に準ずる為、伴侶として認められない以上イルカさんの立場は内縁の物になるし、そうすると公的な護衛は認められない。火影が率先して木ノ葉の忍を私事で動かす訳にもいかず、不安定な情勢の中で護衛も無しにそんな危険な立場にイルカさんを置く訳には断じていかなかった。
 火影として立った後も、木ノ葉での同性婚の条例を優先することはできない。里の復興とナルトへのスムーズな引き継ぎの為に、やるべき事はあまりにも多いからだ。俺達は恋人でありながら同時に木ノ葉を愛する忍で、ナルトをはじめとする次世代への責任と限りない愛情がある。
 イルカさんは中忍でありながら昔から中枢部に近いからこそ、その辺りを全て理解した上でのあの言葉だったんだろう。
  ――どうしても手放せなくて、俺が言い出せないばかりに。
 「愛してる」
 「それでも俺だけを見てて」
 「いつか迎えに行くまで待ってて」
 浮かんだどの言葉も不誠実で傲慢極まりなくて、ただ「分かりました」としか返せなかった。
 それを聞いてイルカさんの背が小さく揺れたけど、上げた顔は既に『うみのイルカ中忍』になっていた。
 いつでも真っ直ぐ前を見て生きていく、火の意志を宿す黒い瞳。
「遅れましたが、六代目火影ご就任の内定おめでとうございます。今後のご活躍を心からお祈り致しております」
 あの時、部屋の中は窓から差し込む夕陽で真っ赤に燃えていた。
 微笑んだイルカさんの両目も赤く染まっていた。



 思い出に耽りながら歩いていくと、わくわく商店街のゲートが見えてきた。
 さすがにこのフォーマルスーツで行く訳にはいかないと気付き、ラフなベスト無しの支給服姿に変化をして、まずはメロン堂に向かう。
 真っ直ぐイルカさんの家に行かないのには理由があった。
 婚約を申し込むのに手ぶらという訳にはいかないけど、さりとて仰々しい品々というのもイルカさんの心には響かないだろう。
 かといって以前のように口説くには時間が無さすぎる。何よりイルカさんの心がまだ俺にあるかすら分からない状態なのだ。そこで何としてでも今日この一回で俺の気持ちと誠意を見せる為に選んだのは、かつて一緒に通った木の葉わくわく商店街の商品だった。
 とりあえずメロン堂に入り、結婚・婚約大全や結納のマナーなる本を数冊選んでレジに差し出すと、おじさんが「いらっしゃ……」と言ったきり絶句してしまった。だがすぐに立ち直ったのは、さすが元情報部といったところか。
「これはこれは六代目様、いらっしゃいませ」
 にこやかな笑みを向けた顔が差し出す本を見てまた固まるので、俺は弱く笑みを返した。
「ちょっと急いでいろいろ勉強したくて」
 任務であれ火影としての結納であれ、火影が結納の事を知りたいなら普通に周囲に尋ねるかご意見番を訪れればいい話だ。それをせずにあえてこの店で求めるということは……、まで思考が至ったのだろう。おじさんの顔がくしゃりと歪む。
「……きっと間に合います。そう願ってますよ。頑張ってください、はたけさん」
「ありがとう。精一杯やってみますよ」
 代金を払うと、おじさんが「ああそうだ、ポイントカードは」と聞いてきた。
 俺は迷ったけど、財布からよれよれになった緑色のカードを取り出す。それは三枚目で、スタンプが四つの枠を埋めたままに時を止めていた。
「これはまだ使えますかね。その、期限とか」
 おじさんはにこりとしてから、本のマークのスタンプを押してくれた。
 「毎度ありがとうございました」の声に送られて外に出ると、素早く必要なページに目を通す。形式的なことはこの際置いておいて、してはいけない禁忌事項だけは知っておきたかったのだ。やっぱりこういうのは縁起物だからね。
 そしてリトルリーフでカップラーメン全種を、辰見寝具店ではお揃いのパジャマと、もう処分されたかと思って自分の枕を、アケミ美容室ではハンドマッサージ用のオイルを、カエル酒屋で缶ビールを一ケース買い、太陽堂薬局ではさすがにローションは選べずいつものシャンプーと石鹸にした。
