【Caution!】

全年齢向きもR18もカオス仕様です。
★とキャプションを読んで、くれぐれも自己判断でお願い致します。
★エロし ★★いとエロし! ★★★いとかくいみじうエロし!!
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 重い瞼をゆっくりと持ち上げると、板の流れるような美しい木目が目に写る。
 いつもの自室の天井ではないことに気付くまで、イルカはしばらくぼんやりとしていた。
 ――今日は眠らされていない。
 しかも胸にかかる重みは、黒いアンダーのカカシの腕だった。
「起きました?」
 身動きできないほどがっちりと抱き込まれているので目だけを横にやると、口布と額当てを外したカカシとばちりと目が合う。
「なんで……あの香は?」
 そういえば今夜は香炉から煙が上がってなかった。
 もしかすると、玄関で暗さや気配に敏感だったのはナイーブになってたのではなく、香を焚いていなかったせいだったのかと今頃になってイルカは思い当たった。
「気付いたんですね。……ま、今日は少しだけ話をしたいと思って」
 イルカに回してた腕をするりとどかし、カカシが身を起こす。
 離れていく体温に、とっさに縋ろうとして伸ばしかけた手を引き、ふとカカシがベストを着てないことに目を見開く。
 乱れた布団の側に投げられたベストを見付けると、その隣にくしゃりとなった紋紗もあるのに気付いて、それを引き寄せると雑に袖を通した。
 薄暗い部屋でも事後の甘さなどない関係に、自分だけ裸というのは落ち着かない。扱き帯が見当たらないのできょろきょろと見回していると、カカシが小箪笥の上に乗った白い封筒を手にして「イルカ先生」と呼びかけて向き直ったので、慌てて前を合わせると布団の上で膝を揃えた。
 白い封筒はアカデミーの教科書ほどもある分厚さで、カカシはそれをイルカにすいと差し出す。
「慰労金です。あなたはとても良い伽役だったから、十分に愉しませてもらったお礼です」
 カカシの言葉を聞いて、イルカの表情がすうっと消えた。
 膝の上で握った拳が震える。
「いりません。俺……私は既に任務の報酬を頂いてます」
 イルカの口座に今まで振り込まれてきた任務報酬は、一切手をつけていなかった。いずれ孤児院なりアカデミーなりに匿名で寄付しようと思っていたのだ。
 伽役は任務だったが、せめて自分の中だけでは自発的な伽だったと思いたかった。たとえそれが自己欺瞞であっても。
 イルカの強い口調に、カカシはまたかつてのような無表情になる。それでもイルカは受け取りたくなかった。
「これは俺のポケットマネーだから、遠慮はいりませんよ」
「けっこうです」
「なんでですか? イルカ先生も愉しんだから?」
「そういうことじゃありませんっ」
 二人の間で白い封筒が行き場をなくし、カカシはそっと畳に置いた。
「……分かりました。それなら別の方法を考えます」
「いえ、本当にけっこうです」
 イルカの頑なな態度に、これみよがしにため息をついたカカシがなおも問いかける。
「それなら他に何か欲しい物はないんですか? 家とか土地とか。さすがに城は無理だけど」

 ――あなたが欲しい。

 その一言は喉までさえ届くことなく、胸の奥底に沈ませる。
「……もう十分に頂きました。どうぞお気遣いなく」
 そう頭を下げてこの話を終わらせるイルカに、カカシは困ったように頭をがりがりと掻いた。
「十分にって、あなた何一つねだらないじゃないですか。そんなに俺とのことを早く忘れたいの」
 伽役は任務だから受けたというのに、あまつさえ手切れ金まで渡そうとして愛人のような扱いをしようとするカカシに、イルカのはらわたは煮えくり返った。
 これ以上二人の仮初の情愛のひとときを汚さないでくれ。そう叫びそうになるのを、頭を下げたまま唇を噛み締めてひたすら堪える。
 すうと一息、そしてもう一息深く呼吸をしてから、震える声を落とす。
「火影様に御寵愛頂いた時間は決して忘れません。ですからどうぞ、このままに」
「それは俺に抱かれて良かったってこと?」
 カカシの声が冷える。
「それとも他の男が火影でも、あなたは任務なら抱かれたっていうの」
 イルカは弾かれたように顔を上げた。
 心のままに即答してもいいのだろうか。
 いいえ、と。
 その一瞬の迷いがカカシの顔を歪ませる。
「そりゃそうですよね。任務だもの。イルカ先生は忠実な忍だから、命じられたら誰にでも足を開く……」
「違うっ!」
 そんな風に見られていたのかと。
 この男を恋う気持ちを固く封じ込めて身体を開いていたことを、そんな下卑た一言で片付けようとするカカシが、たとえ本人でも許せなかった。
「ちがう……」
 ぼろり、ぼろりと涙が頬を流れ、顎を伝って布団に落ちる。
 イルカは拳で目をごしごしと拭うと、また頭を深く下げた。
「イルカせん……」
「お見苦しいところを大変失礼致しました」
 カカシの伸ばしかけた手に、イルカは気付かない。
 宙に浮いた手はぐっと握られ、手甲の軋む音が小さく鳴って膝に戻された。
 イルカの黒髪が一束、肩をするりと滑って畳に触れる。
 それをカカシはじっと見つめていたが、奇妙に静かな笑みを浮かべて口を開いた。
「ま、どうでもいいですよね。これは俺が火影を降りたら終わる関係なんだから……そうだ、烏! ここへ」
 唐突に烏を呼び付けるカカシに、イルカは戸惑いを隠しきれない顔を上げた。
 烏が来るのを待たずに、カカシはなおも言葉を続ける。
 貼り付けたような笑みを浮かべたまま。
「あなた、烏を気に入ってたでしょう。やたら気にしてましたよね。俺との関係が終わっても身体が疼いて困るんじゃない? あなた淫乱だもんねぇ。ちょっと強引に恥ずかしいことされるの大好きだし。良かったらあいつを愛人に」

