【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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  メロン堂 ~晩秋~




 レジに座って外国のミステリー小説の続きを開き、主人公が三人目の被害者の連絡を受けたところで手元の本からふと顔を上げたら、いつの間にか客がいた。
 本屋は時間つぶしのひやかしが多いし、そうでない客はじっくり選びたいだろうと特に声はかけずにいると、くすんだ緑色のコートを着て紫の隈取りのような化粧をした男はしばらく店内を回った後こちらに向かってきた。
「すみません、ちょっと本を探してるんですけど」
「はい、何でしょう」
 男は肩にかけたバッグから一冊の本を取り出した。
 『イチャイチャバイオレンス』
 赤地に攻撃している女性のイラストが特徴的な表紙の、自来也のベストセラーシリーズだ。
「最近これの初版本が出回り出したそうでね。それを探してるんですけど、こちらに置いてあります?」
 なるほど、コレクターか。
 初版本を求める客というのは意外に多い。本も蒐集家の所蔵欲を掻き立てる品というのは何を隠そう自分もなのでよく分かると、手元のミステリー小説本を撫でた。初版本は大切にしまっておく者が大半だが、私はあえてそれを普通に読むことに喜びを感じるのだ。
「うちは古書店じゃないのでねぇ。申し訳ない」
 そう断ると、男はあからさまにがっかりした。
「そうですか……こちらならと思ったんですが。じゃあ古書店の方を回ってみます。ありがとうございました」
 男は頭を下げてからコートの裾を翻して出ていこうとしたが、彼の丁寧な物腰と『こちらならと思った』という部分が気になって、つい呼び止めてしまった。
「失礼、何故うちならと?」
 顔だけ振り返った男は、少し躊躇ってから茶色い髪をがしがしと掻いた。
「あー、以前アカデミーの先生から、こちらで置いてない忍術書をよく取り寄せてもらってると聞いたので……」
「イルカ先生のお知り合いでしたか」
 すると男は何故か慌てたように目を泳がせた。
「いえ! 知り合いというか、その……前に仕事でちょっと」
「なるほど」
 さっきまでの紳士然とした態度が急に変わったことで、僅かな警戒心を覚えた。
 本屋というのは間者等の余所者が真っ先に訪れる場所だ。
 未知の土地の事を知るにはまず地図が必要で、本屋には必ずそれが置いてある。観光用のガイドブックや、場合によってはその土地の歴史本や領主一族の歴史本、主要な産業に関する本、その土地で今流行っている風俗本等、あらゆる情報が本屋では簡単に手に入るのだ。
 これは少し注意する必要がある。
 動揺が表れたかもしれない表情を読み取られないよう顔を伏せると、レジ台の引き出しを開けてメモ用紙を取り出した。
「それなら知り合いの古書店に声をかけてみましょう。では、うまく入手できた時のご連絡先をこちらに記入してもらえますかな?」
 私はさりげなさを装って男にペンとメモ用紙を渡した。十中八九、偽の連絡先を書くだろうが、それも彼の正体のヒントになるかもしれない。
 すると男は少し考えてから、さらさらと木の葉の住所を記入した。そして驚いたことに、なんと六代目火影様の名前をしたためた。
「失礼ながら、火影様が連絡先で?」
 つい訊ねてしまうと、男は肩を竦めて人好きのする困ったような笑みを浮かべた。
「僕は普段あんまり里にいないんですよ。彼に伝えてもらえれば、僕に連絡が付くようになってるので」
 そうすると、木の葉での身元保証人は火影様ということになる。
 さすがにここまで大胆な嘘をつくのは間者と疑いにくいが、それでも先ほどの不審感がどうしても拭えなかった。怪しいとまではいかないが……そうだ、はたけ上忍にお知らせしておくくらいなら、とうっかり思って首を振る。
 はたけ上忍はもうこの商店街に来ないのだ。
 そもそも、はたけ上忍こそが六代目火影様なのだから。
「では入手できましたら火影様にご連絡致しましょう」
「ありがとうございます、よろしくお願いしますね。あと、その……イルカ先生はお元気ですか?」
 不意を突く質問に、彼の顔を思わず正面からまじまじと見てしまった。
 警戒対象の顔を正面から凝視するなど、諜報の鉄則に反する。元情報部の私の不意を突けるというのは、彼はかなりの実力者なのかもしれない。さすが身元保証人に火影様の名を書くだけのことはあるが、仮にも現役の忍の現況など軽々しく教えられる訳がない。当たり障りなく、最近はお会いしてないと答えようとした。
 だがその彼の表情を見たとたん、何故か正直に答えるべきだと直感で感じた。
「そうですね……お元気そうにしてますよ」
「あぁ、そうですか。それは良かったです。ありがとうございます」
 男──用紙に書かれた名によればスケア──はよほど嬉しかったのか、邪気のない笑みを浮かべて今度こそ去っていった。僅かに痛みのような感情を滲ませた気もしたが、あまりにも一瞬だったから例の紫の化粧に惑わされたのかもしれない。
 その姿が完全に消えるのを待ってメモ用紙をもう一枚破り取ると、スケアの特徴と印象、彼の要望と連絡先を火影様に指定した事を慎重に思い出しながら記す。そしてチャクラを込めると式に変え、宙に放った。式は裏口の脇の小窓から出て本部棟に向かい、情報部に届くだろう。いつものように。
 裏仕事を終わらせると、ふうと息をつく。
 はたけ上忍がこの商店街に通っていた頃は、自分の正体を明かす機会はついぞなかった。彼はただの本屋と思っていたことだろう。イルカ先生はもちろん知るはずもない。忍の里とはそういうものだ。そして彼らとの表向きの繋がりを、私はとても気に入っていた。
 時折ふらりと立ち寄り、ぼうっと書棚を眺めていたはたけ上忍。時には異国の書物や文字についてとりとめのない雑談を交わし、山のように関連書物を買っていったこともあった。
 そうそう、似合わぬ雑誌を買っていったこともあったと思わず頬が緩む。何故かそれはティーンズ向けだったが。彼が差し出したがちゃがちゃと喧しい表紙に驚くと、彼は「いやぁ、今時の女の子の事を少しでも知っておきたくて」と照れ臭そうに頭をがしがしと掻いた。
 買い物帰りに待ち合わせでもしていたのか、イルカ先生が後から入ってきて、はたけ上忍が先生の両手に提げた荷物を半分持つこともあった。その時の二人の柔らかい雰囲気を眺めていると、亡くした妻との時間を思い出したものだ。

 ──四年。

 あの二人が共に過ごしたのは四年間だ。
 たった四年とも思えるが、何故かあの時間はずっと続くような気がしていた。
 それほど自然で、商店街において当たり前の風景になっていたのだ。

 店の扉が不意にカタカタと鳴る。
 もう木枯らしが吹き始めたのだろうか。
 ガラス扉から商店街の通りを覗くと、道行く人々が一様に身を縮めて北風をやり過ごしている。
 年を取ると、無闇に過去ばかり思い出していけない。
 あの二人はしっかりと前を向いて歩き出しているというのに。
 だが昔を思うのも、未来ある若者を憂うのも年寄りの特権だ。
 どうか、あの二人の離別が一時のものであるように。
 二人の今の立場を考えると詮無い願いだが、それでも抱かずにはいられなかった。