 どこの店でも「ポイントカードを」と当たり前のように言われ、八年のブランクなど無かったかのように色褪せたスタンプの続きから鮮やかな色が続く。
 しかくやでイルカさんの大好きな唐揚げとイカフライを買い、米屋米店でいつも買っていた米を十キロと焼きたての鯛焼きを買ったところで忍犬達を呼び出し、打ち合わせしてた通り荷物持ちをお願いする。
 残すは八百幸と魚政だが、この辺りになるとさすがに商店街がざわついてきた。ブルとパックンを先頭に、買い物の荷物を積んだりくわえた忍犬を八匹も連れ歩いてるから当たり前だけど。
 八百幸ではねじり鉢巻きの若者が「へい、いらっしゃい!」と威勢のいい声をかけてきて、これが例のユキの『彼』かと苦笑する。
「その大きいメロンと桃と、あとは果物を適当に籠に入れてくれる? プレゼント用でお願い」
 すると向かいの魚政からおばさんが飛んできた。
「やっぱり六代目様じゃないか! こりゃいったいどうなすったんでござるんだろうね⁉」
 驚きすぎたのか目茶苦茶な敬語になってるのにも気付かず、今にも飛び出しそうな真ん丸な目で俺と荷物を積んだ忍犬達を交互に見た。
「あー、ちょっと、ね。イルカ先生に……」
 おばさんは最後まで聞かずに、「キャアーーッ、ちょっとアンタ! 大変だよっ」と甲高い悲鳴のような歓声を上げ、自分の店先に戻っていってしまった。相変わらず元気そうで良かった。
 ちょうどモモタが赤いリボンを結んだ果物籠を「へいお待たせッ」と差し出してきたので受け取り、最後の魚政に向かうとおじさんが何やら一心不乱に鯛を見繕っている。
「よし、これならぴったりだ! 六代目様、イルカ先生もこの立派な鯛なら絶対よりを戻してくれますぜ!」
 おばさんから何をどう聞いたのか、鼻息も荒く見事な鯛をそのまま掲げてくれるけど、さすがに鯛丸ごと一匹はイルカ先生も困るんじゃないだろうか。ちょっと躊躇ってると、おじさんが出刃包丁を手にニヤリと笑った。
「大丈~夫、安心してくれって。ちゃんと俺がお造りにしてやりますよ!」
 そう言うと、クナイを持たせても凄いんじゃないかという鮮やかな包丁捌きで、あっという間に尾頭付きのお造りに仕上げてくれた。
 礼を言って大きなプラスチックの丸皿に綺麗に収めた鯛を受け取ると、背後から「六代目様、頑張って!」と掛け声が上がった。それは波紋のように広がり、群がった商店街の人や居合わせたお客さん達からも激励の声が飛ぶ。
 まさかこういう風に騒ぎになると思ってなかったから、照れ臭かったけど片手を挙げて「ありがとね」と応えると、忍犬達を引き連れてイルカさんのアパートに向かった。



 メロン堂としかくやの間の路地に入って変化を解き、元のフォーマルスーツ姿に戻した。すると影の中から獣面を着けた人の姿が滲み出る。護衛の暗部の一人だ。
「本部で何かあった?」
「いえ。うみの中忍は在宅中です。念の為一人向かわせてあります」
 それだけ囁くと、スッと消える。
 ……何ていうか、優秀な部下を持って嬉しいね。
 何の指示も無いのにイルカさんの動向を把握しててくれたかと思うと、ちょっといたたまれない気恥ずかしさを覚えながら路地を抜けると、中忍アパートが見えた。
 かつての俺の大切な安寧の巣。
 その二階の端のドアの前には、支給服姿のくの一が立っていた。
 彼女は俺の姿を目にすると、ドアに貼り付けてあった『封』と書かれた札を引き剥がし、長い金髪を翻して消えた。俺に向けて親指をぐっと力強く立ててから。
 あれは確か以前アケミ美容室にいたカレンだ。もしかしてさっき商店街に居合わせていたんだろうか。なるほど、一人向かわせてるっていうのは見張りじゃなくて、イルカさんが出かけたりしないようにする為だったのか。
 ここまでみんなに応援されると、本当にしくじれないよね。
「ほれ、ボサッとしとらんと、サッサと行かんかい」
 パックンにぐいっと足首を押されて階段を上がると、二階の端のドアが勢いよく開いた。
「うお、やっと開いた! 何だったんだ……カカ、六代目?」
 別れてから八年。
 アパートとイルカさんのセットを目にするのは八年ぶりだ。