 パァーン

 全部を言い終える前に、イルカはカカシの頬を打っていた。
 あまりにも露悪的な言い方で、傷付けられ貶められたことよりも、イルカを傷付けることを言って自分自身を貶めるカカシのことが許せなかったのだ。
「なんでそこまで悪人になろうとするんですか! あなたは……あなたはそんな人じゃなかったでしょうっ」
 打たれた頬がじわり、じわりと赤く染まっていく。
 そこを押さえることもせず、ゆっくりとカカシが振り返った。
「……俺の何を知ってるっていうの」
 深灰色の双眸に暗い光が宿る。
 その光があまりに重くて、イルカは思わず紋紗の生地をくしゃりと握りしめた。
 カカシはその震える手に目を落とすと、ぽつりと呟く。
「俺はね、生き延びてしまった」
 今まで見てきた無表情とは違った色の無さに、怯んだイルカは挟む言葉が思い付かない。
「生き延びて、あなたをずっと見ていられるようになってしまった。誰のものにもならないと言い切ったあなたを」
 カカシの手がすっと伸びてきて、イルカの胸を軽く突く。
 指先で、とん、と。
 ごく軽い力だったにもかかわらず、イルカの体がぐらりと揺れる。
「だからね、ずっと大切に思っていたあなたを壊して、憎まれて生きようと思った。……だって憎悪は強い感情でしょ? 『いい人』なんかより、ずっと」
 にこりと微笑む表情は、いっそ清々しいほどに痛々しく、そして美しかった。
「綺麗なあなたを汚い手で抱いて、俺の体液で汚れたあなたを綺麗にして……この時だけは、イルカは俺のもの……」
 ――烏じゃなかったのか。
 独り言のようになったカカシの低い呟きに、イルカは目を見開く。
 香で眠らされていたイルカの体を清めていたのはカカシだった。
 先ほど目覚めた時、カカシはイルカを抱きしめていた。
 ベストを脱ぎ捨てて。
 身動きできないほどに、きつく。
 もしかすると、今まで眠らされていた夜毎、カカシはそうしてきたのだろうかと思うほどそれは自然だった。
 カカシは何を思って眠るイルカを抱きしめていたのか。
 壊したいと、憎まれたいとそう願う奥底にあるものは何だというのか。
 なぜ、と口を開きかけると不意に。
 カカシの眼差しがひたりとイルカに向けられる。
「口を開けてください」
 今まで何度も言われた言葉に、イルカは反射的に口を開いて舌を差し出した。
 するとカカシは素早く両手を動かし、見たことのないものを交えた印を組む。
 とたんに舌の奥の方、呪印のある辺りがふっと軽くなった。
 何が起きたのか、戸惑うイルカを前にカカシはすいと立ち上がる。
「さてと、ちょっと早いけど伽役は今日で終わりです。さよなら、イルカ先生」
 ぴしゃりと閉められた襖の音に、イルカはようやく我に返った。

 ――解任されたのだ。火影の伽役を。 

 突然の出来事に、何も反応できずぼうっと座るばかりだったイルカは、慌てて立ち上がった。
 紋紗の裾を翻し、前がはだけて足が剥き出しになるのも構わず襖を開け家の中を見て回るも、誰もいない。
 カカシも、烏も。誰一人。
 空っぽの家の中、イルカはぽつんと立ち尽くしていた。