 財布とエコバッグを片手にイルカさんはぽかんと口を開けてたけど、おろおろと回りを見渡してからいきなりドアを勢いよく閉じてしまった。
「初っ端から形勢不利じゃな」
「そんなの分かってたことでしょ」
 顔をしかめてパックンに返しながらも、歓迎されない客扱いにはさすがに少し落ち込む。
 と、ドアが改めてゆっくりと開き、イルカさんの貼り付けたような笑みが覗いた。
「こんにちは、六代目様。何かご用ですよね、どうされました?」
 イルカさんは俺の背後の忍犬達を怪訝な目で見ながらも、何か公的な用事か、お忍びでの相談だと思っているらしい。ま、普通に考えたらそうだよね、当然だ。
「今日は大切な事をお願いしに来ました。よかったら上がっても?」
 いきなり婚約を切り出して門前払いを食らいたくないので、あえて何の話とは言わずにイルカさんの想像に乗っかる。
「あっ、はい、片付いてないですけどそんなのご存知で……いやその! えっと、どうぞ!」
「ありがとう、それじゃお邪魔します」
 うっかり俺達の過去を彷彿とさせる失言に焦るイルカさんに、冷静になって断る隙を与えないように素早くドアを大きく開けて足を踏み入れた。
 そして忍犬達を順に招き入れ、それぞれの持っていた荷物を玄関に積み上げていく。全て積むとパックンを残して他の忍犬達を「お疲れ様」と帰すと、これはいったい何事かと目を丸くしてるイルカさんの横をすり抜けて家に上がった。



 円い卓袱台の上にどんと置かれた鯛のお造りを挟み、無言で向かい合って座る。
 お互い口を開きかねてそわそわしていると、正座して重ねた足の裏をぎゅむっと踏まれた。ありがとね、パックン。
「あの、本日はお日柄もよく、それでイルカさ……先生にお願いする運びにございまして」
 ……ダメだ。自分でも何を言ってるか分からない。こんなんじゃさっきの魚政のおばさんのことを笑えない。何だっけ、ご挨拶して結納の口上、その前にイルカさんの気持ちを、
「えっと、これは結納の品です。婚約の印として幾久しくお納めください」
 違うそれは最後! 順番を間違えた! 
 きょとんとしてたイルカさんが顔を強張らせたが、不意に何か思い当たったのか膝立ちになって俺の方ににじり寄り、固く握りしめた俺の手を取った。
「結納って何かの予行練習ですか? 大丈夫ですか六代目、お疲れが過ぎてるのでは?」
 そのまま俺の額に手を当てたり脈を診たりし始めたので、予想外の接触によけい舞い上がってしまう。
 たまらず腕を引いて抱き寄せてしまう。
 違う、ちゃんと言わなきゃと思うのに、胸をいっぱいに満たすイルカさんの匂いに、ただ陶然としてしまう。
「……イルカさん」
 驚きで固まっていたイルカさんが、俺の呼び声にひくりと体を揺らした。
 腕の中に収まるイルカさんの形で、初めて自分が完全な一人の人間に戻れた気がして、ゆるりと肩の力を抜いた。
「あのねイルカさん、聞いて? 俺ね、昔も今もイルカさんのことが大好き。イルカさんが必要なの。俺は俺だけじゃ完全なはたけカカシになれないの。あなたがいてくれなきゃダメなんだ」
 頬に触れる黒髪の感触を懐かしく思いながら、訥々と語りかける。
 イルカさんは微動だにしない。
「あの時は辛いことを言わせちゃってごめん。俺がもっとしっかりしてれば……ううん、今でも不甲斐ない男のままだよね。こんな情けない男が火影なんて呆れちゃうだろうけど」
「あなたは情けない男なんかじゃない!」
 イルカさんが顔を上げた。
 ああ、こんなにも間近で、またイルカさんの目を見られるなんて。
「あの時俺が先に別れを切り出したのは、……そうじゃないとみっともなく縋り付いてしまいそうだったから! 俺を捨てないで、俺を選んでくれって……っ」
 盛り上がった涙はすぐに溢れ、頬を伝って幾つも落ちていく。
 瞬きで払った雫が睫毛を濡らし、それでも黒い瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。
 その瞳に、心に写っているのは俺だと思っていいんだろうか。本当に?
「今は? イルカさんは今でも同じ想いを持っててくれてる?」
 何かを言いかけて薄く開いた口が、ぶつかってきた。
 口布に阻まれてもなお、熱く柔らかいイルカさんの唇。
 夢中で貪ろうとして口布を引き下げ、今度は恐る恐る、そっと唇を寄せる。好き、イルカさん大好きと呟きながら、頬を、髪を撫で唇を幾度も啄み食みながら。



 長い長いキスの後、満たされた吐息と共にようやく唇を離してからも離れ難くて、抱きしめたままじっとイルカさんの体温を感じていた。
「ところで……あの、それ。鯛のお造り。あと玄関の荷物も何だったんですか?」
 身じろいだイルカさんが、顔を上げて怪訝な目を向けてきた。
 そういえばちゃんと説明できてなかったんだった。イルカさんのことになるとつくづくグダグダで、いくら里の長として為政に携わっても俺個人に関することはスマートにできないなと自分にがっかりする。
「これはその、イルカさんに婚約を申し込む為に……」
「……さっきの結納の品がどうこうって、俺にだったんですか」
「当たり前でしょ。俺が結婚したいのは、昔からずっとイルカさんだけだよ」
 イルカさんはちょっと眉を潜めて目を伏せた。
「でも俺達が婚約なんて……結婚もできないのに」
「それなんだけど、去年から準備を進めててね。もうすぐ同性の婚姻も認めるって条例を発令できるの。木ノ葉に限ってだけど。それにね、ナルトへの引き継ぎも来年辺りには」
「ほんとですか! ナルトが……そうか、いよいよナルトがなぁ」
 しまった、イルカさんの頭がナルト一色になるようなことをわざわざ言ってしまった。
「カカシ、あれは渡さんのか」
 急にパックンに声をかけられて、二人でびくりと跳ね上がってしまった。自分で頼み込んでついてきてもらったのに、そういえばパックンの存在を忘れてた。でもおかげでイルカさんの思考をナルトから引き剥がせたよ。本当にお前を残しておいて良かったよ、パックン。ありがとね。
 俺は胸ポケットから、水色のリボンを結び付けた鍵を取り出した。
「これ受け取ってくれる? 結納金代わりの新居の鍵なんだけど」
 ユキの一件から約二ヶ月、何とか時間を作って二人で住む家を探して買っておいたのだ。庭付きのこじんまりとした、風呂場は広く縁側もあって日当たりのいい家。新築じゃないしイルカさんの意見も全面的に聞きたかったけど、気に入らなければ改築なり買い替えるなりすればいいかと、とにかく形が欲しかった。二人で新しい生活を始める為の。
 イルカさんは鍵をまじまじと見ると、なぜか笑い出した。
「あなたは本っ当にいつもいつも突然で」
「えっ、そう?」
「そうですよ。ここで同居を始める時も、風呂敷片手に急に来たじゃないですか」
「あれは……だって一刻でも早く多くイルカさんと一緒にいたくて……本当は嫌だったの?」
 笑いすぎたのかイルカさんは目尻を拭うと、鍵を両手で恭しく戴いた。
「俺もそう思ってたから嬉しかったですよ。鍵も」
 そしていったん俺から離れ、膝を揃えて両手を突き深々と頭を下げた。
「本日は大変結構な結納の品々をありがとうございます。幾久しくお受け致します」
「イルカさん……っ」
 頭を上げたイルカさんは、鼻傷の横をかいて照れ臭そうに笑った。
「愛する人にここまでしてもらって断ったら、男がすたるってもんですよ。俺達二人の為に……本当にありがとうございます」
 改めて頭を下げたイルカさんの背が震える。
「イルカさん、ありがとう、俺も……愛してる」
 頭を下げたままのイルカさんの両脇に手を差し入れ、子供を抱き上げるようにして泣きじゃくるイルカさんを抱き寄せた。
 俺もみっともないくらい泣いていた。
 と、パックンの「でかしたぞカカシ!」の声と共に、卓袱台の向こうの窓がからりと開く。そして宙に向けておもむろに遠吠えを始めた。
 ウォォーーーーーォンオンゥオーーーーーー
 どこか遠くから幾つかの遠吠えが返る。どうやら待機してた残りの七匹に成果を報告したようだ。
 それを聞いて満足げに頷いたパックンが、シワに埋もれた顔をさらにくしゃくしゃにして振り返った。
「イルカ、末永くカカシを頼むぞ」
 厳かに告げたパックンに、イルカさんが力強い頷きを返す。
 あの時のように部屋の中は真っ赤に染まってないけど、俺とイルカさんの両目は赤く赤く染まっていた。
 ――あの時とは違い、喜びと祝いの赤で。